五十二話 どうするかの判断は、長老たちに任せましょう
その他のクエストを確認しても、カーブスケルトン以上に、ダークエルフの神の手がかりに合う敵キャラは思い浮かばなかった。
なので、戯飾の神が唯一のメイン候補となった。
でも、とりあえず他の神――魔方陣や魔法罠に加護が厚い『数計の神』、霊体や不死種の扱いに長じる『死霊の神』、薬物系の道具の効果を高める加護がある『薬酔の神』も、サブ候補として残しておいた。
なぜ三柱を残したのかは、刺青の模様、降霊、トランス状態という、ヒントに一つずつ符合する神であるからだ。
とりあえず、これで調べものは終わった。
俺が出した候補の神を崇めるのか、それとも違う神だと断じて新たな神遣いを探すのかは、ダークエルフの長老たちに任せよう。
気を抜いてぐったりとテントの床に地面を預けると、俺の腹がぐうぅっと鳴った。
そういえば、ずっと画面とにらめっこを続けていて、食事もとってなかったっけ。
お腹を撫でて減り具合を確かめていると、小さな笑い声が聞こえた。
俺が視線を向けると、エヴァレットはすまし顔で何も気付いていないといった風を装っている。
こっちを気遣ってくれているんだと、判断しておくことにした。
「エヴァレット、お腹が空きませんか?」
「はい。そう仰られてみれば、もう日も陰った頃ですので、たしかに空腹です」
「もうそんな時間になっていましたか。道理でお腹が空くわけです。何か食べましょう」
俺がステータス画面を操作して、食べ物を出そうとする。
その手を、エヴァレットはそっと両手で包んで止めた。
「いえ。どうやら、食事が運ばれてくるみたいです」
「そうなのですか?」
寝転びながら首を傾げると、タイミングを計ったように、このテントの入り口が開かれた。
そこに立っていたのは、二人の男性ダークエルフ。
一人がテントの入り口を開けて、一人が顔ほどもある木の器を二つ持っていた。
その二人を見て、エヴァレットは立ち上がると、器を受け取る。
すると男性たちは何も言わずに、入り口の幕を閉めると、立ち去っていった。
「神遣いさま、夕食がきました」
「そのようですね、っと」
エヴァレットの言葉に、俺は腹筋運動の要領で体を起こし、胡坐をかいて座る。
そんな俺の前に、エヴァレットは木の器を差し出した。
「ダークエルフの集落伝統のスープです。大して美味しいものではありませんが」
「いえいえ。食べられるだけでも、感謝しなければいけませんよ」
受け取って中を見ると、穀物や割った木の実、芋っぽいものや動物の肉が入った、ごった煮スープだった。
器に差し込まれていた、レンゲのような木のスプーンで中身をすくいつつ、心の中で「いただきます」と呟く。
口に入れてみると――けっこうな薄味だった。
なんというか、塩を極力抑えた水分の多い白粥に、クルミと里芋と鶏肉を細かくして入れて煮た感じ。
いい風に言えば素材が感じられる味で、悪い風に言えば単に素材を水で煮ただけの味。
つまりこのスープには、二味も三味も足りない。
うん、エヴァレットが断っていたけど、たいへんに美味しくない。
塩入れたい。もしくは、岩のりの佃煮か梅干。
そんな物足りなさを感じながら、ちらりとエヴァレットの様子を見る。
すると、納得がいかなそうな顔で、木のスプーンを口に含みながら首を傾げていた。
「どうかしましたか?」
「いえ。こんな味だったかなと、思いまして」
言葉を濁したけど、その態度から記憶にあるスープよりも味気なく感じていると、透けて見えた。
「きっと、この集落の外にある料理を食べて、エヴァレットの舌が肥えたんでしょうね」
「そう、なのでしょうか?」
エヴァレットは納得がいっていない顔で、この味気ないスープを一気に食べてしまった。
一方で俺は、よく噛めばちょっとは味が出てくると分かったので、ゆっくりと食べていったのだった。
翌日の朝、エヴァレットを通じて、ダークエルフの神と思われる候補を思い出したと、三人の長老たちに伝えてもらった。
するとまたあの味気ないスープでの朝食の後すぐに、面会予定が組まれた。
ほいほいと呼び出しに応じて、長老たちが待つ大きなテントの中に入る。
すると、なんだかテントの側面に座って並ぶ、ダークエルフたちの人数が増えていた。
昨日は中年の人だけだったけど、今回は若い人も大勢いる。女性の姿もある。
不思議に思いながらも、俺は平然とした風を装って、エヴァレットと共に長老の前に立ち、礼をする。
「私の報告を受け、朝早くにも関わらずこうしてお集まりくださり、大変にありがとうございます」
「いや、ダークエルフの悲願が達成されるかも知れぬとあれば、以後の予定など白紙にして集まらざるを得ないであろう」
「その通り。昨日の今日で判明はすまいと考えていた、こちらの驚きをお察しください」
「して、我らが神とは、いかなるお方なのか、お教えくだされ」
ぐいぐいと食いついてくる長老たちを、掌を向けて制止しつつ、俺はエヴァレットと共に床に座った。
そして、もったいぶった言い方を、うさんくさい笑みを浮かべながら始める。
「私が思い出した、ダークエルフの神ではないかという存在は、四柱あります。主となる候補が一柱、副となる候補が三柱という内訳です」
「ほうほう。しかし、主とする候補があるのに、副候補は要らぬのではないのか?」
「そのご指摘、もっともです。しかしながら、主候補はとても秘匿性が高い神で、私が知る情報はその神の一角でしかないのだと、あらかじめ申し送りしておきたいと思います」
そう断りを入れてから、俺は戯飾の神の神について、説明文に書かれていた通りのことを伝えた。
つまりは、踊り子を擁する芸術神で、戦闘向きの加護があるとは知られていないということを。
すると三人の長老たちは、少し気分を悪くしたような顔をした。
「話を聞くに、我らが伝え聞く秘術とは、関係性が薄いように思えるが?」
「その通りです。この情報だけでは、全く関係がないように思えます」
「ならば、主とする候補とは言えんのではないか」
「だからこそ、副候補を三柱確保してあるのです。ですが、そう結論を急がないでください。まずは、こちらの面を見てください」
俺はステータス画面のアイテム欄から、カーブスケルトンの額面を呼び出す。
画面が見えないダークエルフたちには、虚空から突然に骸骨のお面が出てきたように見えたらしく、どよめきがテントの中に生まれた。
長老は周囲の喧騒を手を上げて抑えると、その手でカーブスケルトンの額面を受け取った。
「ふむ、この面がどうしたと?」
他二人の長老もお面を見て、こちらに首を傾げて見せてきた。
さて、ここからが、架空に架空を重ねる説明の始まりだと、腹を括る。
「まず、その額に刻まれている印を見てください。最長老さまに刻み込まれた刺青に、似ているように見えませんか?」
「ふむふむ。なるほど、似ているようではある。だが、そのままとは言えんだろう」
「その点に付きましては、昨日最長老さまが語ってくださいました。あの刺青を刻む際に、最長老さまの親御さんたちは、幼い頃の記憶からあの図案を起こしたのだと。そしてこうも言っておられました。あの刺青の形は、間違っているかもしれないと」
「つまりは、この面に刻まれている図形が本物で、ダークエルフに伝わるあの刺青の形は、本当は間違っているのだと言いたいのだな」
「いえいえ、あくまでその可能性があると、私は主張したいのです」
俺としては当たり前のことを告げているのだけど、ダークエルフたちにとっては衝撃的だったみたいだ。
長老たちは三人で、周りにいるダークエルフたちは周囲の人たちと、顔を向け合ってひそひそと話し始めた。
場が落ち着くまで待っていると、長老の一人が発言する。
「神遣いさまの主張は理解した。では、この面の図形と戯飾の神との繋がりが何かを、語っていただきたい」
「分かりました。その面はとある寒村に伝わっていたもので、その村では戯飾の神を崇めていたそうです。もっとも、今ではその村も潰えてしまっているかもしれませんが」
フロイドワールド・オンラインでの出来事とはいえないので、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの所為に聞こえるような言葉を選ぶ。
この思惑の通りに、ダークエルフたちは勘違いしてくれたようだ。
「では、どうして聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒たちにより潰えた村の面を、そなたが持っている?」
「詳しくは言えないのですが、どんなものにでも好事家はいるものです。そしてそういった人たちは、様々な表ざたにできない品と、それにまつわる逸話を隠し持っているものです。例えば、先日手に入れたこのジャッコウ族の香水なんかは、悪しき者が作る品であるにも拘らず、今でも影で流通しているそうですよ」
アイテム欄からあの香水を取り出し、示してみせる。
噂に聞いたことがあるのか、それともエヴァレットが旅の内容を伝えていたのか、長老たちは俺の説明に納得したようだった。
「なるほど、理は通る。であっても、別の候補を立てるには、何かしらの理由があるからなのだろう?」
「ご明察の通りです。その面が示すように、戯飾の神と最長老さまのお話と刺青には、多くの接点があります。しかし、面に刻まれた図案は秘奥たる術に関するもののようで、今では失伝していて確かめようがありません」
「それでは、我らの秘術の復活はできないというのか!?」
長老の一人が驚きによる大声を発し、周囲のダークエルフたちが再びざわめく。
だが俺は、うさんくさい笑みをしたまま、静々と話を続ける。
「ご心配には及びません。教徒となり特殊な儀式を受ければ、崇める神から神託が下ります。授かった加護の意味、行使できる力の知識、様々な儀式の行い方。その他様々なことを、聞くことができるのです」
このことは、ゴブリンの集落で神官となったギャルギャギャン長老が、誰にも教えられていないのに誅打の魔法を使えたことから、本当のことだと確信を持って言うことができる。
「なので、今では失われてしまった事柄であっても、神がお認めになった際には神託により秘術を復活することができるのです」
「「おおー」」
俺の説明に思わずといった感じで、周囲のダークエルフたちから感嘆の声が漏れた。
長老たちも、なるほどと頷いている。
しかしここで、俺は注意点を付け加えることにした。
「ただし、現時点では失われた術を確認する術がありません。つまりは戯飾の神を崇め続け、未来で秘奥の術まで神託を得なければ、この神がダークエルフの神であったか否かが判別不可能なのです。なので、主候補であるとは確信しながら、私は別の候補を立てたのです」
そう戯飾の神に関して説明を締めくくると、テント内にいる全てのダークエルフたちが難しそうな顔になった。
そして、長老の一人――エヴァレットのお祖父さんが口を開く。
「ぬうぅ……それは確かに問題である。ならば、本当に我らが神か確認できるまで、神遣いさまがこの集落に残ることは可能ですかな?」
「申し訳ありませんが、私は自由の神の信徒であり、旅する神官です。この集落に留まったところで、戯飾の神の信徒のお役に立てるかは疑問です。それに加え、長命なダークエルフと違い、人間である私は短命です。留まったとしても、秘術の神託が下る前に死ぬ可能性すらあります。そうなってはお互いに不幸でしょう?」
色々と回りくどく言ったが、そこまでの面倒は見てられない、ってことだ。
長老たちはこの返答を受けて、再び悩み顔になる。
だがすぐに、戯飾の神が本当の神かどうかを、一先ず棚上げすることにしたみたいだった。
「結論を出す前に、他の候補についての話も聞かねばならんだろう」
「その通り。もしや、そちらの方が本当の神であると、話しを聞いてみて分かるかもしれない」
「さあ、神遣いさま。副の候補たる三柱の神について、お話を聞かせていただきたい」
「構いませんよ。まずは、数計の神の神からです――」
そこからは一通り、数計の神、死霊の神、薬酔の神の事を伝えた。
この三柱の神々は、戯飾の神に比べて、直接的な効果がすぐに期待できる。
数計の神なら、魔法陣や魔法罠による、攻撃と妨害の能力。
死霊の神なら、不死種の召還による手勢の安易な確保と、呪い系統の魔法。
薬酔の神なら、薬の調合、酒の生成、それらを使った身体能力の向上。
つまり、各方面に役に立つ加護を持った神々だ。
いま分かっている単純な性能から言えば、戯飾の神を諦めてこの三柱のどれかに乗り換えた方が、フロイドワールド・オンラインの常識には合っている。
これはゴブリンの集落でもやったように、古い神を崇めるのか、新しい神に乗り換えるのかという話でもある。
ゴブリンたちは新しい神を崇め、離反者が出る結果になった。
ではダークエルフたちは、どう決断し、どうするのだろうか。
「――候補の説明は以上となります。この四柱の候補の一つを選ぶのか、もしくは私とは別の神遣いを探していくのか。それは貴方がたにお任せいたします」
自分本位な思惑を隠しながら、そうして俺は全ての説明を終えたのだった。




