五十三話 ダークエルフの決断を尊重しましょう
提示した四柱の神を選ぶのか、それとも選ばずに俺より詳しい神遣いを探すのか。
テントの中は、声を抑えて相談し合う声が続く。
あまりにもひそひそと言い合うものだから、人間の俺を警戒しているんじゃないかって考えた。
「判断を下すにはお邪魔なようですし、私は最長老さまにこの結果をお伝えしに行きたいと思うのですが?」
「ん、うむ。お好きになさるといい。エヴァレット、着いていってやりなさい」
「はい、承りました」
俺とエヴァレットは大きなテントを辞すると、その足で最長老のいるテントへ向かう。
しかし、エヴァレットは中に入ろうとしない。
「どうしたのですか?」
「いえ。ここで待たせていただきたく思います」
なんで拒否するのか分からなかったけど、自由神の教義的にも無理強いはよくないから、俺だけテントの中に入る。
「おはようございます。お加減はいかがでしょうか」
「その声は、神遣いさま。なにようで、ございましょうか?」
「三長老さまたちにお伝えした内容を、最長老さまにもお伝えしておこうと思いまして」
「おお、それでは、我らが神が、判明したのですな!」
嬉しげな声を上げる最長老を押し止めて、今の状況を伝えた。
すると、悩ましげな声が、彼の口から漏れてきた。
「むむぅ~……やはり、何事も、容易くは行かぬものです」
「はい、仰られる通りです。それで、最長老さまはどうお考えですか?」
そう話を向けると、少し首を横に振って返してきた。
「見てお分かりの通り、我は寝たきりの老人。集落のことは全て、三人の長老に任せております。それゆえ、なにを決める権限も持ち合わせてはいないのです」
なるほどねと思いながら、ならと話を少し変えることにした。
「そうではありません。私が最長老さまに聞きたいのは、どの神の御許に死後召されたいかということです」
最長老個人としての意見を、言い換えた言葉で求めると、最長老は苦しげな顔になった。
「なんとっ。それはまた、酷な問いかけです」
「いえいえ。何の権限もない、一人のダークエルフとして、お答えくださればいいのです。私は貴方を、その信徒にする手助けをしましょう」
ダークエルフの集落の決定とは別だと、最長老の望みを聞き出そうとする。
死出の旅路の先にどの神を選ぶのかぐらい、長年苦労して死に瀕した老人には、許されてもいいって気持ちもあるしね。
なのでどんな決定を下すのか静かに待っていると、最長老は目を閉じて長考してから、欲が染み出したような声色を漏らした。
「皆がどう決定するかは分かりませんが、我が魂は戯飾の神に捧げたく思います」
予想していた通りの答えだったけど、俺は念押しをする。
「いいのですか? 伝えた私が言うのもなんですが、間違っている可能性があるのですよ?」
「ふっふ。本当は、違っているかもしれません。ですが、戯飾の神こそ、ダークエルフが崇めていた神であると信じ、逝きたいのです」
なるほど。事実はどうでもよく、過去にダークエルフが崇めていた神だと、信じ抜いて死ぬことが重要なのか。
これも、信仰の形態の一つだろうと納得する。
「それでは、いまここで戯飾の神の信徒となる儀式を行いましょう」
「ふっふ。他の皆が、どの神にするか意見を戦わせているのに、不謹慎でしょうか」
「いえいえ。彼らとて、最長老さまの判断は尊重なさるでしょう。ただし、一人のダークエルフの勝手な決断として、でしょうけどね」
言葉を交わしながら、俺たちは笑顔を向け合った。
その後で、俺は最長老に戯飾の神の信徒化する魔法をかける。
ステータス画面を呼び出し、偽装スキルを使用して、呪文を確認してっと――
「――全ての事柄を飾り踊り楽しむ戯飾の神よ! いまここに信心を取り戻し、貴神の信徒とならんとする者が現れた。ついては、この者をその膝元へと抱え上げ、大いなる加護を与えたまえ!」
テントの中に光の粒が溢れ、最長老の中へと入っていく。
やがて弾けて消えるエフェクトが起こり、魔法は完成した。
「どうでしょうか、神の信徒になった心地は?」
「ふっふ、なるほど。神に抱かれるというのは、大変に心安らぐものです。ああ、これで、思い残すことはありません」
なんだか消え去りそうな台詞をはき始めたので、慌てて声をかける。
「そう慌てて神の御許へ向かおうとせず、集落の行く末を見届けてからでも、遅くはないはずですよ」
「ふっふ。そうですね。この老いぼれの死出の旅立ちに、我が神に伝える土産話の一つもなければ、格好がつきませんか」
苦笑いしながらも、最長老はとても安心した顔ですっと眠りに入っていった。
呼吸と脈があることを確認してから、俺はこのテントから出る。
すると、エヴァレットが神妙な顔で立っていた。
「どうかしたんですか?」
「……最長老さまの決断について、少々考えておりました」
「エヴァレットも、奉じる神を定めたということですか?」
「いえ、まだ定まっておりません。ですが、考えさせられました」
「そうですか。ならば答えが出るまで考え続けることです。思考こそが、自分の心を知る唯一の手段に他なりませんからね」
そう偉そうに説教をしてから、はたと気がついて赤面する。
「そういえば、エヴァレットは自由神の信者ではなかったんでした。今のは信仰を強要するような発言です、自由神の神官にあるまじき行為ですので、忘れてください」
「い、いえ。そんな……」
お互いに意味もなく恐縮し合っていると、不意にエヴァレットの長い耳が小刻みに動いた。
「どうやら、長老たちの結論が出たようですね」
「そうなのですか? よく聞こえますね」
俺は耳に掌を当てて周囲の音を聞くが、風に揺れる木々のざわめきや、軽い虫の声しか耳に入ってこない。
でも、エヴァレットが嘘を言う必要もないはずなので、俺はもう一度大きなテントへと舞い戻ったのだった。
ダークエルフたちが総意として下したのは、戯飾の神を祭るという決定だった。
ゴブリンたちとは違った結果になり、俺は理由を聞いてみたくなった。
「何度も繰り返しますが、戯飾の神は貴方たちの先祖が祭った神ではないかもしれません。それでも、祭ると決定するのですね?」
俺の問いかけに、三人の長老たちは頷きを返してきた。
「うむ。よくよくと話し合いをしてみれば、我々が欲したのは、真なる過去の神ではなく、過去の神であるという保証であった」
「神遣いさまが示された証拠は、その保証足りえる説得力をお持ちです」
「それと、エヴァレットからの情報では、神遣いさまは様々な神の恩恵を与えられるとのこと。真なる加護を頂けるのであれば、それがどの神かなどというのは、瑣末ごとに過ぎんと気付いたのだ」
話を聞いてみると、選んだ選択は同じなのに、最長老は真にダークエルフの神だと信じ、三人の長老たちは打算的な理由から、戯飾の神を選んだようだ。
この違いは、世代間の意識の格差というものだと思う。
たぶん、最長老の世代は親から実感を込めた話しを聞き、悲願として受け入れていた。だが、長老世代以下は悲願だと言い伝えられているから、そうなのだろうと従っていただけな気がする。
でなければ、エヴァレットという大して強くもないダークエルフに、悲願を叶える使命を与えるはずがない。少なくとも、同じ実力なら男性を旅立たせるのが普通だからだ。
そう考えると、エヴァレットはこの集落の風習による、ちょっとした被害者という立ち位置になるのかもしれない。
心の中で、エヴァレット以外のダークエルフは、あまり信用ならないかもしれないと、注意することを決めた。
でも、顔はうさんくさい笑みを保ち、長老たちに喋りかける。
「では、信徒となるための儀式を執り行いたいと思います。それにつきまして――」
「いや、説明は不要。ジャッコウの里なる場所での顛末は聞いてある。信徒となった翌日から、こうなりたいという希望に沿って、多少違った能力を与えて下さるのであろう?」
エヴァレットが伝えたんだろうなと思いながら、手間がなくていいやって話を進めることにした。
「はい、その通りです。説明が不要とあれば、いまからでも信徒となる儀式を始めたく思います。では、誰が一番最初に受けますか?」
質問すると、長老たちは顔を見合わせ、エヴァレットの祖父が手を上げる。
「孫娘が連れてきた御仁だ。同族に真っ先に信を示す役割は、祖父たるものの務めであろう」
まるで毒見のような言い方に、ちょっとだけムッとした。
けど、俺が指定しても波風しか立たないので、さっさと魔法をかけさせてもらうことにする。
「ああ、その場で座ったままで大丈夫です。飾り踊り楽しむ戯飾の神よ。信心を持ち貴神の信徒とならんとする者が現れた。ついてはこの者に加護を与えたまえ」
情緒もへったくれもない、簡略化した上で早口に呪文を唱え、エヴァレットの祖父に信徒化の魔法をかける。
彼の足元に光る円から光粒が飛び出て纏わりつきはじめるが、そのエフェクトが終わる前に、俺は他二人の長老に顔を向けた。
「お次はどちらですか?」
「え、あ、ああ――では、こちらが先だ」
エヴァレットの祖父がなんともなさそうな姿を見て、片方が手を上げる。
同じように情緒のない呪文で、手を上げたほうの長老を、そしてすぐに残る長老にも信徒化の魔法をかけた。
長老三人にが無事そうだからか、テントの側面に並んでいたダークエルフたちが、次から次へと自分もと手を上げる。
一人ずつかけるのは面倒臭いなと思いながら、範囲化ができない魔法なので、順々に延々とかけ続けていく。
フロイドワールド・オンラインの派手な魔法をバンバン撃てるっていう特色から、神通力が他のゲームより多く設定されていてよかった。この人数だと、絶対に途中で切れていたはずだしね。
そうして、テントにいた人たち全員にかけ終わった。
ふぅっと、呪文を唱え続けて弾んだ息を整え、周囲の様子に耳を傾ける。
ダークエルフたちは、またヒソヒソ声になっていたが、感動を分かち合ってはいるようだった。
「おお、これが神の加護。なんとなく、誰かに見守られている感じだ」
「ふふふっ。この力があれば、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスなど、恐れるに足りんな」
「そうだな。森の中に隠れ住む必要はもうない。ヤツラがきたら、返り討ちよ」
なんだか危ない発言が聞こえてきたが、自由神の教義に照らして放っておくことにする。
戦いに挑むにせよ挑まれるにせよ、そしてその結果がどう出るにせよ、それが彼ら彼女らの望みだろうからね。
そんなダークエルフたちの歓喜の声が少しだけ落ちつたとき、長老の三人が揃って手を上げて、全員の発言を抑制した。
「神の加護を実感し、戸惑う気持ちはよく分かる」
「しかし、今はまだその途中である。皆も聞いていたであろう」
「そうだ。明日になれば更なる力を、そこの神遣いさまがお与えくださるのだぞ」
居並ぶダークエルフたちは、そうだったと思い出したようだ。
しかし、得られる力の大きさに酔いしれるように、全員の顔が綻んでいる。
なんとなく過度に期待されているような気がしたが、特に害はないだろうから放置することにした。
そして、この場に居続けても役割はないし、邪魔なだけだろうから、お暇することにする。
「では、用は済みましたので、私は与えていただいたテントに下がらせていただきたいのですが?」
そう窺うと、長老たちは揃って了承してくれた。
「うむ、我らに神の加護を与えてくださったこと、感謝する」
「明日の儀式に差し支えるといけません。ゆっくり休みなさいね」
「エヴァレット。ちゃんと世話をして差し上げるんだぞ」
許可が出たので、歓喜がにじみ出ている顔が並ぶ中を通り、俺とエヴァレットは外に出た。
そして休むためテントへと戻る道すがら、エヴァレットに尋ねる。
「エヴァレットは、戯飾の神の信徒にまだなってませんが、いいのですか?」
そう、先ほどのテントの中で信徒化の魔法をかけようとして、拒否されたのだ。
「はい。まだ、他のダークエルフにも、信徒となってないものもおりますので。それに、戯飾の神を崇めるか、決めておりませんので」
「そうですか。ならゆっくりと悩むといいでしょう。その後に結論を出しても、遅くはないでしょう」
テントの中に入り、ごろりと横になる。
すると、エヴァレットが入り口をしっかり閉じてから、寝転がっている俺に覆いかぶさってきた。
どうしたのかと少し慌てると、エヴァレットの口が耳元に近づいてきた。
「神遣いさまは、わたしが自由の神を選んだら、嬉しいですか?」
消え去るような小声で尋ねられて、背筋がぞくっとした。
その感情の動きを悟らせないように、俺も彼女の耳の近くに口を近づける。
「嬉しいですよ。エヴァレットみたいな、健気で献身的な人が、私の信者ならね」
俺の息がくすぐったかったのか、エヴァレットの長い耳が小刻みに上下に動く。
仕返した気分になり、満足しながら様子を窺った。
エヴァレットは、とても恥ずかしそうな顔になっている。
そして俺と目が合うと、軽くこちらの胸元を小突いてきた。
「え、え? 何で殴られたの??」
「知りません!」
ぷいっとそっぽを向かれてしまい、俺は困惑して後ろ頭をかくと、どうにか機嫌を直してもらおうと試み始めるのであった。




