三十一話 神に求めるものは色々とあるようです
ゴブリンの神が業喰の神らしいと伝えた、その晩にギャルギャギャン長老は俺に相談があると言ってきた。
彼の顔は思い悩み続けたからか、やや憔悴しているように見える。
その隣にいるメギャギャも、考え疲れたような様子だった。
けれど俺は、二人の様子に気がつかない振りをしつつ、うさんくさい笑みを浮かべる。
「それで、結論は出ましたか?」
「……やはり、古き業喰の神を崇めるのではなく、今のゴブリンに相応しい新しい神をお迎えすることにいたします」
「なるほど。それでいいのですね?」
「はい。それが最善であると、判断いたしました」
「メギャギャも、それでいいと?」
「それで、いいです。重要なの、人間に対抗する力。どの神でも、力くれるなら、ゴブリンの神」
そういう結論が出たのならばと、俺はステータス画面を開く。
そして、偽装スキルにつけられる職業で神官を選び、選択可能な神一覧を呼び出した。
「では、どのような神が、いまのゴブリンに合っているか、教えてください。知っている神と条件が合えば、その神が新たなゴブリンの神となります」
俺の質問を受けて、ギャルギャギャン長老はしばし考えてから、口を開いた。
「……人間に対抗するには、やはり知恵が必要です。最低でも今の暮らしを続けることができる神が、望ましいと思います。そして明確な力を示せるような神であれば、言うことはないかと」
「ということは、やや知的でありつつも、肉体的な加護がある神を望むということですね?」
「さらに付け加えるのでしたら、神官さまのように、酷い怪我も治せるような力を信徒が使える神であると最上だと思います」
「神官が欠損を回復させる魔法を使えると……言っておきますけど、どの神の神官でも、あの魔法を使うには修行が必要ですからね?」
「分かっております。修行の果てにでも、使える神であれば構いません」
ギャルギャギャン長老の求めに当てはめると、残念ながら自由の神は落選になっちゃうな。
知的や魔法の条件は満たしているとしても、肉体的な加護について全くないのだから、仕方がない。
しかしそうなるとだ、どんな神がいいだろうかと悩んでしまう。
善なる戦闘系の神なら、大抵条件を満たすことができる。ゴブリンに善の神の加護なんて、皮肉が利いていいとも思う。
けど、フロイドワールド・オンラインの法則が適応される場合、ゴブリン種族は残念ながら善の神を信奉することができないんだよね。
この世界のゴブリンは善の神に適応できるかもしれないけど、試してみて変な影響があると困るから、却下だな。
ということで、候補は中立神から邪悪神までに絞れた。
そして、特定種族しか祀れない神を除外する。
知力を減衰する異形の神も除外。
死者を扱う系統の神は、生者の欠損を癒せないから除外。
魔法系と商業系の神は、筋力に制限がかかるので除外。
残った、生産系と戦闘系の中立神と邪神から、知的なゴブリンと相性が悪そうなのも除外していく。
大分絞った中には、前にゴブリンの神じゃないかと候補にあげた、狩猟の神と蛮種の神が残っていた。
狩猟の神はフロイドワールド・オンラインではメジャーな中立神で、割合はかなり低いけど全ての項目にプラス補正がかかるという加護があった。
蛮種の神も有名な邪神で、戦闘系の項目全てにやや低いプラス補正がかけられる、便利な神だった。
もちろん先ほどの条件は満たしているので、ゴブリンたちとも相性が良さそうだし、この二柱は候補に確定しておこう。
あとは、鋼鉄以下だけの素材で製作した、武器や道具にかなり強い補正がかかる、賎属の神。ゴブリンたちの生活圏を考えれば、銀や金以上の金属で武器をつくることはないだろうから、生産系ならこの神が一番だろう。
そして大地の神も候補に入れよう。戦闘や生産に補正はないけど、農作物や採取物がよく採れる加護があるし、かなり強力な回復魔法が階位の低い神官職でも使えるようになる。
この四柱の候補から選んでもらおうと、詳しい説明を添えて伝えた。
ギャルギャギャン長老は、ここでも再び悩ましげな顔になる。
「色々と違った神さまたちですね……」
「はい。これからのゴブリンたちに、それぞれ違った意味で合う神を選んだつもりです」
他者との争いを焦点にした場合、防衛を考えるなら狩猟の神、攻撃主体なら蛮種の神。
ゴブリンの生活水準向上を願うなら、武器や道具の質を上げるための賎属の神、より食料が豊富になり病気の心配も薄くなる大地の神。
ギャルギャギャン長老が思い描く、ゴブリンたちの将来とはどんなものか分かるよう、こうして特色が違う神をわざと選んだわけだ。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、ギャルギャギャン長老はメギャギャとゴブリン語で意見を交換している。
内容が分からないので静かに待っていると、少しして選ぶ神が決まったようだ。
「では、賎属の神、という神さまを選びたく思います」
「ほうほう、それはそれは――」
俺としては、ちょっと意外に感じる選択だった。
なにせ四柱の神のなかで、一番加護が直接的ではない神だったからだ。
「――どうしてか、理由をお伺いしてもいいでしょうか?」
問いかけると、ギャルギャギャン長老は悩ましげな表情のまま語ってくれた。
「どのような状況になろうと、武器と道具を適切に作れれば、どうにか出来そうですから。大地の神とも悩みましたが、怪我を治すためだけに神を選ぶのではいみがありませんので」
「なるほど。ちゃんと将来の苦難を考えてのことなのですね。見た目は若くとも、長老に就いているだけのことはあると感服いたします」
「いえ。メギャギャという友の意見もあって、ようやく決められたことです。一人で考えていたのでは、まだまだ悩んでいたことでしょう」
決めてくれたのならば話は早い。
偽装スキルに賎属の神の神官を入れる。
これで俺は、一時的に自由神の戦司教ではなく、賎属の神の戦司教(偽)となった。
そして、信徒化の儀式の呪文をタップして、呪文と動作の確認をする。
「では、私が自由神の仲介を経て、賎属の神の信徒となる儀式を執り行います。まずはどちらからにしますか?」
ギャルギャギャン長老が手を上げようとするが、メギャギャがそれを推し止めて自分が手を上げる。
「ギャルギャギャンの、代わりはない。なにかあると困る」
俺を信用していないとも取れる言葉に、ギャルギャギャン長老が咄嗟に制止しようとする。
けど、出会って数日の人物、しかも怪しげな自由神の神官なら、警戒するのは当たり前だよね。
それに、この世界の住民が自由神の信徒になれることは、バークリステで証明されている。けど、俺が偽装スキルを使っての方法で、他の神の信徒になれるかは試してない。
正直、俺もちゃんとできるか、恐々としている。
もしも駄目だったら、正直に伝えて自由の神の信徒となるように、二人を説得しないといけないかな……
「……では、メギャギャが先に賎属の神の信徒となることでよろしいですね?」
「はい。頼みます」
俺はステータス画面のアイテム欄から、石で出来た乳鉢を取り出し、メギャギャに持たせる。
それから、賎属の神の信徒となる呪文を唱えていく。
「あまたの賎しき物質を抱える賎属の神よ! いまここに信心を取り戻し、貴神の信徒とならんとする者が現れた。ついては、この者をその膝元へと抱え上げ、大いなる加護を与えたまえ!」
呪文が完成すると、乳鉢から灰色の煙が表れ、持っているメギャギャを覆い尽くす。
煙は少しの時間漂い続け、やがて乳鉢に吸い込まれるようにして消えた。
この光景に驚き固まったゴブリン二人に、俺はうさんくさい笑みを向ける。
「これでメギャギャは、賎属の神の信徒となったはずです」
仮に成功していればだけど。
そういえば、バークリステが自由神の信徒となったとき、なにやら神に守られている実感があるみたいなことを言っていたっけ。
「それで、加護を得ると今までと感じが違うらしいのですけれど。メギャギャ、何か感じる?」
「……なにか違う。力が、体の中から、出てくるみたい」
そう感じるってことは、上手くいったんだろうな。
あと、力が出てくるっていうのは、鍛冶系の神の信徒になったので、加護で筋力値が増えているんだろう。
メギャギャが成功したので、安心してギャルギャギャン長老も賎属の神の信徒にしてあげた。
彼も神の加護を受ける実感があるらしく、感動しているみたいだ。
なら、感動で気分が高揚している間に、次の予定を話しておこう。
「ギャルギャギャン長老。賎属の神の神官になるためには、別の儀式が必要となります。ですが、加護が体に馴染むのに時間がかかりますので、明日にならないと執り行えません」
ギャルギャギャン長老は言葉を受けると、しきりに頷きだした。
「ええ。ええ、そうでしょうとも。神の加護を得たことに、体が驚いているような感じがします。このような状態で次の儀式など、行えるはずがありません」
それは多分錯覚だと思うんだけど、事情を理解してくれるのならばそれでいいや。
そうしてギャルギャギャン長老とメギャギャを賎属の神の信徒にし終えると、この日は取り立て事件もなく過ぎ去っていった。
しかし翌日、困った事態が起こった。
俺とエヴァレットも寝泊りしている、ギャルギャギャン長老の家に、何人かのゴブリンたちが朝早くから押しかけてきたのだ。
物音に飛び起きて、俺とエヴァレットは武器を手に身構える。
ギャルギャギャン長老とメギャギャも、手近なものを武器に持ち、押し入ってきたゴブリンたちと対峙する。
少し睨み合いが続き、やがてメギャギャがゴブリン語で言い放つ。
「ダーギャ! サッガー、トナーチャ!」
それを受けて、押し入ったゴブリンの中にいる、体に傷痕があるリーダーっぽいやつが言い返す。
「メギャギャ、ギャルギャギャン! シーワルム、ムチルクク、ゴブリン!」
「ダーギャ! サイーソーヌ!!」
ゴブリン語なので何を言っているか分からないが、あのリーダーっぽいやつが、ダーギャという名前っぽいとは分かった。
ダーギャ。どこかで聞いたことがあるような……。
ゴブリン語の言い争いをBGMに考え続け、思い出した!
この集落に入る前に、メギャギャと茂みを挟んで言い争いをしていたゴブリンだ!
ということは、多分だけど人間の俺と仲良くする、メギャギャとギャルギャギャン長老が気に食わなくて、クーデターを起こした――のか?
それにしては人数が、えーっと、六人だし。武器も持ってはいるけど、戦う気はないみたいだ。
どういうことか分からないので、腹を決めて声をかける。
「何のことだかよく分かりませんが、腰を落ち着けて話をしましょう。なにかしらの行き違いがあったのならば、話し合いで解決できるはずです」
口に出してそう言って、言葉が通じないかも知れなかったのだと思い出した。
優しい言葉に変えて説得しようとするが、その前にダーギャというゴブリンに鉈のような武器の先を向けられてしまった。
「オマエ、メギャギャ、ギャルギャギャン、ダマシタ! ゴブリン、チガウ、カミサマ、イノルサセル、キイタゾ!」
片言の言葉を変換して理解した。
どうやら押し入ってきたゴブリンたちは、ギャルギャギャン長老が業喰の神を捨てて、賎属の神の信徒になったことが気に食わないのだ。
もっと言えば、昔ながらの業喰の神の方がいいと思っているようでもある。
これはまた面倒なことになりそうだなと、とりあえずこの場をどうにかするべく、俺は考えを巡らし始めるのだった。




