二十三話 出立準備をして村を離れてみると、やっぱりか
眠っていたことに気付いて、目を開ける。
木窓の隙間から差す光で、朝になっていると分かった。
あまり寝た気がしないが、起きなきゃいけない。
明日にはこの村を出立して、エヴァレットの案内でダークエルフの集落へと向かいたいので、村人たちに別れの挨拶をしておかないといけない。
「ふわぁ~~……。さて、やりますか」
ぐるぐると肩を回してこりを解すと、ベッドから立ち上がって、家の木窓や玄関の扉を開ける。
もうすっかり日は昇っていたようで、家の前には薬を貰いにきた村人たちがいつも通りにいた。
「皆さん、おはようございます」
「おはようです、神官さん。いやぁ、昨日は凄かったですね」
「いつも優しげに喋ってくれているので、審問のときにズバズバ言う姿は驚きました」
「けど、格好よかったですよ」
「あははっ、それはありがとうございます」
昨日のことを思い出して苦笑いしてから、俺は集まった村人たちに薬を配っていく。
その際に、それとなくこの村を明日には発ちたいと伝えてみた。
しかし反応は意外なことに、あっさりとしたものだった。
「そうですか。まあ、旅の神官さまだしな」
「もともと、捕まえた商人や盗賊がいなきゃ、この村にいてはくれなかったって話だったしな」
村人たちは、俺が村を去ることを、大体予想していたようだ。
引き止められなかったことに安心していると、少し遠くの方から馬車の車輪が道を進む音が聞こえてきた。
「ペンテクルスたちと護衛が、出立するようですね」
「ええ、日も昇っていないくらいから、教会がバタバタしてましたからね」
「よほど神官さまに言い負かされたのがこたえたのか、夜逃げするような旅支度だったそうですよ」
きっと、バークリステが暗殺に失敗したのを知って、慌てて出る用意をしたんだろうな。
もしかしたら、俺に逆襲されることを恐れての逃亡かもしれないけど。
まあ、これ以上ちょっかいかけてこないなら、どうでもいいか。
ペンテクルスたちが村からいなくなったのなら、司祭のチャッチアンさんにも村を出る挨拶をしておかないと。
村人たちに断りを入れてから、俺は教会へと向かった。
教会の前には、チャッチアンさんの他に、オーヴェイさんとアズライジがいた。
三人は何か深刻な様子で話し合いをしていた。
「おはようございます。どうかしたんですか?」
「ん? ああ、神官さまですか」
一番最初に呼びかけに反応したオーヴェイさんが、少し良いにくそうにした後で話し合いの内容を教えてくれた。
「教会の中に、まだ商人と護衛たちがいるのですよ。彼らをどうしようかと、意見を出し合っていたところです」
「あれ? 馬車の音は村の外へ出て行ったようでしたけど?」
不思議に思って首を傾げると、チャッチアンさんがなぜか少し青い顔で、俺の耳に口を寄せてきた。
「商人たちの――そのぅ、とある一部分が、醜いほど腫れ上がっていまして……」
「そういえば、鞘打ちなんていう罰を受けたんでしたね。その傷が元で、動くに動けないわけですか」
「ええ。お恥ずかしながら、擦り傷を治す程度で手一杯なわたくしめの回復魔法では、症状を和らげることで精一杯でして」
どこが腫れているかは分からないけど、可哀想なことだ。
エヴァレットを甚振った罰なので、治してやるつもりは毛頭ないけどね。
おっと、用件を忘れるところだった。
「話は変わりますけれど、明日にはこの村を出立したいと考えています。なのでその挨拶を、と思いまして」
すると、チャッチアンさんが名残惜しそうな顔をする。
「そうですか。トランジェ殿の説法は、大変にためになっていたので、残念です。村長も、この村にずっといて欲しいと、語っていたのですよ」
村長? っと思って話を振られた先を見ると、オーヴェイさんが立っていた。
「オーヴェイさんは、村長だったのですか?」
衛兵かと思っていたのに、村長だったとは。
そういえば、薬師の鍵を持っていたりと、衛兵にしては変な部分があったっけ。
そんな驚きの目で見ていると、オーヴェイさんは違う違うと手を振る。
「いまは息子たちに譲っておりますので、元村長です。今はしがない護衛です。チャッチアンは昔のクセが抜けていないだけです」
よほど今は村長と言われるのが嫌なようで、ムスッとした顔をしていた。
それを見たチャッチアンさんは、口が滑ったことを必死に謝り始めた。
この二人は少し置いておくとして、俺はアズライジに顔を向ける。
「あなたはこれから、どうするのですか?」
「もちろん、冒険者になりにいく――と言いたいところですが、まだ少しこの村にいようと思っています」
「それはまたどうしてでしょう?」
「オーヴェイさんに教えを受けるようになって、まだ剣の腕が低いと自覚させられました。もう少し上達するまで、衛兵のお手伝いをしながら、稽古を続けようと考えています」
「そうなんですか。頑張ってくださいね」
別れの挨拶が終わり、家に戻る。
帰り道で出会う村人たちにも、別れの挨拶をしていった。
そうして家に帰ってくると、出立の準備があるだろうからと、薬を受け取った村人たちは素直に家路についた。
その気遣いをありがたく思いながら、俺はエヴァレットと共に出立の準備を始める。
といっても、すぐに終わってしまったんだけどね。
俺はアイテム欄に押し込んでいるものが多いし、エヴァレットはそもそも手ぶらだったし。
手ぶら、で思い出したけど――
「――エヴァレットの服を買っておきましょうか。ローブ一着だけだと不便でしょう?」
「いえ、そんな。神遣いさまに頂いたのですから、これだけで十分です」
そうは言ってもね、いまさらだけど、全裸の上にローブは色々とまずいと思うんだ。
厚手の生地だからパッと見だと分からないけど、よく観察すると体の特徴が浮き出て見えちゃうからね。
「ローブの下に着るものでいいから、買いましょう。村人に聞けば、譲ってくれるかもしれませんから、ね?」
「は、はぁ、神遣いさまがそう仰るのでしたら」
そうと決まればと、たまたま薬を貰いにきた人に、服のことを聞いてみた。
すると、薬師の家の中に、まだ残っている服があるはずとの事なので、家捜しを決行。
俺の寝泊りしていた部屋の箪笥には男物しかないので、他の部屋をくまなく探す。
女物の服と下着が何着か見つかったものの、色あせと虫食いがあって着れるような状態じゃなかった。
ふと考えて、それらの服と俺が使っていた部屋にある男物の服も、ステータス画面のアイテム欄に押し込む。
そして、偽装スキルに裁縫師をつける。
さっき入れた服をタップして、選択肢にある素材化を押す。
素材化は元よりも素材数が少なくなるけど、偽装スキルであっても失敗しないから、それなりの布素材が手に入れることができる。
「エヴァレット、どんな服が好きですか?」
「えっと、動きやすい服装がいいです。あと、ローブの中に着るので、あまり暑くならないものがいいと」
「はいはい、それなら……」
素材化した布を押して、作れる服を確認しながら候補を絞り込んでいく。
うーん、偽装スキルで失敗確立が四十パーセントアップだし、下着も作らないといけないことを考えると、難易度が低くて布素材が少なくて済むショートパンツとタイトシャツ系統ぐらいしか作るのは難しいかな。
とりあえず、女性用の下着――着るだけで良さそうな黒いスポーツタイプのインナーを選んで、製作を押す。
運良く両方とも一発で成功。
続いて、ショートパンツと、シャツの製作に移る。こちらはインナーと違って、着色料がないと白しか選択できない。
布素材がなくなる前にどうにか作れたものの、パンツで二度、シャツで一度失敗したため、布素材は全部なくなってしまっていた。
出来上がった物を取り出すと……。
なんだろう、元の世界にある有名量販店で買えるみたいな、フロイドワールド・オンラインやこの世界の中世ファンタジーチックな世界観に合わない、そんな服だった。
昔に服作りのクエストをやったことあったけど、フロイドワールド・オンラインでこんな現代風の服なんか作れたっけ? アップデートで追加されたんだっけ?
少し謎に思いながらも、作ったからには使って貰わないとと、エヴァレットに渡した。
「はい、どうぞ。きてみてください」
「分かりました……この短いズボンとシャツは分かりますが、他の二つの布はどう使うのですか?」
「えっ!? えーと、私は男なので詳しくはないんですけど――」
ネットサーフで見かけたイラストを思い出して、どうにか身振り手振りで着方を伝えた。
理解した様子で、着替えに部屋に入ったエヴァレットを見送る。
それから、色々な服の着方やグッズの使い方を図解イラストにしていた、元の世界の名も知らない神絵師に感謝の祈りを捧げた。
貴方のおかげで窮地を脱しました。自由神の加護があらんことを。
祈りが捧げ終わったちょうどその頃、早くも着替え終えたエヴァレットが部屋から出てきた。
「神遣いさま、着てみましたがどうでしょうか?」
「う、うん。似合っていると思うよ」
感想を尋ねられたので咄嗟に言ったけど、ローブを上から着ているから、さっき渡した服は見れなんだよね。
嬉しげなエヴァレットとは反対に、俺はそんなちょっと残念な気持ちで、明日に村を出立する準備は終わったのだった。
村を出立する日は、よく晴れていた。
「トランジェ殿の旅立ちを、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまが祝福してくださっているのでしょう」
とは、司祭のチャッチアンさんの言葉だ。
もしそうなら、異教徒を認めていないはずなのに不思議だなと考えながら、顔はにこやかに頭を下げる。
チャッチアンさんは、俺の隣にいるエヴァレットには言葉はかけなかった。
オーヴェイさんとアズライジもいるけれど、衛兵の仕事のために持ち場から離れるつもりはないみたいだ。
そんな三人の代わりに、村人たちが近寄って、声をかけにくる。
「なにか悪い人って言われているみたいだけどな、あの人についていけば良い人にだってなれるさ」
「一緒に旅をするんだったら、神官さまをお守りしてね。あの人は良い人よ」
「……分かった」
前に結んだ約束を律儀に守り、エヴァレットは不満顔を作りながら頷いてみせた。
そうして、多くの人に見送られながら、俺たちはこの村を後にした。
「さて、ようやくエヴァレットの案内で、ダークエルフの集落にいけそうですね」
「少し遠いので、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの信徒がいない、隠れ里や集落を巡っていくことになりそうです。ご了承ください」
「あ、そうなんですか。まあ、私の目的は急ぐ類のものではありませんので、気にしないでいいですよ」
エヴァレットに先導を任せつつ、道を歩く暇つぶしもかねて、今後俺はどうするべきか、どうしたいかを考える。
トランジェの姿でこの世界にきたので、戦司教という戦闘と魔法を扱う力はあるはず。
全ての相手に無双する、とまでは無理だろうけど、普通の人や盗賊なんかは余裕で打ち倒せるはずだ。
そういう強者になって何がしたいかと自分に問うけど、ぱっとは思いつかない。
こういうときは自由神の神官らしく、とりあえずやってみたいことを見つけよう。
ステータス画面を開き、偽装スキルで職業を、魔法の一覧でどんな力が使えるかを見ていく。
そうしていて、クエストが新たに発生していないか気になった。
『依頼・指令』の項目の中を確認してみるが、残念なことに新しいクエストは発生していなかった。
残念に思いながら、達成したクエスト、未達成なクエストを見ていく。
そういえば、この世界に飛ばされる切欠になった『枢騎士卿への試練』はどうなったか確認すると、ちゃんと未達成のクエストの中に入っていた。
タップして確認すると、前に確認したときと同じ――じゃなかった。
改宗を達成した人数が、一人だけカウントされている。
……この一人って、バークリステのことだよね?
ってことは、このクエストはまだ生きているってことなのか!?
今更ながらに知った事実に驚いていると、エヴァレットが立ち止まったのが見えた。
「どうかしました?」
「……草むらの中に隠れている人がいます。息遣いから、あの審問官です。同志は、なぜかいないみたいですが」
生きていたクエストのことから、襲撃者の対応に頭を切り替え切る前に、草むらから人が出てきた。
白のローブ姿で、人数は四人。
一人見慣れたヤツがいる。ペンテクルスだ。
「ふん。ようやく来おったか! 待ちわびたぞ!」
偉そうに踏ん反り返りながら行ってくるが、頭に枯れ草がついていて間抜けにしか見えない。
「おや、一日早く出ていったのに、こんな草むらで昼寝していたんですか? あれ、そういえば、あのバークリステ――さんが見えませんね。任務失敗で破門にでもしましたか?」
そう嫌味で返すと、ペンテクルスは顔を真っ赤にする。相変わらずの怒りっぽさだ。
「ぬけぬけと言いおってからに! あの役立たずの愚図は、町へ先に走らせたのだ。貴様らは断罪されたのだという報告をさせにな!」
「そんなことして良いんですか? 報告の件ではなく、そちらの最大戦力は彼女だったに、この待ち伏せからはずしてしまっても?」
「あんな愚図女にそんな価値はない! そもワガハイの供の者は、それぞれが一級の猛者ばかりだ! 貴様に心配してもらうことなどないわ!」
ペンテクルスが剣を抜くと、三人の従者たちも剣を抜いて構えた。
なるほど、構える姿は様になっているので、強そうだ。
そんな彼らを見て、エヴァレットは悲壮な顔で、ナイフを構えて俺の前に立つ。
「神遣いさま、ここは押さえてみせますので、お逃げください」
その気遣いに、俺は首を横に振りつつ、エヴァレットの肩に手を置く。
「逃げる必要はありません。彼らが手練だというのなら、私の実力を試すちょうどいい機会です」
「で、ですが!」
「なにも一人でやろうとは言いません。エヴァレットにも手伝ってもらいます。けどいいですか、怪我をしても治してみせるので構いません。ですが、致命傷は避けて戦い終わるまで生きていてください。そして即死はしないで下さい」
「それはまた何故ですか?」
回復待機時間の説明をするには時間がないので、自由神の信者が得る『問題点』を伝えるだけにする。
それは、加護が自由度の拡張しかないこと。
加えて、自由神の信者には、ある枷がはめられること。
「自由の神は、死者は死者のままいさせるのが好きです。なので、人を甦生する魔法が一つもないのです。なにせ魂が肉体から開放されることも、自由になるという行為に他ならないのですから」
そう、セーブポイントでの生き返り以外、魔法及びアイテムによる甦生不可という重い枷こそが、フロイドワールド・オンラインでプレイヤーが偽装以外で自由神の信者になりたがらない、最たる部分なのだから。




