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六十一話 教え企むことが、神官の仕事です

 女性たちに説法をした次の日。

 俺は、バークリステと自由神の信徒となった子たちを、魔法で神官職――助祭アコライトの職にした。

 ゴブリンやダークエルフたちがそうだったように、全員がどんな力を使えるのか、自然と自覚したらしい。


「本当に、回復魔法が使えるんだね!」


 まだ三つの目で見ることに慣れないからと、額に鉢巻をしたウィクルが、片目しか見えないクヘッリタが目測を誤って包丁で切ってしまった指を治している。

 ちょっとした傷しか治せないぐらいの、弱い魔法しか使えないようだが、魔法が使えることが嬉しそうだ。

 けど、俺は新しく神官となった全員に、注意を促す。


「回復魔法や体を強化する魔法は便利な分だけ、神からの制約が多くなっています。一度回復魔法をかけてしまった人には、時間を置かないと、もう一度怪我を治すことができません。気をつけてくださいね」

「うん、分かったんだよ!」


 元気よく返事をしたウィクルは、闊達な調子で仲間に合流する。

 自由神の加護を得て、さらには神官として魔法まで使えるようになったからか、彼ら彼女らの表情はとても明るい。

 けど、その輪に加われない人もいる。

 自由神の信徒になりたくないと判断した、あの三人だ。

 彼らは少し羨ましそうに、神官となった子たちを見ているが、俺に膝を折ることはしたくないみたいだ。

 そんなに嫌われるようなことをしたかなと思いつつ、今日は改めて自由神の教えを新たな神官たちに教えることにした。

 といっても、教義は「自分の心に従って行動すること」と単純だ。

 なので、それに対する俺の解釈と、彼らの質疑応答に時間を費やすことにした。


「――という風に、自分がやりたいと思ったことを検証し続けて、自身の心の深遠を見ることが、自由の神の真髄であると、私は考えています。それでは、質問をどうぞ」


 以前にバークリステにした説法の後でそう聞くと、何本かの手が上がった。

 その中から、一番手を上げるのが速かった、変態獣ライカンスロープのラットラを指名する。


「それでは、ラットラ。なにを聞きたいのでしょう」

「はい。自分のやりたいことをやれと仰ってましたけど、そうすると他の人に迷惑がかかることがあるんじゃないでしょうか!」


 なるほど、つい前まで聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教義を学んでいた彼女にしたら、抱いて当然な疑問だな。


「いまのは、いい質問です。たしかに、自分の心のままに行動すると、人に迷惑がかかることがあります。貴女はそれを、悪いことだと捉えているようですね?」

「えっ、人に迷惑をかけるのって、悪いことでしょ?」


 当たり前を問い返す表情と言葉に、俺は首を横に振る。


「いいえ、悪いことではありませんよ。人という生き物は、多かれ少なかれ、他者に迷惑をかけながら生きているものです。それなのに、迷惑をかける行為が悪であるとするならば、人間は全て悪となってしまいますよ」

「ええー。なんだか、納得できないなー。迷惑をかけないように、してきたつもりだしー」


 ふてくされるラットラに、俺は笑いかけつつ、質問をする。


「まあ、実感し辛い部分ではありますね。そうですね――例えば、お腹が空いてパン店にいったとします。最後の一個だけが残っていたので、貴女は幸運だと思いながら、それを買って食べました。これは迷惑をかけてますか?」

「盗んだわけじゃなくて、買ったんだよね。なら、迷惑をかけてないんじゃないよ」

「いいえ、迷惑をかけているのです。もし貴女の後にお腹が空いている人がそのパン屋に入ったとしたら、品切れでパンを買えませんよね。もしかしたら他のパン屋まで行くことになるかもしれません。ということは、貴女がパンを買ったことで、その人に迷惑をかけたことになりますよね」

「ええー、じゃあ、買わなきゃいいってこと?」

「いいえ。その場合は、たった一つのパンが売れるまで、お店の人は店を開いていなければいけません。貴方がパンを買ってくれていれば、その手間が省けるので、迷惑をかけることになります」

「なんだよー。どちらにしたって、迷惑かけているんじゃん!」


 そう憤慨するのは当然で、なにせ禅問答みたいな問題だから、『迷惑をかけない方法』っていう明確な答えってないんだよね。

 けど、俺が欲しい言葉をラットラが言ってくれたので、話は続けていく。


「その通りなのです。今の例で分かるように、人は生きている限り、誰かに迷惑をかけているのです。言い換えるならば、貴女の行動一つが、どこかで誰かの迷惑になるのは、至極当然のことなのです。ならば、自分の心に従って迷惑を誰かにかけることの、何がいけないことなのでしょう?」


 俺の問いかけに、新米神官たちは悩み、けれど明確な答えを出せない。

 そんな中、彼ら彼女らの保護者役であるバークリステが、すっと手を上げる。


「トランジェさま。確かに、人は他者に迷惑をかける存在であると理解いたしました。しかしながら、我がままに振舞うと、その迷惑をかける量や数が増えることになるのではないのでしょうか?」


 新米神官たちは、この切り口があったという顔をして、バークリステに尊敬する眼差しを向ける。

 俺もなるほどと頷いてから、考え違いを訂正する口調を出す。


「その危惧は分かります。ですが、むしろ自由の神の教義に従うことこそが、迷惑の量と数を減らせることに通じると、私は考えています」

「……申し訳ありません。その論理を理解しがたいので、詳しくお教えください」

「いいでしょう。まず、信徒が叶えるべきものは、自分の心の奥底にある真なる欲求、ただ一つだけです。その一つだけを求める行動であれば、周囲に与える影響は極小ですむはずです。そしてその一つだけを求める姿勢は、他の物事に対する寛容性を生みます。つまりは、迷惑を迷惑だとは考えないようになるということです」


 ちょっと言い回しが難しいみたいで、皆がキョトンとした顔をしている。

 なら、もっと噛み砕いて話をしてみよう。


「例えば、ある子はとても綺麗な石が欲しいと思っています。なので、他者がパンを買ったことで自分がパンを買えなくても、その子にとっては興味のないこと――つまり迷惑をかけられたのに、迷惑だとは感じないわけです」


 この言い回しで、バークリステはピンときたようだ。


「つまり、何かを求める対象を一つだけにすることで、他の感心を薄れさせるわけですね。しかし、それではその人は不満が募るのではないのですか?」

「おや、何を不満に思うのでしょう。自分の心から欲するものを手にするための苦行は、苦ではないと思いますよ。バークリステなら、よく分かるとおもいますが?」


 彼女は審問官のペンテクルスに辛く当たられても、へこたれずに仕え続けていた。

 それは彼に仕えることが、神の加護と回復魔法を授かる道だと信じていたからだ。

 そこに多少の不満はあったかもしれないが、加護と魔法が手に入るならと、受け入れていたはず。

 そんな指摘をしてやると、バークリステは納得したように沈黙した。

 すると彼女の代わりにか、それとも俺が言い負かしたように見えたのか、リットフィリアが挑戦的な目で手を上げる。


「戦司教さま。では、自分の求めるものと、他者が求めるものが同じだった場合、どうすればいいのでしょう」


 その点に気がつくとは、この子もバークリステのように頭の回転が早いのかもしれない。

 だから、ちょこっと試したくなって、話をはぐらかしてみた。


「ふむ、中々に難しい質問ですね。私が答えを言う前に、貴女はどうしたらいいと思います?」

「……喧嘩をして、勝ち取る。絶対に渡さない」


 どんなことを考えながら言っているのかは、バークリステの反応を伺っている様子から、なんとなく理解した。

 リットフィリアにとても愛されているんだなって、バークリステを感心しながら、俺は大仰に頷く。


「なるほど。確かに、それもいいかもしれません。しかし、選択肢はいくつもありますよ。それを、上げてしまう。一緒に共有する。次に得られる機会を待つ。他の人に取らせて差し出させる。自分と同じ願いの人を根絶やしにしてから手に入れる。などなど」


 健全なものから不穏なものまで、選択肢を幅広く提示した。

 すると、リットフィリアは悩ましげな表情になる。


「それらの、どれが、一番いいのですか?」


 思わず出てしまったという感じの問いかけに、俺はうさんくさい笑みで応える。


「ふふっ。どれを選択するかは、私に尋ねるのではなく、貴女の心に聞いてください。それこそが、自由の神の教えなのですから」


 そう締めくくると、リットフィリアはやられたって顔をしてから、ムッと俺を睨んできた。

 可愛らしい子に睨まれても、あまり堪えないなって感想を抱きつつ、視線をそらすように他の子たちに顔を向ける。


「さあ、他に質問がある人はいませんか」


 その後も、手が上がる度に質問に答えていき、彼ら彼女らが自由神の教えを深く理解する手助けを続けるのだった。





 勉強会がお開きになると、俺はバークリステと子供たちを、この家の外へと出した。

 もちろん、自由神の信徒にならなかった三人も、一緒にだ。


「あの、本当にやるのですか?」


 バークリステが心配そうに言うが、俺はもちろんとばかりに頷く。


「はい。貴方たちの望みであった、回復魔法は使えるようになりました。でしたら、この町の困っている人に、手を差し伸べることこそが、貴方たちの次なる望みなのではありませんか?」

「それはその通りですが。でも……」


 心配そうな目で見るのは、人間にはない特徴を持つ子たち。

 たぶん、奇異な目を町の人に向けられないやしないかと、考えているのだろう。

 心配は分かるので、俺はその子たちに目を向ける。


「そうですね。では、私が崇める神の信徒らしく、子供たち自身に決めてもらいましょう。貴方たちが手にした力を、どうつかうのかを」


 その問いかけに、子供たちは自分の心に問いかけるように、目を瞑り始めた。

 そして誰に相談するわけでもなく、自分で決断する。


「この力で、人の役に立ってみたい」


 そう、自由神の助祭となった子たちは、宣言した。

 それを受けて、バークリステは自分の非を恥じるような顔になる。


「いま、この子たちに教えられた気分です。わたくしがいつまでも保護者気取りしていては、この子たちの成長を妨げることになりますよね」


 そんな呟きと共に、バークリステは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの巡礼者を装って出発する。

 その直前に、信徒ではない三人を、俺は呼びつけた。


「なんだよ。あいつらの邪魔をするなって言いたいのか?」


 代表するように、マッビシューが言ってきたので、俺は頷き返した。


「はい。彼ら彼女らの行いを、無闇に邪魔をして欲しくありません。もっとも、私の言葉に従うか反発するかは、貴方たちの心で決めてください」

「……また、自分の心ですか」

「自由の神の教え、その根幹ですからね」


 俺が茶目っ気を含ませて言うと、マッビシュー、デービック、アフルンは、拍子抜けしたような顔で、バークリステたちを追いかけていった。

 その後で、俺は家の中に戻ると、隠し部屋に入る。

 中には、捕らえたままの人攫いたちと、エヴァレットがいた。


「エヴァレット、この町の奴隷商の情報は引き出せましたか」

「はい。目隠しと耳栓をつけ、飲まず食わずにおいたためか、それらを外したときペラペラと良く喋ってくれました」


 俺があらかじめエヴァレットに預けていた質問に、人攫いたちは明確な答えをくれたらしかった。


「その中で、この人たちがどのような役割――奴隷販売の重要人物かどうか、分かりましたか?」

「はい。それなりに信用されていたそうです。ダークエルフを襲う計画を任されたのも、そのお蔭だと必死に喋っていました」


 必死に、か。

 助かりたい一心で、嘘を吐いている可能性はあるかもしれないな。

 まあ、実際にこいつらを連れて、その奴隷商に行ってみれば分かることか。

 となると、難癖つけて奴隷たちを見せてもらうためには、エヴァレットを連れて行かないといけないな。

 この人たちが、俺の奴隷を傷つけようとしたって、怒鳴り込むのだ。

 しかしながら、エヴァレットには耳の良さを生かして、バークリステたちが不穏な発言や、密偵みたいなのに会っていないか確認してもらおうと思っていたんだけどなぁ。

 まあ、仕方がないよね。

 バークリステたちを町に放つことは続けるつもりだから、そっちのチャンスはまだあるから、先に奴隷商に話をつけにいってしまおうっと。

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