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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
二章 悪しき者たちに会いに行こう
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四十一話 顛末を報告したら新たな信者を得ました

 聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒たちの顛末を聞いて、キルティはもの凄く面白そうに笑いだした。


「あははははっ、悪しき者と一夜を共にする、聖なる神官だなんて、くくくくっ、ふふふふっ、あーははははははっ」


 よほど鬱屈した想いを抱えていたんだろう、一向に笑いは止まらない。

 けど、余りにも笑っているから、大丈夫かと心配になってきた。


「そんなに笑っていると、明日はお腹が筋肉痛ですよ?」

「あははははっ、ちょっと、変なこと言って、笑わせないでよー! お腹が、お腹がー!」


 ひーひーと笑いながら、キルティは笑いを抑えようとし始めた。

 すかさず使用人が、目の前に湯気のないお茶が入ったカップを置く。

 キルティは、ぐっと一気に飲んで、大きく息を吐いた。


「ぷはっ。あー、やっと落ち着いたよ。まさか、こんなに上手くいくだなんて、まるで夢の話みたいだよ」

「満足していただけたようで、こちらとしても安心しました」

「いやー、この結果にはもう大満足さ。これで、あの神官と従者たちは、この里が有利になるように働いてくれるんでしょ?」

「はい。今回使ったのは、暗示ですから。仮に他の神官が気付いて魔法を解除しようとしても、意味がないのですよ」

「おや、そうなのかい?」

「魔法による洗脳は記憶の上乗せで、解除されると元通りになってしまいます。ですが暗示の場合は、特定条件下での関連付けを深層意識に与えるものなので、魔法で解除しようとしても出来ないのです」

「んー、よく違いがわかんないんだけど?」

「そうですね……人の思考がベッドのシーツだとしましょう。別のシーツを上にかけることが洗脳。元のシーツに染みをつけることが暗示。そんな風に考えていただけたら十分だと思います」

「ふーん。なんとなく別物だってことは、分かったよ」


 とまあ、適当な理由をつけたわけだけど、事実は違うんだよね。

 この暗示の魔法が解けないっていう設定は、フロイドワールド・オンラインではどんな方法でも、知能の低い雑魚敵だけにしかかからないっていう縛りがあったからだ。

 だからこそ、NPCや強敵キャラを意のままに操れる洗脳魔法は、邪神の神官の秘奥儀に指定されて、自由神の加護範囲外に置かれている。

 キルティに、どうにか神官たちをこちら側に引きずりこめないかとお願いされ、暗示が使えれば簡単だろうなと思い、フロイドワールド・オンラインと似ているようで違う世界だからって、試しにと意識レベルを低くしての方法を試したんだよね。

 了承を得て、俺がエヴァレットにやってみると、人間だろうと暗示にかけられると知ったときは、嬉しさで飛び上がりそうだったっけ。

 もっとも、暗示をするために媚薬を少し使ったから、状態異常を解除する魔法をかけたのにエヴァレットが部屋に閉じこもっちゃって、いまもまだ出てきてくれてないんだよね。

 そんなことを、しみじみと思い返していると、キルティが何かを企む顔をする。


「それで、次はどうするの? 道と川沿いにそれぞれある砦を、同じ方法で落としちゃう?」


 提案に、俺は首を横に振った。


「それは止めておいた方がいいでしょうね。砦というぐらいですから人数が多いでしょうし、暗示をかけるのが手間になります。仮に暗示を全員にかけたとしても、効果は望めないどころか、里に不利益が生じる恐れがあります」

「おや、そうなのかい? 相手をベタ惚れさせてしまえば、手玉に取り放題な気がするけど?」

「行き過ぎる好意は、害になるということもあるのですよ」


 キルティが納得できていないようなので、より詳しく説明をする。


「こんな辺境の地にある砦にいるのは、閑職に追いやられた人たちだと相場が決まっています」

「ああー、たしかに砦の司令官って人が、前任者と交代するからって会ったことがあるけど、あまりやる気のない人だったっけ。けれど、それが暗示に不向きなことと、どう繋がるんだい?」

「そういう閑職にいる人には、二通りの人がいます。一つ目は、任務を受け入れて日々を不満なく生きる人。二つ目は、どうにかして返り咲こうと目論む人。私が気にしているのは、二つ目の人です」

「ん~……それってつまり、どうにかして暗示を解いて、この里の人に危害を加えられたって理由で、この里を滅ぼして手柄にするかもってこと?」


 そう考えがちだけど、俺が考える筋書きは違う。


「いいえ。きっと返り咲こうとする人が里を好きになるという暗示を受けると、報告書にこの里がどれほど素晴らしく重要な場所であると、自分が任務を真っ当しているから健全に保たれていると、そう書くでしょうね」

「なにもまずいことなんてないと思うけど?」

「いえいえ。砦の司令官がそんな文章を書きでもしたら、篭絡されたと報告を受けた先は判断するでしょう。なにせ聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒が、悪しき者が住む里を褒めることなんて、ありえないのですから」

「ああー、なるほど。そうか、この里を好きだって言っちゃったら、ダメなのか」


 そこでキルティは、首を傾げた。


「あれ、そうなるとさ。神官とその従者たちが、この里と住民を好きになってもまずいんじゃない?」

「それは違います。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒が、悪しき者と媚薬の香水を取り引きしているという重大な秘密を、彼らは知らされている存在です。そのことを考えると、地位の高い人物たちです。汚職した前任者の後釜なのですから、仕事振りや性格も評価されているはずです」

「あ、分かったよ。そんな立場のある人は、この里と住民のことを好きだとは言わないんだね。返り咲く必要がないし、言っちゃったら仕事を外されるかもしれないんだから」

「その通りです。付け加えるなら、好きな里に行き住民たちと触れ合うだけで、順調にキャリアが上がるんです。暗示を受けたあの人たちにとって、これほど美味しい仕事はないでしょうね」


 もしばれたとしても、前任者のように媚薬に惑ったって判断されるだろうっていう思惑も、あったりするけどね。

 こんな俺の考えを理解して、キルティは頷いた後で、全てを投げ出すような態度になった。


「あーあー。神遣いさまは凄いよねー。ボクなんて、里長なのに録に役に立ってない気がするよー」

「そう嘆かなくても、キルティは立派な里長ですよ」

「……本当に? 何も出来ないのに?」

「長というものは、自分が出来なくたっていいんです。できる人に仕事は任せ、何か不都合があったときは責任を持つ。これが良い長というものですよ」

「そういうものなの?」

「嘘だと思うのなら、キルティが良い長かどうか、使用人の方々に聞いてみるといいでしょう。献身的に働く姿を見れば、聞かなくとも分かりそうですけどね」


 俺と共にキルティが、お茶を入れてくれた使用人に目を向ける。

 すると、不満はないと言いたげの顔で、静かに首を縦に振った。

 それを見て、キルティは気恥ずかしそうな顔になる。


「そ、そっか。ボク、ちゃんと長としてやれてたんだね」


 そう照れ笑いしてから、なにかを決めた目で、こっちを見てくる。


「でもさ、こんなボクで良いって言ってくれる里のみんなのために、やっぱり何か出来るようになりたい」

「……それを私に言うということは、自由神の神官になりたいってことだと考えていいんでしょうか?」

「うん! なりたいって、心から思ったんだ。それに自由神の教義って、心のままに生きることなんでしょ。なら、この里の人たちの気性に合っているから、反対されることもないだろうしさ!」


 キラキラと真っ直ぐな瞳を向けられて、なんというか自分の汚い思惑を見透かされる気になって、少し気後れしてしまった。

 だからか、こういう微妙に子供っぽいところがあるのは、あの毒煙のせいなんじゃないかって、関係のないことを考えて心の平静を保とうとしてしまう。


「ねえ、駄目かな?」

「い、いえ、駄目ではありませんよ。そうですね、ジャッコウの里の人たちにも、自由の神は合っているでしょう。その、性的なことを主眼に据える神には、生憎と心当たりがないので」


 フロイドワールド・オンラインはレーティングで十二歳以上推奨とされていたけど、一応は全年齢向けだ。

 なので、性的なものが教義の神は、存在しないことになっている。

 だから性に寛容な設定の神となると、自由の神か生け贄儀式大好き系の邪神ぐらいしか、いないんだよね。


「そっか。もし知っていたら、そっちの神さまを選んだかもね。なんたって、ボクたちはサキュバスだからね」

 

 笑顔で言うキルティに、俺は引きつり笑いを返しつつ、さっそく自由神の信徒にする魔法をかける。

 あっさりと信徒化し終えると、キルティは拍子抜けしたような顔をしていた。


「あれだけ光を浴びたからさ、もっと、ぐわーって強くなるかと思ったんだけどなぁ」

「あははっ。自由神は信者に自由を与えることに、全力を傾けている神ですから」

「ふーん。あ、そうだ、ついでだからさ、この屋敷にいる使用人も信者にしなよ」

「こちらとしては嬉しいですけれど、無理強いするのなら、教義的に拒否させてもらいますよ」

「大丈夫。なりたい人だけ、なるように言うからさ。けど、どんな神さまであっても、信徒になれるなんて機会を逃すなんて、悪しき者とされる人たちにはいないと思うけどね」


 そのキルティの言葉は本当だったようで、使用人の人たちは誰一人として拒否しなかった。

 そうして俺は、一夜にして三十人ほどの新たな信者を、獲得するに至ったのだった。

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