三十二話 仕方がないので、話し合いでもいかがでしょう?
押し入ってきたゴブリンたちが、何かしらの勘違いをしている可能性もあったので、ギャルギャギャン村長の家で話し合いが行われるように、俺が言葉を尽くしてセッティングした。
メギャギャに通訳してもらいながらだから、時間がかかってしまったけどね。
そして時間がかかったことで、他のゴブリンたちにも騒ぎが伝わってしまったようだ。
この家の玄関口には、詰め掛けたゴブリンたちの人だかりが出来ている。
いやー、困ったなー。これじゃあ、話し合いの内容を聞かれてしまうし、下手に実力行使なんか出来ないぞー?
っていう俺の思惑の通りに、押し入ってきたダーギャたちは、武器を持ってはいるが大人しくなっている。
よし、じゃあゴブリンの討論会を始めようか。
「では、これから双方に議論をしてもらいます。議題は『両者が主張するどちらの神が、この集落に相応しいか』です。あ、私はゴブリン語を理解できないので、いま私が喋っているこの言葉を使っていただきたく思います。家の外にいらっしゃる人たちでゴブリン語しかできない方は、普通の言葉を喋ることの出来る人に、通訳してもらってくださいね」
進行をしようとすると、ダーギャから大声が上がった。
「ダマレ、ニンゲン! コノハナシ、ニンゲン、イラナイ! トクニ、オマエ、ソノフタリ、タブラカシタ!」
ダーギャからの待ったを受けて、俺はわざとらしく首を傾げる。
「では、誰が進行するのしょう? ギャルギャギャン長老は、話し合う相手ですよ?」
ダーギャは誰かを選ぼうと、玄関口にいるゴブリンたちを見た。
しかし目ぼしい人が見つからなかったのだろう、視線を戻してエヴァレットを見つめる。
「グヌゥ……ソノ、ニンゲン、チガウ、オンナ。ソイツ、ヤレ」
「分かりました。エヴァレット、お願いします」
「えっ!? 進行をですか!?」
「はい。お願いしますね」
驚くエヴァレットの背中を押す。
そして、ギャルギャギャン長老とメギャギャ、ダーギャとその仲間たちの間に移動させた。
目を白黒させているのを、背中を撫でて落ち着かせてやると、意を決したようにエヴァレットは宣言する。
「では、神遣い様に代わり、このエヴァレットが進行を努める。では両者、広域言語を用いての討論を始めろ」
言葉が硬いのは、緊張しているせいだろうなと思いながら、俺は家の隅へと腰を落ち着けた。
まず声を出すのは、ダーギャ側だった。
しかしダーギャが直接シャベルのではないらしい。
「ダーギャ、コノコトバ、ニガテ。カワリ、トゥギャ、シャベル」
「トゥギャ、です。ダーギャの代わり、します」
言いながらぺこっと頭を下げたのは、体の線は細いが理知的に見えるゴブリンだった。
「ダーギャ、主張する。ギャルギャギャン、メギャギャ、ゴブリンの神さまじゃない神に、祈ると決めた。ダーギャと、われわれ、それ許可できない。ゴブリンの神さま、祈るよう、正す!」
トゥギャが喋り終わると、ダーギャ側が『そうだそうだ!』と言いたげに、ギャーギャーと騒ぐ。
それを受けて、ギャルギャギャン長老はどうするのか。
「そちらの主張は理解した。たしかに、これから祭る神さまは、昔のゴブリンの神ではないと言われている。だが、新たな神――賎属の神こそが、我々ギャの集落のゴブリンに必要だと、そう確信を持って主張する」
選択としては、賎属の神こそがゴブリンの神だと嘘で議論を押し潰すことも出来た。
けれど、違う神だと認めて、議論による説得を選んだみたいだ。
説得困難な茨道だと思うけど、ギャルギャギャン長老は信念を持った目をしているので、もともとこれに挑むつもりみたいだ。
心の中でその心意気に拍手していると、ダーギャがヒートアップしながら、トゥギャにゴブリン語で指示をだしていた。
それを聞いて、トウギャは普通の言葉――エヴァレットによると広域言語とやらで語り始める。
「必要、不必要、違う。ゴブリンの神さまだけ、我らの神さま。違う神なら、意味ない」
ダーギャ側たちのギャギャーと同意する声に、玄関口にいるゴブリンたちからも同意するような雰囲気が伝わってくる。
しかし、ギャルギャギャン長老にとっては想定内だったらしく、超然とした態度を崩さない。
「確かにそうだろう。だが、古きゴブリンの神さまを祭ると、この集落が消滅してしまう。そう知らされても、ダーギャたちはその神を祭りたいと思うのか。それを聞いてみたい」
ダーギャたちは理解できなかったのか首を傾げ、ひそひそと内緒話を始める。
やがて、トゥギャが疑問を返してきた。
「集落が消える、理由、知りたい」
「いいだろう。古きゴブリンの神さまは、そちらの自由の神を祭る神官さまによると、業喰の神と呼ばれる邪神なのだそうだ。そして、その邪神が求めることは、ただ多くの食料だ」
ちょっと教義が違う気もする。
けれどそれは、意図的にギャルギャギャン長老が、他のゴブリンに伝わりやすい表現に変えたからだろうな。
教義に関して一家言ある自由神の信徒としては、ちょっとばっかり複雑だけど。
そんなことより、集落の消滅と業喰の神がどう結びつくか、トゥギャは分からなかったみたいだった。
「多くの食料集める。どうして、集落消える?」
「考えてみろ。多くの食料を集めるにはどうするといい?」
ダーギャ側は相談しあい、一つの結論を出したようだ。
「簡単。みんなで、頑張って、森で集める」
「その通り。みんなで集めるのだ。集落内で、服を洗い、食事を作る、ゴブリンたちも入れて、全員でだ」
それがどういう結果を招くか、頭が良いゴブリンは気付いたのだろう、外に集まったゴブリンたちから小さなざわめきが起きた。
そして内容が通訳されて広がっていくのだろう、時間と共にざわめきが大きくなっていく。
ダーギャ側はよく分かっていなかったようだが、トゥギャが説明して理解したみたいだ。
すると、ダーギャが焦ったように大声を出す。
「ソンナノ、カミサマ、カエル、リユウチガウ!」
「では、何のために神を祭る。そして集落を失って動物のように暮すことになる未来のゴブリンに、その神は本当に必要なのか?」
ギャルギャギャン長老に言い換えそうとするダーギャを、トゥギャが押さえてなにかしらの説得を始めた。
多分、状況が不利だと理解して、攻め口を変える相談だろうな。
俺が向こう側のアドバイザーなら、きっとそうする。
そしてこの予想は当たっていたようだ。
「なら、ギャルギャギャンの選んだ神、ゴブリンの神さまと、どう違う。この集落に、よい神さま、なのか?」
なるほど、業喰の神が良いと証明することは難しいと諦め、賎属の神がより悪いと証明する方法に切り替えたわけだ。
しかしこれは悪手――というか片手落ちじゃないかと思う。
なにせダーギャたちは、業喰の神と賎属の神がどんな神か、知らずに討論しているんだから。
仮にギャルギャギャン長老が嘘をついたり、事実を隠したりしても、そうと知ることができないし。
その可能性にダーギャ側が気付けないなら、もう勝負は決まったも同然じゃないかな。
「では聞かせよう。一昼夜悩みに悩んで決めた、新たな神の加護について!」
ギャルギャギャン長老も勝勢だと感じるのだろう、元気に賎属の神を祭る利点を語っていく。
大まかに俺が教えた通りの内容だったけど、ゴブリンたちにとっては衝撃的だったのだろう、大きなざわめきが家の内外から発せられている。
形勢が不利だと見たのか、ダーギャが武器を手に立ち上がった。
「ソンナノ、ウソダ! ウソダ、ウソダ!」
しかしギャルギャギャン長老側に近づく前に、進行役のエヴァレットがナイフを構えて制止する。
「座っていたところに戻れ。それ以上進むなら、斬るぞ」
「ギギギィ! ヤッテミロ。コノ、メス――」
「ダーギャ! 落ち着く!!」
トゥギャと他のゴブリンたちが拘束して、無理矢理座らせた。
ダーギャは暴れるが、数人がかりで押さえ込まれれば抜け出せない。
相手側が混乱している間に、ギャルギャギャン長老は強かに次の手を打つみたいだ。
「ダーギャのように、言葉では信じられないものもいるだろう。ならば、我が身をもって証明しよう。賎属の神こそ、新たなゴブリンの神に相応しい神であると!」
視線をこちらに向けてきたので、どうやら出番らしい。
けど、俺は議論に参加する許可を得るため、エヴァレットに視線を向けた。
「進行役。ギャルギャギャン長老の手助けをしたく思いますが、構いませんでしょうか?」
「は、はい! どうぞ神遣いさま!」
進行役が態度を変えちゃだめだよね、って思いながら、俺はギャルギャギャン長老の前に立った。
「神官になる儀式でかまいませんね?」
「はい、お願いいたします」
ステータス画面を呼び出し、偽装スキルに賎属の神がセットされていることを確認する。
そして本来はNPCのための、画面操作以外で新たな職につくための魔法を唱える。
「賎属の神よ! 汝の信徒は、更なる高みへと位階を進むことを志した! 成るべき職に神官を求め、より強い加護を欲したり! この信徒へその力を持って、可否を伝えたらんと願う!」
呪文が完成し、ギャルギャギャン長老の周囲に、灰色の煙が生まれた。
しばらく漂っていたそれは回転を始める。
やがてギャルギャギャン長老を中心に置いた、風のない竜巻のようになった。
「おおおおおオオオオオオオ!」
困惑とも悲鳴とも取れない叫びが、灰色の煙で見えなくなったギャルギャギャン長老から発せられている。
ダーギャたちと家の周囲に詰め掛けていたゴブリンたちは、この光景にを見て軽く怯えていた。
かくいう俺も、フロイドワールド・オンラインのNPCとは違う反応に、ちょっとだけ焦る。
大丈夫かなと思いつつ、この魔法は止めることができないので、見守るしかない。
やがて、ギャルギャギャン長老の叫びが止まった。
それから少しして、灰色の竜巻は存在してなかったかのように、いつの間にか掻き消えてしまった。
そうして残ったのは、自分の両手をじっと見ている、様子が少し変わったギャルギャギャン長老だ。
「ふ、ふふふっ。あははははっー! なるほど、これが神の力を使える存在なのか! 分かる、分かるぞ。何をどうすればいいのかも!」
嬉しそうに手を握って開いてを繰り返し、何を思ったのか家の壁へと手を向ける。
「我が信奉する賎属の神よ、神秘の力を持って目前の壁を打て!」
呪文の感性と共に、ギャルギャギャン長老の手から灰色の球が出現し、発射される。
衝突した壁に、握り拳大の穴を開けて、その球は掻き消えた。
恐らく、邪神がこの世界に消えて初めて、ゴブリンが魔法を使った瞬間だ。
玄関口から見ていたゴブリンたちは、呆然と破壊された壁を見つめ、やがて歓喜に包まれるかのように大声を上げた。
「「「ギャギャギャーー!!!」」」
「どうだ、見ただろう! これが新たなゴブリンの神さまのお力だ! 昔の神など必要ないと、分かっただろう!」
「「「ギャギャーー!!」」」
嬉しげに語るギャルギャギャン長老に呼応して、騒ぎが大きくなっていく。
このままいけば、森の外まで聞こえるんじゃないかってぐらいだ。
しかしギャルギャギャンは、フロイドワールド・オンラインでの最下級神官職の『助祭』になっただけ。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官から見たら、ようやく同じ土俵に上がる権利を得ただけだ。
調子に乗ると、碌なことにはならないと、釘を刺しておかないといけない。あと、回復待機時間に就いても教えないと。
けど、このときだけは、少し夢を見させて騒ぎを放って置いてもいいよな。
落ち着くべきところに落ち着きそうだと、俺は胸を撫で下ろしつつ、ふとダーギャたちが目に入った。
そしてそれと共に、あくどい考えも浮かんだ。
その考えに従うかどうか少し悩み、彼らが選択することだろうと、悩むことをやめた。
ゴブリンたちの狂乱から外れるように、家の壁際を移動して、ダーギャたちへと近づく。
「ギギィ。ナンダ、ニンゲン。ハイシャ、ワラウカ?」
明確な力を見せられて、心が折れてしまったらしく、ダーギャは気落ちしていた。
トゥギャと周りのゴブリンたちは、心配そうにそれを見ている。
その様子を見ながら、俺はうさんくさい笑みを全開で浮かべた。
「いえ、皆さんに耳寄りなお話をしたいと思いましてね。夜更けにどこか出会えないかと」
トゥギャが通訳して伝えるが、ダーギャからの反応は薄い。
ならもう一押しと、小声で言葉を続ける。
「ギャルギャギャン長老のような力が得られるとしたら、それも古きゴブリンの神の力がです」
トゥギャがこの一言に驚き、慌てながらダーギャにゴブリン語の小声で伝えた。
すると一気に生気が戻ったダーギャは、俺に不審な目を向ける。
なんとなく彼の気持ちも分かるので、いまこの場では後に会う約束を取り付けるだけに済ませたのだった。




