四十三話 一難去ったので、また一計を講じましょう
「
美女な猫獣人のキルティと、ダークエルフのエヴァレットと結ばれ、神遣いトランジェは三人で仲良くジャッコウの里で末永く暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
」
と勝手に昔話風に語るキルティに、エヴァレットがすぐに噛み付いた。
「めでたし、じゃない! 神遣いさまには、ダークエルフの集落にきてもらわなければならないんだからな!」
「ええー、いいじゃないか。三人で仲良く暮らそうよ。住んで分かるでしょ、この里って案外快適だよ。それにぃ、ボクとトランジェの体の相性はいいみたいだし。ねぇ」
「あは、あははははっ」
意味深な流し目を向けられても、俺は苦笑いしか出来ない。
元の世界の体ではなく、トランジェの体を褒められているのも同然なので、素直には喜びきれないしね。
その代わりではないだろうけど、エヴァレットが目くじらを立てた。
「なに神遣いさまを、誘惑しようとしているんだ!」
「おやおや、先に肌を合わせただなのに、すっかり第一婦人を気取るなんて――とまあ、エヴァレットをからかうのはここまでにしておくとして」
「おくとするな、というよりも、からかおうとするな!」
ぷんすかと起こるエヴァレットを、俺はまあまあと落ち着かせて、キルティの話を促す。
「それで、朝食後に改まって言うということは、何か問題でも起きたんですか?」
「いやぁ、昨日は激しくって、腰が痛くて痛くて。治療魔法をかけてもらおうかなって思ってさ」
「キールーテーィーー!」
「あはははっ、冗談冗談。いや、大まかに話は合っているんだけどね」
冗談で冗談ではないってどういうことかと首を捻ると、詳しい話をしてくれた。
「いやね。昨日、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのヤツらと宛がった里の女性がさ、ボクたちのように頑張っちゃったみたいで。疲れ果てて、動けないようなんだよね」
話を聞いて、彼らと俺との共通点を自覚して、苦笑してしまった。
そして、首を傾げる。
「動けないことが、里の不利益に繋がるのですか?」
「なりそう、ってところが正直なところかな。あいつらが帰るのが遅れると、何かあったんじゃないかって砦の人たちが、視察にくることになっているんだよ」
「普段なら痛くもない腹を探られるだけでも、今回に限ってはこちらのせいですからね」
「神遣いさまが暗示ってのをしてくれたから、あいつらがこっちに不利になるような証言はしないんだろうけどさ。それでもやっぱり、面白くはないよね」
そこまで話をしていて、ふと俺はあることが気になった。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官と従者たちは、そのぉ、夜の営みを激しくしたことによって、どんな症状で移動できなくなっているのか、聞いていますか?」
「たしかー、全身の筋肉痛。特に腰が痛い。そして、体力の使いすぎで全身がダルいって感じらしいよ。それがどうかしたの?」
「いえ。自由神の神官を基準にして考えると、解毒の魔法を使える人ならば、程度の少し高い回復魔法――つまり、腰痛や筋肉痛を治せてもおかしくはないんですよね」
筋肉痛は、筋肉が激しい運動で傷つき、炎症を起こしていることだ。
回復魔法で治すことは簡単なはず。
なら、この里から出ようとしないことに、何か意味があると考えたほうが良いのかもしれない。
同じことをエヴァレットも考えたようで、深刻な顔を向けてきた。
「こうは言いたくはないのですが、神遣いさまの暗示が失敗しており。罠を仕掛けた報復のために、砦から手勢を呼び寄せようと留まっているのやもしれません」
「暗示に失敗し罠だったと気付いているのでしたら、暗示にかかっている振りをして砦に行き、兵士などと共に戻ってきて私たちを捕まえるほうが、簡単で確実です。その線はないでしょう」
「では、違う思惑があるとお考えなのですか?」
「そう言われてしまうと、ちょっと思いつかないんですよね……」
出発が遅れると、この里の不利益になると分かっているのだから、暗示がちゃんとかかっているなら出立するはず。
けれど、何かと理由をつけて滞在を延期しようとするからには、何か理由があるはずなんだけどなぁ。
俺とエヴァレットが悩んでいると、こっそりと移動していたらしいキルティが、俺の後ろから抱きついてきた。
「あれー、二人は理由が分からないんだ?」
「……キルティは気が付いたんですか?」
「そりゃあ、もちろん。簡単なことだよ。教えて欲しい? なら、今日もまた一夜を共に――ってエヴァレット、睨まないでよ。もう、冗談なんだからさ」
しかし俺の背中からは離れずに、さらには腕を首に巻きつけると、キルティはぎゅっと抱きしめてきた。
エヴァレットの目が三角になり、怒声を浴びせようと口が開く。
けれど、言葉が放たれる前に、キルティが喋り始める。
「つまりさ、一夜を共にした相手に心底惚れちゃったから、あの神官はこの里から出たくないんでしょ。少なくとも、ボクはそうだしね」
長い猫尻尾をこちらの手に巻きつけるように動かしつつ、ねっとりとした言葉を最後に俺の耳に放ってきた。
エヴァレットの額に血管が浮かんで見えたけど、見えなかったことにして、キルティの意見について考える。
「ふむふむ、あり得ない話じゃないですね」
「神遣いさま! まさか、キルティの色香に!」
「私のことではなく、真面目そうだったあの神官のことですよ。案外、真面目な人ほど色香で道を踏み過ることが多いものです」
高校でも、真面目だった優等生が、夏休みに何かを体験して、二学期には立派な不良に変わっていた。なんてことも、ないわけではなかったしね。
しかし、エヴァレットはこの理由に納得していないようだ。
「……神遣いさまは、違うのですか?」
違った。俺がキルティにのめり込んでないか、心配なようだった。
なので、安心させるように、軽い調子に見える手振りを見せてあげる。
「ほら。私はちゃらんぽらんな性格ですし、心のままであれという自由神の教えを実践しているので、そのあたりは大丈夫ですよ」
「……それなら、いいのです」
不承不承って感じで頷くエヴァレットに、キルティは人の悪い笑みを向ける。
「うふふー。エヴァレットったら、嫉妬深いんだ~。あんまり締め付けると、男は逃げちゃうもんなんだって、覚えておいたほうがいいんじゃない?」
「なっ!? 嫉妬深くなんかない! ただちょっと、神遣いさまが心配だっただけだ!」
「えー、そうかなー? エヴァレットは、かなりこの人に入れ込んでいるように見えるけど~?」
挑発するようにキルティが頬を摺り寄せてきたので、制止するようにデコピンする。
「いたっ!? あぅ、なんだよ、もう……」
「今はからかい合っているときじゃないでしょう。もしも、あの神官とその従者たちが、入れ込みすぎているのなら、手を考えないと砦から人が着てしまうんでしょう?」
「そうだそうだ、そうだった」
キルティの軽い反応に苦笑いしつつ、少し対応を考える。
理想は、あの神官と従者たちに出て行ってもらうことだけど、俺が出向いて回復魔法をかけるのは難しい。
ジャッコウの里は、一握りの人しか知らない隠れ里だ。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの旅の神官だと偽装して現れたら、どこでこの場所を知ったのかと問い詰められることになる。
他の神の神官だと知られたのならば、戦闘は不可避になってしまうはず。
かといって無理矢理追い出してしまうと、暗示で与えた好意が反転して、悪意に変わってしまうかもしれない。
ではどうしようかと考え、ふと『戦闘』という選択肢が使えそうだと思い至った。
「キルティ。神官たちとこの里の様子を見にくる人たちは、川と街道の砦、どちらからくるか分かりますか?」
「まずは街道のほうからだね。川の砦からだと、船で上ってくるか、川原を歩いてくるかのどっちかで、時間がかかるんだよ」
「そうなると、街道の砦から伝令が来た場合だけ、人を出す感じですか?」
「川を上り下りする人がいないか、常に監視しているからね。それ以外では、あまり動きたくないんじゃないかな」
キルティの予想によるものが多いけど、使えそうな情報だ。
となると、こういう手を取ろうかな。
「では、街道の砦へ、里の人が伝令を出せますか?」
「出せるよ。文面はどうするの?」
「まずは、神官たちが旅の疲れから、体調を軽く崩されたと。そして末尾にある一文を付け加えます。外周にある森で、恐ろしい魔物を見たと報告があり、念のために里で体調が回復させるまで休ませるつもりだと」
「ふむふむ。その文面だと、信憑性を持たせるために、あの神官たちにも何か書いてもらわないといけないかな」
「では、そのようにしてください」
キルティが目配せすると、使用人の一人が一礼の後に部屋から出て行った。
それを見届けてから、キルティは面白そうな目をこちらに向けてくる。
「それで、あの文面を送って、神遣いさまは何をするつもりなのかな?」
「そうですね。エヴァレットと一緒に、いわゆる『狐狩り』でもしようかと思います」
うさんくさい笑みを浮かべながら言うと、エヴァレットとキルティは「狩り?」と不思議そうな顔を見せてくれたのだった。




