四十六話 里での用事は済んだので、次の場所へと向かいましょう
砦の司令は本物に拘ったようで、いもしない魔物を延々と十五日と探し続けたようだ。
最終的に見つからないと判断したらしく、街道の危険は去ったので聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官と従者たちの出発を、キルティに要請してきた。
十五日も爛れた生活をしていたから、あの神官たちはまともなままなのだろうかと心配だった。
だが、ジャッコウの里の女性たちは上手くやったようで、元気溌剌といった調子かつ非常に好意的な態度で、この里から出て行ったらしい。
けど、女性たちが彼らに抱いていた印象は、散々なものだった。
「体力はあるんだけど、腰を前後にしか振らないから、上手くいい位置に合わせるのに苦労しちゃった」
「あの神官さんは、まだ乳離れしてないみたいだったよー。おっぱい吸いながら、『ママ』って呟くから、ぞっとしちゃったー」
「あはははっ、お疲れ様でした」
俺は赤裸々な話を聞きながら、神官たちを接待していた女性たちに、自由神の信徒となる魔法をかけていく。
この十五日間、里を巡って信者を増やして来たので、彼女たちでこの里の全員が自由神の信徒となった。
そして、屋敷の使用人の言葉通り、多くの人が守衛の職を選んでいる。
いま魔法をかけた彼女たちも、その職がいいと言うので、翌日に守衛職になれる魔法をかけてあげた。
ちなみに、別の職を選ぶ住民はいた。
それは、郊外に大きな畑を持つ人たち。
彼ら彼女らは、農作物の出来栄えに補正が入る農業の職を選んでいた。
農具での打撃にも補正が乗るので、意外といい判断をしているのかもしれないかな。
何はともあれ、この里でやるべきことは終わった。
意外と長く滞在することになってしまい、すっかりキルティの屋敷が居心地よくなってしまっているけど、ダークエルフの集落に向けて出発しないといけない。
そのことを夕食時に伝えると、エヴァレットは喜んだ顔になり、キルティには悲しそうな顔をされた。
「ええー、行っちゃうの~。もうちょっとだけ、この屋敷にいちゃだめなの?」
「エヴァレットとの約束を、曲げるわけには行きませんから。明日には立つつもりです」
「ようやくですね。この里を越えれば、二十日もせずに集落につきます。道案内はお任せください!」
エヴァレットが嬉々とした姿を見て、キルティは口を尖らせる。
「ああー、ボクもついて行っちゃおうかな~」
「駄目ですよ」「駄目です」
俺と使用人の言葉が重なった。
目を合わせて、どうぞと発言を視線で譲り合い、最終的に俺が話すことに決まった。
「キルティは、この里の長でしょう。統治する責任を放棄してどうするんですか」
「それは、分かっているけどさぁ~。もう、ちょっとは優しい言葉をかけてくれてもいいのにさ~」
ぶつぶつと文句を言い始めたが、ある瞬間からキルティは何かを企んだ顔になると、機嫌が良さそうな様子になった。
不審に思って見ていると、キルティは慌てたように喋り始める。
「ああ、なんでもないよ。そうだ、あの香水ってさ神遣いさまの役に立つだろうから、あとで何本かまとめて持っていくから」
「……いま、使用人の方に持ってきてもらえば、キルティのお手数をおかけすることはないと思うのですが?」
「もう。後でゆっくりとお話したいってことだよ。女性の口から言わせないでよー」
ぷんぷんっと怒ったフリで、キルティは料理を食べ進めていく。
なんとなく嫌な予感がしたけど、あの媚薬の香水はあって困るものではないので、受け取ろうと決めたのだった。
夕食が終わった後、俺とエヴァレットが部屋で思い思いに休んでいると、キルティが入ってきた。
前にこの部屋に来たときはネグリジェ姿だったが、今は長袖長ズボンなパジャマ姿である。
そのことに変に安心しながら、キルティが抱え持っている瓶を受け取った。
「最高品質の香水、男性用、女性用、それぞれ五本ずつ。これ以上はちょっと出せないから、これで満足してね」
「いえいえ。貴重な物を頂けるだけで、十分満足ですよ」
ステータス画面を呼び出し、香水――ジャッコウの強媚薬をアイテム欄に収納していく。
その様子を、キルティが不思議そうに見ていた。
「ねえ、神遣いさま。それってどうやるの?」
「多分無理だと思いますが、こう、身振りしてみてください」
画面を呼び出す手の動きを見せると、キルティはその通りにマネをした。
「なにか、目の前に現れましたか?」
「ううん、なんにも。失敗ってこと?」
「どうやら、まだキルティには早かったようですね」
と誤魔化しておくけど、どうやらこの世界の住民は自由神の神官職になったとしても、ステータス画面は出せないらしい。
キルティが最下級職だからか、それとも上位職に位階上昇しても無理なのか。
それを確かめられるのは、少し先のことになるだろうな。
なんて考えながら、最後の一瓶をアイテム欄に入れる。
そのとき、キルティが隠し持っていたらしい瓶を開け、こちらに振りかけてきた。
「ふっふっふー。油断したね、神遣いさま」
「……いいえ、油断していませんよ。状態異常を無効化する魔法を、貴女が来る前にかけてましたから」
キルティの様子が変だったから警戒するのは当然だし、前と同じ失敗をするわけないだろうって思いながら、顔にかけられた香水を手で拭う。
「企みが失敗に終わって、残念でしたね」
言いながら顔をキルティに向けると、赤い頬で蕩けた表情がそこにあった。
そして口元が、企みが完遂していることをこちらに教えるように、三日月のような笑みに変わる。
そこで俺は、ハッと気がついた。
「まさか!? この香水、男性用じゃなくて女性用のものだったんですか!?」
「にゅふふふ~、その通り~。これで神遣いさまは、香水の匂いが落ちてしまう夜明けまで、出会う女性を発情させちゃう、イケナイ存在になったのだー」
パジャマを脱ぎ始めるキルティを見ながら、なんていうことをしてくれたんだと、内心で頭を抱えた。
これで俺は、この部屋から出られない。女性の使用人と出くわせば、その人に襲われてしまうだろう。
しかし、キルティを魔法で昏倒させれば、身の危険はなくなる。
そう判断して口を開くと、横から伸びてきた手が俺の両頬を掴み、こちらの顔を横に向かせた。
そして視界一杯にエヴァレットの顔が見えたと認識した途端に、口にぬるりとした物が入ってきた。
「むうぅぅ~?!」
驚きながら、俺の口の中を這い回るものは、エヴァレットの舌だと認識する。
そして耳に、キルティの発情した響きのある声が聞こえてきた。
「あーあー、エヴァレットったら激しいこと激しいこと。にゅふふふ~、ボクもお仲間に混ざろうっとー」
キルティは俺の耳や後ろ首を舐めながら、ローブを脱がそうとし始めた。
呼応するようにエヴァレットの手が動き、俺をベッドまで誘導していく。
二人がかりでベッドに俺を拘束しながら、一枚一枚と服を剥ぎ取り始めた。
「神遣いさま、香水で発情してしまい、申し訳ありません。ですが、体の疼きを治めるため、一晩のお相手をよろしくお願いいたします」
「キルティってば口調が硬いよ~。こういうときは、今日は絶対に寝かしてやらないんだから、っていうところだよ~。にゅふふふ~、神遣いさまも楽しもうねー」
媚薬で発情しきった顔の二人が体を摺り寄せて、キスの雨を唇や目蓋など、顔中に降らせてきた。
またこうなるのかと感じながら、こうなってしまったからには据え膳食わねば云々かんぬんだ、って腹を決める。
しかして、性欲の権化と化した二人を相手に俺は奮闘し、力及ばず蹂躙される未来が待っていたのだった。
濃厚な夜を過ごす羽目になった、翌朝。
まだ朝露で周囲が煙るほどの時間に、俺とエヴァレットはこのジャッコウの里を出立することにした。
見送りには、もちろんキルティがいる。
しかし、彼女は使用人に手を貸してもらって、立っているのがやっとの姿だった。
「あっはははー。いやぁ、昨日は激しくしすぎて、全身が筋肉痛になっちゃったよ。だからさ、神遣いさまー」
「駄目です。回復魔法はかけてあげません。罰だと思って、痛みに耐えてください」
「ううぅぅ、打助祭の回復魔法じゃ、筋肉痛が治らないのにぃー。それに、エヴァレットには、回復魔法をかけてあげているよねー。不公平だー!」
「今日が旅立ちの日じゃなかったら、エヴァレットにも筋肉痛の苦痛を味わわせたままにしてましたよ。不公平じゃありません」
「ううぅぅ、面目もございません」
うな垂れながら謝罪したので、許す気持ちを込めて、エヴァレットの頭を撫でてやる。
そのことに、キルティは不服そうな顔をした後で、ふっと表情を緩めた。
「神遣いさま、ここでお別れだけどさ。用事が済んでからでいいからさ、またこの里に来てよね」
「そのときが来ましたら寄らせていただきます。しかしそのときは、昨日のようなことはしないで欲しいものです」
「あはははっ。それは約束できないかなー。ボク、神遣いさまのこと、気にいっちゃったしさー。もし昨日ので出来てたら、子供生みたいぐらいにね」
衝撃発言に、俺は固まった。
「……あの、つかぬ事を聞きますけれど、獣人と人間で子供は出来るんですか?」
「できなくはないけど、できにくいんじゃなかったっけ。ちなみに、生まれるのは全部獣人だそうだよ。あっ、そうそう、エルフと人間は結構できやすいって聞くよ。よかったね、エヴァレット♪」
「え、エルフと、ダークエルフを一緒にしないでもらいたい!」
エヴァレットのうろたえながらな的外れな指摘に、どうやら本当のことらしいと悟る。
色々と思うことはあるけれど、ここで男として言うべきことは一つだろう。
「もし子供が出来ていたら、責任は取ると約束します」
真面目に言うと、エヴァレットは恥ずかしそうに顔を背け、キルティは笑顔になった。
「あはははっ。里で生まれた子は、全員で面倒をみるから、責任とか堅苦しいことは考えないでよ。それよりも神遣いさまは、自分の役目を真っ当してよ」
「そういうわけには――」
「いいから。子供を作りたいのは、ボクが心から望んだことだし、神遣いさまに迷惑かけたくないのも本音だよ。なのに自由の神の神官さまが、それを妨げるの?」
一本取られたと思いながら、せめてコレだけはと口にする。
「分かりました。子供を生んだ際には、顔は見せてくださいよ」
「それはもちろん約束するよ。ちゃんと、この人がパパですよー、って言ってあげる♪ だからほら、行った行った」
ずいぶんと変な別れ方になってしまったと思いながら、俺はキルティに別れを告げて、屋敷から立ち去った。
エヴァレットは黙りながらついてきて、屋敷が見えなくなったところで、気分を切り替えたように顔を上げる。
「神遣いさま、ではダークエルフの集落に向かいましょう」
そう宣言して、先導するように先を歩き出した。
それが子供うんぬんの話を忘れるための行為に見えて、少しだけ複雑な心境を抱く。
しかし、エヴァレットとは同行しているのだから、話し合う機会は訪れるだろうと思い直し、彼女の後ろについて歩いていくのだった。
使わなかったジャッコウの里の設定。
この里には公衆浴場(男女別湿式サウナ)があります。
そこで住民は汗と共にフェロモンを体から出させます。
体を拭ったタオルを男女別に回収し、それぞれ薬草やら酒やらの入った秘伝の液体に漬け込み、一晩置きます。
フェロモン成分が抜けたタオルは絞った後で、洗濯乾燥させ再利用。
漬け込み液を蒸留器にかけて、フェロモン成分が濃く入ったアルコールを抽出。
その抽出液が、高濃度の媚薬――香水となります。
これは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの信徒側は知らないことです。




