六十話 自由神の教えを、こっそりと、広めましょう
一夜が明け、バークリステが連れてきた子たちは、俺が伝えた予想を受け入れるか拒否するかを決定した。
多くは予想を受け入れ、バークリステのように自由神の加護を受けたいと、神の力を振るえるようになり人の手助けをしたいと申し出てきた。
拒否したのは三人。
半戦鬼だと思われる、マッビシュー。ダークエルフのハーフだと思われる、デービック。そして樹花人だと予想した、アフルンだ。
「大姉ちゃんの言葉でも、アンタのようなうさんくさい人を信じる気にはならない。それに、オレは人間だ!」
「僕は、自由の神が信仰するに値する神か知るまで、貴方の言葉を聞く気にすらなれません」
「お兄さんを信じる気にならないわぁ。だって、嘘吐きそうなんだもの」
彼らに順番に理由を聞いてみて、それなら仕方がないなって納得する。
俺がうさんくさいのは当然だし、自由神がどんな神か知りたいっていうのは当たり前の欲求で、彼らに秘密にしていることが多いのは本当のことだしね。
「なるほど。三人は自由の神の信徒となることを、拒否するわけですね。構いません。その選択を尊重します」
俺がうさんくさい笑みで、にこやかに告げると、三人は不思議そうな顔になった。
そしてマッビシューは、こっちを警戒しながら、質問してくる。
「なんだよ、それ。俺たちを無理矢理にでも、自由の神の信徒にする気じゃなかったのか?」
「私が奉じるのは、自由の神ですよ。君らの意思を捻じ曲げてまで、なにかを強制するつもりは、欠片もありませんとも」
「……大姉ちゃんは、俺たちを自由の神の信徒にする気、満々だったけど?」
「それはバークリステが、心から君たちの将来を心配した結果でしょうね。
なにせ、本当に人間じゃなく悪しき者の先祖帰りだった場合、どれだけ頑張ったところで、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護は得られません。逆に、私が自由の神の信徒にする儀式を行えば、二日で神の力が使えるようになりますし」
「ふ、二日で!?」
具体的な日数の提示に、マッビシューだけでなく、他の子たちも驚いたようだった。
ゴブリンの集落で実証済みなので、俺は自信満々に頷き、マッビシューたちに再度質問する。
「もう一度言いますが、二日で、神の力を使えるようになります。それでも、自由の神の信徒にはなりたくありませんか?」
しかし、返ってきた答えは、期待とは反対だった。
「ふんっ。二日でだなんて、もっと怪しく思えてきた!」
「そうですよ。僕が知る限り、何年も善行を積んで、ようやく神に力を使うことを認められるんです。そんな短期間でなんて、ありえません」
「本当のことっぽいけど、お兄さんの言葉は、ちょっと嘘臭く感じるわぁ」
あららと、説得に失敗したことに肩を落とす。
でも、もともと強く勧誘する気はなかったので、すぐに三人を自由神の信徒にすることは諦めた。
その代わりに、視線をバークリステへ向ける。
「では、前に約束してありましたし、バークリステの神官にする儀式から始めましょうか」
そう伝えると、意外なことにバークリステは首を横に振ってきた。
「いえ。わたくしが神官となるときは、この子たちと同じときでありたいと思います」
確固たる信念が目に表れている。
もしかしたら、自由神の信徒となれなかった子がいたら、神官の儀式を受けない気かもしれない。
無用な心配なんだけどなって思いつつも、気持ちは分かった。
「では、信徒となる儀式から始めましょう。最初は誰が受けますか?」
顔を信徒となることを了承した子たちに顔を向けると、まっさきにリットフィリアが手を上げた。
「大姉さまと、同じになりたい」
そう理由を語り、早くとせがまれてしまった。
俺は苦笑いしながら、彼女に杖の先を向ける。
「我が信奉する自由を愛する神よ。新たに自由神に膝を折りたいとする者が、我が前に現れた。ついては、この者に自由という名の加護を与えたまえ!」
ちょっとだけ試したいことがあったので、バークリステのときとは違い、無宗派の人を新たに自由神の信徒とするための魔法を使う。
この魔法がもしも弾かれたら、リットフィリアには聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護があるということになる。
その場合、悪しき者に聖大神の加護は与えれないという前提があるので、俺がした彼女が半不死人だという予想は大外れという結論がでる。
もっとも、その心配は必要なかったようで、あっさりと魔法は成功した。
自由神の信徒となったリットフィリアは、不思議そうに手足を眺めた後で、俺に顔を向けてくる。
「神官さま。これで、大姉さまと同じになったの?」
「そうですよ。儀式は成功しましたから、貴女は晴れて自由の神の信徒です」
「そうなんだ。ありがとう、神官さま」
リットフィリアは満面の笑みになると、両手を広げて立ち上がる。
前に立っている俺に抱きついてくるのかと思いきや、素通りしてバークリステに抱きついた。
ちょっとだけ肩透かしを食らった気分になったけど、咳払いして気持ちを誤魔化す。
「こほん。では、次は誰ですか?」
リットフィリアが成功したのを見たからか、信徒となることを拒否した三人以外、全員の手が上がった。
大人気振りに苦笑しつつ、一人一人、リットフィリアにかけたのと同じ魔法をかけていく。
結果、魔法をかけた全員が、自由神の信徒となった。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護を得ていた人が、誰もいなかったようで、予想が間違いではなかったと内心でほっとする。
その心の中を隠しながら、威厳があるように見える態度になって、彼ら彼女らに言葉をかける。
「さて、では新たに信徒となった君たちに、自由の神の教えを伝え――」
発言している途中で、玄関の扉がノックされた。
誰だろうと思いつつ、俺は指でエヴァレットに隠れるよう指示する。
彼女が部屋の中に消えた後で、もう一度扉がノックされた。
俺はバークリステと顔を寄せて、小声で相談し合う。
「誰がきたか、予想はありますか?」
「いえ、皆目検討がつきません。この町にまで巡礼する一団は、そうそういないはずですが」
「そうなると……警戒されないように、女性であるバークリステが開けたほうがいいのでしょうか?」
「そうですね。神官である方が扉を開けるのは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒としては変ですから」
話がまとまったので、俺は椅子に座り直し、バークリステが玄関に向かう。
そして、三度目のノックがされたとき、彼女が扉を開く音が聞こえた。
「はい。どちら様でございましょう?」
「あの、こちらに巡礼の方々がいらっしゃっていると聞きまして、朝食を持ってきたのですが」
「それはそれは、ありがとうございます。食べ盛りの子ばかりなので、助かります」
「いえいえ。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまにお仕えする、偉いお方の役に立てることは、信徒である我々の喜びなのですから」
そんな玄関で繰り広げられる言葉を聞いて、ちょっと悪いことを思いついた。
なので、俺は何気ない風を装って、厳寒に顔を出す。
「バークリステ、お客さんですか?」
「えっ、あ、はい! 朝食を持ってきてくださった、この近くに住む方のようです」
俺が来るとは思ってなかったらしく、バークリステは驚きながら、たどたどしい説明をしてくれた。
玄関の扉の先に顔を向けると、パンや小さなスープ鍋を手にした人を先頭に、様々な年齢の女性ばかり五人立っていた。
彼女たちは、バークリステと俺を交互に見やり、不思議そうにしていた。
なので、俺から声をかけることにする。
「朝食を持ってきていただいたそうで、ありがとうございます。私、神官のトランジェと申します」
「し、神官さま!? こ、これは大変失礼しました!」
跪いて拝礼しようとするのを、俺は押し止める。
「施しを受けるのはこちらなのですから、そう改まらないでください。そうだ、ちょうど信徒に説法をしようとしていたところです。皆さんも、聞いていかれませんか?」
「えっ!? いいのですか?」
「もちろんですよ。持ってきていただいた、パンやスープのお礼代わりにも、どうぞ聞いていってください」
そう優しげに言葉をかけると、女性たちは嬉々とした様子で家の中に入る。
俺は彼女たちを台所に案内して椅子に座らせ、居並んでいる子たちにも説法を始めると告げた。
すると、自由神の信徒になることを拒否した三人が、聞きたくもないと言う態度で、部屋の中へ入っていった。
そんな三人の姿を見て、女性たちは驚いていた。
「い、いいのですか、神官さま。あのような態度を、信徒に取らせて!?」
なんだか、罰を与えるべきだと言い出しそうな彼女たちに、俺は笑いかける。
「いいのですよ。彼らは自分が確立した判断でもって、私の説法を聞かずともよいと判断を下したのです。ひとり立ちしようとする若者には、よく見られる傾向ですよ。そちらのお母さんには、その覚えがあるのではありませんか?」
そう老人手前に見える女性に話を向けると、ゆるゆると頷いた。
「そう言われてみれば、うちの子が若いとき、こちらの言うことをなんでも反対する時期がありました。あのときは、言葉をつくしているのにどうして伝わらないのだろうと、深く悩んだものです」
他の女性にも、覚えがある人がいるようで、そういえばという顔をしている。
共感が得られたようなので、俺は話を先に進めることにした。
「その、反抗する時期というのは、必ずどんな子にでも訪れます。それは、子供が成長しながら育んだ自分の判断と、親が語る言葉の齟齬に考え悩む時期に入った証拠です。そして、それは子供と大人が、どちらも考えを改める時期にきたことを示すものでもあります」
共感を得られたら、自分が望む展開になるように、言葉を紡いでいく。
いまの場合は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのものに似せた、自由神の教えを彼女たちに伝えて納得させることだ。
「両者の考えに齟齬が生まれる理由は、双方の善や悪と判断する基準が違うことから生まれます。おや、基準なんてあるのかなと、いった顔をしていますね。では、例を出して考えてみましょう。
貴女がたが持ってきてくださったこのパン。これは、どのようにして食べますか? はい、そちらの女性のかた」
「えっ!? あ、あの、それは、一口大に千切って、スープにつけて、食べます」
「そうなのですか。では、そちらの方は?」
「えっと、大体同じです。けど、千切る大きさは一口よりも、ちょっと大きいと思います」
二人の答えを聞いて、俺は大仰に頷く。
「なるほど。ちょっとした違いがありましたね。いま尋ねたお二方は、お互いにパンを千切る大きさは気にしていないご様子です。ですが、人によっては、『パンの千切り方は一口でなければならない』、『パンは千切らずに噛み付くもの』、『パンをスープに浸すなんて汚らわしい』、そんな考えを持つ人も多くいます」
そう伝えると、女性たちもバークリステが連れてきた子たちも、信じられないと言う顔をする。
その反応を見てから、俺はちょっとだけ強い語気で言葉を続ける。
「ですが、その考えを持つ人が生まれ育った場所では、それが正しい行いなのです。そしてその場所では、パンを千切ることが悪な行いなのです」
「そんなこと、あるはずがないわ!」
思わず声を発した女性に、俺は掌を向ける。
「そう、その『あるはずがない』という考えこそが、人との間に齟齬を生み出します。自分が持つ正しい常識にはない、ある行いをする人を見て、悪い行いだと人は考えてしまうのです。しかしそれは違います。貴女の常識にないだけで、その人にとっては正しい行いであることなのです」
ほどよく混乱している姿を見ながら、より簡単な話に落とし込んでいく。
「つまり子供が反抗するようになったら、自分のときはこうだったなどと変な理屈を立てないで、彼らの意思を尊重するようにするのです。そう、彼らの思うがままに行動させることこそ、次に彼らが成長するのに必要なことなのです」
「ですが神官さま、それでは子供たちが間違った道に進むことだって――」
たまらずに発言し始めた女性を、俺は手で制する。
「それは当然の心配ですね。しかし、貴女が考える『間違えていない道』とはなんなのでしょう。先ほど私が言った『自分の常識にはないこと』を『間違い』と評しているだけなのではないのですか。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは仰っておいでですよ、人間は善なる存在であると。では、善なる存在が下す判断は、善であるはずではありませんか?」
「そ、それは……」
言いよどむ姿を見て、俺は彼女を安心させるような声色を出す。
「貴女のさっきの考えは、実は間違いではありません。むしろ善なる判断です。
しかしその考えは、まだ子供が幼く、自我を育てる段階のときに使うものなのです。自我が育ちきった子供に対して、やるようなものではないのです。自我が育った子には、彼らがやるようにさせてみて、成功すれば共に喜び、失敗すれば慰めてやることこそが正解なのですよ」
態度から、話しかけている女性が、そうなのかなと半ば信じたところで、あえて放置する。
一から十まで教えるのではなく、八ぐらいまで伝えてから残り二を自らで決断させることで、人は自分の判断だと誤認する。
って、話の伝え方の本に書いてあったしね。
なので、彼女を放置して、話を戻す。
「さて、先ほど私は、『人間は善なる存在である。ならば下す判断は全て善である』という話をしました。では、それに関連する話――人はなぜ罪を犯す人と犯さない人がいて、その違いはなんなのかをお教えいたしましょう」
そこからは、この世界にきたばかりのときに滞在した、あの村でやったのと同じ説法をやった。
村人たちに聞かせたときと同じく、女性たちは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教えだと勘違いして、自由神の考えをその身のうちに取り入れたのだった。




