三十話 ゴブリンの神について話してみよう
ゴブリンの村に滞在して三日目。
俺とエヴァレット、そしてメギャギャは、ゴブリンの若き長老であるギャルギャギャンに面会を申し込んだ。
すぐに許可を出されて、この村に来たときのように座り合う。
先に口を開いたのは、ギャルギャギャン長老だ。
「ゴブリンの神が判明したというのは、本当ですか?」
若干強い口調でそう聞いてきたことに、俺はうさんくさい笑みを浮かべつつ鷹揚な感じで頷いた。
「はい、判明致しました。しかしながら、私が知っている神と全くの同一であるとは、確証に至っていません」
「それは、どういうことですか? 分かったのでしょう?」
「はい。私の知識にある中では、その神としか考えられません。ですが、私の知らない神の可能性も、ないわけではありません」
ギャルギャギャン長老と隣にいるメギャギャは、分かるようで分からないような微妙な顔をしている。
こんな煙に巻くような言い方で、大変に申し訳なく思ってしまう。
けれど、フロイドワールド・オンラインの話を持ち出しても、余計混乱させてしまうだけだろうから、こうとしか言えないんだよね。
でも、ギャルギャギャン長老はゴブリンの中で最高に賢いだけあって、理解を示してくれた。
「そうですね。自分の知識が、この世の全てではないでしょうから、自由の神の神官さまが間違っている――いや、知らない可能性もありえます」
「その通りです。なので、こちらが提供する選択肢は二つ」
言葉を切り、ギャルギャギャン長老に向かって、指を二本立てる。
そして片方の指を、反対の手で握った。
「一つは、私の知る神がゴブリンの神だと、ギャルギャギャン長老が断定し、私がその神の儀式を教える」
今度は別の指を握る。
「もう一つは、私が伝える神のことを参考程度に受け止めて、今後は私以外の人からゴブリンの神の情報を探す」
どちらにするかと問いかけると、ギャルギャギャン長老は腕を組んで悩みだした。
そして幾つかこちらに質問を投げかけてくる。
「その神さまが、我らゴブリンの神であると、本当に思っておりますか?」
「はい。少なくとも、私はそうではないかと考えています」
「その神さまの儀式をすれば、ゴブリンは昔のように強い種族に戻れますか?」
「お約束できかねます。私は神の名と儀式を伝えるだけで、その後のことはゴブリン種族の働き次第なので」
「では、儀式を受けると、自由の神の神官さまのように、不思議な力が使えるようになりますか?」
「可能性はあります。ですがそれも、儀式を受けたゴブリンの頑張り次第ですね」
率直な俺の答えを受けて、ギャルギャギャン長老はさらに悩んでしまった。
そしてしばらく悩み続けて、一つの答えをだした。
「……では、自由の神の神官さまがそうだと思う、その神さまについて、お教えください」
「いいのですか? 間違っているのかもしれませんよ?」
「構いません。いえ、そうじゃないですね。我らゴブリンには、信じるに足る神が必要なのです。それも聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのような無慈悲ではい、我らを庇護してくださる神が」
「つまり、加護を授けてくれるのならば、何の神でもいいと?」
「究極的に言ってしまえば、その通りです」
長老の衝撃発言に、メギャギャが飛び跳ねて驚いた。
「サンラア、ミカウシクユ! ミカウニン、ジュンスーマー、ウィータッワ! ガート、ナーチャ!」
メギャギャのゴブリン語の非難を受けて、ギャルギャギャン長老は頷く。
そして、俺たちにも分かるようにか、返答は普通の言葉だった。
「その通り。しかしな、メギャギャ。本当に力をくれる神なら、なんだっていいとは思わないか?」
「そんなこと!」
「よく考えろ。ゴブリンの大きな集落は、人間に把握されているんだ。この集落だってそうだ。なら、人間と戦う力を得るために、今すぐ庇護してくださる神が必要だ」
「でも、嘘はダメだ!」
「嘘ではない、ただ間違いかもしれないだけだ。そしてもし間違っていたなら、祖先にワビを入れて、新しい神さまを崇めればいい」
複雑な話っぽいので、俺もエヴァレットも黙ったまま成り行きを見守る。
その後、メギャギャとギャルギャギャン長老は議論し続けた。
やがて折れたのは、メギャギャのほうだった。
「分かった。もう何も言わない。長老はギャルギャギャンだ、決定に従う」
「ありがとう、友よ。これからもお前はお前のまま変わらず、こちらを支えてほしい」
話がまとまり、俺へ顔を向けてきた。
「分かりました。では私がゴブリンの神だと考える、業喰の神について話しましょう」
俺からの説明はもちろん、フロイドワールド・オンラインにおいての業喰の神だ。
なので、ステータス画面を小さな動きで開き、偽装スキルに業喰の神の神官をつけて、その説明文を見ていく。
「その神は、邪神の中でも最も野蛮とされる神です。在りし日の信者は全て、喰べることに貪欲な種族だったといいます。そしてその信者たちが喰い喰われる円環により、業喰の神は力を増していくそうです」
「その神が、我らゴブリンの神という決め手は、なんだったのですか?」
「私の知識上で、ゴブリンが崇めていた神の一つだったから。加えてメギャギャと男性ゴブリンが披露してくれた歌と踊りに、業喰の神の特徴が色濃くありました。歌ならば『食べて強くなる』というところ。踊りなら腕の特徴的な振り上げ方ですね。どちらも、信者を強化する際に見られる――と聞いたことのあることだったので」
咄嗟に伝聞系に言い換えたように、俺は実際に業喰の神を崇めるゴブリンと、フロイドワールド・オンラインで戦ったことがある。
この神の加護の特徴は、食べると食材にごとに、色々な支援効果を得られることだ。
魔法だと一つの支援魔法を体にかけると、受付時間が発生して重ねかけが出来なくなる。
けれど業喰の神の信徒は、食べられるだけ食材を食べることで、色々な効果を重ねがけすることができる。
まさしく、食べれば食べるだけ、強くなれるわけだ。
ゴブリンみたいな雑魚敵がこの神を崇めていると、食材強化で予想外の痛手を負うこともあるので、厄介だった。
そんな特色があるので、一時期に爆発力を期待されて、カルマ値が悪のプレイヤーが業喰の神に宗旨変えしたこともあった。
けれど、メリットがでかい分だけ、デメリットが存在した。
加護が食材による効果の重ねがけ意外に全く無いこと。食材を集める手間とお金、そして食べるのに時間がかかること。食べている間は呪文が唱えられないこと。
何より問題だったのが、支援効果が継続している間は、他の回復魔法と支援魔法を受け付けないという部分だ。
違うゲームだったら、これらは大した欠点ではないかもしれない。
だけど、フロイドワールド・オンラインは『高威力な魔法や技でも冷却期間なく連発できる』という特徴があった。
そのため、食材で得られる耐久効果を上回る魔法を連発されれば落ちてしまう。なのに甦生呪文をかけようとしても、支援効果が切れるまで受け付けない。
こうして、俺がこの世界に転移する直前ぐらいは、業喰の神を選ぶプレイヤーは自由の神を選ぶ人よりも少なくなってしまい、ほぼ雑魚敵専用の神という評判に落ち着いてしまったのだった。
以上のことを、伝聞系にしてギャルギャギャン長老に伝えた。
すると、なるほどと頷かれてしまった。
「大昔のゴブリンは、食べ物に強く執着していたと、先代長老から伝え聞いたことがあります。てっきり、食糧事情が乏しかったからだと思っていました。ですが、業喰の神の信徒であったと考えれば、納得できる話になります」
俺の話に符号する言い伝えがあったらしく、ギャルギャギャン長老は業喰の神がゴブリンの神だったと確信を抱いているようだ。
しかしそこで俺は、悪魔の囁きを思いついてしまった。
そして思わず口からついて出てしまう。
「しかしながら、昔のゴブリンがそうだからといって、いまのゴブリンに業喰の神は必要なのでしょうか?」
俺の突然な意味不明な発言に、ギャルギャギャン長老は困惑したようだった。
「どういう意味ですか?」
「いえ。先ほど伝えた通り、業喰の神の信徒となれば、ゴブリンたちは多くの食料を求めるようになるでしょう。そうすると、この集落で見たような、役割分担しての生活は崩壊するでしょうね。集落の中で家事をしても、食材は一つたりとも手に入りませんので」
「それは――確かにその通りかもしれません……」
賢いギャルギャギャン長老は、業喰の神を崇めた後のそう遠くない未来のことが想像できたらしく、頭を悩ませている。
その頭の中の想像では、きっとこんな風になっているはずだ。
業喰の神を崇めた後のゴブリンは、加護を強く得るため必死に食料を集め回ることになった。
そのせいで、助け合いで獲得した知性はなくなり、元の世界のラノベのような野生動物と変わらない存在に堕ちる。
少なくともこの程度は分かってしまうからこそ、ギャルギャギャン長老はまた考え込んでしまっているのだ。
その悩みを晴らすべく、俺は囁きかける。
「いまのゴブリンに合わないのであれば、業喰の神を崇めようとすることはお止めなさい」
「――そ、そんなこと、できるはずが!?」
「いえいえ、先ほど貴方は言っていたじゃありませんか。本当に力をくれる神ならなんだっていい。仮に崇める神を間違えても、祖先にワビを入れれば済むと」
俺は立ち上がり、ギャルギャギャン長老の耳元に口を近づける。
「ならば、今のゴブリンの生活に合った神を、間違えて崇めませんか?」
「ですから、そんなことは出来ないと――」
「昔と違い、今のゴブリンは知的なのでしょうね。ならば昔のゴブリンは出来なかったことも、出来るようになっているはずです。なのにその知性を捨てて昔に逆戻りするなんて、意味がないとは思いませんか?」
反論を遮って小声で伝えたことに、驚愕する顔を見ながら、さらに続ける。
「だからこそ、今のゴブリンに合った神を選ぶのです。昔の神を捨てることに気が咎めるなら、私が間違えたことにすればいい。そして間違えた罪で、追放にでもすればいい。私たちは旅人です。その程度の罪ならば喜んで引き受けましょう」
そんな罪をかぶったところで、行動の結果で変動するカルマ値が悪に傾くことはないはずだしな。
「もしも間違った神を崇めたことを、他のゴブリンたちに追求されるのが怖いのでしたら、貴方が新たな神の神官となればいい。振るう力は本物ですから、自ずと他のゴブリンたち――いえ、他の集落にいる全てのゴブリンも、従うことになるでしょう」
「全てのゴブリンを従わせることなど、考えたくも――」
「ふふふっ、嘘ですね。貴方は野心家ですから、考えたことはあるはずです。そして前にこう否定しましたね、ゴブリンの王になるつもりはないと。これも嘘なのでしょう?」
見抜いているぞと言外に含ませながら、まだまだ囁いていく。
「勘違いしないでほしいのですが、私は責めているのではありません。寧ろ、貴方はその野心に従うべきだと言っているのです。そう、神官となり新たな神の力を振るって、ゴブリンを一つに纏め上げるのです。その後も貴方の好きにすればいい。人間に攻め入るのでも、今までのように平和に森で暮すでも、新天地を求めて大移動をするでも、何でも好きなように」
ギャルギャギャン長老は俺の言葉を受けて、とても思い悩んだ顔をしている。
最後の一押しが必要かなと思っていると、先に向こうから問いかけがきた。
「まさか、神官さまが崇める自由の神を選べと、そう言うのではありませんか?」
「ふふふっ。そうしてもらえると助かりはしますが、強要はしません。心配なのでしたら、一緒に今のゴブリンに合う神を選定でもしましょうか?」
「……なぜ、我らゴブリンに対して、そのような助言をなさるのですか?」
「ふふふっ。私は私が崇める自由の神の理に従い、心に思うままに行動しているだけです。この提案も、ちょっとした思いつきでしかありませんよ。ゴブリンにとって、こっちの方がいいんじゃないかっていう思いつきです。断ったとて、責めたりはいたしません」
どうするかと迫れば、ギャルギャギャン長老は降参するように両腕を軽く上げる。
「お願いです、考える時間をください」
「ええ、よく考えてください。助言が必要なのでしたら、貴方の友人であり事情を知るメギャギャにも聞いてみるといいでしょう。私はその邪魔をするつもりはありません。そして今後の貴方の決定に、意を唱えることもしないと、そう誓いましょう」
静かに考える時間は必要だろうと、俺はエヴァレットを連れて家から外に出た。
ギャルギャギャン長老が引きとめたのだろう、メギャギャは外に出てくる気配はない。
時間を潰すため、集落の中を移動しようとして、エヴァレットに引き止められた。
「神遣いさま、我らダークエルフの神を定めるときも、このゴブリンたちと同じ真似をなさるおつもりなのですか?」
真剣な瞳に射抜かれて、俺は誤魔化しは逆効果だと悟り、いまの本心を伝えることにした。
「分かりません。ですが、私はダークエルフにも提案することでしょう。貴方はその神を崇めたいのかと。他の神を崇めてもいいのではないかと。自らの心に従わずに、昔がそうだから他者がそうだからと盲目的に神を信じるのは、信仰ではなく妄執というものですので」
後半部分の神職らしい言葉がするりと口から出てきたことに驚きつながら、エヴァレットの反応を見る。
「分かりました。そのときが来たら、自分自身の心に従い判断しようと思います」
静々と頭を下げてみせてきたので、どういう結論が彼女の心の中でなされたかは分からないけれど、少なくとも悪感情は抱かれなかったみただった。




