三十三話 違う神を祭ろうとすれば、そうなるよね
討論に負けたダーギャたちと、夕暮れ前の時間帯に会うことになった。
普段なら体の大きさで、俺とエヴァレットが集落を移動すると目立ってしまう。
だけど、今日はギャルギャギャン長老が神官職の助祭になったお祝いを開くようで、ゴブリンたちは準備に大忙しだ。
そんな喧騒から逃れるように、集落の端っこにある薄暗い場所に向かう。
その場所には、ダーギャとトゥギャたちの他に、十人の少し歳を取ったゴブリンたちがいた。
意外と人数が多いことに、同行しているエヴァレットが警戒する。
俺も少し驚きながら、エヴァレットを止めつつ、広域言語に明るいトゥギャに顔を向ける。
「そちらの方々も、古きゴブリンの神を支持する人たちなのですか?」
「その通りだ。長老が新しい神を祭るの、反対なゴブリンたち」
なるほど、ダーギャたち以外にも反対派はいたわけだ。
いや待てよ。彼らこそが、ダーギャたちを反対派として討論の矢面に立たせた、その人たちと考えた方がいいのかもしれない。
そう観察していると、歳を取ったゴブリンの一人がトゥギャに耳打ちした。
ふんふんと聞いていたトゥギャが、俺に顔を向け直す。
「このゴブリン、あなたに質問ある。本当に、古いゴブリンの神さまの力、くれるのか?」
俺はうさんくさい笑みを浮かべながら、鷹揚な態度で頷く。
「ええ、もちろんです。業喰の神の詳細を伝えたあとで、貴方たちがそう心から欲するのであれば」
この返答は予想していたようで、相談なしにトゥギャが言い返してくる。
「なぜだ。ニンゲン、ギャルギャギャンに新しい神、教えた。こちらに、古き神教える、意味ないはず」
「なぜって、ギャルギャギャン長老が、新しい神を欲したからですよ。私はそのお手伝いをしただけ。そして貴方たちは、古き神を欲しているので、今度はそのお手伝いをするだけですよ」
「どうしてだ?」
「私が自由の神を祭る神官だからです。自由の神の教えでは、自分の心のままに行動することが最善ですので、やりたいと思ったことをやっているのですよ」
「むむむっ。分かった。ちょっと、待って」
ごにょごにょとゴブリン語で、トゥギャは年上のゴブリンたちに説明をしていく。
その間、ダーギャは疑いの目を、俺にずっと向けていた。
彼からしてみたら、ギャルギャギャン長老に組したかと思えば、今度はこちら側に甘言してきたので、俺が何をしたいか分からないのだろうな。
この不可解に見える行動にも理由と目的はちゃんとある。
けれど、生憎とゴブリンたちには関係のない話なので、教える気はないけどね。
軽くダーギャと見つめ合っていると、話が終わったのかトゥギャがまた喋りかけてきた。
「ニンゲン、信じる。古き神のこと、詳しく、教えて欲しい」
「分かりました。では、先の討論で伏せられた部分も含めて、語らせていただきましょう――」
前にギャルギャギャン長老に伝えたことを、噛み砕きながら伝えていく。
トゥギャが通訳を入れることで、広域言語を喋れないゴブリンたちも理解していった。
知性が失われるかもしれないという締めくくりに、ゴブリンたちは少しうろたえたようだった。
「――というのが、古きゴブリンの神さまなのですよ。それでも、貴方たちは祭りますか? ギャルギャギャン長老が支持する新しい神を祭りなおしますか?」
俺の疑問に、ゴブリンたちはゴブリン語であれこれと相談し合う。
結論が出るまで待とうと思っていると、今まで黙っていたダーギャが口を開いた。
「ニンゲン。フルイ、カミ。アタラシイ、カミ。ドッチガ、ツヨイ?」
意外な質問に、俺は考え込んでしまう。
「強さですか……それは神の力がですか? それとも信徒同士が戦いになったらですか?」
「カリニ、ワレラ、フルイカミ、マツル。ギャルギャギャン、カテルカ?」
「業喰の神は戦いの邪神で、賎属の神は物作りの神ですからね。肉体のみで戦うなら、業喰の神の信徒のほうが強いでしょう」
それに業喰の神は食べれば食べるほど強くなる特色があるので、純粋な戦闘力ではかなり上になるだろう。
そんな説明に、ゴブリンたちは沸き立った。
「サンチュカ、ギャルギャギャン!」
「アンシャダタ、ゴブリン、ミカウ!」
恐らく、ギャルギャギャン長老に勝てるとか、信仰を取り戻すとか言っているんだろう。
けれど、待ったをかける。
「古き神を祭りたい貴方たちの気持ち、十分に分かりました。しかしこの集落では、すでに古い神は要らない存在ですよ?」
「ギギギィ! ソンナコト、ナイ! チカラ、ミセル! ミンナ、ワカル!」
ダーギャの叫び声を受けて、俺は集落の喧騒が響いてくる方向を指差す。
「聞こえるでしょう。多くのゴブリンたちが、新しい神を讃える声が。あの声を上げる彼ら彼女らは、議論の最中に新しい神と古い神の違いを聞いていました。そして新しい神こそ、この集落に相応しいと判断したからこそ、ああやって讃えているのですよ」
俺の言葉をトゥギャが通訳すると、目の前のゴブリンたちは怒りつつも諦めてしまったような、複雑な態度を見せる。
ゴブリンたちが現状を正しく認識したところで、エヴァレットが俺のローブを軽く引っ張ってきた。
「神遣いさまが予想した通りです」
「やっぱりですか。メギャギャですか?」
「多分としか申し上げられませんが、恐らくは」
ありがとうという気持ちを込めて、エヴァレットの頬を手でゆっくり撫でる。
彼女は驚きと羞恥で顔色を変え、そして長耳がぴこぴこと上下に小さく動いた。
不思議な現象を観察したい気持ちを抑えながら、俺は周囲に聞こえるぐらいに大きな声を出す。
「そして、古き神を祭ろうとするゴブリンを、ギャルギャギャン長老が見逃すはずもないですよね。そうでしょう、メギャギャ」
この声に反応して、この暗がりに新たにゴブリンが五人ほど現れる。
全員が槍や短剣などで武装していて、その中にはメギャギャとミギャとヒギャがいた。
古き神を祭ろうとしているゴブリンたちは、大慌てで一箇所に集まり、俺に非難がましい目を向ける。
「ニンゲン、ダマシタカ!」
「いえいえ。こんな場所に何人ものゴブリンが集まっていたら、不審に思う人の一人や二人は出てくる。そういう話ですよ、メギャギャたちがここにきたのは」
囲まれて武器を向けられているのに、俺が余裕な態度を崩さないでいると、ゴブリンたちが不思議そうにする。
その反応を見ながら、俺はメギャギャに問いかける。
「それで、私たちとダーギャたちを、貴方はどうするつもりなのですか? いえ、ギャルギャギャン長老はどうする気なのでしょうか?」
俺が言いなおした言葉で、メギャギャ側のゴブリンたちに動揺が走った。
きっと、ギャルギャギャン長老が命令を出したことを、見抜かれたことによる戸惑いだろう。
しかしメギャギャはうろたえず、静かに鉈のような武器の先を、俺に向けてきた。
「自由の神の神官さま。他のゴブリンに、他の神を教える、困る」
「だから、ここで殺すと?」
「いや。新しい神、教えてくれた、恩ある。見張りつけて、ずっとこの集落、いてもらう」
「そうですか。それでは、ダーギャたちについては?」
「……新しい神に従え。違うなら、死ぬ」
メギャギャの思い切った決断に、ダーギャたちが慌てる雰囲気を感じた。
しかし彼の言葉を聞いて、俺の唇はより強い笑みの形になってしまう。
それが不思議だったのか、ダーギャが問いかけてくる。
「なに、笑っている?」
「いえいえ。貴方の――いえ、貴方たちの勘違いが、少々笑えるものでしたのでね」
「勘違い? なにがだ?」
「それは、自由神の高位神官職である私が、貴方がたに大人しく従うと思っているところが。そして自由を脅かす相手に、私が何もしないでいると思っているところが、でもありますね」
だってそうだろ。
ギャルギャギャン長老が、誅打の魔法で壁に穴を開けて見せたことで、多くのゴブリンたちは服従した。
俺からしてみれば『一番弱い攻撃魔法』でそうなったのなら、より強い魔法を見せて戦意を喪失させることだってできる。
もし戦闘になっても、相手はフロイドワールド・オンラインですら雑魚敵だったゴブリンたち。しかも、神の加護のない、素のやつらばかりだ。
一方で俺は、多彩で強力な攻撃魔法を連発でき、一瞬で負傷を全快できる回復魔法を持っている。
負けるはずのない相手に、従ってやる理由を考える方が難しい。
けど、戦闘をするのは本意ではないので、メギャギャに問いかける。
「貴方の立場を考えて。私とエヴァレット、そして古き神を欲するダーギャたちを、この集落から追放するというところで、手を打ちませんか?」
「ダメだ。ギャルギャギャンが許さない」
「許さないなら、どうするのです?」
「……従ってくれ。傷つけたくない」
「あははっ。余計な心配ですね、それは」
俺は杖をメギャギャに向ける。
それから少し狙いをずらして、彼の隣にいる見知らぬゴブリンに向け直した。
「神よ、我が敵を打て」
光り輝く野球ボール大の球が杖から発射され、一瞬で狙ったゴブリンの胸元に直撃した。
「ギギギギィィーーー!」
そのゴブリンは武器を投げ捨て、痛みに呻きながら胸を押さえて蹲る。
この光景に、メギャギャとダーギャたちが、一様に驚いていた。
俺はうさんくさい笑みを深めながら、彼らに語りかける。
「何を驚いているのですか? 神官になりたてのギャルギャギャン長老が使えるのですから、長年神官をしている私が使えて変ではないでしょう?」
「ギギギギィ……」
俺が楽な相手ではないと知って、メギャギャが武器を構えなおす。
けど、まだ勘違いしていそうなので、俺は優しく教えてやる。
「言っておきますが、今のはこちらの力を示すため、そのゴブリンを殺さないよう『一番弱い魔法』を使ったんです。もしこれからこの場で戦闘になったら、もっと強い魔法を使いますから、注意してくださいね?」
ゆっくりとした言葉で伝えながら、獲物を探すように杖の先をさ迷わせる。
すると、メギャギャが連れてきたゴブリンたちが、怯えたように縮こまった。
状況の不利を悟ったのだろう、メギャギャは身振りして、ゴブリンたちに武器を納めさせる。
「……自由の神の神官さま。倒せないの、分かった。見逃す。だから、そっちのゴブリンたちと、集落から出る」
「分かりました。ギャルギャギャン長老に怒られると思いますけど、私が悪いことにしていいですからね」
「ギギッ。そうさせてもらう。恩を仇で返す、すまない」
「いいえ。私は私のやりたいようにやっただけなので、恩に感じなくていいですから」
軽い挨拶の後で、俺はエヴァレットとダーギャたちを連れて、集落の外へと向かった。
出入り口の見張りまでは、ギャルギャギャン長老の話が通っていなかったのか、すんなりと外に出ることが出来た。
むしろ見張りのゴブリンに、祭りに参加をしないことを残念がられる始末だった。
集落から少し離れると、俺は連れてきたゴブリンたちに向きなおる。
「さて、では移動しながら、二日かけて貴方たちを業喰の神の信徒に、そして神官にしていきますから。そのつもりでいてください」
俺はエヴァレットと歩き出すが、ダーギャたちは動こうとしない。
観察すると、全員が悲痛な顔で俯いていた。
「どうしたんですか、そんな顔をして?」
「……集落、追い出された。もう、生きていけない」
トゥギャが代表して語ると、他のゴブリンたちは諦めたように座り込んでしまった。
その姿に、なにを軟弱なと思ってしまう。
「貴方たちだけで協力して森で暮すか、他のゴブリンの集落に行けばいいでしょう」
「他の集落、無理。違う集落から、逃げたゴブリン、受け入れない。争う、きっかけになる」
確かに罪人をかばえば、集落同士の争いになるかもしれない。
けれどそれは、ダーギャやトゥギャたちが、普通のゴブリンだったらの話だ。
「そんなことは、私だって分かっています。だからこそ、貴方たちを古きゴブリンの神の信徒、ないしは神官にしようとしているんじゃないですか」
トゥギャは俺の言葉がよく分かっていなかったようだが、少しして理解したらしく、興奮しながら周囲にゴブリン語で伝え始めた。
結構長々と話しているので、トゥギャが予想する今後の展開も話しているんじゃないかなと思う。
そして、話を聞いて理解したゴブリンたちの反応は、劇的だった。
意気消沈していたのが嘘のように、爛々とした目を俺に向けてきている。
「では、仕切りなおしで。二日かけて貴方たちを神官にしますので、追っ手がかからないよう移動しましょう」
「「「「ギギギィ!」」」
元気がいいゴブリンたちの返事を受けて歩き出そうとして、ふと思い立ち彼らに顔を向ける。
「そうそう。あの集落から出たんですから、古きゴブリンの神に執着せずに、貴方たちも新しく神を選んでいいと私は思います。どんな神がいいか、落ち着ける場所が見つかるまでに、考えておいてくださいね」
「「「「ギ、ギギギィ」」」」
戸惑いのある返事を受けながら、俺はエヴァレットに先導を任せて、森の中を歩き出すのだった。




