二十七話 ある森の中で、ゴブリンたちに出会いました
俺とエヴァレットは、三人のゴブリンたちに連れられて、彼らの集落へと向かっていた。
ゴブリンたちの名前は、リーダー格っぽい人がメギャギャ、ちょっと馬鹿っぽい二人がミギャとヒギャというらしい。
「名前のギャ。一つつくと、一つエライ」
胸を張ってのメギャギャの発言に、俺は少し関心を寄せた。
そして、簡単な言葉を選んで、喋りかける。
「ギャのついてない人、集落にたくさんか?」
「半分の人、ギャがない。長老、ギャが三つ。昔のエライ人、ギャがたくさんある」
どうやら能力で、ギャをつけたり増やしたりする風習みたいだ。
「ギャをつけるの、違う場所のゴブリンも同じか?」
「違う。我らだけ、ギャつく。他のゴブリン、他のつける」
ふむふむ、名前を名乗るだけで、どこの部族かが分かるようにしているのか。
なかなかに文化的な特徴を持っているみたいだ。
元の世界で読んだラノベの知識は、あまり参考にならないかもしれない。
そんな風にゴブリンに関する質問をメギャギャにしながら進んでいると、突然に他のゴブリンのものだと思われる大声がきた。
「メギャギャ! ダ、ルイテレツ、サトヒテ、シナ!」
どこから喋っているかよく分からないけれど、メギャギャはある方向へ向かってすぐに言い返す。
「ダーギャ! ダタカ、オイラエハ、トヒンコ!」
「ル、カワト、コナ、ソテシナ!」
「ダークエルフ、ダタレク、テッタ、邪神の神官!」
固有名詞は普通の言葉っぽいけど、この世界のゴブリンは独自言語で喋り合うみたいだな。
となると、馬鹿っぽく見えるミギャとヒギャも、普通の言葉が使える分、相当優秀ということになるのかな。
名前にギャが一つついているんだし、ゴブリン集落内で上位な人物ではあるのは間違いないだろうし。
そう考えながらじっと見ていたからか、ミギャとヒギャは首を傾げて不思議そうに見返してくる。
「ドウシタ、神官?」
「ナニカ用カ?」
「いや、君らは賢いなって、思ってね」
つい普通に喋りかけてしまったけど、ミギャとヒギャはちゃんと理解したようで、かなり喜んだ。
「ギギッ。ホメラレタ!」
「ギッ! ホメラレタ!」
子供のようにきゃっきゃと喜ぶ姿には、不思議な愛嬌があった。
二人の喜びようを微笑ましく見ていると、メギャギャと他のゴブリンとの話し合いが終わったらしかった。
「お待たせした、神官さま。ダーギャ、頭使うの苦手なやつ、説得むずかしい」
ダーギャというのが、さっきこちらを止めたゴブリンらしい。
メギャギャが申し訳なさそうに謝ってきたので、俺は微笑んでみせる。
「いえ、大丈夫。気にしてない。先に行こう」
「ありがとう、ございます。では、こっちです」
メギャギャの案内でさらに森の奥に進むと、開けた場所が先に見えてきた。
目を凝らして見ると、木々に囲まれた中に、原始的な高床式の家が並んでいるのが分かる。
なんとなく、元の世界の戦争を題材にした映画で見た、森林に住むゲリラの集落に似ている気がした。
読んでいた多くのラノベだと、ゴブリンは穴倉生活をすることが多かった。
けれど、この世界のゴブリンはそれとは違って、より文化的な存在――少なくとも弥生時代ぐらいかそれ以上に進んだ民度があるみたいだった。
メギャギャに案内されて、俺とエヴァレットはゴブリン集落の長老のところにやってきた。
長老というから、年老いたゴブリンかと思っていた。
しかし会ってみると、メギャギャやミギャとヒギャのような、若いゴブリンにしか見えない。
不思議に思いながら黙っていると、メギャギャが長老に事情説明を終える。
長老は軽く頷いてから、俺たちへと視線を向けなおした。
「メギャギャから話はうかがいました。初めまして、旅の邪神官さま。当集落を収めさせてもらっております、ギャルギャギャンと申します」
メギャギャたち三人が片言だったので、てっきり長老も片言かと思っていた。
けど、長老のギャルギャギャンが流暢に喋って見せたので、思わず驚いてしまう。
しかし混乱は最小限に止め、顔はうさんくさい笑みを浮かべながら、自己紹介を返す。
「これはご丁寧に。初めまして、ギャルギャギャン長老。私、旅の神官で、トランジェと申します。こちら、ダークエルフの集落まで案内を頼んでおります――」
「――お初にお目にかかります、ゴブリンの長老。エヴァレットと申します」
俺たちが礼を返すと、ギャルギャギャン長老は微笑みを浮かべる。
「メギャギャから聞いた、そちらのダークエルフの淑女の言葉を疑うわけではありませんでしたが。どうやら本当にトランジェさまは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官ではないご様子ですね」
どうして挨拶だけで、その結論に至ったのかがちょっと気になった。
「そう考えるに足る証拠を、こちらが提示した覚えはないのですが?」
「いえいえ。我々ゴブリンに対して、嫌悪感を抱かない人間など、邪神に仕えるお方ぐらいしか思い浮かびません」
「それは、私が丁寧に隠しているのかもしれませんよ?」
「ありえません。どれだけ上手く隠しても、人間の敵意や嫌悪はこちらに漏れ伝わってしまうものですので」
そう伝わってしまうのは、ゴブリンの特殊能力か、それともギャルギャギャン長老の特技か。
なんとなくだけど、ゴブリンたちの能力な気がする。
元の世界にあるお話でも、敵意や悪意に敏感そうな描写はあった。ラノベに書かれているよりも賢いこの世界のゴブリンなら、より敏感だと考えてもおかしくはないよな。
一人で勝手に納得していると、ギャルギャギャン長老は深々と頭を下げてきた。
「邪神の神官さまに、お願いがございます」
真摯に頼むその姿を見て、俺は背筋を正す。
「はい。お伺いします」
「では、邪神官さまは我らゴブリンの神について、何かしらご存知ではございませんでしょうか。そしてご存知であるのでしたら、その儀式ないしは秘術をご教授願えないかと考えております」
頼むにしても怪我人の治療か病人の治癒ぐらいだろうと思っていたので、予想外の話で困惑した。
「ゴブリンの神、ですか?」
「はい。恐らく他の邪神に仕えているであろうお方に、我々の神について尋ねるなど重々に失礼だとは思っております。しかし、何十代も前に人間によって失わされた、儀式や秘術を再現することこそ、ゴブリン種族の悲願なのです」
切に言われて、手助けしたいと心が動く。
けど、俺は顎に手を当て間を置き、この賢くも若き長老の言葉の裏を探る。
「……この場所以外にも、ゴブリンはいると聞きました。儀式を再現してみせて、貴方は集落の長老から、ゴブリン種族の王になるおつもりなんですか?」
「!?――いいえ、そんなことは考えてもいません!」
慌てて否定してきた反応を観察したけれど、ゴブリンの表情の変化はよく分からないなぁ。
うーん、王になろうと思っている可能性は、半分ぐらいと考えておこう。
「貴方が王になりたい、この集落を発展させたい。このどちらをお考えで、どちらの考えも違っていても、貴方のお好きになさればいいでしょう。私の信奉する自由の神は、全ての生物の心からの決断を認めますので。ですが――」
釘を刺すような言葉の後でわざと区切ると、ギャルギャギャン長老は少し怯えたように見えた。
俺はうさんくさい笑みを浮かべながら、話を続けれる。
「――この集落を拠点にして、人間に蜂起することはお止めなさい。なにせこの集落は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちに場所がばれているようです。なので決起する予兆を、感付かれてしまうでしょう」
「なッ!? そ、それは本当のことですか!」
「はい、本当です。なにせ、教徒を一人捕まえて、エヴァレットが薬を使用し、私が尋問した結果得られた話なので。もっとも、ここだけでなく、他の集落もいくつか情報を掴んでいるようですよ。エヴァレット、得た情報にあった場所を教えて差し上げなさい」
「よろしいのですか?」
「ええ。悪しき者と蔑まれる存在同士、仲良くして悪いことはないでしょう」
それに聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒にばれている集落の情報なんて、俺が抱え込んでも腐らすだけで益がない。
なら居場所がばれている集落の長に情報を押し付けて、役立ててもった方がいい。
なにせ、押し付けられた側にとって、これは生死にかかわる情報だ。大変に有り難がって、恩にきてくれる。
それは、賢いギャルギャギャン長老とて同じことだ。
「このような有り難い情報を頂けるなど、なんとお礼を申し上げてよいやら。しかし、ガゥとジィ、それにビグの集落もばれているとは……」
ゴブリンの間では有名な三箇所なのだろう、長老の傍らにいるメギャギャも驚いていた。
しかし脅しっぱなしにするのも悪いので、安心材料を与えておこう。
つまり、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちが直ぐにはやってこないという予想と、その理由について教えてあげたのだ。
すると、ギャルギャギャン長老は悩み始めた。
「ということは、我らが命運は、天災や人災が起きたとき、容易く刈り取られてしまうということでしょうか?」
「正確に言うならば、予備を多く残すため、一つの災害で情報にある場所の一つか二つが潰されると考えます。どれが当たるかは、聖大神の信徒と名乗る者たちの胸先三寸でしょうけどね」
俺はあえて軽く言ったのだけれど、ギャルギャギャン長老とメギャギャは沈痛な面持ちになってしまった。
「とっくの昔に、自らを善と恥ずかしげもなく語る人間どもに、この集落の命運を握られていたとは……」
「長のせいじゃない。昔からなら、過去の長老のせいだ」
「そういう訳にもいかない。だがまずは、神官さまへの用件を済ませてしまわないといけないな」
ギャルギャギャン長老は、深々と俺に頭を下げてきた。
「値千金の情報、感謝いたします。将来、この集落が人間に滅ぼされることがあった場合、我々は理由を知りながら死ぬことができます」
真摯に礼を言ってくれるのはいいんだけど、なにも死の覚悟を決めさせるために、情報を渡したわけじゃないんだよね。
「いえいえ、この情報は単なる前払いですよ。この集落に少しの間、泊まらせてもらうためのね」
俺の言葉に、ゴブリン二人とダークエルフ一人が驚いた。
「え、何で驚いているんですか? ゴブリンの神について知りたいと申し出たのは、そちらでしょう? それにエヴァレットは、何で驚いているのですか?」
「は、はい。その通りなのですが。先の情報に加えて、神のことすらもお伝えくださった場合。我々に差し出せるものがございません」
「その通り。この集落の危機、分かったの、すごく大事。集落の宝、渡すぐらい大事」
「いえ、ダークエルフの集落まで行く道のりに、この集落に泊まる予定はなかったものですから」
三人の理由を聞いて、俺は大げさに頷く。
「ふむふむ。ならその質問に、お答えしましょう。
まず、この集落に情報の対価は財物では求めません。なので集落の宝とやらも受け取りません。
そしてエヴァレット、貴女たちダークエルフも神を失った種族でしょう。神の存在を求めるゴブリンたちの気持ちが、分かるのではありませんか?」
この指摘で、メギャギャは安心し、エヴァレットは言葉を詰まらせたようだった。
しかし、ギャルギャギャン長老は、俺のことを少し疑っているようだった。
「で、では、対価に何をお求めになるというのですか?」
「なにも――とは言いませんから、ご安心を。私が求めるのは、この集落で自由に行動し、自由に住民に話を聞く許可です」
「そ、そのようなものが、対価になりえるのですか!?」
「ええ、なにせ私は自由の神を信奉する神官ですので、自由を阻害されると困ってしまいます。それに、ゴブリンの神について調べるには、ひつようでしょう?」
そう少し茶目っ気を出して言ってみた。
ちょっとだけ、自由神の信者にゴブリンがなれば、クエスト的にもいいかなとは思っているけどね。
しかしこの取引が不可解だったのか、ギャルギャギャン長老は俺のことを未知の生物を見るような目つきなった。
けれど、神を求める心は止められないのだろう、恭しく頭を下げてくる。
「分かりました。この集落での自由は保障いたします。住民に話をうかがうということですので、このメギャギャを供回りにお連れ下さい。いいですね、メギャギャ」
「分かった、長老。神官さま、これからよろしく、おねがいします」
「はい。ゴブリンの集落に住むの、初めてです。なので、こちらの方こそ、お願いいたします」
メギャギャの言語能力に合わせて返答しながら、ギャルギャギャン長老の思惑を考える。
きっと、メギャギャを監視役にして、俺の行動を探らせるつもりだろう。
まあ予想の範囲内だし、ゴブリン語の通訳を頼むつもりだったから、渡りに船だったけどね。
さてじゃあ、早速ゴブリンの神について調べるとしますか。
エヴァレットのためにダークエルフの神が誰かを探す予定だったから、これはいい予行練習になるだろうしね。
もうひとつ更新中の 生まれ変わったからには、デカイ男になってやる! http://ncode.syosetu.com/n0106db/
と内容を取り違えていたので、修正に時間がかかりました。
申し訳ありませんでした。




