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三話 とりあえず服を着て、泣き止んで

お待たせしました。

 黒肌ブラックのエルフに土下座されて何分経ったかわからないが、泣き声が段々と止んできた。

 そこで俺の頭に、全裸土下座をさせたままはまずいだろうという、常識的な考えが頭に浮かぶ。

 急いで身振りでステータス画面を呼び出し、所持品欄をスクロールして、なにかないか探してみよう。

 うーんと……女性用の装備は持ってないから、神官用の汎用ローブでいいかな。

 

「裸では寒いだろうし、こちらも目のやり場にこまるから。これを着てくれないでしょうか」


 ローブを出現させてから、画面を身振りで消し、ブラックエルフに差し出してみた。

 すると、より身体を縮みこまらせる結果になってしまった。


「こ、これは申し訳ありませんでした。私のような醜女の裸などを、神遣さまの御目に入れるなど、恥知らずな真似を」

「いやいや。そう自分を卑下するものじゃありませんよ。貴方の身体は、思わず目をやりたくなるほど、お美しいのですから」


 本音を半分込めながら、胡散臭い微笑みを意識して浮かべて、歯が浮きそうな台詞を言ってみた。

 トランジェとしてはこれが正しい演じ方なのだけど、なんとなく顔が赤くなってしまった気がする。

 やっぱり、どこか現実という意識があって、ゲーム的なノリが足りてないんだろうな。

 もしくは、女性の裸を直視したのなんて、小学生低学年以来だから、衝撃で素に戻ってしまっているのかもしれない。

 そんな風に少し悩んでいると、ローブを手にしたブラックエルフが、おずおずと顔を上げてきた。

 

「あ、あの。神遣さまが希望なさるのでしたら、この汚れた身など、ご存分に見ていただいても構わないのですが」


 是非に!――と言いたいところだけど、不思議系神官キャラのトランジェには似合わない。

 なので、ぐっと堪えて、微笑みを浮かべながらそれっぽいことを言っておこう。


「それには及びません。美しいものというのは、秘してこそ映えるもの。やたらと曝け出せばよいというのは、価値を貶める行為ですよ」

「――はい。神遣さまのご見解、見事な神の代行たるお言葉と感服いたします」


 大したことを言ったつもりはないのだけど、なぜか感動したような目をされてしまった。

 そしてまた土下座をしようとするので、肩を掴んで止めてから、無言の身振りでローブを着るように促す。

 すると、慌てたように立ち上がって着始め、程なくしてブラックエルフは全裸からローブ一丁姿へ変わった。

 少し、大きい胸と引き締まった腰元が見えなくなるのが、残念な気がしないでもない。

 心残りで見ていたのがまずかったのか、ブラックエルフは所在なさそうに身体をもじもじさせていた。

 

「あ、あの。治癒していただいた上に、このようなお召し物を賜り。なんとお礼を言ったものか」


 てっきり裸を見ていたことを詰られるかと思ったので、お礼を言われるとは考えてなかった。

 うーん、なんて返そうかなぁ……。


「……悩む必要はありませんよ。ただ心に浮かんだことを言えばいいのです。ありがとうでも、もっと早く助けて欲しかったでも。それこそが、私が信奉する自由の神が望むことに他ならないのですから」


 トランジェらしく胡散臭い笑みを浮かべながら言ってみると、ブラックエルフはきょとんとした顔を返してきた。


「どうかしましたか?」

「神遣さま、恨み言を語ってみよと仰られたのですか?」

「ええ。心を偽りながら感謝の言葉をかけられるよりも、偽らずに罵ってくれたほうが、自由の神を信奉するものとしては嬉しいものですので」


 自分の気の向くままに行動することが、フロイドワールド・オンライン内の設定では、自由の神が唯一つ決めた教義だった。

 なので、その神官であるトランジェを演じる際には、相手の心を重視する言葉を選ぶようにしている。

 それに従った言葉を選らんだのだけど、ブラックエルフは急に立ち上がて俺の胸倉を掴んできた。


「心に思ったまま罵れと、仰いましたね」

「ええ、仰いなさい。それで貴方の心が少しでも癒されるのであれば」


 と偉そうに言っているけど、口は微笑みの形で引きつっているし、心の中では正直聞きたくないと思っている。

 そんな俺のことなど知ったことではないと、ブラックエルフは胸元に勢いよく頭突きをしてきた。

 衝撃で息が詰まるかと思ったのだけど、トランジェの体だからか、軽く当たったようにしか感じなかった。

 不思議に思っていると、その胸元で押し殺した泣き言が聞こえてくる。


「ううぅぅ……神遣さまが光臨なされたことは、大変喜ばしいと思っています。けど、なぜ。なぜ、もう一週間だけ、早く来てはくれなかったのですか。そうすれば、人間どもに捕まることも、身体を汚されることもなかったのに」


 ……ごめんとも、すまないとも言えない。

 なにせ、ここにゲームのキャラとしている理由すら、俺は知らない。

 そして泣きたい人を無理に泣き止ませるのは、トランジェのキャラじゃないからだ。

 だから、神官らしく、そっと、ほんの軽く触れるほどに、逃げようとすれば逃げられるように、この胸の中で泣く人を腕に抱く。


「ううぅぅ……酷い、酷い方です……うわあああああああああ!」


 俺の何に対して酷いと言ったか分からないけど、胸元が涙で濡れるのを感じない振りをしながら、そのままの状態で待つ。

 ちょっとローブ越しに胸の柔らかさが感じられるなー、とかも思わない!

 そのまま落ち着くまで待っていようと思っていたのだけれど、もうそろそろ『悪しき者に鉄槌を』魔法をかけ直さないと、効果が切れてしまうなとゲームで培った効果時間管理が警鐘を鳴らし始めた。


「我が親愛なる神よ。たむろする不心得者どもに、悪徳の重石を抱かせたまえ」


 片手の杖を振るうと、遠くから男たちの押しつぶされるような声が聞こえてきた。

 そのとき、ブラックエルフが胸元から顔を上げた。

 間近で見てもかなりの美人だが、涙で目は充血しているし、鼻水が片穴から垂れているという、百年の恋も冷めそうな顔になっていた。


「ぐずっ。あの、もしかして、私を汚した人間たちは、生きているんですか?」

「ええ、まあ。成り行きで、生かしたまま身動き取れなくしています」


 苦笑いしながら答えると、充血している目に復讐心が宿るのが見えてしまった。

 

「衣服を頂いた上に、恥知らずなお願いだとは承知してますが――」

「刃物を貸せと言いたいのでしょう?」


 言葉尻を先にこちらが言うと、驚き顔を向けてきた。

 心を読んだとでも思われたかなと、また苦笑いしてしまう。


「そんな人を殺したそうな目を見れば、誰だって分かりますよ」


 目の前にある顔がハッとなった後で、決意を固めた表情に変わった。


「いま、心から欲するのは、あの者たちを殺すことです。そのための刃をお貸しください」


 予想していたとはいえ、言葉にされてしまうと、少し困ってしまう。

 ここがフロイドワールド・オンラインで、これがクエストの一環なら、俺は迷わず剣を渡しただろう。

 けど、これは現実――もしくは現実にかなり近いなにか――だ、人殺しの手伝いをしろといわれてどうぞと言えるほど、悲しいことに俺の良識は腐っていない。

 さて、困ったなと思いながら、解決策を考えていると、後ろから声がかけられた。


「神官さまー。不正となりそうな証拠は、どこにも――」


 振り向いて確認すると、ただ一人カルマ値が善か中立だったあの青年だった。

 そういえば、商人たちの不正の証拠うんぬんとを忘れていた。

 いけないいけないと反省していると、青年が剣を抜いてこちらに向けてきた。

 どうしたことかと思っていると、空いた手を横へ大きく振ってみせてくる。


「――その黒い女から離れてください! そいつは、悪しき者です!」


 どういうことかなとブラックエルフを見てみると、俺の体の脇から憎々しげな目を青年に向けている。

 なにやら知らなければいけないことが、まだまだありそうだ。

 なので、俺は神官らしく問いかけと説得をするために、胡散臭い微笑みを作ってから、青年の方へ振り向いたのだった。

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