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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
二章 悪しき者たちに会いに行こう
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五十五話 ダークエルフの集落、その終焉を見るがいい

 十匹ずつのレッサースケルトン、ロットンゾンビ、ウィークゴーストたちが、テント内のダークエルフたちに襲い掛かる。


「カタカチカタカチカタカチ――」

「アァーーーーーウゥーーーーー」

「キーーーーーーキーーーーーー」


 合計三十匹が呻き声を上げて攻撃する姿を見ながら、俺はエヴァレットを抱きかかえ、混乱に乗じてこのテントの外に出た。

 そして、すぐに俺たちを追ってこれないように、さらに三種を追加召還する。


「いでよ、スケルトン! ゾンビ! ゴースト! テントの中にいるものを襲え!」


 黒い円が発生し、そこからまた十匹ずつ現れ、俺の号令に反応して動き始めた。

 ちゃんと命令を聞いているのを見届けて、俺は入り口の布を閉じる。

 そのときテントの中から、長老たちのものだと思われる大声がしてきた。


「うろたえるな! 我らには神の加護がある。蘇ったといえど、朽ちかけている死体など、敵ではない!」

「その通り。そして見よ、神の加護により、幽霊であっても我らは攻撃を通じさせることができる!」

「魔物を狩るときと同じように、一人一人が大勢を引きつけている間、精鋭が二人一組で一匹を確実に倒せ――げほげほ」


 三番目の声は、あのジジイのようだったけど、俺が蹴った腹が痛むのか、最後まで言い切れていない。

 その発言を決め切れなかった姿を想像し、俺はほんの少しだけ溜飲が下がった気分になった。

 そんな、ちょっとだけ穏やかになった心で、腕の中にいるエヴァレットを見つめる。


「エヴァレット、貴女はどうしますか?」

「どう、とは?」


 分かっていなさそうなので、詳しく尋ねることにした。


「貴女の祖父のように、私に敵対しますか? それとも私に従って、同胞であるダークエルフを滅ぼす手伝いをしますか? もしくは、何も見なかった関わらなかったことにして、この場から逃げますか?」


 選択肢を提示すると、エヴァレットは少し考え込む素振りを見せる。

 そして、悲しそうな表情になると、その顔を俺の胸元に押し付けた。


「神遣いさま――トランジェさまに、これからも付き従いたく思います。どこまででも、連れて行ってください」

「その決断には、同胞を殺す片棒を担ぐことが付随していたとしても、同じ選択をしますか?」

「……はい。どんな思惑であれ、こちらの求めに応じて願いを叶えてくださった大恩を、謀殺という仇で返そうとするような不心得者どもを、我が親族や同胞だとは思いたくありません」


 その返答が、我が身可愛さから出たものなのか、それとも本心で俺を慕っているかを、今すぐに確かめる術はない。

 でも、そのどちらが正解だとしても、俺はエヴァレットのこの決断を尊重したいと思った。


「分かりました。そして、私を選んでくれて、ありがとう。その決断に恥じない働きを、私はしたく思います。しかし、失望したといえど、同胞は同胞。その血で大事なエヴァレットの手が穢れるのは、私の望むところではありません」

「ああぁ……トランジェさま」


 エヴァレットは胸元から顔を上げて、なぜかうっとりとした表情になっていた。

 そして、キスをねだるみたいに、軽く顎を上げている。

 これってそういう場面だよねって、誰に確認するわけでもなく、心の中で呟きながら顔をゆっくり近づけていく。

 目を閉じたエヴァレットの唇に、俺の唇が触れようとする。

 そのとき、ダークエルフたちがテントの側面を切り裂いて、外に出てきた。

 それを見て、俺は軽く振れる程度に口づけすると、ステータス画面の魔法のショートカットを右手で操作する。


「申し訳ありません、エヴァレット。お客さんのようです」

「……もぅ」


 軽く振れる程度じゃ満足してなさそうな、拗ねているような顔で、エヴァレットは唇に指を当てる。

 その可愛らしい姿を見て、思わず額に口づけをしてしまった。

 エヴァレットは驚き顔になった後で、嬉しさが顔ににじみ出てきたような自然な笑顔になる。

 二人の間に甘い空気が流れかけるが、それをテントから出てきたダークエルフたちに邪魔された。


「あははははっ。我らに力を授けたことが仇となったな。貴様が呼んだあの死人どもは、我らの手によって打ち倒されたぞ!」

「頼みの綱がなくなったのだ。大人しくこの場で、我が孫娘と共に殺されるといい!」

「……ふーん、そうですか」


 偉そうに言う長老は二人。その周りにいるのは、十人ほどの若いダークエルフ。

 視線を左右に向けると、長老の一人と一定年齢以上のダークエルフは、方々にあるテントの中に入っていく。たぶん、武器を取りに行っているんだろう。

 まあ、もともと足止めとある目的のために、最下級のアンデッド種――フロイドワールド・オンラインの初心者用フィールドに出る敵キャラを召還したんだ。

 この事態になるのは、折込み済みだけどね。

 では、神官や斥候になったばかりの彼ら彼女らが、どの程度やるのかの検証を始めようか。


「ふん。あのアンデッドなら、まだまだ呼び出せますよ。起きなさい、スケルトン、ゾンビ、ゴースト。そして、やつらに襲いかかれ!」


 再び黒い円が現れる。

 しかし今回はそれぞれ、七体、五体、三体しか現れない。

 それを見て、ダークエルフたちが嘲笑する。


「どうやら、生み出せる数に限りがあったようだな!」

「何度も同じ相手に、手こずると思うなよ!」


 アンデッド種たちが動き出そうとするより先に、ダークエルフの若者が三人襲い掛かった。

 恐らく、レッサースケルトン、ロットンゾンビ、ウィークゴーストの三種を、手足で打ち倒したのだろう、徒手空拳で殴ろうとしている。

 だが、俺がいまさっき呼び出したアンデッド種たちは、攻撃を受けてもびくともしなかった。

 それどころか、殴りかかってきた彼らに対し、すぐに反撃に移る。


「なっ!? さっきのやつらは、これで――ぐぼぉ!?」

「くそ、捕まれた! 誰か援護に――ぎぃあああああああ!」

「止めろおお! オレの体から、何かを吸い出さない、でく、れ……」


 骸骨に殴られて一人が口から反吐を出して崩れ落ち、腐った死体に噛まれて一人が口から血を噴出させ、幽霊に取り付かれて最後の一人が生気を失った顔で地面に倒れた。

 その結果に、俺と対峙しているダークエルフたちが、驚きと恐怖の表情を浮かべる。

 俺は彼ら彼女らの表情を見て、うさんくさい笑みを向けてやった。


「おや、どうしたのですか? 先ほどの威勢はどこにやってしまったのです?」

「う、うるさい! 先ほど倒した相手とはいえ、油断せずに戦え!」


 あのジジイじゃない方の長老が発した言葉で、ダークエルフたちは慎重に、俺が呼び出したアンデッド三種を攻撃しようとする。


「この骨め、折れろ折れろ――ぐぎいいいぃぃぃ!」

「何でこんなに力が強いの!? 何をする気なの、止めて止めてえあああああああああ!」

「くそ、くそっ! さっきの幽霊には攻撃が当たったのに、なんで腕がすり抜け――あがががががが……」


 しかし結果は同じ、全てが返り討ちになった。

 このことに、攻撃に参加していなかった二人の長老は驚いていた。


「な、なぜだ。テントの外では、死者どもが強くなるというのか!?」


 その予想は違うんだよなーって、俺はほくそ笑む。

 単純に先ほど召還したのが、レッサースケルトン、ロットンゾンビ、ウィークゴースト、それぞれの上位種ってだけ。

 同じような見た目だから気付かないんだろうけど、レッサースケルトンの一つ上位の『スケルトン』、ロットンゾンビの二つ上位『ハングリーゾンビ』、ウィークゴーストの三つ上『バイタルサッカー』。

 ショートカットのキーワードはそのままに、魔法だけを別のものに変えていたってわけである。

 こうして強さの違う三種を呼び出している理由は、この世界のダークエルフたちと戦わせ、この世界の住民が加護を得たら、どの程度の実力を発揮するのかを確かめるためだ。

 それなのに素手の状態とはいえ、彼ら彼女らはスケルトンにすら苦戦している姿に、ちょっと肩透かしを食らった気分になる。

 なにせこの三種類のアンデッド種は、自由神の加護である自由度の拡張によって呼び出せるような、取るに足らない相手でしかない。

 つまり、フロイドワールド・オンラインでは序盤に出てくるような、普通の雑魚敵だ。

 三種の中でバイタルサッカーだけは、序盤の強雑魚って位置づけだけどね。

 もっとも、フロイドワールド・オンラインでなら、俺一人でも武器を使わずに楽に倒せてしまえるぐらいの弱敵だ。

 そしてゲーム内では、ダークエルフ――黒肌のエルフの名前つきや、紫肌のエルフたちは、このアンデッド種の十段以上も上の強敵として登場していた。

 なのに、この世界のダークエルフは苦戦している。

 恐らく、ゲームを始めたばかりのプレイヤーキャラと同レベルか、それより低い感じだ。

 俺が肩透かしを食らった気分になるのも、当然だろう。

 ちらほらと弓矢やグルカナイフのような鉈を持って、ダークエルフたちが援軍にやってくる。

 しかし武器を持っていても、数人がかりで一体のスケルトンを倒すのが精々で、ハングリーゾンビやバイタルサッカーには歯が立っていない。

 バタバタと死んでいくダークエルフたちに、これ以上は観察しても無駄だと判断する。

 早く決着をつけるために、追加でバイタルサッカーを呼ぶとしよう。


「現れろ、ゴース――」

「お待ち、くださいぃ……」


 普通の大きさなのに、体から絞り出したような声だった。

 俺は口を止めて、顔を声が聞こえてきた方に向ける。

 そこに居たのは、枯れ枝のような細い四肢で、地面を這って進んでくる最長老だった。

 誰か世話をつけていたんじゃないかと周囲を確認するけど、アンデッド種を見て逃げでもしたのか、見当たらない。

 何の用だろうと思って、エヴァレットと共に近づこうとする。

 そのとき、スケルトンの一匹が最長老を見つけ、骨の腕で攻撃していようとした。

 話すのに邪魔なので、杖をステータス画面から呼び出し、殴り壊してしまう。

 その後で、俺は最長老を助け起こした。


「どうかしましたか、最長老さま」

「おお、神遣いさま、命を狙われ激怒する気持ちは分かります。それでも、どうか、どうか、お怒りをお鎮めくださいませ」


 震える手で俺の胸倉を掴んで、必死に懇願してくる。

 だが、俺は首を横に振った。 


「残念ですが、できかねます。自由の神は、信徒が心のままに行動することを、強く推奨しています。そして今の私の心は、無礼なダークエルフたちを消し去りたくて仕方がないのです」


 あえて頑なに聞こえる言葉で伝えると、最長老は目に涙を浮かべて、再び懇願し始める。


「どうかどうか、ダークエルフ全てを滅するのだけは、お止めください。我が命をもって、お願い申し上げます」

「申し訳ありませんが、最長老さま一人の命で償えるほど、私の心に宿った怒りは小さくはないのです」

「ならば、ならば、死者に討たれて死した同胞たちと、この事態を指示したであろう長老たちの命で、どうか、どうか……」


 あまりにも必死に頼むので、ついつい絆されて、どうしようかと考える。

 俺のいまの目的は、ダークエルフの集落を滅ぼして、クエストの条件にカウントが乗るかどうかを確かめること。

 滅ぼせる理由を得られることは稀だろうから、この機会を逃したくはないんだよな。

 けど、俺が持つ日本人の感性としては、ご老人が命懸けで頼んでいることを無下にもしたくないって気持ちもあるし。

 色々と考え、その考えている時間で、アンデッドたちがダークエルフをまた一人殺した。

 その悲鳴を聞きながら、どうにか妥協点を見つけ出すことに成功する。


「分かりました。ダークエルフたちは、三長老を自らの手で殺すこと。この集落にある全ての物を捨てて、裸一貫で森に去ること。これらの条件を飲んでくれるのでしたら、命ばかりは助けましょう」

「おお、ありがとうございます、ありがとうございます」

「礼はまだ早いですよ、貴方は同胞たちを納得させるという仕事が、まだ残っているんですからね。説得に失敗すれば、全滅させることに変わりないんですから」


 俺はアンデッドたちにこっちに来るように命令し、続いて待機を命じる。

 キッチリと命令をこなそうとするアンデッドたちに、ダークエルフたちが好機だと攻撃しようとする。

 壊されても追加できるから構わないかなって思ってみていたけど、攻撃が当たる前に最長老の怒声が飛んだ。


「ばかものーーー! ぜは、ぜは――ダークエルフという種を、根絶させる気かーーー!!」


 大声を出して息が絶え絶えになりながらも、最長老は震える手足で立ちあがり、よろよろとダークエルフたちのほうに近づいていく。

 少ない命を燃やしているような雰囲気に、武器を持つダークエルフたちは、身動きが取れなくなった。

 同じく動けなくなっている三長老に、最長老は覚束ない足取りながら、一歩一歩と近づいていく。


「はぁ、はぁ、この馬鹿どもめ。貴様らの野心のせいで、この集落は存亡の危機だ。ぜひぅ、はぁ、どう、責任をとるつもりなのだ!」


 この質問を受けた三長老は、最長老の鬼気迫る雰囲気に怯みながらも、相手が死にかけの老人だと侮った顔をする。


「責任もなにも、その神官を殺しさえすれば、万事解決ではありませんか」

「その通り。それに、いまここで戦いを止めれば、死者に殺された同胞たちは納得しますまい」

「そうです。最長老さまにあるのは名誉のみ。この集落の舵取りをする権利は――」

「この期に及び、保身と権力が大事か、この、大馬鹿どもめ……。種としての死を前にしているというのが、分からんのかー!!」


 堪えきれずに激発したように、最長老は枯れ木のような腕で、三長老を殴りつける。

 意外に威力があったのか、三長老は吹っ飛び、最長老の腕は三つに折れ曲がっていた。

 

「この馬鹿どもでは、ぜはぜは、話しにならん。ふぅふぅ、いいか同胞たちよ、よくお聞き」 


 怒りの口調から、一転して子を諭す親の口調で、最長老は周囲のダークエルフたちに語り始めた。


「あの神遣いさまは、とても慈悲深きお方だ。我らの手で、この馬鹿どもを殺し、この集落にある全てを差し出せば、見逃してくれるとのこと。ついては、選ぶがいい。慈悲に縋って命を永らえ、苦境の果てに再起を望むか。それとも三長老に従い、この場で親兄弟子供ともに命果てるかを」


 最長老の言葉に、生き残っているダークエルフたちが、どうしようかと顔を見合わせる。

 彼ら彼女らが結論を出す前に、殴り倒されていた三長老が起き上がって、最長老に詰め寄った。


「な、なにを、勝手なことを言っているのですか!?」

「そうです。集落の方針は、我らが決めることで、最長老さまが決めることではないはず!」

「そのような条件で我々の命を差し出すなど、敗北も同然ではないか!」

「安心せよ、貴様らだけではなく、この老いぼれの命も差し出す。潔く、ダークエルフの未来のために、死のうではないか」

「「「死にかけの老人と、我らを同列に扱わないでもらいたい!」」」


 ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた三長老と、死を見据えて受け入れながら静かに判断を待つ最長老。

 両者の姿を見て、ダークエルフたちは決断したようだ。


「――長老たちを捕まえろ! そして我らの手で殺すのだ!」

「そうだ! 我らが滅びかけている切欠は、長老たちの誤った判断のせいだ!」

「集落の舵取りを失敗したら、その責任を取るのも、長老の役目のはずだ!」


 わーわーと口々に叫びながら、生き残ったダークエルフたちは、三長老を捕まえ地面に引きずり倒した。

 まさか裏切られるとは思ってなかったのだろう、三人は慌てて捕まれている手足を解こうとする。


「何をする、放せ!」

「うるさい! ここで死ぬことこそ、長老たちの最後の仕事だ!」

「我らを殺したところで、全ての物を失うんだぞ。どうやって生活する気だ!」

「我らが先祖だって、裸一貫な状態から始まったんだ。生きてさえいれば、やってやれないことはない!」

「止めろ! あの神遣いが、本当に約束を守るかわからんだろう!」

「このまま戦ったところで死ぬだけだ! なら生き残る可能性が少しでもある方を選ぶのは、当然だろうが!」


 生き残るための醜い争いを目にして、思わずエヴァレットの様子が気になった。

 視線を向けて表情を確認すると、嫌悪感がありありな目で彼らの醜態を見て、苦々しげに口を歪めている。

 その表情からは、自分が彼らと同じダークエルフであることが恥ずかしい、って思っているんだって伝わってきた。

 なんだか可哀想になり、俺はエヴァレットの頭を胸に抱き寄せて、酷く醜い姿を見せないようにしてやる。

 すると、何かを堪えるように、俺のローブを握り締め、抑えた声で泣き始めた。


「ふぐっぅ……ふぅぇ……」


 俺が背中を撫でてエヴァレットを慰めていると、三長老の悲鳴が聞こえてきた。


「止めろ―! 切っ先を向ける相手が違う!!」

「見なさい、相手は油断しています。今なら不意を打てるはず!」

「祖父の危機だぞ! 助けんか、この駄孫め! エヴァレット、エヴァレットオオオオオオ!!」


 そんな悲鳴の後、すぐに静かになったので、どうやらダークエルフたちの手によって、殺されてしまったらしい。

 最後がどうなったか見逃してしまったが、三つの死体の背中が穴だらけになっているのを見ると、なぶり殺しにされてしまったことは確実なようだ。

 俺自身が言ったこととはいえ、せめて苦しまないように殺してやれよ、って身勝手なことを考えてしまう。

 死体の様子を確認してから、最長老に目を向ける。

 すると、他のダークエルフに立ち去れと力ない身振りで伝えた。

 ダークエルフたちは手にした武器を捨てると、生きていることを喜ぶ顔で森へと走っていき、草むらの向こうへと消えていった。

 そうして集落の中には、俺とエヴァレット、そして弱りきった最長老だけになった。

 最長老は死にそうなほど力のない目を、抱き合っている俺とエヴァレットに向けると、朗らかな笑みを浮かべる。


「その娘のことをお頼みします。神遣いさまについていくことこそが、彼女の幸せであるでしょうから」

「念押しされなくても、もとよりそのつもりです」

「ふっふっ。おせっかいが過ぎましたな――」


 力なく笑い、最長老は槍を一つ拾い上げると、柄尻を地面に置き、切っ先を自分の胸元に当てた。


「――それでは、これにて失礼させていただきます」


 最長老は別れの挨拶をすると、前に倒れるように体の力を抜いた。

 槍の穂先が胸から背中までを貫通する。

 正確に心臓を貫いたのか、地面に横倒しになっても、最長老はもう動かなかった。しかしその顔はとても満足げだった。

 この結果をどう受け取ったらいいか分からず、俺は後ろ頭を掻くと、ステータス画面を呼び出す。

 そして、枢騎士卿カーディナルナイトへの試練の達成条件にある、町村を十個壊滅させる項目を確認する。

 しかし、カウントは乗っていなかった。

 集落内にダークエルフたちがいなくなったので、壊滅させたといえないこともないはずなんだけどなって、増えてない数字を指で押す。

 町や村の規模じゃないと駄目なのか、それとも住民を全滅させるのが必須なのか。

 とりあえず今日のこの結果は、老人の願いに日和った俺が悪いと、納得しておくことにした。

 軽く肩を落として力を抜くと、エヴァレットが俺の左腕をとった。


「トランジェさま。戦闘は終わりましたので、腕の治療をしませんと」

「……ああ、そういえば、ナイフが腕に刺さったままでしたね。ではその治療がてら、この集落にある物をどうするかも決めないといけませんね」


 ナイフの柄を握って引き抜くと、ぴゅっと血が噴き出した。

 フロイドワールド・オンラインでは、体力は自動回復するものだったけど、この世界では少なくとも刃が刺さったままでは回復はしないようだと、新しい情報を記憶に留めておくことにすることにしたのだった。


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