五十四話 ダークエルフたちには、やってみたいことがあるそうです
この集落のダークエルフたちが、全て戯飾の神の信徒となり、様々な職種についた。
三人の長老たちは神官を選択し、その他の多くは森を歩くのに便利な斥候職になり、小数が戯飾の神を喜ばせるための演奏家や舞踏家となった。
一人一人魔法をかけていくのは、とても大変だった。
でも、かけた後の反応を見ると、その苦労が報われる気持ちがした。
なにせ、中二病患者のような、痛々しい発言が飛び出てくるんだから。
「おおー! これが、コレこそが、ダークエルフが本来持っていた力! 素晴らしい、素晴らしい!!」
「くふふふっ。この力さえあれば、苦難の時は終わる。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスなど、どうという相手でもない」
「ああ、神の声が聞こえる。どうやってこの偉大な力を行使すればいいのか、尋ねる前に頭に浮かんでくる……」
まるで思春期のガキのようだなって思いながら、俺はうさんくさい笑みで微笑ましく見てやる。
そうして、集落全てのダークエルフに、彼ら彼女らがいうところの、素晴らしい力を授け終わったところで、宴会を開くことになった。
ダークエルフに信仰が戻った日を、盛大に祝いたいらしい。
宴会場は、一番大きなテント。
その功労者である俺と、俺をこの集落につれてきたエヴァレットが、強制的に主役の座に据えられた。
悲願が叶った最長老も、この日ばかりは無理をすると決めたのか、俺たちの横で涙を浮かべながら座椅子に腰かけている。
そうして主役が揃ったところで、三人の長老たちが音頭をとる。
「皆の衆、今日この日は、我らに信仰が復活した、めでたい日である」
「蓄えていた食材や酒を、この日ばかりは制限なく開放したいと思う」
「さあ、明日のことなど忘れ、思う存分に楽しもうではないか」
三人揃って、果実酒が入った木のコップを掲げる。
「「「乾杯!」」」
「「「「「乾杯!!」」」」」
集まったダークエルフたちも唱和して、ぐいっと酒を一気に飲む。
その後は思い思いに、床に並べられた料理を取り皿に載せたり、テントの端にある樽に入った酒をコップに注いだりして楽しんでいる。
そんな様子を見ていて、俺が少し意外だと思ったのは、ダークエルフの宴会が静かなことだった。
人間なら宴会ともなれば、繁華街の酔っ払いみたいに、大声で歌ったり叫んだりするものだ。
しかし、長命種たるダークエルフは見た目によらない年齢を重ねているからか、老人の晩酌のように静々とした小声で周囲の人と会話を楽しんでいる。
肌の色を抜かせば人間と似た見た目なのに、こういう部分で違いを見ると、やっぱり異種族かつ異文化なんだなって感慨を抱いてしまう。
そんな風に宴会の様子を見ていると、胸と腰だけに布を巻いただけの伝統衣装姿の女性ダークエルフが数人、テントに入ってきた。
たしか、舞踏家になった子たちだったなと思っていると、演奏家になったダークエルフたちが食器を叩いて音楽を奏で始める。
その音に合わせて、女性たちは身をくねらせたり、手や脚を大きく振るったりと、踊り始めた。
楽器もなく食器で奏で、衣装だって野伏り用のものを流用しているだけの、お遊戯にしか見えない拙く原始的な舞踏だ。
でも、俺は彼ら彼女らの姿から、楽しい未来が待っていると核心する者たちが放つ輝きを、見た気がした。
思わず、俺がその一助になったんだと、嬉しくなって微笑んでしまう。
けど、周りに悟られたくないので、手にしている木のコップにある酒を飲むことで、隠すことにした。
そうしてコップの中身が半分ほどになると、別のダークエルフの女性が、木の器を持ってこっちにやってきた。
「神遣いさま、お酒のお代わりはいかがですか?」
どうやら器の中にお酒を入れて、持ってきてくれたようだ。
「ありがとうございます。ありがたく、頂かせていただきますね」
コップを差し出すと、満杯になるまで酒が注がれた。
この彼女の行動を見てか、他の女性たちも料理を取り分けた皿を手に、あれやこれやと世話を焼き始める。
ぐいぐいと来るので、少し気後れしながら、断るのも悪いので受け取っていく。
そのとき、なんだか突き刺さるような視線を感じて、目だけ動かして横を見る。
すると、エヴァレットがとても不機嫌そうな顔と、三白眼になった目をこちらに向けてきていた。
俺がちやほやされるのが、気に入らないんだろうなと悟る。
でも、宴会の主役の座にいる経験なんてないので、やってくる女性たちをどうかわすのが最善かっていう知識は、持ち合わせていなかった。
「あ、あの。これ以上持ってこられても、食べきれるかどうか……」
「えぇ~。せっかく持ってきたんです。受け取るだけでいいですから」
ダークエルフらしい綺麗な顔で懇願されてしまうと、途端に気持ちが弱ってしまうのが、男のサガだ。
エヴァレットには申し訳ないと思いながらも、こうなったら破れかぶれだと、うさんくさい微笑みと共に次から次へと皿を受け取る。
そして受け取ったからには、料理を食べて、酒を飲んでいく。
今まで、塩の入っていない薄い雑穀粥のようなものしか食べてなかったので、久しぶりに美味しい料理に手が止まらない。
ぱくぱく、ぐびぐびと、食事を続けていると、段々と酒に酔ってきたという実感がでてきた。
百八十度ある視界のうち、前方だけにしか意識が向かない。
耳に入る音が、少し遠くなって聞き取りずらくなる。
そして、目がしょぼしょぼして、段々と眠たくなってきた。
これはまずいなと、酔いをさますために、状態異常を治す魔法を使おうと思う。
でも、フロイドワールド・オンラインの魔法は、呪文が長い上に派手で、使うと一発でばれてしまう。
なので俺は、胡坐をかいている膝の上にステータス画面を出現させる。
音楽にあわせて膝を指で叩いている風を偽装しながら、魔法登録式のショートカット機能に、毒を浄化する魔法と、エフェクト抑制の呪文をセットする。
あとは、ショートカットのキーワードを設定すれば、誰にも知られずに酔いをさますことが出来る。
口に出しても怪しまれない言葉を考えていると、俺の目の前に器が差し出された。
顔を上げると、長老の一人――エヴァレットのお祖父さんが、例の薄い雑穀粥を差し出している。
「これを、私に?」
気が利いた言葉がでてこないあたり、かなり酔っているなと、自覚する。
なので、魔法をショートカットで発動するキーワードを、毒の浄化を『あい』に、エフェクト抑制を『かき』にセットした。
画面が見えない人からだと、意味もなく太腿を叩いているように見えたのだろうか、長老は痛ましげな目で俺の口に粥の器の縁を押し当てる。
「酔いが回った際には、この粥が一番の薬となります。ささ、神遣いさま、お飲みください」
「ありがとう、ございます」
無理矢理飲まされるのはゴメンなので、器を受け取ると、長老の手を放させる。
その後で、いつも通り、よく噛んで粥を食べていく。
「もっぐもっぐ。今日は、少し味が、違いますね。なんだか、辛味がある、気がします」
唐辛子や山椒とは違う、おろした大根のような辛味だ。
ああ、粥に大根を入れる地域もあるしなって思っていると、エヴァレットが横から慌てた様子で器を取り上げた。
そして、一口粥を含むと、横に吐き捨て、俺の口に指を突っ込んでくる。
「神遣いさま、吐いてください! 早く!!」
どういうことかと思いながら、酒で判断が鈍った頭でも、エヴァレットの指示に従ったほうがいいだろうと判断した。
しかし吐こうとする前に、エヴァレットと俺はダークエルフたちに引き離され、別々に取り押さえられてしまった。
そのときだった、俺の胃に燃えるような感触が生まれ、脂汗が噴出する。
「ぐぅぅぁぁ、か、きッ――あぁ、い――」
言葉が上手く出せず、喉を振るわせるようにして、一言口に出すのが精一杯だ。
そんな俺の様子を見て、座椅子で楽しげに座っていた最長老が、驚愕の顔で震える指をエヴァレットのお祖父さんに向ける。
「お前は、なんという罰当たりなことを……」
「ふんっ。お飾りである親父殿の指示を受ける気はない。おい、テントまでお連れしろ」
指示を受けたダークエルフの青年が、最長老がテントに連れ出される間に、エヴァレットは押さえつけられながらも、こっちに来ようとしていた。
「神遣いさま、気を確かに持ってください。そして、毒を浄化する魔法をお早く――きゃあああああ!」
どうしたのかと押さえつけられながら顔を向けると、エヴァレットは彼女のお祖父さんに強く拳で殴られていた。
エヴァレットは殴られた頬を押さえもせずに、きっと睨みつける。
「どうして! 神遣いさまを殺そうとするのですか!」
「この馬鹿孫め。すっかりとこの人間に誑かされおって。この、ダークエルフの面汚しめ!」
抑えられていて避けられず、反対側の頬も拳で殴られる。
しかし、エヴァレットの言葉は止まらない。
「我々に信仰と秘術を取り戻して下さった恩人に、あまりの仕打ちだとは思わないのですか!!」
「ふんっ、今は邪神を崇めているようだがな、人間など信用に値する存在ではない! なにせ我らと違い、情勢が悪くなれば、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスに寝返ることが可能ではないか!」
「そうだとしても、宴会を偽装してだまし討ちにするなど、卑劣極まりないとは思わないのですか!」
「我らダークエルフの苦難の道のりを思えば、この程度の行いなど小石ほどの重さの罪にもなるまい。それにこの男が生きていると困るのだよ」
「その理由は恩を仇で返すほどのことなのですか!」
「当たり前だ。お前が話したことによると、この男はゴブリンとジャッコウの里に、信仰をもたらしたのだろう。これ以上、悪しき者とされるものどもに、邪神の力を与えられては困る。将来、ダークエルフが崇める戯飾の神が、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスに対抗する、唯一無二の邪神となるためにはな」
二人の話を聞きながら、要するに俺は用済みだから殺したいって場面らしいと、『毒と酔いが体から消えた状態』で理解する。
さて、いつの間に解毒の魔法をかけたかといえば、押さえつけられて、胃が燃えたかと思ったときにだ。
いや、本当、ショートカットを設定しておいて良かった。
まさか、酔いをさますために設定していたものが、毒を盛られたときの対策になるとは、思ってもみなかったけどね。
あと『かき』と『あい』って、苦しくても出せそうなキーワードにしておいて助かったよ。そうじゃなかったら、キーワードすら呟けなかったかもしれないし。
さてでは、俺に無礼を働き、従者たるエヴァレットを痛めつけているこいつらをどうしようか。
たしか枢騎士卿への試練の達成条件に、『町村を十個壊滅させる』って項目があったな。
ふふふふふっ。ならせっかくの機会なんだから、集落を壊滅させても、この項目にカウントされるか確かめないといけないよな。
ああ、仕方がない。なにせ、俺を殺そうとするような、悪いダークエルフたちなんだ。滅んだって仕方ないよな。
「くくっ、くくくくくくっ……」
思わず俺の口から笑い声が漏れると、俺を抑えているダークエルフが大声を上げた。
「長老さま! 毒が効いて――」
「誅打せよ」
俺の呟きで、ショートカットが起動し、誅打の魔法が発動する。
俺が抑えられながらも手首を捻って、掌を向けたダークエルフへ、光の球が発射される。
「ぐおあああああ!」
体が軽くなったことから、どこかに命中して俺の上から退いてくれたようだ。
俺がうつ伏せから仰向けに体勢を変えると、他のダークエルフたちが慌てて取り押さえようとする。
「誅打、誅打誅打、誅打誅打誅打!」
手から光る球を、一言ごとに一発放ち、俺に近づくダークエルフたちを蹴散らす。
根性を見せて、光る球を食らいながら接近してくるやつには、髪を掴んで引き寄せながらトランジェの鍛えられた体による膝蹴りを顔面に食らわせてやった。その後、念入りに全身に光る球を打ち込んでやる。
そうすると、ダークエルフたちは警戒して、無闇に俺に近づこうとしなくなった。
しかし実力行使では叶わないと分かったのか、別の手段で俺の動きを封じようとしてきた。
「動くな。それ以上暴れるようなら、エヴァレットを殺す」
エヴァレットのお祖父さん――いや、長老のジジイの一人が、肉を切り分けていたのに使っていたナイフを、エヴァレットの首筋に押し当てている。
その様子を見ても、俺は動きを止めようとはいない。
「いやあ、お腹が痛かったなー。まさか、あれほど強力な毒を飲ませられるとは、思ってもみませんでしたよ」
「お、おい、動くなと言ったぞ! まさか、孫娘だから刺せないと、そう思っているんではなかろうな!」
「いえ。そうは思ってはいません。ただ、お好きなさればいいと、そう思っているだけです」
俺は言いながら大きく一歩、近づく。
すると、ジジイは無敵の盾であるかのように、覚悟を決めている表情のエヴァレットで、自分の身を隠す。
「動くな! それ以上近づけば、本当に、本当に刺す!」
「だから、お好きにどうぞ、って言っているじゃありませんか。そうそう、刺すなら、一瞬で絶命させる場所にしないといけませんよ。しかしそうなると、そのナイフを使うという選択肢は駄目ですね。喉を切ろうと、心臓を刺そうと、数秒だけでも生きていたら、私の回復魔法が間に合います」
俺は語りかけながら、すたすたと長老のジジイに近づいていく。
その間に、念のためにショートカットに、単体限定最上級回復魔法を登録し、『癒せ』とキーワードを設定しておく。
あまりに俺が堂々と近づくからか、長老のジジイはエヴァレットに人質としての価値がないと判断したらしい。
「くそっ、最後まで使えん孫娘だ!」
ジジイはエヴァレットを俺に押し付けながら、ナイフを突き出してくる。
痛いだろうなと思いながら、俺は右手でエヴァレットを抱き寄せつつ、左腕でそのナイフを防いだ。
突き刺さったナイフが、熱された棒のように熱く感じる。
けど、表情は意識して、うさんくさい笑みのままに固定。
そして、エヴァレットの位置を抱きながら移動させると、ジジイの腹に全力のヤクザキックをお見舞いした。
「ぐぼおおおおおおおおおお!」
この世界にやってきて、初めて全力で人を蹴ってみたが、サッカーボールを蹴ったぐらいの感触しかなかった。
どうやら、トランジェの体は力持ちらしいと、今の自分の実力を評価しなおす。
そうしている間に、エヴァレットは俺の腕に刺さっているナイフを抜こうとしていた。
俺はやんわりと、それを押し止める。
「治療より先に、お礼をしないといけません。さてさて、たしかダークエルフがイタズラをすると、祖先が怒りにくるんでしたよね」
ちょっとだけ言った内容が間違っている気はしたけれど、俺は片手で画面を操作してショートカットにある魔法を入れ換えていく。
そして、三つの魔法をセットし、キーワードも書き入れた。
「では、さあ、起き上がりなさい。『スケルトン』! 『ゾンビ』! 『ゴースト』!」
設定したキーワードに従い魔法が発動。
三つの黒い円がテントの床に広がり、そこからレッサースケルトン、ロットンゾンビ、ウィークゴーストという、最低級のアンデッド種が十体ずつ出現する。
ご丁寧なことに、ロットンゾンビとウィークゴーストは、ダークエルフの見た目での出現だった。
「さあ、ご先祖様に怒られてくださいね――襲え!」
俺の単純な命令に従い、三種の合計三十体のアンデッドたちは、俺が抱きしめるエヴァレットを除いたダークエルフたちに、一斉に襲い掛かっていった。
 




