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六十四話 女店主の悩みは深いようです

 俺が回復魔法を見せた後、奴隷商の女店主クトルットは土下座をした。

 いや、土下座っていうより、元の世界の仏教にあった――そう、五体投地、あれに似た格好をしている。

 それを西洋人な風貌の人がやっているのを見ると、日本人の俺としてはちょっと違和感を抱いてしまう。


「あのー、なんでそのような格好を?」


 困惑から声をかけると、クトルットは伏せていた顔を上げて、こちらも困ったような表情になる。


「今の世に珍しき邪神の神官さまに拝謁する際には、こうすることが礼儀なのではないのですか?」

「……どこの神の教えか知りませんけど、少なくとも私が信奉する自由の神では、そのような行いはありませんよ?」


 だからと腕をそっと持って、クトルットを立たせる。

 そして、先ほどまで座っていた椅子に、再び座らせた。

 俺とエヴァレットも座り直してから、俺は先ほどの行動の意味を問いただした。


「さて、教えが違っていたとはいえ、あのような態度を取ったからには、何かしらこちらに求めることがあるのですよね?」

「はい。その求めることをお伝えする前に、それに関連する少々身の上話を語らせてもらってもよろしいですか?」


 俺が頷くと、クトルットはとつとつと語り始めた。


「私は奴隷商の両親――この店の統括先の大店の娘として生まれました。大変愛されて育てられ、こうして一つの店を任せても貰っています。ただし、一つの秘密を抱えてです」

「それは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの回復魔法が効かないこと、ですね?」

「はい。両親の店はとても有名で、借金や酒などで身を持ち崩して奴隷かした神官も、極少数ですが取り扱っていました。その奴隷となった神官が、赤ん坊の私が転んで負った怪我を治そうとして、失敗しました。失敗するはずのない魔法が失敗して、その奴隷は両親に伝えたそうです。私が『邪神の残滓に囚われし子』と呼ばれる存在である疑いがあると」

「その呼び名の子供のことは知っています。しかし、その疑いを持たれた子は、誰であろうと教会に引き取られるのだとも聞いていますが?」

「それは、聖別を受けたときに発覚した場合ですね。両親はその聖別のときに、子供の奴隷の中で私に似た子を身代わりに立てて、乗り切ったそうです。その際、先ほど出てきた奴隷となった神官には、口封じのために消えてもらったそうです。それが、殺したという意味なのか、二度と私たちに関われない場所に送ったのかは、私には教えてくれませんでした」


 愛娘を教会に差し出した場合、どのような道を辿るのか。

 そして、聖別を切り抜け、あとは怪我や病気で教会の世話になりさえしなければ、クトルットが邪神の残滓に囚われし子だとは発覚しない。

 それらをクトルットの両親は、人を扱う奴隷商の情報網で知っていたんだろうな。

 人を売り買いする奴隷商というイメージからすると、自分の子であっても道具のように使いそうなものだ。

 けど、実際は自分の子供が奴隷扱いをされることを、とても嫌がっているようにしか思えない。

 少なくとも、クトルットの両親はだけどね。


「そういう生い立ちだと、今の年齢まで成長するのは、苦労が要ったことでしょうね」

「はい。私が幼いときは無闇に口外しないように、教えてくれませんでした。なので、病気や怪我をしたとき、他の子たちは教会で治してもらうのに、強い子に育てるためだと治療を拒否する両親に不信感を抱きました。理由を知った後は、私のために一歩間違えれば破滅な行いをしてくれた両親の愛に、とても感謝したものですけど」


 溢れるほどの愛情を受けて育ったと分かる笑顔を浮かべた後で、クトルットは少し顔を陰らせた。


「理由を知ってからというもの、私は孤独感に苛まれました。仲の良かった友人と自分は違う存在なのだと、理解せざるをえなかったからです」

「かといって、その孤独を相談する相手はいませんね。貴女のご両親は、回復魔法を受けられる身。そしてもしも誰かに貴女の体質がバレたら、貴女だけでなく両親も、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒を欺いた罪に問われるのですからね」

「はい……。なので、私と同じ回復魔法を受けられない人のことを、私はいつしか探し求めるようになりました」

「同じ悩みを共有できる、真なる友人を欲したわけですね」


 クトルットは頷いてから、ゆっくりと首を横に振る。


「しかしながら、回復魔法を受けられるかどうかは、聖別のときに判明します。そして判明したときには、すぐに教会が引き取ってしまいます。どうしようもありませんでした。奴隷となった神官を使って先回りして確保することも考えましたが、なぜ邪神の残滓に囚われし子を探しているのかを感付かれてしまう恐れがあり、断念しました」


 そこまで語ってくれれば、彼女がダークエルフを求めた理由が分かった。


「町や村に住む人間が無理なら、同じように聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護を受けられない悪しき者――つまりダークエルフを求めたということですね」

「はい。最初は、奴隷商の繋がりで横流ししてもらおうとしましたが、工面できるような金額ではありませんでした。ならば自分でと、ダークエルフを持つ奴隷商から金と引き換えに情報を得て、数年前にこの町にこの店を開いたのです」


 人には歴史ありというけれど、同じ境遇の友を求めるためにここまでする人は、なかなかいないだろう。

 しかし俺は、クトルットに好感を抱いた。

 なにせ、友が欲しいという気持ちに素直に従うその心は、自由神の教義に見事に合致する。

 きっと彼女は、いい信徒になるだろうなって、そんな予感がするよね。

 そんな感想を思っていると、クトルットはおずおずと喋り始めた。


「それで、そのぉ……。邪神の神官さまと、せっかくお知り合いになれたので……」

「私と貴女で、友人同士になってくれないかということですか?」

「いえいえ、そんな恐れ多い! ですがそのぉ――信徒の方々を紹介してください、お願いします!」


 言葉の途中で立ち上がると、再び五体投地しながら頼んできた。

 不憫な身の上だし、こちらに取り込むためには必要かなって思い、俺はエヴァレットに顔を向ける。


「どうしますか?」

「……ご下命とあれば、その人の友人であろうと奴隷であろうと、なる気はあります」

「命令でなるのは、友人ではありませんよ。クトルットさんとて、そんな関係は望まないと思いますよ」


 苦笑しながら、遠回しにエヴァレットが拒否されてしまったなって、少しだけ悩む。

 悪しき者には、この世界にきてから何人も会ってきた。

 ゴブリンたち、ジャッコウの里の人たち、ダークエルフたち。

 洞窟で出会ったコウモリ亜人のような人も、道中で少数出会ったこともある。

 しかしそれらと引き合わせるのは、少し難しい。

 様々な神の信徒となったゴブリンたちは、方々に点在するゴブリン集落の取り込みに忙しいだろう。

 ジャッコウの里に入るには、クレーターの輪の切れ目にある裏道を使わないといけない。だが、商人のクトルットに歩かせるには、少し厳しすぎる道のりだ。

 ダークエルフたちは、主に俺の所業のせいで、あの森のどこにいるかすら分からないしね。

 ということで、クトルットに紹介できる人がいない――こともなかった。

 バークリステと、彼女が連れてきた子供たちだ。

 特にクトルットとバークリステは、同じぐらいの年代の同性かつ、似たような境遇を持っている。

 なら、話が合わないなんてことは、少ないだろう。

 けどバークリステの、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの敬謙な信徒、って感じの見た目に、クトルットは警戒するかもしれないんだよね。

 そうなると、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒が使うというあの家に、クトルットを招くのは警戒心を抱かせるため論外だろう。

 逆に、バークリステをこの店に来させるのは、良い考えかもしれない。

 俺が仲立ちをすれば、無用な混乱は起きないだろうしね。

 そうと決まれば、相変わらず五体投地しっぱなしのクトルットに、伝えないといけないだろう。


「クトルットさん。その望み、叶えて差し上げましょう」


 俺がうさんくさい笑みを浮かべながら言うと、クトルットは顔を上げて希望に満ちた顔になった。


「本当ですか!?」

「はい、本当です。ですが、少し準備が必要です。準備が済み次第、私がその人をこちらの店に連れてまいりますので、混乱のないようにしておいて欲しいのです。よろしいですか?」

「もちろんです。あ、ですが、その、神官さまのその特徴的なお顔を、先ほどの騒動で従業員は知ってしまっています。なので、混乱がないようにとは……」


 なるほどと頷きかけて、特徴的な顔という部分で首を傾げる。

 トランジェはそんな見目麗しい顔には、作っていないはずだ。

 なにせ自由神の神官を楽しむための趣味キャラなので、そこまで作りこむ必要性を感じなかったからだ。というか、凡百な顔の方が、自由神の神官っぽくていいとすら、俺は思っているし。


「そんなに、特徴的ですか?」


 顔を撫でながら言うと、クトルットは気の毒そうな表情になる。


「それはその、顔に大きなお傷がありますので、どうしても……」

「ああー、そういえば、頬と額に大きな傷を『くっ付けて』いたんでした」


 すっかり忘れていた。

 ちょっともったいないけど、どちらのニセモノの傷を解除して、素顔をクトルットに見せてあげた。


「これが私の本当の顔ですよ。さっきのは変装です」

「そ、そうなのですか……。あの、先ほどの傷は、どうやって。もしかして回復魔法ででしょうか?」

「詳しくは秘密ですが、回復魔法で同じことはできますよ?」


 それがどうしたのだろうと思っていると、クトルットはまたもや五体投地をしながら頼みごとをしてきた。


「邪神の神官さま! 私を貴方さまの配下にお加えください! そしてそのお力を、この店――いえ、私の両親の店にお貸しください!!」


 なんだなんだ、いきなり。

 そう思いながらも、クトルットがこうまでして頼む理由を考える。

 奴隷商がテーマのラノベだと、怪我で醜い奴隷を格安で購入し、回復魔法を施して傷痕を消して高値で売るのが定石だよな。

 傷を消したのを見て頼んでいることを考えると、それと同じかもしれない。

 うーん、そういうことなら、手伝っても良いかな。

 その代わりに――


「――分かりました。ただし、色々と私の企みに、奴隷商として手を貸してもらいますよ。それでも良いのでしたら、力をお貸ししましょう」

「本当ですか! ありがとうございます!! 神官さまのお手伝いを、誠心誠意させていただきます!!」


 あ、あれ? 即答??

 少しぐらいは、悩むと思ったんだけどなぁ。

 とりあえず、当初の目的以上に、奴隷商の協力は得られそうだから、よしとしようかな。

 話はまとまったので、俺はもう一度同じ傷を顔につけなおす。

 そして、クトルットの髪と服を乱して、無理矢理されたように見せかける。さらには飲み水を彼女の目に垂らしては頬を伝わらせ、泣いたように偽装する。

 その後で、俺は愛しそうにエヴァレットの首に腕を巻きつけて引き寄せると、乱暴にこの部屋の扉を蹴り開けた。

 さて、荒くれ物の演技の再開だ。


「ぐっひっひっ。良い具合だったぜ、機会があったらよぉ、またよろしく頼むわあ。忘れられないようなら、またきてやっても良いんだぜえ。ああん? なに見てんだ、クルァアアア?!!」


 作った獣欲混じりの目をクトルットに向けた後、廊下にいた人たちに向かって威嚇しながら、上機嫌な足取りでこの店をあとにする。

 外に出て、路地を一本入った途端に、店の従業員が表に何かを巻き始めた。

 この世界にも、嫌な客に塩を巻くなんて風習があるのかな?

 そんな疑問を抱きつつ、人気のないところで俺とエヴァレットはいつものローブ姿に戻ると、家路についたのだった。



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