五十六話 色々と試し終えたけれど、これからどうしましょう
ダークエルフの集落を、思わぬハプニングで滅ぼしてしまった。
その後、俺は集落の物品をアイテム欄に全て押し込むと、エヴァレットと共にダークエルフの住む地域から出て、再び森の中を歩いて移動していた。
次の目的をどうしようかと悩んでいたのだけど、俺はいまある人たちを尋問することに集中している。
「さて、貴方たちは、私たちを襲ったことと装備を見るに、人攫いなようですね。そんな人たちが、この森で何をしているのでしょう?」
俺が使用した『悪しき者に鉄槌を』の魔法で、自身の罪の重さ(カルマの悪さ)によって地面にひれ伏している、五人の人たちに尋ねる。
しかし返ってきた答えは、悪態だった。
「なんで、神官がダークエルフとつるんでやがんだ。そもそも、何でこの森に――ぎいああああああああ!」
「聞こえませんでしたか? 何をしているのでしょう?」
悪態をついた男性の手の甲を、かかとで踏みにじる。
魔法の効果によって、彼らは悪人だと決定しているので、こうやって痛めつけても心は少しも痛まない。
けど、最近は行動が過激になりつつあるなって自覚はしているので、骨を折ったりしないぐらいの力で踏んでいる。
でも、早く理由を話してくれないかなと思いながら、徐々に体重をかけていく。
「ぐぎぎぎぎぃ、分かった。喋る、喋るから、手を踏まないでくれー!」
そんな泣き言を聞いて、俺は足を手からどけてやった。
「はい。じゃあ、教えてください。この森で、なにをしていたのでしょう? 魔物でも捕まえに来たんですか?」
「ぐむっ……アンタ、おれ達がここにいる理由に、想像がついているんだろうに」
「また、手を踏まれたいらしいですね?」
足を上げると、その男は口早に理由を喋り始めた。
「この森にダークエルフの住処があると聞いて、捕まえて奴隷にして売ろうとしたんだ!」
「ほうほう。つまり、貴方たちは奴隷商か、そのお仲間ということなのでしょうか?」
「そうだ。けれど、ダークエルフを専門に捕まえているわけじゃない。大きな街の貧民街で孤児をさらったり、道中出会った旅人を襲ったりして、金を稼いでいる。アンタが連れているダークエルフの奴隷だって、きっとおれ達みたいなヤツによって売られた一人だろうさ」
なぜ急にぺらぺら喋り始めたかと思えば、俺をダークエルフの奴隷を買うような好事家だと思ってのことなようだ。
つまり、同じ穴の狢なんだから、見逃してくれと言いたいらしい。
全くの見当違いなので、見逃すつもりはないのだけど、とりあえず質問は続ける。
「この森にダークエルフがいると、どやって知ったのですか?」
「たまたま同じ食堂にいた、アンタと同じ神官かそれの従者っぽい人たちが、この森を目指していたんだ。よくそいつらの会話は聞こえなかったが、ダークエルフがこの森にいるってのだけは聞こえたんだ。なら、神官たちが滅ぼす前に一稼ぎしようって、森の入り口まで馬で先回りしたんだ」
神官ってことは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちだろうな。
なんでダークエルフの集落を、その人たちが目指していたのか気になった。
もしかしたら、俺たちがこの森を出るときに、バッティングするかもしれないなと警戒する。
そして、この人たちを生かす理由も、幾つか思いついた。
「分かりました。そういう事情でしたのなら、私たちを襲った罪を許しましょう――」
俺が静々とした口調で語ると、人攫いたちは露骨なまでにホッとした表情をした。
けど、俺の言葉は終わっていない。
「――ただし一人だけです。残りの四人は、この場で断罪します。なので問いましょう、貴方たちは誰を生かしますか?」
言いながらうさんくさい笑みを向けると、口々に悪態が飛んできた。
「卑劣な神官め! 弱者をいたぶって楽しいか!」
「いい加減に、この魔法を解きやがれ!」
「そうだ。お前だって奴隷を連れているんだ。おれらと変わりないだろ!」
「なるほど。いま発言した三人は、命が要らないのですね」
俺は手にしている杖から、直刀のような隠し刃を抜くと、三人の首を刎ねた。
それをうつ伏せの状態で間近に見た、他の二人が悲鳴を上げようとする。
しかし、その声で殺されるかもとでも思ったのだろう、ガチガチと歯を震わせながら口を閉じた。
俺はそんな二人の様子を、うさんくさい笑みを浮かべつつ見下ろす。
「さて、残りは二人ですか。もう一人を断罪する前に、関係ない話ですが、馬は何頭でこちらに来たのでしょう?」
何気ない質問に聞こえる声を意識したはずだけど、二人は我先にと質問に答え始めた。
「馬と言いましたけど、二頭立ての馬車のことです! とても早く動く、いい馬車です!」
「中には食料と水が詰まった樽があります。なんなら、近くの町まで送迎します!」
「こいつの運転は荒いですよ! 送迎なら、おれが適任です! 快適な道行きを約束します!」
「こいつの運転はとっても下手です! 道の轍に車輪をとられて、横転するのが落ちですから!」
ぎゃーぎゃーと、自分が生き残りがたいために、もう一方を貶し始めた。
彼らの言葉を聞き流しながら、もうそろそろ魔法の効果が切れる時間だなと考える。
「分かりました。とりあえず、お二人はこちらに協力的なようですし、生かしておいてあげましょう。ほら、魔法も解除しましたので、立てるはずですよ」
魔法効果の時間切れを、さも俺の意思で解いたように言う。
すると生き残りの二人は、体が起き上がれることを自覚すると、とりあえずは生き残れたことに安堵しているようだった。
その二人に向けて、俺はパンパンと手を叩く。
「ほらほら、座り込んでいないで、馬車がある場所に案内してくださいね」
「は、はい、今すぐに!」
「こ、こっちです!」
俺の注意を受けて、二人の人攫いは飛び上がるように立ち上がる。
そして、大物を接待する会社員のように、へこへこと頭を下げながら先導を始めた。
俺はエヴァレットと共に、その後についていく。
再び森の中を歩いていくと、俺を先導しなくてよくなったからか、エヴァレットが距離を縮めてきた。
魔物が出てくる危険な森の中なので、腕を組もうとはしてこない。でも、体温を薄っすらと感じるぐらいまで近寄ってきて、嬉しげにはにかんでいる。
同胞たるダークエルフたちの凶行に失望を怒りを感じて以降、こんな風にエヴァレットは俺への好意を隠そうとしなくなった。
男としては嬉しいものの、神官としては依存対象なのかなと感じてしまい、単純には喜べない。
いや、依存してくれるってことは、それだけ好意があるってことでもあるんだから、素直に受け入れておくべきじゃないかな。
そう考えを改めると、俺はエヴァレットの銀色の髪に指を差し入れ、頭皮を弱く引っ掻くように梳いてやった。
この俺の行動が間違いではないことは、エヴァレットの表情がより嬉しそうになったことで、証明されたはずだ。
二人でそんな恋人のようなやり取りをしていると、隙だと思ったのか人攫いの一人が急に走って逃げようとする。
一応は警戒していたので即座に反応し、杖の先をその男の背に向ける。
「誅打せよ」
「ぎゃああああああああ!」
光る球が激突して、男は突き飛ばされたように地面を転がった。
俺は彼が起き上がる前に駆け寄ると、背中を踏みながら、その首筋に杖から抜いた隠し刃を突き立てる。
「――ごぼっ」
「あ、あわわわわわわ」
残っていた仲間が死んで、ついに一人だけになった人攫いの男は、ガタガタと震えだした。
俺は刃の血を振るって落とすと、うさんくさい笑みを彼に向ける。
「貴方も逃げてみますか? いま死ねば、私たちに馬車のありかを教えずにすむっていう、軽い嫌がらせができますよ?」
「い、い、いいえ、いいえいいえ! 嫌がらせしません! 逃げません! 死にたくありません!」
必死に懇願してくる姿を見て、俺はしょうがないなと言いたげな態度で、隠し刃を杖に戻した。
「そう必死に言わなくても、さっきのは軽い冗談ですよ。さあ、馬車に案内してください」
「はい、はいいぃぃ。こ、こっちですうぅ……」
俺は相変わらず笑顔のままなのに、生き残った人攫いは泣きだしそうな顔で、森の中を進み始めた。
そして馬車につくまでの間、何度となくこちらを振り向いて、警戒する姿を見せる。
さらには、馬車が木々の先に見えてきた頃になると、露骨なまでにこっちの意思の確認をしだした。
「殺さないでください。馬車に案内した後で、殺さないでください」
「何度も念を押さなくても、分かっています。こちらに協力的なら、殺しませんから」
「本当ですよね。嘘じゃですよね?」
何をそうまで疑心暗鬼になっているのだろうかと、思わず首を傾げたくなった。
困ったことだと思いつつ、馬車に近づこうとして、俺は人攫いの肩を掴んで近くの茂みに引っ張りこんだ
「ひぃ、お助け――もごがもごが」
悲鳴を上げることは予想していたので、彼の口を手で塞ぎながら、俺は耳に口を寄せる。
「馬車の周りに何人か人影が見えます。馬車に見張りがいるんじゃないんですか?」
俺のこの質問に、男は顔を真っ青になる。
俺が手を外してやると、小声で必死に言い訳を始めた。
「わ、忘れていただけです。だま、騙そうだなんて、思ってません。本当です、本当なんです!」
「……その様子から、本当だと分かります。それで、何人馬車に残っているんですか?」
「ふ、二人です。なにか不測の事態があったとき、逃げられるようにって」
「そうですか――しかし、二人以上いるようですよ?」
「えっ!? そんなはず……」
馬車のある方向を見ると、明らかに二人以上の人影が見えた。
俺がどういうことかと視線を向けると、男は混乱したように首を横に振るだけ。
仕方がないと、エヴァレットにローブのフードを被るよう身振りしてから、三人で馬車に近寄っていく。
俺が背中を軽く押して、人攫いの男に最初に喋らせる。
「よ、よお! なんだか人が増えているようだけど、どうかしたのかよ!」
やけくそなのか、やけに声が大きく、そして演技くさい口調だった。
異常を感ずかれやしないかと、俺は内心で舌打ちしつつ、馬車の近くにいる人たちに顔を向ける。
そして、再び舌打ちする。
人攫いの仲間らしき二人を押さえつけ、馬車を囲んでいる十人ほどの人たちが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの信徒を表す白いローブを着ていたからだ。
面倒な事態になる前に、人数を減らしておこうと、俺はエヴァレットに視線を向ける。
しかし、返ってきたのは了承ではなく、首を横に振っての否定。
けれど、必要がないといった感じの仕草だった。
不思議に思って、もう一度、白いローブの人たちに顔を向ける。
そのとき、一人と目が合った。
「あっ」「あっ」
お互いに誰かを理解して、短い言葉を発する。
そして俺から声をかける前に、その白いローブを来た女性が走り寄ってきて、抱きついてきた。
「お探ししました! トランジェさま!」
豊かな胸に顔を埋められてしまい、言葉が出せなくなってしまった。
俺は女性の腕を軽く押して外すと、胸の谷間から脱出する。
そして改めて、彼女の顔を見ながら、挨拶をする。
「ぷはっ――お久しぶりですね、バークリステ。元気にしていましたか?」
そう。抱きついてきたのは、少し前に俺自らが自由神の信徒にした、ペンテクルスという審問官の補佐役だった、先祖帰りの半吸血鬼であるバークリステだった。
俺が名前を出して挨拶すると、彼女は満面の笑みを返してきた。
「はい、それはもう自由神さまのご加護によって、すこぶる健康的です。あ、でも……」
少し笑顔を陰らせると、もじもじとし始めた。
「どうかしましたか?」
「そのぉ、願うことが叶うのでしたら、あの甘露な雫を再びお与えくださればと思います」
言いながら、俺の目の前で大口を開けて、舌を突き出す。
なんだかエロい見た目だなって思いながら、バークリステが何が欲しいかを悟る。
俺はステータス画面を呼び出すと、ナイフを一本取り出し、掌に当てた。
「我が神よ、夜に属せし子の渇きを癒し、漲るほどの活力を与えたまえ」
呪文を唱えながら、ナイフで掌を斬りつけると、真っ赤な血が出てきた。
痛みに顔をしかめそうになる俺とは違い、バークリステは長年隔てた恋人に出会ったかのように、顔を上気させていた。
「ああ、これです。何度、夢にみては、起きて絶望したことか……」
バークリステは呟きながら、俺の傷ついた手を取ると、傷口に舌を這わせ始めた。
血を舐めとり、口の中に運ぶたびに、彼女は絶頂するかのように体を振るわせる。
それでも足りないと言いたげに、官能的なまでな舌使いで、俺の手から流れる血を舐ていく。
傷口を舌先でなぞらえる、痛くもくすぐったい感覚に、思わず笑いそうになる。
その笑みの形になりかける頬に、突き刺さる視線を感じて顔を横に向ける。
そこにはエヴァレットがいて、俺の様子を鋭い目つきで見ている。
なぜか、ちょっと背筋が寒くなるぐらいに、怖い。
エヴァレットの視線から逃れるように顔を反対に向けると、バークリステと知り合いらしき、白いローブの人たちが非難する目を向けているのが見えた。
思わず、味方をしてくれる人はいないんだなって、視線を空へと向けて逃避してしまうのだった。




