二十四話 異世界における初の戦いにしゃれこみましょう
俺がエヴァレットに注意点を話していると、ペンテクルスの従者の一人が襲い掛かってきた。
「はああああああああああ!」
振るってきた剣を、エヴァレットと共に大きく後ろに下がって避けた。
その後で、魔法を自分とエヴァレットにかける。
「我が信奉する神よ、我れと従者の衣服に堅固さと俊敏さを与えたまえ」
俺とエヴァレットの足元に光の円が浮かび、黄色と空色に光る粒が涌き出てくる。
光の粒は俺の革鎧やローブ、そしてエヴァレットの衣服に急速に浸透していった。
この魔法は、着ている鎧や服の防御力をアップしつつ、身動きを軽くする補助魔法だ。
これでローブなどの普通の服しか着ていないエヴァレットでも、多少は傷を負い難くなったはず。
「神の力で、少しだけエヴァレットを強くしました。けど過信は禁物ですよ」
「はい。少し動くだけで、体が軽くなったことが感じられます。これなら、商人たちのときのような失態は演じなくてすみそうです」
エヴァレットは嬉しげに軽くステップを踏むと、ローブの袖から出した軟膏をナイフの刃で削るように塗る。
その軟膏、俺が前に渡したフィマル草の毒軟膏みたいだ。
けど痒みやかぶれを引き起こすだけだし、より毒性の強いフィマル草の暗殺軟膏を渡しておくべきか。
ステータス画面を呼び出して、アイテム欄から取り出そうとするが、それより先にペンテクルスとその従者たちが連携して斬りかかってくる。
「ダークエルフに魔法をかけたな、やっぱり貴様は邪教徒だったのだな!」
「貴方から見たらそうでしょうが、私が信じる神を邪とは言って欲しくないですね――我が神よ、目前の敵を打て」
ペンテクルスに返答しながら杖の先を向け、呪文を唱えた。
すると、まばゆいほど白い光の野球のボールぐらいの球体が杖の先に生まれ、プロが投げる剛速球のような速さで射出される。
「なッ――どぐぉ!!?」
はい。土手っ腹に、デッドボール!
ペンテクルスは悶絶しながら、膝から地面に倒れる。
神官系の攻撃魔法で一番弱く、一直線にしか魔法の球体が飛ばない『我が敵に誅打を』でも、それなりに効くみたいだ。
フロイドワールド・オンラインだと、顔面に投げつけて魔法の詠唱や、ショートカットのキーワードを言うのを邪魔するぐらいにしか、使えなかった。
けど、こっちの世界では、なかなかに有効のようだ。
なら、有効に使おうじゃないか。
弱いだけあって、この魔法は神通力の消費量が少ない。
そして、派手な魔法とスキルをバンバン使うことが特色のフロイドワールド・オンラインでは、攻撃魔法に冷却時間はない。
さらに他のゲームに比べて、キャラクターは神通力の総量と回復量がかなり多い特色がある。
だから、これからやることが、フロイドワールド・オンラインで流行ったことがあった。
まずは、出しっぱなしだったステータス画面を操作して、魔法のショートカットに『我が敵に誅打を』を入れる。そして発動キーワードを『誅打を』と設定。
「では、誅打を!」
「――どぐあ!?」
キーワードを呟くと、杖の先から光の球が発射された。
光の球は立ちあがろうとしていたペンテクルスに激突し、彼は蹴り飛ばされたように地面を転がる。
だがこれで終わりではない。
むしろここからが、フロイドワールド・オンラインのプレイヤーの本領発揮だ。
「誅打を誅打を! 誅打を誅打を誅打を! 誅打を誅打を誅打を誅打を誅打を!」
一つキーワードを唱えるたびに球が一つ飛び出し、ペンテクルスに当たる。
早口で言えば言うだけ発射の間隔は短くなるが、消費神通力が高位神官職のトランジェの回復量を上回ることはない。
だから、延々と発射し続けることが出来る。
フロイドワールド・オンラインだと、高威力の魔法をぶっ放したほうが役に立つので、あまり使いどころのない宴会芸だけどね。
しかしこうして着実に動けているのは、きっと仮想現実でプレイヤーを相手に戦ってきた経験だろう。なんでもやってみていて、よかったよかった。
「ペンテクルスさま――ぐううぅぅぅ!」
俺が執拗にペンテクルスを狙うのを嫌がったのか、従者の一人が自ら盾となって光の球に当たりにきた。
ペンテクルスとは違って体をかなり鍛えているようで、何十発食らわせても倒れない。
けど、彼はまだまだ頑張って体を張らないといけない。
なぜなら、しこたま光の球で打ち据えられて、ペンテクルスはもうボロボロで立ち上がるのも辛そうだ。
あの様子だと、杖から発射される球を避けることなんて、出来そうもない。
盾になっている従者も、後ろを振り返ってそれが分かったのだろう、決意した顔をすると俺へ走って近寄ってくる。
「誅打を誅打を誅打を!」
「おおおおおおぉぉぉぉ!」
顔面や肩に、つぎつぎ光の球が当たっているのに、全然怯む様子はない。
ならと、狙いを少し下げる。
「誅打を!」
「!?――おぐぉぉおおおおおぉぉん……」
近づいてきた従者の股間に、光の球が直撃した。
剛速球の野球ボールを食らったようなものだ、たまらずに呻き声と泣き声が混ざった声で、従者は地面に崩れ落ちた。
ほほう、フロイドワールド・オンラインでは痛みが発生しないように保護されていたけど、やっぱりこの世界では解除されているようだ。
従者は沈んだので、再びペンテクルスへ杖を向け直――そうとして、エヴァレットの声が聞こえた。
「神遣いさま、後ろです!」
はっと後ろを振り向くと、回り込んできたらしい従者の一人が、剣を振り上げているところだった。
「死ねええええええ!」
俺にばれたと分かった途端に、大声で叫びながら剣を振ってきた。
左右に避ける暇はない。
仕方がなく、左腕を犠牲にするつもりで、剣の軌道に差し入れる。
がつっと音がして、左腕には痛みよりも痺れを感じた。
しかし、先ほどの補助魔法のお蔭か、俺のローブは斬られていない。
「なッ!?」
驚きに目を見開いている男に、杖の先を向ける。
「我が神よ、目の前の敵に誅穿を食らわせたまえ!」
『我が敵に誅打を』と同じ系統で、二段階上の威力がある魔法を放つ。
光る円錐が男を貫き、その胸元に大穴が開った。
「ごふっ――」
口から血を吐き、即死級の怪我をしているのに、その男は俺のローブを握りしめて拘束してきた。
いや、死ぬ間際だからこそ、死んでも俺の動き封じるつもりなのか!
「くっ、このぉ!」
杖を使って押し剥がそうとするが、ローブに男の指が接着されたように離れない。
助けを求めてエヴァレットに視線を向けるが、戦っている相手に邪魔されてこっちの援護にはこられなさそうだ。
なら自分でどうにかしようと苦戦していると、こっちに接近してくる音が聞こえた。
音のした方を見ると、顔中をボコボコに腫らしたペンテクルスが、剣を引きずりながら歩いてきている。
「くくくくくっ、そのまま放すんじゃないぞ……」
「…………」
暗い笑みを浮かべるペンテクルスに、俺のローブを掴む男から返答はない。
なにせ死んでいるのだから。
でも、くそっ、死んでいるのに、指が剥がれない。
そして悪いことに、死んだ男の体が地面に倒れようとして、掴んでいる俺を引きずり込もうとしてきた。
踏ん張って耐えるが、このままだとペンテクルスの攻撃が避けられなくなる。
剣の斬撃は補助魔法をかけた服で防げるといっても、殴り続けられれば衝撃で痛いことは変わらない。
回復魔法を使えば永らえることは出来るだろうけど、根本的な解決にはならないし。
「こうなったら。我が神よ――」
杖を両手に持ち、魔法の詠唱を開始した。
それと同時に、ペンテクルスが接近し終え、剣を振り上げる。
「最後に邪神へ命乞いの祈りを捧げるとは、やはり邪教徒は度し難い!」
「――我が剣に自由を害する他教徒を排する力と速度を!」
ペンテクルスが剣を振り始めるのと同時に、魔法が発動して杖の周囲に多重の光る円が現れた。
それを目で確認してから、杖を軽く捻って止め具を外し、隠し刃を引き抜きつつペンテクルスに斬りつける。
俺とペンテクルスの武器がぶつかった。
体勢が不十分の俺に対し、ペンテクルスは怪我を負ってはいるが確実に振り下ろしてきていた。
それのに、魔法の効果で、競り勝ったのは俺の方だった。
剣を斬り飛ばされ、さらには胸元に横一直線に斬り傷をつけられて、ペンテクルスは呻く。
「――ぐうぅ……聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまの、神官たる、ワガハイも、知らんぞ、その魔法は……」
「……普通の神官では使えない、戦神官のみが使える、武器への補助魔法ですよ」
うさんくさい笑みとあっさりとした口調で、俺はペンテクルスに答える。
しかし、実際はとても気分が悪かった。
さっきペンテクルスを斬りつけたときの感触が、フロイドワールド・オンラインとは全くの別だったからだ。
ゲームなら、粘度をナイフで切ったときのような、少し重たい感じがするだけだった。
しかしさっきは、柔らかい部分と硬い部分を次々に切断した感触がした。
この感触で俺は『人間』を斬ったことを、強制的に触覚で悟らされた。
さらには、既に自分が魔法で人を殺しているのだと自覚した。
そう。ゲームの続きだと勘違いを残したまま、人を殺したのだと理解したんだ。
これで気分が悪くならないわけがなかった。
しかし映画やドラマなんかであるような、自責の念で嘔吐するほど気分が悪いわけでもない。
そして、どことなく仕方がないと納得する気持ちもある。
このことが、少し不思議だった。
俺は人殺しに対する忌避感がもともと薄かったのか、映画やドラマが過剰演出だったのか、それとも自由神の加護を持つトランジェの体でこの世界にいるからか。
理由はよく分からないけど、これからも人を殺したとしても、その罪悪感で俺という人格が潰されることはなさそうだと感じる。
そんな不思議な実感を得ていると、ペンテクルスが口から血を吐きながら、よろよろと折れた剣を自分に向ける。
「ごほぅ――ワガハイが、敬愛する聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスよ……ごふっごふっ、ひゅーひゅー、その唯一の神で、あらせられるその御力で、ワガハイの傷を、癒したまえぇ、ごほぉぅ」
剣の折れた断面の先に小さな光る円が浮かび、キラキラと光る粒子がペンテクルスの傷口へと吸い込まれていく。
回復魔法で傷を治されたら面倒だと、俺は手にしたままの隠し刃で斬ろうと剣を振るおうとする。
しかし、ペンテクルスの傷からの出血は、数秒止まった後で再び噴出してきた。
それを見て、ペンテクルスの顔が絶望に染まる。
「な、なぜ。なぜ、傷を塞いでは、ごほごほぅ、下さらないのですか。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさま……」
恐らく先ほどの回復魔法は、最後の力を振り絞っての行動だったのだろう。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスへの祈りとも恨み言ともとれる言葉と共に、ペンテクルスは地面にうつ伏せに倒れた。
その姿を見て、俺は隠し刃を杖に仕舞うと、相変わらずローブを握ったままの死体の指を剥がし始める。
ようやく全ての指が外れ、死体が俺から離れたちょうどそのとき、エヴァレットの戦いが終わったようだった。
「はあ、はあ……神遣いさま、援護できなくて、すみません、でした」
「いえいえ、気にしないで下さい。しかし手酷くやられていますね」
俺が思わず指摘してしまったように、エヴァレットの体は傷だらけだった。
頬に何筋かの薄い切り傷、ローブ全体に剣が当たった痕。
さらには、ローブが補助魔法で斬られないことをいいことに、防御に使っていたらしき左腕は、袖から覗く部分だけでも紫色の打ち身だらけ。
「こうなると、ナイフ以外の武器を渡しておいた方が、よかったみたいですね」
「い、いえ。この怪我は、我が身の不徳の致すところと言うものでして。決して神遣いさまから頂いた武器のせいではありません!」
「はいはい。そういうことにしておきます。まずはお互いの傷を治しましょう。その後で、股間に一撃を入れられて蹲っている人に、色々と聞かないといけませんね」
エヴァレットに苦笑いした後で、俺は未だに地面に蹲って、恐らく気絶している従者の生き残りに視線を向けたのだった。




