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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
二章 悪しき者たちに会いに行こう
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四十九話 最長老は生き字引に相応しい御仁でした

 最長老がいるというテントに入ると、懐かしい匂いがした気がした。

 幼い頃の長期休みに遊びにいった、祖父母の住む家で嗅いだものに似ている。

 そんな過去を思い出しながら、テントの中を観察する。

 荷物は人が入れそうな大きな鞄に一まとめにされていて、かなり殺風景だ。

 テントの中央には、布団のような物が敷かれていて、中に誰かが寝ているようだ。

 しかし、お世話係のような人はいなさそうだった。

 そういえば、入室の挨拶がまだだったっけ。


「申し遅れました。私、旅の神官でトランジェと申します。ダークエルフの最長老さまに、ご挨拶に参りました」


 すると一拍遅れで、布団から弱々しい声が上がった。


「おお、お待ち、申し上げておりました。ささ、近くに、来てくだされ」


 喜びの感情を含みながらも、終わりが近いと聞いた誰もが悟る声色だった。


「はい、ではお言葉に甘えさせていただきます」


 返答したあとで、近づいた。

 布団に寝ていたのは、確かにダークエルフであり、老人だった。

 ラノベとかだと、エルフ系統は年老いても若いままだったりするけど、この世界のダークエルフには当てはまらないらしい。

 しかしながら、長命の種族で老いた人は、人間の老人を見たときとは違った印象がある。

 元の世界の老人たちは、老いて弱々しい見た目になっても、体内に生きる力を感じさせる人ばかりだった。

 だが、目の前にいるダークエルフの老人は、外側は健康そうに見えるものの、体内の力はほぼ残ってないように見える。

 例えるなら、中身は全て空洞で外皮だけが残っている、そんな朽ち木みたいだった。

 そんな人が、弱々しく俺に手を差し出してくる。


「神遣いさま。申し訳ありませんが、もう目が見えないのです。手を握ってはくださいませんでしょうか」


 俺は壊れ物を扱うみたいに、伸ばされた手にそっと手を添えた。


「はい、よろしいですとも。しかし、目は見えずとも、耳はしっかりと聞こえていらっしゃるようですね」

「ふ、ふ。ダークエルフは、耳が良いものです。老いさらばえても、良いままであるとは、思いませんでした」


 軽い雑談の後で、最長老の息が軽く上がっているのが見えた。

 あまり言葉を喋ると辛そうなので、早速本題に入ることにする。


「それで、私を探していたのは、ダークエルフの崇める神、または儀式を復活させるためでしたね」

「はい。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒どもに、破壊され、失われたモノを、いまいちど、我らの手にお戻しくださいますよう、お願い申し上げます」


 老人の切実そうな頼みに、思わず「はい」と二つ返事をしそうになる。

 けど、言葉には出さなかった。


「申し訳ありませんが、安請け合いはしかねます。失われた物を復元するには、それ相応の情報が必要になりますから」

「ふ、ふ。どうやら、誠実なお方のようですね。いいでしょう、この老人が覚えている全てを、お伝えいたします。しかし生憎と、神々の大戦が終結したのは、この身が生まれ出でるまえでございました。ゆえに、伝聞であると、そうお心置きください」


 弾みかけていた息を整えて、最長老は語り始める。


「あの大戦のとき、我らダークエルフは二つの派閥に分かれたのです。一つは神と共に戦いに参加し、もう一つは万が一の場合に再起する力を残すべく、ひっそりと森の中に隠れ住んだのだそうです。そして隠れ住んだ方こそが、我々の祖先にあたります。といっても、我が祖父がそのときの長老なので、ダークエルフの価値観からすれば、つい最近のようなものですが」


 そこで一度苦笑を入れてから、最長老は呼吸を整える。

 俺は、次の言葉がでてくるまで、じっと待つ。


「大戦後、森に隠れたダークエルフは、秘儀と神の信仰を持っておりました。しかし、定住していたことが災いし、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒らに、襲われてしまったのです」


 そして聖教本で見たように、大人のダークエルフたちを虐殺し、徹底的に信仰の破壊したようだ。


「生き延びた幼い子供らが森の片隅で集まり、長老の子だった我が父を頭に、狩猟民として生活を始め、少しずつ人数を増やして、いったそうです。そうして安定しはじめたとき、次世代――つまりは私が生まれました」


 話し疲れてきたのか、段々と時間をかけても、最長老の呼吸が整わなくなってきた。

 苦しそうな姿を見て、俺は少しだけ話を遮ることにした。


「ダークエルフの歴史はもういいです。それよりも、ダークエルフの神についての話をしてください」

「ふ、ふ。こうやって、人と話すのも久しぶりなのです。この老体のわがままに、いましばし、お付き合いくださいますよう」


 心底楽しいと言いたげに微笑まれては、もう出す言葉がなかった。

 なので、俺は口を閉じて、静かに先を促すことにした。


「幼き頃は、大戦のことなどは教えられず。ただただ、森の恵みを獲るための、日々を過ごしました。父たちも、自分の子と他の子の分け隔てなく、生きる知恵を教えてくれました。やがて成長し、我々の肉体が成長しきった頃、ようやく大戦のこと、失われた秘術、そして神のことを教えられました」


 とても衝撃だったと感想を述べて、もう一回呼吸を整える。

 すると、最長老は次は辛そうに語り始めた。


「父や母たちが、どのような思いであったのか。そして、それを今まで知らずに暮らしてきたことを、我々は恥じました。そんな我らに、父母は失われた神を捜し求めるのか、それとも忘れてただの狩猟民族として生きるか、選択するように言われました」


 最長老は同年代のダークエルフたちと、延々と議論したそうだ。

 しかし、今のダークエルフたちを見れば、決着がどうなったかは、簡単に想像がついた。


「長い議論の末に、我らは失われたモノを取り戻すことを決意しました。それを受け、父母は我らにある処置を施しました」

「処置、ですか?」


 急に不穏な響きのある言葉が出てきて、思わず俺の口から疑問が出た。

 最長老は深呼吸をしながら、頷き返す。


「父母たちが幼き頃に見た秘術を思い起こし、それを統合したものを、我らの体に刻んだのです」


 最長老は布団を肌蹴ると、寝ながら震える手で、浴衣のような衣服を解き始めた。

 現れたのは、全身にびっしりと書き込まれた、白い刺青だった。


「この図は、ダークエルフの男性の戦士たちがしていたものだそうです。女性の戦士や、祈祷師がしていたものは、同年代の死後に革に加工して残してあります。あとでそちらの鞄の中をみるとよいでしょう。ただし、我が父母のうろ覚えの記憶を頼りに描いたものゆえ、秘術そのままの図ではないかもしれないと、お覚え下さいませ」

「そうなのですか。では、貴重な手がかり、拝見させていただきます」


 断りを入れてから、最長老の筋と骨ばかりの体にある模様を見ていく。

 刺青は、なにかの規則性がある幾何学模様に見えた。

 元の世界で見知っている中で似ているのは、梵字かルーン文字、または草書体の漢字。

 けど、ダークエルフの刺青の方が、より複雑で不思議な図柄になっている。

 そもそも、フロイドワールド・オンラインには、青少年に悪影響だからと、刺青は存在していない。

 キャラの肌に、ペイントを施す仕組みはあったが、刺青ではないと示すために時間経過で消えるようになっていた。

 そのペイントの絵柄にも、こんな複雑な文字みたいな図はなかった。

 興味は尽きないが、死が間近にある老人を、裸のままにはしたままではいけない。


「ありがとうございました。十分に参考にさせてもらいました。それで、他に戦士や祈祷師のことについて、ご両親から伝え聞いている情報などはございますか?」


 服装を整えながら質問すると、最長老は少し考えてから思い出したような顔をする。


「そういえばですが、戦いの際や神の言葉を効く際には、人が変わったようになると聞いた覚えがあります。また父母が幼い頃は、イタズラをすると祖先の霊が戦士に乗り移り、激しく叱責されたのだと、そう懐かしんでおりました」


 それはつまり、祖先の霊を祭る文化があり、戦士と祈祷師はトランス状態になることがあったってことかな。

 元の世界でいうなら、ネイティブアメリカンに近い文化があったって考えればいいのか?

 しかし、秘術と神って分けて言っていたことを考えると、降霊系や召還系の神の線が濃厚かもしれない。

 でもそうなると、刺青の意味が分からなくなってしまう。

 祖先の霊を降ろすのに必要だったのか、それとも単に気分を盛り上げるための装飾だったのか。

 もしかしたら、俺が知らないだけか。

 フロイドワールド・オンラインには沢山の神がいるんだし、刺青、降霊、トランス状態というキーワードがピッタリとはまる、マイナーな神がいるかもしれない。

 色々と考えを巡らす俺の手を、最長老は掴んできた。

 溺れる者が掴んできたかのように、手に痕が残りそうなほど力強く握ってくる。


「神遣いさま、お願いします。ダークエルフに、神の信仰と、秘術を与えてくださいませ。差し出せるものならば、全て差し出します。生け贄が必要ならば、この老体の命ならば喜んで差し上げます。なので、どうか、どうかぁ……」


 最後は、ぜひぜひと呼吸を荒げながら、必死に嘆願してくる。

 正直、手がかりは何も掴めていないけど、自由神の神官トランジェならば、こうしないといけないだろう。


「安心なさってください。貴方が生きている間に、そのどちらの願いもかなえて差し上げます」


 うさんくさい笑みを浮かべて安請け合いすると、最長老は安堵した様子で俺の手を放した。

 そして、布団に体を埋めるかのように、全身の力を抜く。


「そう、ですか。よろしくお願いします」

「任せてください。とはいえ、今日明日に死なれてしまうと困りますから、まだまだ長生きしてくださいね」

「ふ、ふ。心配せずとも、信仰と秘術が復活するまでは、死ぬつもりはありませんよ。ですが、少し、疲れたので、眠らさせて、いただきます」


 そのままスッと寝入ってしまったので、死んでしまったのではないかと焦った。

 しかし、ちゃんと呼吸音がしているのを聞いて、ほっと安心する。

 そして最長老を起こさないように、死んだダークエルフの皮を剥いで作ったという革がある鞄の中を漁り、俺はその図柄を静かに鑑定し始めるのだった。


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