四十七話 ダークエルフの集落につき、取り扱い注意
エヴァレットに連れられて、俺は鬱蒼とした森を進んでいく。
湿度高くて植物の匂い溢れる中を進むと、慣れてきた今でも木って生き物なんだなって実感する。
そうやって歩き続けていくと、あるときから森の様子が変わった気がした。
何がどう変わったのかというとだ。
ここまでが自然の景色だったのが、ついさっきからは人の手でそう見えるように作られている場所に入ったような、そんな感じ。
より具体的な例を出すと、現実の森と、仮想世界(VRゲーム)の森の違いが近いかもしれない。
「エヴァレット。もしかしてですけど――」
「はい、神遣いさま。もう、ダークエルフの活動地域に入っております」
硬い口調が示す通りに、ジャッコウの里を出てから、少しだけエヴァレットは素っ気無い態度になった。
けど、休憩中は俺の傍に座りたがるから、嫌われているわけじゃないみたいでもある。
やっぱり、男が女心を理解するのは無理なんだろうなって、肩をすくめてしまう。
その後は言葉もなく、淡々と歩き続けていたのだけど、ふと景色が変なことに気がついた。
「ちょっと待ってください、エヴァレット。この木、前にも見ませんでしたか?」
俺が指したのは、一本の細い木。
どこにでもありそうな木だけど、大きな動物がつけたと思われる、特徴的な傷痕がある。
これと同じ傷のある木を、ここにくるまでに見かけたことを覚えていた。
もしや、ファンタジーの定番である、エルフの結界に囚われて迷ってしまったのかと、うきうきしてしまう。
しかし、エヴァレットの返答は非情だった。
「神遣いさまのように感の鋭い人を、同じ場所を巡っているのではと不安にさせる、簡単な罠です。この付近には、いたるところにあります」
「そう、なんですか……」
結界じゃなかったことに、がっかりしながら、歩き出したエヴァレットについていく。
しばらく森の中を歩いてくと、不意にエヴァレットが立ち止まった。
どうしたのかと見ると、小声で何かを呟いているようだった。
「――数年前に出立した、長の四番目の孫、エヴァレット……」
なにやら自己紹介をしているみたいだ。
しかし、周囲には人の気配は全くない。
もしや、さっきの罠を見破った先に、実は迷いの結界があるっていう二段構えになっていて、エヴァレットの呟きはその解除パスワードなんじゃないのだろうか?
そう思いながら、よくよく耳を済ませてみると、やっぱりというか違うみたいだった。
「……いや、だから。ええい、話が通じる者を呼んでこい。チッ、分からず屋め。なら、押し通らせてもらう」
なんだか存在しない人と会話をしているように聞こえる。
そこで俺は、ダークエルフってとても耳がいい種族だったと思い出した。
きっと、かなり離れた場所にいる人と、エヴァレットは話をしているんだろう。
そう思いながら、話が終わるのを待っていたのだけど、エヴァレットはいきなり俺の腕を掴むと、前へずんずんと歩き始めた。
「エヴァレット、話はついたんですか?」
「いいえ。神遣いさまが真に神遣いならば、妨害を跳ね除けてみせろと、不遜な態度で言ってきました。ならば望み通りにしてあげようではありませんか」
「……そういうことは、進み出す前に言って欲しいものですね。私が崇める自由の神よ、我れと従者の衣服に堅固さと俊敏さを与えたまえ」
どんな妨害がきてもいいように、俺とエヴァレットの服に防御力と俊敏さをアップさせる補助魔法をかける。
俺たちの足元に光の円が、そしてそこから光の粒が飛ぶと、微風で葉が揺れたなささやかなざわめきが耳に入った。
それと同時に、エヴァレットは得意げな顔になる。
「神遣いさまが魔法を披露なさったことに、こちらを見ていたダークエルフたちが驚いたようです」
「そうなのですか? 生憎、私は誰もいないようにしか見えないですね」
ジャッコウの里の森で、エヴァレットはギリースーツに驚いていたから、それとは違う迷彩方法で隠れているのだろうって予想はつく。
けど、目を凝らして周囲を見ても、木々の間や草むらの影にも、ダークエルフらしい姿は発見できなかった。
フロイドワールド・オンラインで、プレイヤーを襲撃するときの経験を生かしても見つけられないことに、少し悔しく思いながら先に進む。
そして、十歩も行かないうちに、エヴァレットが飛びかかって俺の頭を抱きかかえる。
「なにを――」
――するのかと問う前に、エヴァレットに何かが突き立つ衝撃が、彼女の体越しに伝わってきた。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい。神遣いさまの魔法のお蔭で、矢は一本も突き刺さっていません」
その言葉通りに、エヴァレットに刺さらなかった矢が地面に落ちたのが、彼女の体の隙間越しに見えた。
けど、刺さらなくても矢を受けた衝撃は痛かったんだろう、エヴァレットの声が震えている。
俺はエヴァレットを傷つけられたことに、ムッとしながら立ち上がる。
相変わらず、森に潜んでいるダークエルフたちの居場所はわからない。
フロイドワールド・オンラインでは派手な魔法が多いので、戦神官であっても広範囲をなぎ払う類の魔法はある。
それでこの付近を爆撃してやろうかと考え、それよりももっといい方法があると考え直した。
「エヴァレット。貴女に矢を放った愚か者の位置は、分かりますか?」
「はい。神遣いさまが愚かと言ったことを耳にして、ほどんどの者が憤りで息が荒くなったので、位置が分かりました」
「では、私の杖をその人たちへ、順番に向けていってください。狙いが合ったら、少しの間だけ制止することを忘れないで下さいね」
この指示の意味は分かっていないようだったけど、エヴァレットは言った通りに俺が持つ杖の先を、森の木々へと動かす。
「まずは、ここです」
「はい、では。誅打を!」
ショートカットの合言葉を唱え、魔法で生み出した野球ボール大の光の球を、高速で杖から打ち出す。
反撃されるとは思ってなかったのか、少し遠くから魔法が当たった音と、何かが木から落ちる音が響いてきた。
その間にも、エヴァレットは杖の先を動かしていく。
「つぎは、ここ――そして、ここです」
「誅打を! 誅打を!」
エヴァレットの指定に従って、俺は次々に『我が敵に誅打を』魔法を放っていく。
この連続攻撃に面食らったのか、木々に潜んでいたダークエルフが、大慌てで回避する音が響いてきた。
動いてくれさえすれば、俺にだってどこにいるかは分かるようになる。
「誅打を! 誅打を! 誅打を! 誅打を! 誅打を! 誅打を!」
逃げ回るダークエルフに向かって、杖の先から、反対の掌から、魔法を連続発射していく。
そのとき、外れた光の球が通り抜ける際に、ダークエルフの格好が目に入った。
見えたのは、左手に弓を、右手に数本の矢を握っている男性だった。
彼は木肌と同じ色に塗った腰布だけを股間に巻き、褐色肌の体中に緑色の色具で迷彩模様を書き込んでいる。
おいおい、ほぼ全裸でボディペイントって、ダークエルフって野蛮な見た目をしているな。
「エヴァレットも、集落にいたときは、体に絵の具を塗って腰に布だけの姿だったんですか?」
「い、いえ、いいえ! 違います! あれは男性用の野伏せの格好で、女性の場合はちゃんと胸元を隠しています!」
「それはそれで、かなり際どい格好な気がするんですが?」
「……ダークエルフの伝統衣装なので、仕方がないのです」
「そうですか。伝統なら仕方がないですね」
そんな会話をしながら、見える端から遠慮なく魔法を打ち込んでやる。
防具がないから、一発当たっただけでもかなり痛いことになるだろうし、遠慮はいらないよね。
そうやって、ドンパチ喧しくやっていると、ある一人の男性ダークエルフが両手を上げて、森の奥からこちらに歩み出てきた。
「待ってくれ! 攻撃しないでくれ! 疑ったことは謝る!」
俺はエヴァレットに顔を向けて、このダークエルフの言っていることを信じていいかと判断を仰ぐ。
頷いて返してくれたので、とりあえず攻撃を止めることにした。
すると、投降するかのように、次々にダークエルフが現れる。
男性だけでなく女性もいて、先ほどの話の通り、胸元は茶色い布で覆われていた。
俺は一番最初に出てきた、男性ダークエルフに顔を向けなおす。
「それで、私が貴方がたの言う神遣いだと、信じていただけたのでしょうか?」
「……エヴァレットとは友好な間柄の、強力な神官ではあるとは認める」
「ほほぅ。攻撃魔法では不服なようですね。では、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官ではできないこと――ダークエルフの貴方がたに、回復魔法をかけられたら、信用すると考えていいのでしょうか?」
「ふん。できるものなら、やって見せろ」
ならと、お言葉に甘えることにした。
「我が自由の神よ、この者たち傷を心持ち癒したまえ」
力を見せるだけなので、誅打の魔法で負ったアザが治る程度の魔法を、投降してきたダークエルフたちにかける。
彼ら彼女らは足元に現れた光の円に驚き、そして飛び出てきた光の粒に目をギュッと瞑る。
それが止むと、ダークエルフたちの打ち身は、治ったようだった。
「す、スゴイ。本当に治っているよ!」
「神遣いさまだ。本物の、神使いさまだ!」
回復魔法を体感して、そんな喜びの声を、ダークエルフたちが上げる。
しかし、俺がつけた傷を俺が治して、彼らに信用をしてもらうなんて、酷いマッチポンプだな。
そんな感想を抱いていると、最初に投降してきたダークエルフが右手を差し出してきた。
「神遣いさま。試すような真似をして、申し訳ありませんでした。ようこそ、ダークエルフの集落へ」
どうやら握手を求めているんだろうなと判断し、俺はにこやかな顔で彼の手を握る。
そしてうさんくさい笑みに表情を変えると、右手で彼を引き寄せつつ、左手にある杖の先でその腹を殴りつけた。
不意の一撃に、男性ダークエルフは崩れ落ちる。
「な、なぜ……」
「私の従者であるエヴァレットに矢を打ち込んだ人の中で、貴方だけが無傷だったので、お返しはしておかないとと思いまして」
うさんくさい笑みのままで言いながら、右手で引き上げて無理矢理立たせ、ダークエルフの集落へ案内を強要する。
仕方なさそうに歩く彼のお腹にある打ち身は、もちろん魔法で治してやらずにおいたのだった。




