四十五話 思惑通りに行くことと、行かないことはあるものです
俺とエヴァレットの魔物に成りすます作戦は、色々なところに波及していった。
まず、成果を聞いたキルティが、面白おかしそうに笑い転げた。
「あはははははっ、ざまーみろ! よっし、今日は祝杯だよ! アイツらがもってきた蒸留酒を飲んじゃおうっと♪」
よっぽど腹に据えかねたものがあったのだろう、樽を空にするような勢いで飲んで、酔い潰れてしまった。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官と従者には、懇意にしている女性たちが魔物の仕業としてそれとなく伝えた。
兵士たちの死を形だけ憂いた後で、出立を遅らせてもいい口実が出来たとばかりに、夜のお楽しみに突入したらしい。
仮にも聖職者の一味だろうと、エセでも聖職者である俺は頭を抱えてしまった。なのでその女性たちには、枕を共にしたあとは、真面目に働く貴方が好きだと語るように指示を出しておいた。
ジャッコウの里の人たちにも魔物の仕業と伝えられたのだけど、その反応は意外だった。
「砦にいる人が、殺されてしまったってよ」
「恐ろしい魔物もいたもんだ。痛ましいことだ」
「そうだな。可哀想だな」
といった感じで、死んだ兵士を悼む声が多かった。
最初はそれを聞いて、俺は驚いた。
けどすぐに、あの草から出る毒煙は里長であるキルティだけが吸っていたから、里の人たちは悪辣さを良く知らないんだったと考え直した。
平和ボケとも、飼いならされているとも取れるけど、彼ら彼女らの幸せをあえて崩すこともないと判断して、何も言わずにおいた。
そして、俺とエヴァレットによって兵士を殺された砦側は、俺たちが戻ってから一日後、キルティの屋敷に馬に乗った伝令を走らせてきた。
伝令は手紙を使用人に押し付けると、馬を翻して去っていったらしい。
その手紙の内容はというと――。
「どうやら、危険な魔物を放置してはいられないって、討伐隊を出すようだね。その間は、あの神官の世話をよろしくってさ。いやー大変だね」
キルティが半笑いしながら、俺とエヴァレットに視線を向ける。
きっと彼女は内心で、森の中を探しても見つからないのに、って思っているんだろう。
けど、俺はその考えを訂正するために、首を横に振る。
「砦の司令は、辺境の地から返り咲きたいのでしょうね。そのために、強力な魔物を求めているのですよ。もしもその魔物が見つからなくても、別の魔物なり野生動物を代わりに倒し、手柄をでっち上げるのではないかと思いますね」
「なるほどね。ということは、砦の司令は手柄を立てられ、神官たちは美味しい料理と女性を楽しみ、ボクたちは神官を骨抜きにできる。おや、誰も損をする人がいないや」
「強いて存する人を上げるなら、私たちが殺した兵士たちが、一番の被害者でしょうね」
「なに言っているのさ。損得は生者の特権で、死者には関係ないでしょ」
「それは……たしかに、その通りですね」
神官のペンテクルスを殺してから、俺の倫理観がだいぶ緩んだと自覚している。
けど、性格の甘いキルティが辛らつな言葉を吐くぐらいの、この世界のシビアさには、まだ順応できていないみたいだな。
一本取られたと頭を掻く。
すると、キルティがするすると近寄ってきて、俺に体を預けてきた。
「ねぇ、神遣いさま。この手紙には、森の危険が排除されるまで、里の人は森に立ち入っちゃいけないとも、書かれていたんだよね」
「ええ、はい。あの、それとこの体勢は、どのような関係があるんですか?」
「そうだぞ、キルティ。神遣いさまに失礼だ、離れろ」
エヴァレットからも苦言が飛んだが、キルティは構うことなく俺の首に手を回す。
「ということはさ、神遣いさまもその規制が解除されるまで、この里に滞在するってことでしょ。ならさ、それまでずーっと、ベッドでイイコトしない?」
俺がどう言おうかと反応に困っていると、エヴァレットが割って入ってきた。
「キルティ、自分の匂いにでも酔っているのか。」
「ええー、いいじゃんか。エヴァレットだって、森に隠れているときに、神遣いさまとイイコトして時間を潰したんでしょ?」
「なっ!? そ、そんなことするわけないだろ! 森の中で行為をするなんて、そんな変態じゃあるまいし!」
「森の中で開放感に浸りながらって、けっこういいと思うけどなぁ?」
「こっちとお前とを、一緒にするな!」
二人の言い合いを苦笑いしながら見つつ、思いついたことがあった。
「申し出はありがたいのですけど、キルティや使用人の方々に特殊な職を授けなければいけません。そして、自由神の教えをこの里の人たちにも広めたいのです。なので、お相手はご遠慮願えればと思います」
「ええー……。ならさ、夜の間だけでもさぁ~」
「獣人は鼻がいいと聞きます。貴女のいうイイコトをした匂いをぷんぷんとさせていたら、説法どころじゃないでしょう?」
「ちぇー、分かったよ。ならさ、代わりに頭を撫でてよ。それぐらいならいいでしょ?」
「頭ですか? それぐらいなら構いませんよ」
変な要求だなって思いながら、キルティの頭を撫でていく。
どう撫でるかは、猫の獣人なので、元の世界で撫でた野良猫を参考にする。
頭皮を引っ掻くように撫で、猫耳の根元から先にかけて擦るように撫でる。
すると、嫌がるように頭を振われてしまった。
「うなぁぅ~~」
「痛かったりしましたか?」
「ううん、気持ちよかった。なんだかこう、体がうずうずして、たまらなくなっちゃって」
キルティは言いながら、俺の片手を取ると、指を甘噛みし始めた。
犬歯が微妙に痛いのだけど、気にしないようにしながら、反対側の手で頭を撫でてやる。
五分ぐらいそうしていると、満足したのかキルティが立ち上がった。
「んうぅ~、はぁ~~……。ありがとうね、神遣いさま。なんだか凄く元気が出たよ!」
「あはははっ。喜んでもらえたようでなによりです」
そんなやり取りをした後で、キルティや使用人に職業をつける魔法を施していく。
キルティは順番が最後がいいらしいので後回しにして、使用人の人たちから希望通りの職につけていく。
何でもいいからと希望を聞くと、大半が使用人の仕事に役立つものがいいというので、家政婦職にしてあげた。
中には俺と同じ神官職を求める人もいたけど、里を守るために戦う力が欲しいと言う人もいた。
キルティの傍によくいる使用人の人も、キルティを守る力が欲しいと言ってきた。
「なら、防衛に優れる、守衛職がいいでしょう」
と判断して、自由神の加護を持つ守衛とはどういうものか、その能力と使用法を教える。
単純に言うなら、自分の防具に守りの援護魔法をかけたあとは、多彩な攻撃スキルで敵の弱点をついて倒すという、攻撃は最大の防御戦法である。
いや、それって守衛の役割じゃないだろと言われて、フロイドワールド・オンラインで自由神が不遇になる小さな一因になっていたっけ。
けど、この戦法の単純さが、使用人たちは気に入ったようだった。
「神遣いさま。もしも、里の者たちにもお力をお授けくださるのでしたら、この守衛というものをお勧めしたほうがよろしいと思われます」
「おや、それはどうしてでしょう?」
「ジャッコウの里の者は、普段の気は優しいくとも、いざとなったら激しい気性を顔をだします。なので、防御と多彩な攻撃があるという守衛は、相性がよろしいと思われます」
ふむ。そういう理由があるのなら、今後の参考にさせてもらおうかな。
しかし、住民がほぼ守衛になった里って、怖いものがあるな。
元の世界で聞いた逸話にあった、屈強な農民が棒で武士を追い散らしたっていう光景が、この里で見られるかもしれない。
そうなったらなったで、面白そうだなと思いながら、守衛職を希望する人に魔法をかけていった。
そうして、俺は最後であるキルティに顔を向ける。
「では、キルティ。どんな力が欲しいか、考えはまとまりましたか?」
「うん。けど、呆れずに聞いて欲しいんだ」
呆れるって、どんな願いを言うつもりなのかなと考えつつ、キルティに先を促した。
「えっとね、里のみんなを守れる力が欲しいんだ。けど、それは戦いの力だけじゃないくて、怪我や病気、毒なんかにも対応できる力がいいんだ」
「ははぁ。つまり、戦えて回復も出来たらいいわけですか」
「うん。欲張りだって分かっているけど……」
うーん。その条件に合う職業は、なくはない。
だけど、正直あまり勧めたくはないんだよなぁ。
でも絶対に譲らないっていう目で、キルティはこっちを見いるし……。
「分かりました。では、戦神官の職を勧めましょう」
「名前からすると、戦う神官ってこと?」
キルティの疑問に答えるべく、俺――トランジェが取っている、戦神官の職について語っていく。
「名前の通りに、戦う力を持ちながらも、神官と同じく仲間を回復させることができます」
「おおー、すごい! ボクが求めていた力は、まさしくそれだ!」
「ですが、戦神官には問題があります。戦士に比べたら戦う力は弱く、通常の神官に比べたら回復魔法に制限が入ります。大きく回復する魔法は、一人にかけるものが多く、再度魔法をかけるために空けなければならない時間も神官より増えます。つまりは器用貧乏かつ大器晩成で、苦労が多いのです。それなら、神官になったほうが楽ですよ」
遠回しにお勧めはしないと言ったのだけど、キルティは首を横に振る。
「ううん。そう欠点を聞いても、コレこそがボクが得るべきモノだって気が、なんだかするんだ。戦神官で、お願いします!」
そうまで言われたら仕方がないと、キルティに戦神官の最下級職である『打助祭』にする魔法を使った。
「これでキルティは戦神官の始まり、打助祭となりました」
「はい、ありがとう。ふふふっ、これでボクだって里長らしいことができる~♪」
なんだか嬉しそうなキルティを見て、俺は打助祭だったときにどれほど苦労したか思い出して、心の中で大きくため息をついた。
「仕方がありません。先輩としてキルティに、少し指導をしてあげます」
「えっ!? 神遣いさまって、戦神官だったの!?」
「おや、言ってませんでしたか? 私は貴女より二つ階級が上な、戦司教です」
「そっかー、そうなんだ。えへへへっ、同じなんだ~♪」
キルティが凄く嬉しそうなことを不思議に思いながら、俺は彼女に懇切丁寧に自由神の加護を持つ打助祭について教えていった。
そんな俺たちの横で、エヴァレットが不満そうにこちらを見ていることを、不思議だなと思いながら。




