二十五話 この世界で俺がやることを定めました
エヴァレットの怪我を回復魔法で治してから、股間を潰されて失神していた男を全裸にし、ロープで縛り、頬を叩いて起こす。
「うっ、むぅ――ぐお!? おおおおぉぉぉぉ……」
意識を取り戻して股間の痛みに呻く男に、俺はにこやかに声をかける
「ようやくお目覚めのようですね」
「ぐうぅぅぅ、き、貴様は、邪教徒の……」
「だから、私が信奉する神は邪神では――いえ、言っても意味のないことでした」
この彼にしてみたら、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス以外の神は、邪神なんだろうし。
その部分の説得は諦めて、情報収集を始めようか。
「エヴァレット、お願いします」
「はい。では、やらせていただきます」
エヴァレットがナイフを片手に近寄ると、急におびえ始めた。
「な、なにをする気だ!?」
「いえ、単なる質疑応答をしたいだけです。ただ、素直に話してはくれないでしょう? ならちょっと素直になれる薬を、全身に塗ってあげようかなと思いまして」
俺がにこやかに言うと、縛られた男は絶対に口を割らないと表明するためか、口だけでなく目まで硬く閉じた。
暴れられるよりはマシだったので、エヴァレットにナイフでフィマル草の毒軟膏を彼の肌に塗らせた。
この薬の効果である、痒みやかぶれがすぐに現れたのか、男は尺取虫のように身をよじり始める。
「んんぅ~~~~!!」
「効いているようですね。もうちょっと塗ってみましょう」
「はい。では、べったりと」
「んん゛~~~~~~~!!」
足の裏やわき腹とか脇の下など、人の敏感な部分にエヴァレットは容赦なく毒軟膏を塗っていく。
縛られていて、痒いのにかけない男は、目から涙を零しながら、傷つくのも構わずに地面に体を擦りつけ始めた。
だがそれでは治まらないのか、少ししてから口を開いた。
「お、お願いだ。この薬を取ってくれ、体を掻いてくれ、かゆいいいいい!!」
「では、こちらの質問に答えてください。そうすれば、薬をとった上で治して差し上げましょう」
「わかった、わかったから、早くしてくれ! かゆくてかゆくて、気が狂いそうだあああ!」
男が素直になってくれたことを確かめて、俺は様々な質問をしていった。
この襲撃は誰が計画し、決行することを誰かに伝えたか。
護送隊がいないようだが、どこにいったのか。
バークリステは離脱したといっていたが、どの町にいったのか。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官が使える魔法の種類。迫害対象種族の集落で把握している場所。この周辺の詳しい地理。大まかな物価。魔物の有無。などなど。
そんな様々なことについて、男から情報を引き出していった。
「ふむふむ、なるほど。護送隊を先に帰したことは安心材料ですね。しかし、最高位神官は死体を甦らせる軌跡を使えるらしいというのが、困ります」
「それと、悪しき者とされる種族のいくつかは、場所を把握さているとは思いませんでしたね。幸い、ダークエルフの集落までは悟られていないようですけれど」
悪しき者とされる種族の状況は、かなり逼迫しているようだ。
前世の宗教を引き合いに出して考えると、その種族たちが残されているのは、なにか災厄が起きたときに罪を擦り付けるため。
災厄を引き起こした悪しき者は倒された、これで安心だ――そう喧伝して、信者の不満をそらす方法に違いない。
そしてこれは、俺にとって無関係ではない話だ。
なにせ恐らく俺は、この世界で聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス以外の神の力を扱える、唯一の人物なはずだ。
ばれれば、何かの事件や事故の責任を押し付ける、人身御供にされてしまうだろう。
もっとも、これはさほど心配することでもない。
この世界の住民は神の力を見れば、それは聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのものだと勘違いする。
自由神の名前を言ったり、大っぴらに悪しき者に魔法をかけない限り、自由神の神官であるとはばれないはずだ。
俺が安心していると、エヴァレットもダークエルフがいる位置がばれていなかったことに安堵しているようだった。
そんなどこか気分が弛緩した俺たちとは違い、毒軟膏を塗られている男は必死だ。
「他にないか、ないなら、この痒みを、どうにかしてくれえええええ!」
「ああ、そういえばそうでした。エヴァレット、切ってあげてください」
「はい、では――」
「えっ――ぐああああああああ! だま、した、な……」
ナイフを持ってるからと、エヴァレットに拘束を解くように指示すると、なぜか男を刺し殺してしまった。
「え? なんで刺しちゃったんですか?」
「え? 神遣いさま、この男を殺せって言いませんでしたか?」
「私は縄を切って欲しいと言ったつもりだったんですけど……」
勘違いで失態をしでかしたことでか、エヴァレットの顔に絶望が広がっていく。
自分の首をナイフで貫かんばかりのその表情を見て、俺は慌てて取り繕う。
「いえ、気にしないで下さい。いまのは私が言葉足らずだったことによる事故ですから」
「そんなことはありません。いまのは早とちりをした――」
「いえいえ、ちゃんと縄を切れと言わなかった私の問題です。エヴァレットは気にしないでくださいね」
強く言うと、エヴァレットはおずおずと頷いてくれた。
表情もやや強張っているけど普通に戻ったし、これで一安心だ。
って、あまり安心もしていられないか。
「この死体をどうにかしないと、私たちの犯行だとばれてしまいますね」
異世界転移でお馴染みな、ステータス画面に入れられないかを試す。
ペンテクルスの死体を押し付けてみたところ、所持品は一瞬で剥げたものの、死体まで入れることはできなかった。
こうなったら仕方がない。
魔法一覧から土系の魔法を調べて――あったあった、落とし穴の魔法。
死体は四つだから、大き目の穴を作れるものになるよう、呪文を追加してっと。
「えーっと――自由の神よ、哀れな者たちを飲み込む大きく深き顎を、この大地に作り開きたまえ」
呪文が完成し、街道の脇にある草むらの奥に、ぽっかりと穴が空いた。
どれぐらいの穴か確認に行くと、直径五メートル、深さ十メートルぐらいの、とても大きくて深い穴だった。
「エヴァレット、死体をこの中に入れて隠しますから、手伝ってください」
「はい。お任せください!」
二人で協力して、穴の底へ死体を投げ入れた。
その後で、ペンテクルス以外の所持品を得ていないことに気がついた。
あー、失敗した。
この世界のお金とか、あって困ることないのに。
けど、この深い穴の底まで取りに行くのは勘弁だ。上ってこられるかどうかも分からないし。
「発覚を遅らせるために、穴を閉じますから、少し離れましょう」
エヴァレットと共に街道まで下がり、呪文を唱える。
「自由の神よ、大地に開けし大きく深き顎を、疾く閉じたまえ」
魔法が完成し、落とし穴が閉じていく。
あっという間に穴は塞がり、痕跡は穴のあった場所に草が生えていないぐらいだった。
証拠隠滅を終えて、ふと思い立ってステータス画面の『依頼・指令』の項目を見る。
『枢騎士卿への試練』にある、他神の信徒を生け贄に捧げるという項目を見るけれど、カウントはされていなかった。
どうやら単純に殺しただけでは、達成数に入れてはもらえないみたいだ。
生け贄というからには、それなりの儀式が必要ということなのか?
少し難しい顔をしていると、エヴァレットがおずおずと声をかけてきた。
「あの、神遣いさま。これからどうしましょうか?」
「どうするとは? ダークエルフの集落に向かうのではなかったのですか?」
「そのつもりだったのですが、先ほど男から収集した情報で、居場所が発覚している悪しき者の集落の話があったことを、覚えておいででしょうか」
「はい、覚えて――ああ、ダークエルフの集落に戻るときに、その場所を通るつもりだったのですね」
「その通りです。なので、どうしようかと……」
ということは、その集落を外して進むか、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒に居場所がばれることを考慮に入れて通るかだ。
どっちにするか考え込んでいて、開きっぱなしの画面にある『枢騎士卿への試練』の達成条件――信者を新たに増やすという項目が目に入った。
……そうだな。
俺は、トランジェとしてこの世界にきたんだから、トランジェらしく布教の旅をしよう。
さしあたっては――
「――エヴァレットが当初考えていた道順で、ダークエルフの集落に向かいましょう」
「えっ、それでは!?」
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒に見つかってしまうかも、という懸念は分かります。ですが、神遣いを求めているのは、ダークエルフだけではないでしょう?」
エヴァレットはハッとした様子になった。
「では、神遣いさまは、ダークエルフだけでなく」
「はい。悪しき者と烙印を押された人たちに、自由の神の力をもって救いの手を差し伸べたいと思います」
そして悪しき者を信者化して、『枢騎士卿への試練』の達成条件を満たす。
達成すれば、枢騎士卿しか知りえない情報が公開されて、俺がこの世界に来た理由が分かるかもしれない。
もし分からなくても、またなにかクエストが更新されるかもしれない。
そんな未来の希望に向かって、俺は進むことを決めた。
「なので、エヴァレット。私の布教を手伝っていただけますか?」
そううさんくさい笑みで問いかけると、恭しく礼を返してきた。
「はい、神遣いさま。非才の身ですが、微力を尽くさせていただきます。その代わりに、なにとぞダークエルフにも、邪神の加護を賜りたく思います」
「分かっています。私の持てる力、自由神の加護を総動員して、貴女の働きに報いることを誓いましょう」
そうして、俺とエヴァレットの自由神を布教する旅が、本格的に始まりを告げたのだった。




