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五十七話 馬車で移動中

 バークリステと思わぬ再開をした後、俺たちは接収した二頭立ての馬車に乗り込み、近くの町へと向かっていた。

 御者台でエヴァレットが馬を操り、その隣でバークリステが連れてきた中から一人の女性が行き先を教えている。

 その他の人たちは荷台に座り、ごとごとと馬車に揺られていた。

 ちなみに、この馬車の持ち主であった人攫いの三人は、目隠しと耳栓に猿ぐつわをして、縄で縛って荷台に転がしてある。彼らの処遇がどうなるかは、町についてから決めることにしていた。

 さて、そんな中、俺は何をしているのかというと、人攫いたちが持っていた偽造書類で、エヴァレットを俺の奴隷とする証文を作っていた。

 町に入る際に、悪しき者であるダークエルフの身分を示すには、これが一番簡単なそうだからだ。

 もちろん、このことを教えてくれたのは、俺の横に座っているバークリステ。

 書式の分からない俺の代わりに、書類を作ってもらってもいる。

 異端審問官の助手だったからか、馬車の中だというのに綺麗な筆跡で、みるみるうちに偽造書類が出来上がっていく。


「助かります。私だけでは、これほど精巧には作れなかったでしょう」


 俺の感嘆に、バークリステは花開くような笑みを向けてきた。


「いえ。この程度のこと、仕組みさえ分かれば、トランジェさまにだってお作りになれますわ」


 嬉々として作業する姿は、まるで恋する男子が隣に座ったときの少女のような、嬉しさが前面に出ていた。

 よほどその姿が普段と違うのか、バークリステが連れてきた人たちが、俺を責めるような目で見てくる。

 きっと、さっき血を啜らせたことを、恋に落とさせる魔法だとでも勘違いしているんじゃないかなって思う。

 違うんだと弁明したいけど、バークリステのこの様子からでは、説得力が皆無だろうな。

 この場での弁明を諦めていると、ガタッと馬車が大きく揺れた。


「あっ――」


 バークリステから、思わず出てしまったというような声が聞こえてきた。

 顔を向けると、彼女が紙に書きかけていた文字が、揺れた弾みで歪んでしまっている。

 そのとき、御者台からエヴァレットの声がやってきた。


「申し訳ありません。大きな石を避けそこないました。馬車の中は大丈夫ですか?」


 周囲の状況を確認するが、荷物が崩れたり、誰かがひっくり返っているようなことはなかった。


「ええ、書きかけの書類が一枚駄目になった以外は、特に大した被害はないみたいですね」


 そう報告すると、エヴァレットから大変にすまなそうな声がきた。


「それは、申し訳ありませんでした。以後は、極力揺れないように気をつけますので、お許しください」

「いえ、そこまで謝ることはありません。予備の書類はいくつもあるようですしね」


 エヴァレットをフォローしてから、俺はバークリステに目を向ける。


「また一から書き直しになるバークリステには悪いとは思いますが、もう一回同じものを作製してくださいね」

「いえ。以前の上司からの意味不明な書き直しの指示に比べたら、書類一枚程度の書き損じなど、さほどの手間ではありません」


 見ててくれといわんばかりに、バークリステは腕まくりをすると、ぱぱっと手早く書き損じる手前の部分まで、あっという間に書き上げてしまった。


「す、すごい、手さばきでしたね」

「はい。以前の職場で、散々に鍛えられましたもので」


 自信満々に胸を張る姿に、審問官ペンテクルスのやつから、どんな嫌がらせや押し付けをされたのかと、目頭が熱くなる思いを抱く。

 そうしている間にも、書類は書きあがり続け、程なくしてエヴァレットが俺の奴隷だという、偽の証明書が出来上がった。


「これで、エヴァレットは私と同行しているのならば、普通に町を歩けるのですね?」

「その通りでございます。ですが、所有奴隷だと示すために、首に印を巻くことが一般的です」

「印とは、首輪とかですか?」


 奴隷には首輪っていうのが、元の世界にあるラノベに多い表現だった。

 どうやらそれは、この世界にも通じるようで――


「そうですね。接合部を溶接して外すことが出来なくした、鉄の首輪が一般的です。あとは、高額な一定条件で魔法が発動する、魔導の首輪がありますね」


 ――やっぱりあるわけね。

 ダークエルフの黒肌に、無骨な首輪は映えそうだ。

 けどそれは、無関係な人ならの話で、この世界にきてからの付き合いであり、肌も合わせたエヴァレットには、ちょっとやりたくない。


「……首輪は拘束の象徴たりえる物です。自由神の教えに抵触するので、つけさせたくはありませんね」


 内心を隠しながら告げると、バークリステは何かを思い出したように、手を叩いた。


「そういう理由があるのでしたら、首に細布を巻くという手がございます。奴隷の扱いに自信があるので首輪などなくても逃げ出さないと、好事家が周囲に知らしめるために、よくやって見せるのだとか」

「ほうほう。それはいい手ですね。使わせてもらいましょう」


 俺は手を動かしてステータス画面を呼び出し、アイテム欄から偽装用かつ装飾用のリボンを呼び出す。

 色は、黒肌と対比して目立つよう、白を選んだ。

 俺が何もない虚空からリボンを取り出したと見えたのか、バークリステが連れてきた人たちの目が、驚きと興奮の色に染まったのが見える。

 ええ~。この馬車に乗り込む前に手の傷を治して見せたときは、そんな反応はなかったのになぁ……。

 ちょっとだけ不満に思いながら、俺はリボンを手に御者台に向かう。


「エヴァレット、ちょっといいですか?」


 用件を話そうとすると、エヴァレットはすっと首を差し出してきた。


「話は漏れ聞こえておりました。どうぞ、首にその細布を巻いてください」


 聞き分けのよさを不思議に感じて、思わず尋ね返す。


「いいのですか? 偽造した書類上とはいえ、この布を巻けば、貴方は私の奴隷となるのですよ?」

「もちろん、構いません。むしろ、トランジェさまの所有物になれるのでしたら、喜んでこの身を捧げたく思います」


 告白にも等しい言葉に、俺と御者台に同席している白いローブ姿の女性が、同時に驚いてしまう。

 エヴァレットが答えを待ち、俺がどう返答しようと考えをまとめる間、ローブ姿の女性は興味津々な目で俺たちを見ていた。

 なんだか注目されてしまっているなと思いながら、俺はエヴァレットに真剣な顔と目を向けた。


「エヴァレット。その自分から誰かに拘束されたいという願いは、本心からですか?」

「はい、心からの願いです。ですが、この不自由を願う心が、自由神の教えに反するというのでしたら、考えを改めたく思います」


 こちらを一心に考えてくれているその言い方は、ちょっとずるいなと思う。

 なので、こちらもちょっとずるく返そうと思った。


「いえ、不自由を望むことは、自身が自由でなければできないこと。本心からの願いであれば、自由の神はお認め下さることでしょう。ただし、それを受けるかどうかは、受ける側の自由であるということも、忘れてはいけませんよ?」


 注意するような言葉に、エヴァレットの瞳に軽い絶望が浮かぶ。


「そ、それは、つまり――」

「はい、こういうことです」


 あまり意地悪をしても可哀想なので、ささっとリボンをエヴァレットの首に巻き、ちょうちょ結びが首の横になるように留めてあげた。

 軽く位置を指で調整して、ぽんぽんと軽く出来たと伝える。

 エヴァレットは、呆然としながらリボンが巻かれた首に手を添えると、ムッとしながら頬を緩めるという、器用なことをした。


「も、もう、トランジェさまは、意地悪です」

「あははっ、ごめんね。エヴァレットの反応が可愛いので、ついつい困らせたくなるのです」


 謝罪を込めて、手指で頭皮を軽く掻くように髪を梳いてあげる。

 恥ずかしがるように、エヴァレットの黒いエルフ耳が動き、つんっとそっぽを向かれてしまった。

 俺は困って後ろ頭を掻いた後、御者台に同席している女性に後を頼み、馬車の中へ戻る。

 すると、さっき見直してくれたはずの人たちが、再び白い目を俺に向けていた。

 今度は、バークリステも加わっている。


「えっと、どうかしましたか?」

「いいえ。随分と、仲が良さそうですねと、思いまして」


 非難するように聞こえる言葉に、俺はあえて余裕の態度を保ちながら返答する。


「長旅を通して、絆を育んできましたので、仲がいいのは当然ですよ。むしろ、旅の仲間を大事にしない方が、人として誤っているのではありませんか?」


 そう告げると、白ローブ集団の反応は二つに割れた。

 それもそうかと納得する人と、そういう問題ではないと言いたげな人たちだ。

 反応を返してくれている間に、何か言いたげなバークリステから、白ローブの彼ら彼女たちを紹介してもらおう。


「それで、聞くのが遅くなってしまいましたが、あの方たちも貴女と同じく、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスに見捨てられている人たちなのですか?」


 質問を受けて、バークリステは俺へ向き直る。


「はい、その通りです。そして、同じように汚れ仕事に従事してきた、仲間でもあります。なので、トランジェさまには、彼ら彼女らにも自由神のご加護を授けていただけたらと思います」


 全員がバークリステと同じ境遇だったらしいと理解して、改めて観察する。

 場の雰囲気が変わったと理解したのか、途端に緊張した面持ちになった彼ら彼女らは、よくよく見ると十台半ばの青年少女ばかりだった。

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