五十話 ご挨拶もそこそこに、調べ物に集中しましょう
最長老のテントを辞して、外に待っててくれていたダークエルフと共に、来た道を引き返す。
俺は手がかりを元に、フロイドワールド・オンラインに条件が合う神がいたかを、記憶を紐解きながら考えていく。
そうしている間に、エヴァレットが入っていった巨大なテントの前までやってきた、中に入るようにと案内された。
「次は、エヴァレットのお祖父さんに、挨拶をすればいいのですか?」
「はい。あ、いいえ。エヴァレットの祖父だけではなく、全三名の長老たちが面会を希望しています」
最長老の次は三人の長老か。
ああ、堅苦しい話が続きそうだ。
思わず、肩が懲りそうだと思ってしまう。
しかし、顔にはうさんくさい笑みを貼り付けて、巨大なテントの中へと入る。
すると奥には、エヴァレットとまだまだ元気そうな老人たち―長老たちが腰かけていた。
そして、テントの側面そって並ぶ、中年っぽく見えるダークエルフが十人ほどいる。
おいおい、人数が違うじゃないか。
要らないサプライズに内心では驚きつつ、外見は平静を保ちながら、テントの中を歩いて長老たちとエヴァレットの前で止まる。
「長老さまがた、お初にお目にかかります。私は自由神の神官で、名前をトランジェと申します。此度はそちらのエヴァレットの案内で、このダークエルフの集落にやってまいりました」
そう発言した後で俺は、さっさと長老とエヴァレットの前に座ってしまう。
さきほど面会は長老たちだけに求められたので、他のダークエルフは居ないものと扱うことにしたのだ。
すると、俺の態度を無礼だと思ったのか、横にいる中年ダークエルフたちがざわめき始める。
さあ、なんといってくるかなと、論破するつもりで心構えをした。
しかし、長老の一人が手を上げると、漣だったかのように、ざわめきは消えていってしまった。
静かになったことを確認してから、長老の三人が順々に口を開く。
「初めましてだ。旅の神官であり、我らダークエルフが長年探し続けた、神遣いの若者よ」
「最長老さまにお会いしたばかりだというのに、こうしてまた呼びつける真似をしてしまい、汗顔のいたりです」
「そしてこれは長老ではなく個人的なことになるが、我が孫娘を救っていただけたそうで、感謝の念に耐えぬ」
どうやら、エヴァレットを横に置いている人が、彼女のお祖父さんなようだ。
孫の元気な姿を見たからか、少しだけ頬を緩めている。
しかしながら、三人とも長命種の長老だけあって、一筋縄ではいかなそうな面構えだ。
気を引き締めなおす。
「それで長老さまがたは、私に面会を希望したとのこと。どのようなご用件がおありか、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「用件は、もちろん、我らがダークエルフの神、または秘術について、そなたが知ることがないかを聞きたかったのですよ」
一人の長老の言葉を受けて、周囲の中年どもも頷く。
期待する目が並ぶ中、俺は呆れたという態度を、あえてとった。
「つい先ほど最長老さまから、昔話と手がかりを聞かせていただいたばかりですよ。気を急きすぎじゃありませんか?」
「それほど、我らは求めているのだと、理解していただきたい。それで、どうなのですかな?」
身を乗り出してきたので、よほど重要視しているのだろうとは、その態度でわかった。
だが、候補すら思い浮かんでいない今の俺は、この場で何かを明言するつもりはない。
「生憎ですが、私は記憶を辿る時間すらなくこの場に座っているので、神や秘術について知っているかは返答しかねます」
「うむ、なるほど。それは道理」
「では、この場にて思案していただき、何かを思い出したらすぐにお教えくださいませ」
「……申し訳ありませんが、私は落ち着いた環境で、自身の記憶を紐解きたいと考えています。このような、人の必死な目が多数ある場所に晒されていては、思い出せるものも思い出せなくなってしまいます」
俺は考え事は静かにやりたい派だ。
それと、記憶を手繰るヒントを得るために、ステータス画面を出して操作する必要がある。
画面が見えないダークエルフが、俺が動かす手を見てどういう意味かと口を挟んできそうな気がする。
なので、人目のないところでの作業は必須だ。
「もう一度、あえて強い口調で言わせていただきますと、このテントの中で考える気は一切ありません」
俺が頑なに拒否すると、ダークエルフたちがまたざわめいた。
今回は三人の長老も内緒話をしているので、止める役がいない。
俺は黙って、その光景を見続ける。
少しして、長老間で話し合いが終わったのか、手を上げてざわめきを止めた。
「分かりました。では、神遣いさまの仰るとおりに、静かな環境を作りましょう」
「それが一番の早道であると、考えられますしね」
「そうだな。世話役には、我が孫娘が適任だろう。旅を経て、お互いに慣れているだろうからな」
長老の言葉を聞いて、中年エルフたちが、このテントから出て行った。
どうしたのだろうと思っていると、長老の一人が説明してくれた。
「いま、個人用のテントを張らせております。総出で作業をしているので、すぐに終わることでしょう」
「以後、神遣いさまは、そちらで静かに我らが神と秘術について、思い出してくださいませ」
「必要なものがあれば、我が孫娘に申しつけを。可能な限り手配することをお約束します。頼むぞ、エヴァレット」
「はい、お任せください」
長老たちとエヴァレットの反応を見て、なんだか責任は重大そうだ。
なのに、役に立つか分からない手がかりしかない状況を自覚して、少し嘆きたくなったのだった。
個人用のテントと言われて入ると、五人は優に入れそうな大きさと、背伸びして手を上に伸ばしても当たらない高い天井があった。
一先ず、このテントがこの集落内での居場所だと実感して、俺の気分は和らいだ。
俺はテントの端に座ると、長時間の調べ物をするために、胡坐をかくと頬杖をつきながら、ステータス画面を呼び出した。
まずは、偽装スキルで見ることが出来る神の一覧を眺めて、最長老にもらったヒントに合う神を探していく。
そして探しながら、テントの入り口に座ってこちらを見続けるエヴァレットに、視線を向ける。
「誰も見ていないのですから、少し気楽にしてはどうですか?」
「いえ。周囲の人たちが、気を揉んでいる中、気楽になどできません」
この集落に入って、一段と真面目になったなと思いながら、彼女の好きにさせることにした。
そして目を画面に戻し、フロイドワールド・オンラインの神々を、よく知っているものだけ除外していく。
なにせ、あの刺青は見たことがない模様だった。
逆を言えば、あまり知らない神が候補として残るわけだ。
ヒーリングマネージャーという、フロイドワールド・オンライン独自の役割をこなしていたため、色々な神について俺は詳しい。
なので、知る知らないで除外するだけで、大半の神は選考外にできた。
そこからは、残った候補を一つ一つタップして説明文を読んでいくという、根気がいる作業が始まる。
なにせ残っているのは、ゴブリンたちに伝えた業喰の神や賎属の神みたいな、名前だけでは特徴を判別できない神々ばかりだ。
長年ゲームをやってきた俺ですら、今日始めて説明文を読んだなんて、マイナー過ぎる神すらある。
なので説明文を端から端まで読む必要があるので、一柱の神を調べるだけで三分は優にかかった。
一時間ほどずーっと調べていたが、ここまで刺青に関する神は、やっぱりいない。
残りの候補は片手で数えられるぐらいしか残っていないが、刺青と関係が有りそうな名前には見えない。
それでも望みをかけて調べるが、やっぱり刺青とは関係がない。
「あー……この方法では駄目ですか……」
一時間以上が徒労に終わったことで、俺は気力を失い、呟きながら寝転がる。
そして、もうダークエルフの神はこの世界独自の神でいいじゃないかと、結論付けたい気持ちになった。
しかし心配そうな目を向けるエヴァレットを見て、もう少し頑張ろうと気を持ちなおす。
だけど、座りなおすほど立ち直れなかったので、寝ながら次はどうやって調べようかと考えながら、画面を操作する。
なにか調べ物にいい道具はないかと、アイテム欄を捲っていく。
店売り品やそれを改造したものばかりで、低レアすら少ししかない俺の貯蔵品には、そんな便利な物などなかった。
ちぇっと思いながら、ふと少ない低レア――少し苦労すれば倒せるボスから手に入れたアイテムが、目に止まる。
そういえば、ボスキャラや敵キャラにもマイナーな神の信徒はいて、プレイヤーが知らない戦法を取ったりするんだった。
中には、その神の信徒でも高位階のものしか使えない、隠された秘術を操る敵もいたりしたっけ。
そこではたと、ダークエルフの秘術――つまり複雑な模様の刺青も、そいういう隠された秘術の一つだったのではないかと思い立った。
けど、自由神の加護である自由度の拡張範囲の外にある秘術だとして、それをどうやって調べるか。
少し考え、俺は『依頼・指令』をタップする。
そして、達成済みだけが残るように操作した。
よっし、これを一つ一つ見ていくぞ。
それで、刺青――だけじゃなく模様が体にあった魔物と、その依頼や指令で戦わなかったかを思い出していこう。
「しかし、多いなぁ……」
けど、思わず愚痴ってしまう。
なにせ、自由神の加護で自由度が広がったことで、色々な依頼や指令を受けてきた結果、画面には膨大な数の達成済みの項目が並んでいたのだから。




