五十九話 君らの正体を、無理矢理にでも教えてあげましょう
彼ら彼女らの中から、俺の予想がすぐに証明可能な人に、先に話しかけることにした。
まずは最後に自己紹介をしてくれた、肋骨を動かせると言った、アーラィ青年からだ。
「アーラィくん。君に自分の正体を自覚してもらうには、私がある魔法をかけねばなりません。その心構えをしてください」
「あ、あの、その魔法って、痛いんですか?」
「回復魔法なので痛くは――いえ、もしかしたら、痛いかもしれませんね」
痛みがあるかどうかなど、自分に試したことはないので、よく分からない。
そんなあやふやな言葉に、アーラィは不安そうに、バークリステを見る。
しかし返ってきたのは、大丈夫だといった頷きだった。
それを見て、アーラィは心を決めたようだ。
「で、では、その魔法を、お願いします」
「かしこまりました。ではいきますよ――自由の神よ、困難を戦い抜き、絶望することなく敢闘せし者に、最大級の癒しと身を蝕む物の除外を希う」
単体限定最上級回復魔法が発動し、アーラィは足元に現れた光の円から出てきた、光の奔流に包まれた。
「え、え、なに、あ、ああああああーーーーー!!」
困惑から一転して、悲鳴とも雄叫びともつかない声が響いた。
青年少女たちは席を立ち上がりかけ、バークリステが視線で押し止める。
そうしている間にも、魔法は効果を発揮し続け、やがて光が止んだ。
すると、光の中から現れたアーラィの服の中に、異質な膨らみが見て取れる。
俺は予想通りだったなって、表面上はうさんくさい笑顔のまま、心の中では安堵していた。
「な、なんだ、これ??」
アーラィは自分の体の変化に気がついたのだろう、ローブを慌てて脱ぎ始める。
そしてパンツ一丁の姿になった彼には、両腕の下に『もう一対の腕』が生えていた。
「え、ええ?! う、腕が、腕が増えてる!?」
その驚愕の声に、俺は頷いた。
「はい。アーラィくんは、見ての通り、多腕種ですね。たしか聖教本だと、異質な文化を持つ戦闘種族で滅ぼされたと書かれてあった、その種族です」
俺がそう断言しても、アーラィは納得しなかったようだ。
「え、で、でも、さっきまで腕は二本しか!?」
「君が肋骨が動くと思っていたのは、切られた腕の名残りだったのですよ。きっと生まれたときに、両親のどちらかが二対目の腕を切り落としたのでしょうね。異質な見た目の子は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの下では生き難いですから」
衝撃的な事実に、アーラィは四対になった腕を見下ろして、パンツ一丁のまま呆然と椅子に座った。
では次に話す相手に視線を向けると、露骨なまでに怯えられてしまった。
「ウィクルさん、何をそんなに警戒しているんですか?」
「い、いや、だって、自分が人間じゃないって知るのって、怖いんだよ」
「大丈夫ですよ。少なくとも、腕が生えたりはしませんよ。エヴァレット、ちょっと彼女を羽交い絞めにしてください」
「畏まりました」
世間話のような口調で命令したからか、ウィクルは咄嗟に反応できない。
そのため、エヴァレットは易々と彼女を後ろから羽交い絞めにできた。
ちゃんと確保していることを確かめて、俺はアイテム欄から鋭利な手術刀を取り出し、ウィクルの顎を反対の手で掴む。
「はーい、ちょっと痛いかもしれませんが、暴れないで下さいよ。ちょっと深く切ってしまっても、魔法で治してあげますから心配しないで下さい」
「やめ、やめて欲しいんだよ! 刃物の先が、目に刺さりそうで、怖い、怖いんだよーー!」
暴れると手元が狂って危ないのにと思いながら、目を瞑ったウィクルの額に刃を入れようとする。
そのとき、マッビシューが殴りかかってきた。
「やめろおおおおおー!」
「くふっ――」
ゴスッと腹に一撃食らってしまい、思わず口から声が漏れる。
でもトランジェの身体だからか、大して痛くはなかったので、さっさとウィクルの額を横一文字に切り裂いた。
「いいいぅうぅ、痛いんだよーーー!!」
泣き叫ぶウィクルの額の傷口を、指で上下にもっと広げる。
血が滲む傷口の奥に、思い通りの物があったので、俺は手術刀をアイテム欄に仕舞う。
「エヴァレット、ちゃんと押さえて置いてくださいね。あと、マッビシューくんは、いい加減に殴るのをやめてください、ねッ!」
「あだッ――!?」
マッビシューに力いっぱいデコピンして黙らせると、手をウィクルの額に向け、回復魔法をかけた。
あっという間に傷口が『開いたまま』塞がり、痛みがなくなったウィクルはきょとんとした顔をする。
「よかったー。痛みがなくなったんだよ――って、あれ? なんだか、いつも見ているのと、見え方が違っているような??」
不思議そうにするので、彼女にアイテム欄から手鏡を出して見せてあげた。
「な、なーー!? 額に、額に目があるんだよーー!? しかも、もとあった二つの糸目よりも、額のほうが大きいーー!?」
その驚き声を、俺は肯定する。
「その通りです。貴女は三眼種。先祖帰りだからか、第三の目の目蓋が癒着していたようだったので、切り開いて治療をしました。どうです、よく見えるようになったでしょう?」
「た、たしかに、いままでより、ずっと物がみえるよ。でも、見えすぎて、くらくらするんだよ」
きっと、長年裸眼でいた弱視の人が、急に自分に合った眼鏡をかけたみたいに、よく見えるようになったようなものだろう。
まあ、どれだけ見えるかは、俺の予想でしかないけどね。
さて、次々にいこうと、猫の獣人だというラットラに、ある鼻薬を手渡す。
「それを嗅いでみてください。それだけで、正体が判明します」
「そ、それなら、くんくん――んあ、ああああ、にゃあああああああああああ!」
ラットラは薬を嗅いだ瞬間に、全身に一気に毛が生え、顔が虎っぽく変わっていく。
そして体格も、一回り大きくなった。
その変化が終わると、ラットラは自分の体を見て、素っ頓狂な声を上げた。
「なんだーーーこりぃはーーー!?」
「単に獣変化しただけですよ。なんたって貴女は、変態獣なんですから」
「変態獣……猫の獣人じゃないんだね??」
いまいち状況が飲み込めていないようだけど、時間と共に納得してくれるだろう。
ちなみに、さっき嗅がせた鼻薬は、村の中に紛れた変態獣を炙りだすために使う、強制的に獣変化を起こさせる薬だ。
『人狼ゲーム系』って呼ばれるクエストでよく使うもので、怪しいと思った人にはとりあえず投げつけろ、ってのが常識だったっけ。
それはさておき次は、バークリステの横に座る、リットフィリアの番だ。
実はここからが、証明がちょっと難しい。
「さて、リットフィリアさん。貴女には、簡単な身体検査と、幾つかの質問に答えてもらいます。いいでしょうか?」
リットフィリアは、バークリステに顔を向けてから、俺に頷いた。
「分かりました。よろしくお願いします」
「では、まず簡単な身体検査――ちょっと目を見せてもらいますね。真っ直ぐ前に視線を固定しておいてください」
俺は前にバークリステにやったように、彼女の顎を掴むと、角度を変えて瞳を覗き込む。
すると、不死者の証である赤い瞳が、下から覗き込んだときに見えた。
どことなく目の色がバークリステに似ていて、そして妙に親しげに見えたから、もしやと思ったら本当に不死者だった。
では、どの不死者なのか判明するために、質問を重ねていく。
「貴女は回復魔法が効かないはずですが、怪我の治りが早かったりしますか?」
「はい。人一倍、治りが早いです。けど、大姉さまみたいに、すぐには治りません」
ということは、バークリステの種族である半吸血鬼よりも、弱い種族だな。
「大量に物を食べられると言ってましたが、最高でどのぐらい食べましたか?」
「顔ぐらいのパンを、五十個が最高です」
「そのとき、吐いたり、お腹を下したりは?」
「いいえ。むしろ、まだまだ食べられました」
「食べ物に対して、特に好きなもの、嫌いなものはありますか?」
「嫌いなものはありません。好きなものは、チーズやヨーグルト、あと酢漬けとお肉が好きです」
「お肉の焼き加減は、どのぐらいが好みでしょうか?」
「特にありません。けど、半生で食べても、お腹を壊しませんでした」
「……お腹を壊した事態は、あるんですか?」
「うーんと……思い浮かびません」
ふむ、色々と質問をしてみて、これじゃないかなっていう種族が思い至った。
もともと、太陽の下でも自由に動ける不死者っていう条件があったから、大分絞れてはいたんだけどね。
まずは、角度で色が変わる瞳は不死者の証だと、リットフィリアに伝えてから――
「きっと貴女は、半不死人――弱い不死者と人間が交わって生まれた子の子孫で、その血が濃く出ているのだと思われます」
「……それって、ゾンビが祖先ってこと?」
「多食の傾向から察するに、貴女の祖先は死骸食いか、死者食い、そのどちらかでしょう。大まかに考えれば、バークリステの同類ってことですね」
「そう、大姉さまの同類なんだ。なんだか嬉しい」
「わたくしも、リットフィリアが同じ不死者で喜ばしいです」
ゾンビと口にしたときは沈んだ顔だったのに、バークリステの名前を出した途端に、嬉しげにする。
それは、単にリットフィリアが慕っているからか、それとも不死者として上位である半吸血鬼に従いたいという半不死人の欲求がそうさせるのか。
そのどちらか、俺に確かめる術はない。
まあ、当人同士は喜んでいるようだから、無粋にどっちかを確定させる気はないけどね。
さてさて、残りもぱぱっとやってしまおう。
「マッビシューは、その外見と体格で力持ちらしいですね。なら見た目は人と同じで筋肉の出来だけが離れた人型の魔物――半戦鬼でしょうね。クヘッリタの片目が灰色な特徴は、雑血単眼種のもので間違いないでしょう。マゥタクワはその巨体でも、体の作りがしっかりしていることから、小巨人。イヴィガはその小柄さから半邪小人。ウィッジダは肌が緑色なので、弱化森人。スェリッグは汗っかきなのに汗臭くないところから、半水人。アフルンは体臭が蟻が集るほど甘いということなので、樹花人ではないかと思われます。そして――」
一気に告げようとすると、マッビシューから制止する声ががかかった。
「まった、待った! なんだよ、いきなりずらずらと。さっきまで、丁寧に証明してくれてたのに、俺たちは一気に言うだけなのかよ!」
不満そうなマッビシューの顔を見て、それが彼本人というよりも、仲間の扱いに対する不満を代弁しているようだった。
そういえば、さっきウィクルの額を切り裂いたときは、一人だけ俺に殴りかかってきたっけ。
仲間思いの偉い子なんだなと感心していると、マッビシューはうろたえ始めた。
「な、なんだよ、きゅ、急に黙るなよな」
うん、どうやらあまり肝が太くはないようだ。
いやいや、人間観察は後にして、一気に言った理由を話さないとね。
「実を言いますと、一まとめに言った方々に関しては、確たる証拠を提示するのが難しいのです」
正直に語ると、マッビシューは鼻で笑ってきた。
「ふん、なんだよそれ。つまり、アンタは分かってないってことなんじゃないか?」
「マッビシュー! トランジェさまに、失礼な物言いを――」
バークリステが怒ろうとするのを、俺は手で制した。
「そう思われても仕方がないと、理解しています。私が腕を再生させたり、額の瞳を切り出したり、薬で獣変化させて証明した以外の人たちは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護を受けられない、悪しき者だという前提で仮説を成り立たせたものばかりです。なので間違っている可能性はあることでしょう」
俺がそう真摯に聞こえる声で語ると、マッビシューは小難しい顔になって、言い返してきた。
「つまり、アンタの仮説の信憑性が疑わしいってことだろ。そんなのを信じろっていうのか?」
「もっともな意見ですね。なので、自由の神を奉じる神官らしく、私はこう言わせてもらいます――私の仮説を信じて人間ではない種族だと受け入れても、逆に仮説を信じずに自分は人間だと信じるのでも、貴方たちの自由に決めてください。私はその決断を尊重します」
つまり、俺はバークリステに求められて仮説は出したから、判断はそっちに投げっぱなしにするってことだ。
彼ら彼女らの多くが判断を迷う中、アーラィ、ウィクル、ラットラ、リットフィリアは、すぐに決断をした。
「実際に、腕が増えちゃったしね」
「額に目があったの、本人でも知らなかったんだよね」
「こんな風に毛むくじゃらになっちゃったし。で、あの、これ治るよね? 毛深いままとか、乙女のピンチなんだよ?」
「大姉さまと同じって言われて、なんだかしっくり来たから、神官さまの仮説を信じる」
さて残りの人たちはどうなるのかなと思っていると、すぐに判断はできない様子だ。
なので、どう信じるかどうか決めるのは、時間を置いてからとなった。
そうして解散し、それぞれが宛がわれた部屋に入る。
その中で、俺は途中で発言を止められたせいで、デービックという浅黒い肌の青年に、彼がなんの種族か言ってなかったことを思い出した。
ダークエルフのハーフかと考えていたけど、元の世界でもあり得る黒い肌だけしか特徴がないので、彼については一番自信がない。
だからこそ、言うのを最後に回したんだけどね。
そんな自信のない仮説を、俺から伝えに行くのも変な気がして、デービックが聞いてくるまで教えないことにしたのだった。




