二話 この世界はゲームと違う?
地面に倒れた男たちは、立てている一人に必死に顔を向ける。
「ぐっ、お、おい、お、お前は動けるのか。なら、早く、盗賊どもを、殺せ」
「ぐぐぅ。や、やられて、たまるか。ぐごごごご」
「え、あ、あああの、えっ、な、なにが?」
突発的な状況変化にうろたえる姿を見ながら、俺はフロイドワールド・オンラインでやったお使い系クエストを参考に、素早く打算的な考えを巡らせていく。
大枠の方針を決めると、あの人たちの混乱が抜け切らないうちに、草むらから出ていくことにした。
「やあやあ、危ないところでしたね」
俺は、トランジェらしくうさんくさい微笑みを浮かべながら、唯一立っている青年の護衛に語りかける。
すると、怯えた表情で、こっちに剣の先を向けてきた。
「だ、だ、誰だ。い、いや。彼らに、何をした!?」
考えていた通りの反応に、俺は安心から微笑みをより強くする。
逆に青年は、警戒をさらに上げたようだった。
なので俺は、勘違いして欲しくないといった身振りを、少し大げさに行う。
「そう興奮なさらないで。いえね、盗賊と護衛が入り乱れていて、どちらに加勢すればよいか、判断がつきませんでした。なので、悪い行いを続けていた者を地に這わせる魔法を、使わせてもらったのですよ。盗賊だけが、地に這えば判別しやすく倒しやすくなるでしょう? しかし、ほぼ全員がこうなるとは思いもよりませんでしたけどね」
「善悪判別の魔法!? なら、信仰系の!?」
耳慣れない『信仰系』という響きに首を傾げると、護衛の青年はどう意味を受け取ったのか、慌てたように剣を手放して地面に平伏した。
「ご、ごめんなさい! 知らなかったんです、許してください!!」
なにか変な勘違いされたようだが、都合がいいので利用させてもらおう。
「こちらが許すことなど何もないですよ。ですが、懺悔したいということでしたら、お聞きしましょう」
神官らしい包容力溢れる言葉遣いをすると、青年は掌を合わせて拝み始める。
「ぼ、僕は次の町へ移動していたんです。それで昨日、あの人たちに道中で誘われて、同行し始めたのです。なので彼らがどんな悪いことをしているか、知らないのです。僕はいままで敬謙に神を信じ、道義に悖らない生活を心がけてきました。どうか、どうかお許しを!」
変な懇願に、俺はうさんくさい微笑みは続けながらも、内心で混乱と困惑を抱く。
仮に、トランジェとしてフロイドワールド・オンラインに似た世界に転移したにしては、この青年の反応が変なのだ。
フロイドワールド・オンラインでは、NPCはそれほど敬謙な人たちではなかった。
それこそ、俺の街頭説法にダース単位で簡単に宗旨替えをするほど、信仰する神をコロコロ変える。
あれはゲーム内だったからと加味しても、この唯一神に見放されたくない信徒のような青年の態度に、到底なるとは思えなかった。
しかし、それを指摘したり情報を聞こうとしてしまうと、青年が不審に思いそうだ。
ここは、分かっているという態度で、話を続けるしかない。
「それはそれは。意図せずに悪しき者と関わったために、こうして盗賊に襲われる羽目になるとは災難でしたね。深く同情いたします」
「は、はい。あ、ありがとうございます。ありがとうございます!」
俺の言葉で許されたと思ったのだろう、青年は地面に頭をこすり付けてから、顔を上げる。
あーあー。額に土がついているよ。軽く払ってやろう。
手で汚れを落としてやると、青年は感激したような顔をする。
……もしかして、額に手を当てるのは、彼が信じる宗教で意味のある行動だったかな?
まあいいや。とりあえず、あの地面に倒れている人たちをどうにかしないと。
「さて、あの人たちをどうするかですが――」
と視線を向けると、なぜか観念したように、地面に倒れたままうな垂れていた。
どうしたのかと思っていると、青年から元気のいい声が上がる。
「処断するのでしたら、お手伝いいたします!」
過激な発言に、俺は少しぎょっとした顔になる。
青年はというと、何か間違ったことを言ったのかという表情をしていた。
いけないいけないと、トランジェらしいうさんくさい微笑みに戻して、語りかける。
「見ての通り、私は旅の神官です。彼らがどんな極悪人であったとしても、この地域に根ざした神官に許しなく、勝手な裁きを下すのは間違っていると考えるのですけれど。貴方は、この私の判断をおかしいと思いますか?」
当たり障りのない風を装ったが、個人的にかなり踏み込んだ質問だ。
この世界に、旅の神官がいるのか。神官は各地域にいるのか。神官は神の名で勝手な裁きを下せるのか。
加えて、青年の常識に当てはめて考えると、どう思うかも問いかけている。
内心冷や汗をかきながらの質問だったが、そうと気づいていない調子で青年は喋り始めた。
「いいえ、立派なお心遣いだと思います! 神官だからと身勝手に振舞う人が多い中、やはり旅をなされる神官さまだけあり、思慮深くも情け深いお人だと感動します」
どうやら、神官は各地域にいて悪人を独自裁量で裁けるほどの権力を持つが、旅の神官はその彼らよりも一段上の存在のようだ。
となると、地域に住む本物の神官に交渉する必要が、今後出てくるかもしれないな。
ゲームで、商人と神官がグルになって利権を貪っているので断罪しろ、なんてクエストもあったっけ。
「なら、馬車の中身を検めましょう。彼らが悪に加担した証拠が出てくるはずです」
この世界でもクエストと同じとは限らないが、証拠を握っていればこちらに飛び火することを防ぐことも出来るはずだ。
「では、そのお手伝いをします!」
「お願いします。そうですね。馬車が二つあるので、分かれて探しましょう」
「はい! 頑張らせていただきます!」
青年と別れ、馬車内で箱を開け、袋の口を開き、置いてある服を漁って、不正となりそうな証拠を探していく。
途中途中で、『悪しき者に鉄槌を』の効果が切れる前に追加しておく。
そんな作業していくと、糞尿の匂いのする長い箱が、長い布をめくった下から出てきた。
糞尿入れかと思ったが、どこにも排泄用の穴がないし、蓋には南京錠に似た鍵がかけられている。
「泥棒道具で開くかな?」
ステータス画面から道具一覧を選択し、ピッキングツールを取り出す。
自由神の信徒が受けられる突発クエストでは、物を盗んだり家屋に忍び入ったりするものもあるため、この手の種類の道具を何個も入れっぱなしにあったのがよかった。
ピッキングを開始し、一分ほどで開錠に成功。
変な匂いがしているので、さほど期待せずに蓋を開ける。
「…………」
中身を見て、俺は固まった。
なにせ、ちぐはぐに切られた長い銀色の髪を持ち、黒い肌で肉付きのよい身体を晒す、高校生ぐらいの全裸少女が横たわっていたからだ。
しかもご丁寧に、猿轡と手足に縄がかけられ、顔と体は満遍なく殴られたような怪我を負っている。
そんな彼女と目と目が合っていたが、気まずくなって視線を横にずらす。
すると、銀髪の間から、特徴的な長い耳が伸びているのが見えた。
ダークエルフ? いや、肌が紫ではなく黒だから、ブラックエルフか?
なんて考えていると――
「むぐうぅぅぅぅー!」
気合を入れて、ブラックエルフの少女が起き上がり、俺に体当たりを仕掛けてきた。
避ける間がなかったので、当てられてしまったのだが、衰弱しているのか力が弱々しい。
意図せずに、受け止めるような格好で、お互いに停止する。
すると今度は、ブラックエルフ少女は俺の胸元へと、ヘッドバッドを何度も繰り出してきた。
しかし、軽く殴られている程度にしか感じないので、止める気にもならない。
どう対処したものかと困っていると、今度は俺の胸に顔を押し当てて泣き始めた。
「うぅ、うぅぅぅぅぅぅ……」
まるでこの世の全てを悲観するような、悲しげに嘆く泣き声だ。
なんでこんな風に泣くのかと良く少女を観察してみると、体中に殴られた痕に加えて、片耳が半分の長さになっている。
……おいおい。転移してきていきなりこの状況。このレーティングどうなってんだ――いや、ゲームじゃなくて現実なんだから、そんなものないんだよな。
あー現実逃避せずに向き合わないと。
けど、どうすればいいのだろうか。
所詮、俺はエセ神官だ。こんな重い状況に陥った少女にかける言葉なんて持ってない。
精々出来るのは魔法ぐらい――魔法で、体を洗って怪我と欠損を直して、体を綺麗にしてやるぐらいか……
「立てるかい?」
「うううぅぅぅ……」
馬車の外へ連れ出そうとすると、嫌そうに首を横に振り、箱の中に戻ろうとする。
逃がさないように腕をつかみながら、今度はより優しい口調で、何をするか説明していく。
「これから君を綺麗な体に戻してあげる。怪我を治して、欠けた耳も元通りにすると約束する。けど、馬車の中だとやり難いから、外に出て欲しいんだ」
「…………」
本当にと言いたげな顔を向けてくるので、俺は微笑みながら力強く頷く。
すると、立つ力もないのか体を預けてきた。
持ち上げられるかと心配だったが、トランジェの体なら大丈夫だった。
馬車の外へ連れ出し、木立の陰に座らせて猿轡を取り、手足を縛る縄をステータス画面から呼び出したナイフで切ってやる。
「じゃあ、先に体を水で洗っていくよ。自由の神よ、哀れなこの少女に身を清めるための雨を」
弱い水の魔法――通称『シャワー魔法』で、少女を濡れ鼠にしていく。
俺は腕まくりをすると、手で髪や肌を撫でるように洗っていく。
柔らかい手触りに男心が暴走しかけるが、ゲーム内クエストで洗ってやった犬猫といっしょ、と念じながら無心に汚れを落とすことだけに集中する。
少しして、少女本人が弱々しい動きだが率先して洗ってくれたので、助かったと胸を撫で下ろすことにもなった。
「自由の神よ、この少女に暖かな風を恵みたまえ」
洗い終われば、弱い火の風の混合魔法――通称『ドライヤー魔法』で、全身を乾かしてやる。
続けて、戦司教が使える中で、最高位の回復魔法をかけてやる。
「自由の神よ、困難を戦い抜き、絶望することなく敢闘せし者に、最大級の癒しと身を蝕む物の除外を希う」
単体限定最上級回復魔法の呪文が完成し、少女の真下の地面に一人分の光の円が現れる。
そこから噴水のような光の奔流が上がった。
少女はその光景に絶句しているうちに、光が体へ浸透するように入り込む。
するとまるで時間を巻き戻すかのように、治り始めた。
そしてあらかた全てが治ると、欠けた耳と乱暴された場所の再生が始まる。
やがてそれも終わると、少女の体の内側から外へくすんだ光りの粒が放出された。
そんな、破裂した花火のような光を残し、俺の使用した魔法は終わりを告げる。
しかしながら、売りにしていたとはいえ、フロイドワールド・オンラインの最上級魔法は相変わらずの派手さだったな。
かけられたブラックエルフの少女なんて、驚いた様子で目を白黒させているし。
けど、切られた髪は元に戻らないんだな。欠損とは判断されないのか。
まじまじと観察していると、少女と目が合ってしまった。
「えっと、鏡が小さくて悪いんだけど。ほら、治っているよ」
道具欄から、曲がり角の先を確認するときに使う小さな手鏡を取り出し、少女に見せてやる。
「!? 貸して!」
初めてちゃんと聞こえた少女の声は、なんというか耳障りのいい声だった。
アニメの声優を勤めたら、新人の頃から人気が出そうな、そんな感じだ。
まあ、手鏡を奪うときに聞こえたのがちょっと残念だったけど。
少女は手鏡を持つと、しきりに元に戻った耳を確認する。
続いて鏡面を、顔から胸元、お腹、そして脚を開いてからさらに下へ。
……うん、気持ちは分かるから。ちょっと横を向いていよう。
少しすると、俺の胸元に手鏡が突き返された。
慌てて受け取ると、ブラックエルフの少女は目に涙を溢れさせながら、俺の足元にキスをするかのように平伏する。
「えっと、どうしたのかな?」
どうにかうさんくさい微笑みを浮かべて、トランジェとしての調子を取り戻して尋ねる。
すると、返ってきたのは、涙声交じりの鼻声だった。
「ぐすっ。先祖より、何代もの間、お待ち申し上げておりました。神遣さま。う゛ぅぅぅぅ」
言葉の終わり際には、また泣き出した。
その『神遣さま』という言葉も気になったが、転移してからの怒涛の展開に頭が疲れてしまった。
なのでぼんやりと、全裸少女の土下座を止めさせるにはどうしたらいいのか、馬車にあるであろう不正の証拠も見つかっていないなと、現実逃避気味に考えるのだった。
以後、不定期更新です。