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二十二話 新たな信徒に教育と使命を与えましょう

 自由神の信徒となることを決めたバークリステに、俺はやらねばならないことがあった。


「では、宗旨変えの儀式――をする前に、唯一の教義である心に従うとは、どういうことかの説法を始めましょう」

「……そんなことが必要なので?」


 バークリステは早く信徒になりたさそうにしているが、そういうわけにも行かない。

 正しい自由神の神官を自称する俺は、自由神に人々が抱いてしまう勘違いを正しておかなければならないからだ!


「まあ、単純な説法ですから、聞いてください。もっとも、私の話を聞いて参考にするしないは、バークリステの自由ですので」

「必ず参考にするように、とは言わないのですね?」

「そうですよ。なにせ自由を愛する神の信徒ですからね。信じる信じないも自由ですから」


 うさんくさい笑みを作ってから、咳払いを一つする。


「こほんっ。では、心に従うとはどうすればいいのかの説法を始めます。まずは心に従うことの難しさから説いていきたいと思います」


 バークリステだけでなく、エヴァレットも俺の話に注目する姿を見ながら、話を続ける。


「人の心とは常に形を変える習性があります。故郷で食べ続けて嫌いになった食べ物が、旅先で無性に食べてくてたまらなくなる。こちらを嫌ってきていた人の心が傷ついていたとき、優しくしてあげたらその人に大変に懐かれてしまったなど。枚挙にいとまがありません」


 二十歳になった当初にビールが嫌いでも、いつかは飲み慣れてしまうのも、心の変化と言えるだろう。

 地獄に仏を見て、改心したなんてこともいうけど、これも心の変化の一例だろうね。


「これほど変化に富んだ心に従うとなると、やる本人が困ることになります。


 昨日はやるべきと思ったことが、当日にはやりたくなくなり、明日にはやってはならないことに変わってしまった。


 なんて自体に陥ってしまうのですから。そしてその様を見た人が、自由人は根のない草のように安定感がないと語ったりすることでしょう。さて、ここまでで質問はありますか?」


 問いかけると、バークリステは頭の良さからか、語った例に対してではない質問をしてきた。


「トランジェさまは、心の従い方に問題があるのだと、今語った心の従い方は間違いだと、そう言いたいのですね?」

「そうなのですけど……」


 チラリと思案顔のエヴァレットを見ると、先に進めてくれといったジェスチャーが返ってきた。

 ならと、話を続けることにした。


「先ほど、根のない草の例を出しましたが。私が思うに、心というのは茎が長い花のようなものなのです。少しの影響で心の表層たる花の部分は、大きくゆらゆらと揺れてしまう。けれど茎を辿った根元の部分は、決して地面から離れることがない」

「根の部分。つまり、人心の根幹は定まっているというのですね。でしたら――」

「その通りですけれど、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを持ち出して、善悪が根幹にあるとするのは間違いですので止めましょうね?」


 先に釘を刺すと、バークリステは平淡な顔で澄ますが、透けるような白い頬はやや赤く見えた。

 思わず俺は、小さく笑ってしまう。


「ふふっ――いえ、失礼しました。さて、人の心は千差万別と言いますね。そしてそれは、心の根幹にも適応される例えなのです。そう、人が追い求めて止まないものは、それぞれ違うということをまずは知ってください」


 すると、バークリステは難しい顔になった。


「全て違うのなら、どうやって知るのですか。心は目に見えないのに、自分の真なる欲求なんて、分かるかどうか……」

「はい、その通りです。自由神の教義における真髄が、その自身の心の奥底にある求めるものを探すことなのです。なので直ぐに分かるようなものではありません。」


 と、ここまで俺が言ってきた内容は、フロイドワールド・オンラインで自由神の司教及び戦司教になった際に習う説法である。

 そしてここからが自由神の名の下に、神官職が付け加える部分だ。

 心の奥底を探るために、ある人は善の限りを尽くせと説き、ある人は悪の限りを尽くせと諭し、またある人は善悪両方をなす中道を行けと言う。

 俺もそれに倣っても良かったのだけど、色々とネットで調べて、より分かりやすくしようと試みた。まあ、ゲームで深く演技ロールするため、だったんだけどね。


「さてでは、心の奥底の探り方なのですが――よく理解できるように、例を出します」


 バークリステとエヴァレットが見つめる前で、二人に合うような話を思い出す。


「貴女はお腹いっぱいにご飯を食べました。その後で、見たことのない、大変においしそうなお菓子が貴女の目の前に運ばれてきました。貴女はそれを見て、どう思いどう行動しますか?」

「ええっ……そうですね、日持ちするなら包んでもらい、しないのならばありがたく食べます」


 バークリステの答えの後に、エヴァレットに視線を向けると、彼女も何か考えを決めたらしく、頷き返してくれた。


「では、なぜそんな行動をしようと思ったのですか?」

「え、なぜですか? うーん……食べ物ですし、残すのはもったいないと」

「もったいないから食べたのですか? とても美味しそうだからではなく、味が気になったからでもなく、よりお腹いっぱいになりたかったのでもなく?」

「え、ええ、その通りですが……」


 俺に詰問されていると勘違いしたのか、バークリステは少し引き気味だ。

 なので安心させるように、ことさらに笑顔になってやった。


「素晴らしい。これで貴女は幾つか自分の心を知りました。貴女は嗜好品を好まず、未知に対する興味もさほどなく、食にもあまり感心がない。そして、残される物や人に対して同情心を持っています」


 ちなみに心理テストの問題ではないので、俺が言っていることは思いつきの出任せだ。

 でも、あまり大外れしていない考察であるとは思うけど。


「さて、いま出した例のように、貴女の行動には心の動きに伴った理由が存在します。自分が何を好み、何を嫌い、何に感心がないかが分かります。最初のうちは心の表層しか見えませんが、繰り返していくうちに心の奥底へと進んでいきます。そうして進みきったその場所に、貴女の心の底にある本性――もしくは源欲げんよくが浮き彫りになるのです」


 これは、多方面から自分の心を見るメソッド、なんて言われているやり方なそうだけど、自由神の教義にぴったりだから使わせてもらった。

 さて、そんなメソッドを知ったバークリステとエヴァレットは、納得しながらも難しい顔を続けている。


「どうしましたか?」


 あえてそう尋ねると、バークリステはハッとした表情をする。


「いえ、話は大変にためになることだと思ったのです。しかし、実際に試してみると、なんと自分とはあやふやなものなのかと、気付かされてしまいまして」


 どうやらすぐに実践してみたらしい。

 バークリステは頭が良いみたいだから、俺の予想するよりも深く自分の心にすでに潜れているのかもしれない。

 では、褒めるのと釘刺しをしておかないとね。


「なるほど、そこまで気付けているのでしたら、自由神信仰の真髄に至れるのもさほど遠いことではないでしょう。ですが、この方法はとても恐ろしいものなのです。それこそ、人が廃人になってしまうほどのね」

「そんなになのですか?」

「はい。自分の心を見つめ続けた結果、自分の嫌な面や知りたくなかった面を知り、心を壊してしまうのです。何しろ自分の心の本質の近くにある部分ですからね。そこを否定してしまうと、自我が崩壊する可能性すらあるのです」


 この話はよくネットにある話で、鏡に自分を映して『お前は誰だ』を毎朝やると自分が誰だか分からなくなる、というものの類似品だ。

 けど、防ぐ方法はちゃんとある。


「なので、どんな心の側面が見えたとしても、否定せずに受けれましょう。その醜い部分だって、源欲までの道にある道しるべでしかなく、あやふやなものでしかありません。気にするほどのものでもないのですよ」

「そういう、ものなのですね。分かりました。見えた自分の心を否定せずに受け入れます」


 ちゃんと理解してくれたようで、安心した。

 では次に移ろう。


「自由神の教義の本質に迫る方法を学んだ次は、どう自由神の信徒として行動すればいいのかに入りましょう」

「自分の心、つまりは源欲に従う、ということですよね?」

「流石はバークリステ、理解が早い。ですが、それでは源欲を自覚していない信徒は、行動することが出来ないのではありませんか?」

「それは……その通りですね」


 悩んでいる様子だけど、単純に考えればいいのだ。


「ですから、自分の減欲を知るために、自分がやってみたいと思ったことは全てやりましょう。やってみて、期待通りだったか期待はずれだったか知りましょう。その行動と抱いた感情で、更に自分の心の奥へと踏み入る材料が更に手に入ります」


 ここで「ただし――」と忠告を入れるのを忘れない。


「勘違いされがちですが、自分が嫌だと思ったことはやらない、というわけではありませんからね。自分がやりたいと思ったことに、嫌だと思うものが付随してしまうものだったら、なにも出来なくなってしまいますから」

「それは、矛盾していませんか?」


 バークリステの疑問に、俺は大仰な感じで首を横に振る。


「いえいえ。先ほども言ったでしょう、嫌だと思う部分も醜いと思う部分も、自分の心の一側面だと。ならば嫌だと思うこともやってみて、それに対して自分がどう嫌だったかを知ることも、自分の心の奥を探るのに必要なことなのです。

 つまり、好悪合わせて体験することこそが、一番の近道です。ただし、自分がやってみたいと思うことを第一に据えるのは、絶対不変なものですからね」


 そこまで語った後で、俺はバークリステに微笑みかける。


「しかしながら、貴女に我が神の教徒となる素質があると言ったのは、まさしくこの部分なのですよ。

 聖教本という道しるべに従い、どんな辛い境遇に立たされても、同じ身の上の人達を解放したいという願いに邁進した。まさしく、自由神の教義と近い行いですよね」


 その指摘に、バークリステは目を見開いた。

 そして真理に触れたかのように、俺に頭を垂れる。


「いままでの行動は間違いではなかったと。辛い出来事や嫌なことがあったのも、今この時を迎えるためだった。そう仰ってくださるのですね!」


 そこまで言うつもりじゃないのだけど、否定するのもはばかられるので、このまま勘違いさせておこう。


「はい、その通りです。なのでこれからの貴女は、今までの行動をほんの少し変えるだけでいいのです。聖教本ではなく、貴女がやりたいと思ったことに従ってください。そして自分の源欲が分からない間は、同じ身の上の人たちの解放により邁進し、嫌だと思うことでも進んで行い、自分の心を確かめてください。分かりましたか?」

「はい。トランジェさまの言うとおりにいたします。そう心で決めました」

「ふふっ。あまり私の言うことを盲信されても困りますよ。だって、それは自由じゃないでしょ?」

「はい、分かっております。自分の心に従うことこそが重要である。そう頭に刻み付けておきます」


 分かっているようで、分かっていない感じがするけど――まあいいや。


「では、最後に改宗と洗礼の儀式をしましょうか。そのまま座っていてくださいね」


 俺は杖から隠し刃を抜き、バークリステの背後に立つと、天井に当たらない程度に振り上げる。

 ここまでの説法で本気で俺を信じ切っているのか、彼女は振り向こうともしない。

 暴れられると困るから、この方がありがたいといえば、ありがたいけどね。


「我が信奉する自由を愛する神よ。他神の元を離れた、新たに自由神に膝を降りたいとする者が我が前に現れた。ついては、この者に纏わりつく今までの加護としがらみを切り払い、自由という名の加護を与えたまえ!」


 俺は隠し刃でバークリステの頭上を二回斬る真似をし、刃の腹を彼女の頭に置く。

 そのまましばし制止してから、アイテム欄から店売り品の安物ナイフを一つ取り出した。


「はい、バークリステ。顔を上げて、こちらに振り向いて」


 俺の言葉に従ってくれたのを見て、彼女に手にあるナイフを差し出す。


「貴女に、自身の自由を守るための武器を授けます。受け取れば貴女は本当に自由神の信徒となります。引き返すのならばここですよ?」

「いいえ。謹んで、信徒とならせていただきます」


 両手で恭しくバークリステがナイフを受け取ると、彼女の足元に光る円が現れ、光の粒の乱舞が始まる。

 呆気に取られる彼女の体に光る粒子が入り込み、やがて体の内から外へはじけ出るようにして消えていった。


「はい。貴女はこれで、自由神の信徒となりました。まあ、あまり実感はないでしょうけどね」

「いえ。なにやら今まで感じたことのない、大いなる存在に守られているような気がします。これが神の加護というものなのでしょうか」


 いや、自由神の加護は自由度の拡張だけだから、それはきっと勘違いだから。

 そう思いながら手を動かし、彼女の目の前に俺のステータス画面を移動してみる。

 ちゃんと自由神の信徒となっているはずなのに、視線が動かないのでどうやら見えていないみたいだ。

 うーん、この世界の人には見えないのか?

 それはそれで、面倒になるから困っちゃうんだけどなぁ……。


「バークリステ、感動しているところを申し訳ないのだけど。私と同じ動きをしてもらいますか?」

「はい。真似をすればよろしいのですね」


 まず俺は、ステータス画面を消す動き――右手を軽く上げ、窓を拭く要領で外側から内側へ一度振る。

 続けて、ステータス画面を出す動き――手を握った状態から人差し指と中指を伸ばし、上下に一回振る。続けてその線を開いた手の外側、小指から手首にかけての部分で撫で広げるようにする。

 これらが、フロイドワールド・オンラインでは画面の出し消しのデフォルトの動作である。

 プレイヤーは好みに動作を設定できるんだけど、俺はこのデフォルトのまま使っている。なんだか宗教っぽい動きなので、トランジェらしく思えるからだ。

 それはさておき、バークリステは画面を開けたのかな?

 と観察するけど、やっぱり無理だったようで、この動きが何か分からないようだった。

 そうすると、信徒から神官職にするのに、また儀式が必要になるんだけど……困ったことに、体にかける儀式魔法にも待機時間が設定されているのだ。

 昔は儀式に待機時間はなかったんだけど、改宗初日特典で二十四時間継続する補助魔法パフがある神が発見され、入っては辞め入っては辞めて効果を重ねがけに重ねがけて、難攻不落を誇った大ボスを倒してしまったのだ。そのことに怒った運営が、神の怒りと称して儀式魔法にも待機時間を設けたのだった。

 というわけで、バークリステを信徒にしたものの、彼女の望みである神官職にする儀式が一日ほどかけられないのだ。

 このことを、詳しいことは言わずに伝えると、さりもありなんとバークリステは頷いた。


「信徒となって一日も立たずに、神職を預かれるはずもありません」

「いや、明日――はもう今日になっているから、あと二回朝が来たら、神官職にできますよ」

「いいえ、残念ながら明日には、ペンテクルスと共にこの村を去ることになります。もしかしたら、町への先駆けとして先行させる命令を受けるかもしれませんので、二日後にはこられません」

「それは残念です……おや、ペンテクルスを呼ぶ際に、さま付けをしませんでしたね?」

「当たり前です。他教の神官に敬称をつけるつけないのも、心で決めます。もちろん、人の目と耳がある場所では今まで通りにします」


 自由神のものとはいえ神の加護を受けられたので、バークリステは平淡顔は辞めにしたようで、小さいながらも表情を動かしていた。

 その変化に嬉しく思いながら、俺は言葉をかける。


「では次に合えたら、神官職にして差し上げますので、頑張ってくださいね」

「はい。次にトランジェさまにお会いする際には、囚われし子たちを何人か連れてまいりますので、その人たちにも加護を与えてくださればと思います」

「分かりました。そちらも承ります。少し長話しすぎたので、怪しまれると思いますが、切り抜けてくださいね」


 バークリステは俺に感謝して頭を下げると、この家の玄関から出て行った。

 俺は扉を閉めて、気を抜くように大きな息を吐いてから、エヴァレットに顔を向ける。


「これでもう襲撃はなくなったことでしょう。戸締りを再確認してから、寝ましょう。エヴァレットも眠いでしょう?」

「はい。気を抜いた途端に、目が閉じそうになりました」


 俺とエヴァレットは目をぱちぱちさせながら、自分の部屋に戻ろうとする。

 そして別れ際に、エヴァレットは俺にある質問を投げかけてきた。


「神遣いさま。自分の心に従うことこそが、自由の神の教義なのですよね?」

「うん? はい、その通りです。それがどうかしましたか?」

「では、神遣いさまのやりたいこととは、心の源欲はなんなのですか?」


 気を抜いていた俺は、その言葉に衝撃を受けた。

 受けながらも、トランジェらしく切り返すことには成功する。


「実を言うと、そこまでの境地には、私も辿りつけていないのですよ。まだまだ修行中の身、なので」

「そうですか。神遣いさまでもそうなら、自分の心が分からないのも当然ですね」


 おやすみなさい、とエヴァレットは自分の部屋に入っていった。

 そして俺はショックを受けた頭のまま、部屋のベッドに飛び乗る。

 寝ようとはするが、頭の中を考えが駆け巡る事がやめられない。

 『俺はこの世界で何をしたいのか』『俺はこの世界で何をするべきなのか』『自由神は俺にこの世界でどうすることを求めているのか』

 ぐるぐると考えが巡って眠れないと思っていたが、考えすぎで目を回して気絶するように、俺はいつの間にか寝ていたのだった。


一応心配したり指摘する人が出る前に書いておきますが、

本文中の『多方面から心を見るメソッド』は、私が創作した考えです。

参考にした文献なんかはありませんので、他者に著作権があるとは考えていません。


でもまあ、自分が考える程度のことなら、他の人が提唱しててもおかしくはないとは思いますけどね。

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