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六十二話 奴隷商に押し入るのは、ファンタジーの常道ですよね

 俺とエヴァレットは、目隠し耳栓猿ぐつわをして縄で縛られた人攫いの男たちを連れ、家の裏口から出た。

 このとき、俺とエヴァレットはいつものローブ姿ではない。

 俺はアイテム欄に入れておいた、ボロく見える革鎧と使い込んだ風な片手剣という、盗賊風の装備。そして、頬と額に大きな傷があるように見せるよう、フロイドワールド・オンラインの店で手に入る使い捨て変装道具で細工する。

 エヴァレットはローブを脱いで、下に着ていた白いショートパンツとタイトシャツの格好だ。

 彼女の黒い肌と白い服、そして首にある細布が、良い感じに人目を引く。

 そして俺も目立つように、踏ん反り返りながら、町中を歩いていく。

 やってきたのは、この人攫いと関係が深いっていう、奴隷商の店。

 元の世界のラノベだと、裏路地にあったり、スラムにあったりすることが多かった。

 けど、こちらの世界では真っ当な商売なのか、大通りにデンッと大きな店が存在していた。

 どの場所にあろうと、こっちがやることは変わらないので、俺はエヴァレットと視線を合わせてから、店に乗り込んだ。

 そして入り口に足を踏み入れた瞬間に、人攫いの男たちを店内に蹴りこんだ。


「うわああああああー!」

「きゃああああああー!」


 縛られた男たちを蹴りいれられて、店内から悲鳴が上がった。

 うんうん、良い反応だ。

 なので、こっちもその反応に負けじと大声を出す。


「おいいいいい! この店の店主を出しやがれぇやあああああああ!」


 ギョッとする店内の人たちに、俺は怒っているんですよって態度で、エヴァレットの肩を組みながら店内へと進む。

 すると、近くにいた身なりの良い女性が、引きつった声を上げた。


「ひぃ!?」


 スルーしてもよかったんだけど、俺が荒っぽい性格に見えるように、声をかけてあげることにした。


「んだぁテメェ! 人様の顔を見て、悲鳴なんぞ上げやってよおおおおお!」

「ひぃいいい! ご、ごめんなさい! ごめんんささいいい!!」


 腰を抜かして地面に尻餅をついた女性に、俺は興味を失った顔を向けてから、もう一度店内に大声を出す。


「店主を呼べっていったよなああ。さっさとここに連れてこいやああああ!」

「わ、分かりました、分かりました! なので店内で暴れず、少々お待ちください!」


 店員らしき人が大慌てで店内に引っ込んだ姿を見てから、俺はエヴァレットの肩を組みつつ、蹴り飛ばした人攫いたちを踏みにじる。


「んぐううううう!」

「んぐうぐううう!」

「うっせぇなああ! ぶっ殺すぞ!!」


 俺が怒鳴って蹴りつけるが、男たちは耳栓をしているため聞こえず、懇願するような呻き声を上げる。


「んぐうぐう!」

「んうぐうううう!」

「んああぁ?! 本当に死にたいらしいなあああああ!」


 堪忍袋の緒が切れたように見える演技をしつつ、俺が剣に手をかけたそのとき、見計らっていたかのように店の奥から人が現れた。


「お待ちください。何を思ってのことかは存じませんが、この店内での狼藉はお止めくださいますよう、お願いいたします」


 凛とした声に顔を向けると、教養を感じさせる立ち姿の、三十歳を少し超えてそうな美しい女性だった。見た目から、普通の人間だろうと思う。

 俺の怒声に怯んだ様子はなく、むしろこちらを威圧し返そうとする気概が見て取れる。

 店内の客や従業員たちがその姿に安堵する中、俺は立てていた予定を少しだけ変更することにした。

 だって、奴隷商の店主って男性だって思うだろ?

 なのに女性だったなんて、予想外だしね。

 さてさて、俺は剣を掴むのをやめると、ニヤニヤとした笑みを浮かべて女店主を見る。


「ほほぅ、別嬪さんじゃねえかよ。これは、落とし前に期待が出来そうだぜぇええ」


 言い終わり際に、あからさまな舌なめずりを追加。

 すると、女店主は眉を潜めて、こちらに尋ねてきた。


「落とし前とは、どういうことですか?」

「あああん!? 知らねえって、惚ける気かあああああああ!?」

「申し訳ありませんが。何を指しての質問なのか、理解できておりません。なのでお教えくださいませんか?」

「教えろだああ? いいじゃねえか、教えてやるよおおお!」


 俺が人攫いの一人を踏みつける。


「んぐううううううう!?」

「こいつらは、この店が雇ったやつらしいなぁ。なんでも、ダークエルフを捕まえて命令されたそうじゃねえか、あああん?」


 俺が顔を歪めて睨みつけると、女店主はじっと人攫いの顔を見始めた。

 その後で、こちらに提案を一つしてきた。


「……申し訳ありませんが、人相を見るために、目隠しを外しては貰えませんでしょうか?」


 素直に従うのは変なので、ちょっと詰ってみる。


「おいおい、この店の雇い人だってのに、目隠しがあるから人相が分からないってぇのかよおお。薄情な店主さんだなああああー!!」


 店の外にも聞こえるぐらいに大声を出すと、店員が困るとばかりに慌て始める。

 しかし女店主は静々としたもので、うろたえなかった。

 なので演技と本心半々で、舌打ちをしてから、恩着せがましい声を出す。


「チッ! 分かった、こいつらの目隠しを外せばいいんだよなあああ?」

「はい、お願いします」


 俺がさっと目隠しを取ると、久しぶりの明るい光景に、人攫いたちは目を細める。

 その後で、女店主の顔を見ると、必死に助けを求める目と、猿ぐつわでくぐもった呻き声を上げ始めた。


「んううううぅ、ほぅうううううううう!」

「ほおおぉぉおへええ、ほうううううう!」


 尺取虫のように動いて女店主に近づこうとするので、俺は縄を引っ張り、足で踏みつけて止めさせる。


「見ての通り、あんたらは知らぬ存ぜぬって関係じゃ、ねえようだよなああああ?」


 俺が勝ち誇った顔で言うと、女店主は少しだけ非を認める顔になった。


「ええ。その者たちとは面識があります。そして仕事を頼んだことはあります。しかし、ダークエルフを攫ってこいなど――」


 なにやら弁明を始めたので、断ち切るために大声を上げる。


「うるせえええなああああああ! あんたが言った言わねえは、こっちはどうだっていいんだよおおおおお!」


 その後で、俺は乱暴にエヴァレットを腕で引き寄せる。

 そして前に立たせると、彼女の右脇の下から俺は右手を回して乳房を揉む。

 さらに、顔の近くに着た、左の長い耳に唇を這わせた。

 すると堪え切れなかったように、エヴァレットが小さな声を上げる。


「あッ、んうッ――」


 事前に教えていたとはいえ、衆人環視の下なので少し恥ずかしそうだ。

 ごめんねとは思いつつ、役得なので右手で柔らかな感触を楽しみながら、俺は下卑た声を女店主にかける。


「ひっひっひっ。どうよ、いいダークエルフのメスだろぉ? それに、こいつは俺に大変懐いてくれていてなぁ、手放したくないヤツなんだよなああああ」

「……それが、どうしたと?」

「はんッ。おいおい、惚けんなよ。この状況を見りゃ、そこの二人――いや、何人かぶっ殺したから人数はよく知らねえけどよぉ、そいつらが俺のモノに手を出したってわかんだろうがああああ」


 エヴァレットの耳が近くにあるので、怒声は控えめにした。

 それを俺の怒気の種類が変わったとでも思ったのか、店内の人々が俺からさらに一歩離れた。

 しかし、店内から逃げようとはしない。背を向けたら、俺に殺されるとでも考えているのだろう。

 いや、俺はクマじゃないんだから、逃げたって襲ったりしないんだけどなぁ……。

 まあいいかと、顔を店主に向け直す。


「だからよ、分かんだろ?」

「……そちらのダークエルフは、怪我を負った様子はありませんよね。それなのに何を求めるというのです?」


 本当に不思議そうに言ってくるけど、きっと分かってて惚けているんだろうな。

 なので、俺はもっと分かりやすく要求することにした。


「はぁあああぁぁぁ~~~~。分かってねえなあ……」


 盛大なため息を吐くと、一言一言区切りながら要望を伝えつつ、その一言ごとに人攫いたちを一回踏みつける。


「テメエが、変な命令を、出さなきゃ、俺は襲われずに、可愛い奴隷は連れ去られそうに、ならずに、済んだんだ。その、迷惑料を、寄越せって、言ってんだあああ!」

「ンぐ、ぐぐ、ぐんぬうううううう!」

「ごっ、ぐご、ぬぐううぐうううう!」


 人攫いたちが必死に、助けを懇願する呻き声を上げる。

 女店主は軽く唇を噛んで、どうするかを考えているようだ。

 そして、俺の人でなしの行為を見ていた、周囲の客や店員の反応はというと、揃って助けてあげて欲しいという目を女店主に向けている。

 この反応は、俺の目論見通りだった。

 なにせこっちの主張は、手前勝手な要求ではあるけど、決して理不尽ではない。

 襲われて奴隷を連れ去られそうになった、その責任を雇い主に取らせようとしている、それだけだからだ。

 そして奴隷商の店員と、奴隷を買いに来た客なら、自分と自身の奴隷が同じ目にあったらと、思わず想像してしまうだろう。

 襲撃者を倒す実力がないものでも、もしも連れ去られた自分の奴隷が、奴隷商の店先に売られていたらと、考えることだろう。

 その想像の終着に、彼らは俺の行為を――一部納得出来ないにせよ――気持ちは分かるって気分になる。

 そんな結論が、いま女店主に少しだけ非難めいた目を向ける事態に、繋がっているわけだ。

 店員や客の反応の理由が、女店主にも分かるのだろう、酷く悩ましげな顔になっている。

 きっと、俺の要求を突っぱねた場合と、受け入れた場合の、今後の商売への影響を考えているはずだ。

 実を言うと、実際は襲撃については怒ってもいない俺は、どっちに転んでも得なので、余裕綽々な態度で彼女の決断を待った。


「……分かりました。その、迷惑料ですか、それを保証しましょう」


 素直に飲まれてしまい、一度は拒否すると思っていたので、ちょっとだけ肩透かしを食らった気分になった。

 予定では、拒否されたら、外に聞こえる大声で、この店を非難するつもりだったんだよね。

 荒くれ者に見えるように、台詞や動作を考えたのになぁ……。

 まあ仕方がないと気分を入れ換え、俺は下卑た笑みを浮かべる。

 そして、エヴァレットを腕の中から開放して、女店主の肩を慣れ慣れしい態度で掴んだ。


「ひっひっひ。どう、保証してくれんのか、楽しみだぜ。なあ、アンタもそうじゃねえかあ?」

「……ここではなんなので、店の奥でお話しましょう」

「いいぜぇ。たっっぷり、じっっくり、思う存分に、話合おうじぁねえかあ」


 色欲を込めているように聞こえるように、ねちっこい物言いを、女店主に聞かせる。

 この後でどうなるのか想像でもしたのか、嫌悪感と羞恥と怒りが篭った表情を見せてきた。

 おお、怖い怖い。

 そう心の中でおどけながら、俺はエヴァレットと店員の順に顔を向ける。


「おい。店の奥で話し合うらしいぜ。お前にも参加してもらうからよ、こっちにこいや。それとそのマヌケそうな店員。転がっているヤツら、要らねえから引き取ってくれや。随分ボロボロにしちまったけど、骨とかは折れてねえはずだ。すぐにでも働きに出せるだろうぜ?」


 自分勝手に言いながら、俺は女店主の肩を押して、暗に店の奥に案内しろと伝える。

 女店主は振り返って、一瞬キッと睨んだが、次の瞬間には何事もなかったかのように、すまし顔で廊下を歩き出した。

 なんだか企んでそうだな。

 けど、それはそれで面白そうだ。

 そんな事を考えつつ、エヴァレットに恥ずかしい思いをさせたので、お詫びのつもりで頭を撫でながら、女店主の後を追うのだった。

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