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五十八話 町の中に入りました。さあ、自己紹介です

 二頭立ての馬車で大きな町に入り、ある二階建ての一軒屋に向かった。

 少し古びているけど、かなり大きな家だ。少なくとも5LDKはありそうな感じがする。

 そんな外観をみながら、ここに泊まると提案をしたバークリステに視線を向ける。


「本当にこの家を使ってもいいのですか?」

「はい。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒が、各地に巡礼するときに使われる家ですから、この格好であれば周囲に疑われる心配もありません。そして、わたくしたちのような汚れ仕事をする役目を負った者が使う、隠し部屋などもありますので便利ですよ」


 バークリステが言いながら目を向ける先には、目隠しと耳栓をさせて体を縄で縛った、人攫いたちの姿があった。

 つまりは、殺害や証拠の隠滅をするときに、この家の一室を使うとバレないってことなんだろうな。

 けど、まだ彼らは生かしておきたい。

 元の世界にあるファンタジーなお話では、奴隷商や人攫いって、ある意味で得がたい職種なことが多いんだよね。

 彼らは、人攫いに適した場所の情報を持ち、好事家がどんな奴隷を集めているのかを知り、他の奴隷商との繋がりで奴隷を横流してもらいやすい。

 ざっと思い浮かぶだけで、これだけ職業的利点がある。より深く考えれば、もっとあるかもしれない。

 そんな相手を、無闇に殺してしまうのはいただけない。

 情報を隅々まで聞き出すため、隠し部屋というところに、彼らをひとまず入れてもらった。

 その後で、リビングルーム――というか台所と食堂が一緒になったような場所で、俺たちは腰を落ち着ける。

 そして、こちらから話を切り出した。


「さて、こうして腰を据えることもできました。なので、お互いに自己紹介をしませんか?」


 その提案に、バークリステが連れてきた青年少女たちは、懐疑的な目を俺に向けてきた。

 まずはこっちから、ってことかな。


「バークリステから聞いていると思いますが。私は、旅の神官――そして、自由の神を信奉する戦司教ソルジャービショップ。トランジェと申します。こちらが、私の旅の同行者である」

「エヴァレットだ。見ての通りに、ダークエルフ。トランジェさまの一の配下であると、自負している」


 俺に話すのときとは違った硬い口調に、思わず苦笑いしてしまう。

 そして、先延ばしにしてしまっていたけど、自由神の信徒にしておかないとと、心のメモに書き入れておく。

 それはさておき、次はそちらの番だと、俺は手を向ける。

 しかし、誰も口を開こうとしないので、バークリステが指名し始めた。


「では、座った並びにしましょう。では、リットフィリアから」

「分かりました。大姉おおねえさま」


 バークリステに不思議な呼称をした少女が立ち上がる。

 年齢十四か十五ぐらいで、かなり華奢だ。

 抜けるように白い肌。燃えるような赤い長髪。湖面のような青い瞳のどれもが、印象的に映る。


「初めまして、異なる神に使える神官さま。リットフィリアと申します。神に見捨てられている以外には、これといった特技はありませんが、通常でも人の倍は食べないと気分が落ち着かず、いくら食べても太らない体質を持っています」

「この子は、かなり勤勉な子なのですが、いくら経っても神の恩恵を受けられませんでした。それどころか、いくらでも食べられる胃を持つがゆえに、悪食の子として疎まれる羽目になってしまっていたのです」


 バークリステのフォローが入ったが、リットフィリアは首を横に振る。


「大姉さまがとりなしてくれたから、そんなに悪いことされなかったよ?」

「嘘おっしゃい。どれだけでも食べられるなら、大量に出てくるこれでも食べていろって、揚げた虫を食べさせられたこと、知っているんですからね」

「大丈夫だよ。あれ、けっこう美味しかったから」


 平気だと言いたげなリットフィリアに、バークリステは痛ましい者を見る目を向ける。

 その反応から、この世界では、飢えたとしても虫は食わないのが常識なようだ。

 俺としては、日本には虫を食べる地域があるし、佃島で食べたイナゴの佃煮は美味しかったら、そんなに昆虫食に偏見はないんだけどな。

 そんな事を思いながら、自己紹介を進めるために、視線をリットフィリアの隣に座った、痩せぎすな青年に向ける。


「俺はマッビシュー。こんな細いナリだけど、アンタぐらいなら、片手で持ち上げてやるよ」


 随分と挑戦的な自己紹介だなって感じていると、バークリステが笑みを浮かべながら、マッビシューの頭を手を伸ばして叩いた。


「痛いな! 何するんだよ、大姉!?」

「失礼な物言いをしない! トランジェさまは、とても偉大な神官なのですよ!」

「ええー、嘘だぁ~。この人、うさんくさいじゃん」


 マッビシューの言葉に、バークリステは申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 しかし俺は、それを手で制しながら、朗らかに笑う。


「はははっ、その子の言う通りですよ。私って、うさんくさいですよね」


 むしろ、意識してそういう風に振舞っているので、そうとらえてくれないと困るしね。

 俺が怒りもせずに笑ったからか、マッビシューはつまらなさそうに、隣にいる浅黒い肌の青年を肘で突付いた。


「おい、デービック。次はお前だぞ」

「分かっているよ。初めまして、戦司教トランジェさま。僕はデービック。特に特技はありません。白い肌の両親から浅黒い肌の僕が生まれたから、教会に預けられたのだと聞いています」


 そのデービックを皮切りに、次々に自己紹介が始まる。


「マゥタクワ。体が生まれたときから大きくて、今じゃ大人の誰よりも背が高いです」


 身長が二メートル越えの青年の次は、逆に百センチも背がなさそうな子だ。


「イヴィガ。マゥタクワとは逆で、生まれたときから小さかったらしいです。今でもこんな、十歳未満な見た目です」


 そして緑肌の青年、獣人の女の子、汗を手拭いで拭く男の子の巡に続く。


「ウィッジダだ。見ての通り、肌が緑色だ。他の色が肌に染みないから、染色仕事をしていた」

「ラットラだよ。ちょっと毛深いぐらいな、猫の獣人だよ。日向で寝るのが好きだよ!」

「スェリッグっす。汗っかきなんで、喉がすぐに乾いて、水が欠かせません。あまりにも水を飲むから、病気じゃないかって、教会に預けられたそうです」


 そして女の子三人が続いた後で、最後は青年だ。


「クヘッリタ。片方の目が灰色で、見えません。それ以外は特徴はないと思う」

「ウィクルだね。生まれたときから、額が少し出っ張っていて、気味悪いからって捨てられたよ。あと、糸目だよ」

「アフルンよぉ。体から甘い匂いがすることが特徴よ。この匂いのせいで、赤ん坊のときに蟻に集られたらしいわ。これじゃあ畑仕事なんてさせられないって、教会に預けられたわ」

「アーラィって言います。赤ん坊のころ、血まみれで籠に入れられて捨てられていたそうです。あの、他の皆とは違って、特技って言えるか分からないけど。脇の下にある骨を、動かすことができます」

「ほぅほぅ。どこの骨なんですか?」


 普通容姿な気弱そうなアーラィに、手を差し出す。

 彼は右腕を上げて、脇の下のやや背中側に、俺の手を当てる。

 するとたしかに、皮膚の下に太い芋虫でもいるんじゃないかって思わせる、ちょっと気持ち悪い感触がしてきた。


「確かに、骨らしいものが動いていますね。ありがとうございました」

「い、いえ、その、どういたしまして」


 そうやって、十二人の子達の自己紹介が終わった。

 きっとバークリステが、大まかにでも聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護を得られない理由を伝えているのだろう、彼ら彼女らのこちらを見る目はそれぞれ違った。

 挑戦的な顔。何かを欲している目。諦めている表情。縋るような瞳。詐欺師を見るような視線。

 どれにしても、俺の反応を待っているようだ。

 そして待っているのは、保護者という立場らしい、バークリステも同じだった。


「トランジェさま。自己紹介だけが終わったばかりなのに、気が急いているとは重々承知です。でも、この子たちは矢張り私と同じように、何かの先祖帰りなのかどうか、お分かりになりませんでしたでしょうか?」


 多分だけど、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護が得られる可能性があるなら、バークリステはこの子たちをどこかに返すつもりじゃないかなって思った。

 こちらの顔と正体を知られているので、それは止めて欲しいところだ。

 という理由からじゃないけど、俺からしてみれば幸いなことに、彼ら彼女らからしてみれば不幸なことに、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの加護が得られることはないだろう。

 なんたって、悪しき者に連なる種族の、先祖帰りっぽい子たちばかりだし。

 少なくとも、俺の予想上ではってことだけどね。


「では、一人一人。これではないかという種族と、その証拠を提示したいと思います」


 さてさて、ダークエルフの集落で、フロイドワールド・オンラインで過去のクエストを調べて、思い出しておいて良かったな。

 そんなことを思いながら、こちらを見ている青年少女たちに、うさんくさい笑みを向けるのだった。

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