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番外二十七 新国は門出に至る

 新国と旧国に別れ、数十年の月日が経った。

 その間、旧国内貴族たちの独立運動が起こり、その内のいくつかが独立を果たした後に新国に攻め入られて吸収され、国土を増した新国では統治と発展、そして多宗教ゆえの宗教紛争が巻き起こった。

 結果的に、旧国では国内の引き締めと、反乱防止の人民緩和政策が行われる運びとなり、新国では陣頭指揮をとったビッソン新王と自由神教団に尊敬と権威が集まることになった。

 そんな激動の時代を経て、新国と旧国は穏やかな時を迎える。

 旧国は国内平定を進めながら、領地奪還に向けて十年規模の遠大な侵略計画を立て、着々と実行している。

 そして新国では平和な間にと、国王位の譲渡が行われる運びとなった。

 初老に差し掛かったビッソン新王は、玉座の間で配下の者たちに厳めしい声をかける。


「事前に申し渡していたように、次の国王は我が次男、第二王子たるグリソビンである。異議を唱えた気ものは、ここに申し出よ」


 形式的な問いに、配下の誰もが顔を伏せて口を噤む。

 誰からも異議の声は上がらない――そのはずだった。


「ビッソンさま。わたくしは反対にございます!」


 声を発したのは、ビッソン新王の隣に立つ妃の一人で、高い貴族位の出身かつ一番最初に王子を生んだ人である。

 玉座の間がざわめく中、ビッソン新王は一瞬だけ困ったように眉尻を下げ、すぐに王の顔となって、その妃に問いかけた。


「では誰が、次代の王に相応しいと?」

「それは我が子であり第一王子である、レビンズキでございます!」


 妃が指し示すのは、伏せる配下たちの最前列――王子や王女たちが並ぶ一角。

 母の遺伝を色濃く受け継ぐ、金髪で端麗な顔立ちの男性だった。

 妃が語っているのは、親の欲目のように見えるが、そうではないとこの間に集まる人たちは理解していた。


 第一王子レビンズキと第二王子グリンソビンは、甲乙つけがたい傑出した王子たちなのだ。

 レビンズキは天稟を持ち、幼き頃より神童と呼ばれ、その後も天才と呼ばれ続けて育った。

 懸案が国の政策に取り入れられたことは数多あり、王子の立場ながら、新国に居なくてはならない人物と評されている。

 人柄は、正しきを好み悪しきを憎む、ハッキリとした基準を持っている性格である。

 欠点らしき欠点といえば、頭抜けた知能と善悪や判断の基準が厳格なために、話が合う人が少ないぐらいだろう。


 一方で第二王子グリンソビンは、貴族位の低い母親からの生まれと、ありふれた茶色い髪とその顔立ちを含めて、幼い頃は平凡と評された王子だった。

 可もなく不可もない知能と、突飛さのない発想力。

 剣の腕に見るべきものはなく、信仰にのめり込むことがないため魔法にも目覚めない。

 次代の王への道から脱落したと、王城に住まう者たちはそうそうに思っていた。

 そんなグリンソビンには、意外な才能があった。

 平凡な見た目は人に親近感を抱かせやすいのか、人とすぐに仲良くなってしまうのだ。

 そして仲良くなった人たちから様々な話を聞き続けると、人の体験や噂話を統合して新たな考えに繋げる発想力が育ってきた。

 情報の有用さを知ったグリンソビンは、書物や報告書をよく読むようになり、さらに知能が深まる結果につながる。

 その繰り返しで、徐々に徐々に天才であるレビンズキとの差を縮めていき、成人直前には議論で考えをぶつけ合うようになった。

 そんな生い立ちから、グリンソビンは努力と秀才の王子として、民草からも知られることになった。

 彼の欠点らしき欠点は、人の話をよく聞いて判断するため、独断専行による即決が出来ないという悪癖だった。


 それぞれに特徴がある二人の王子たち。

 彼らを持ち上げる勢力により、国を割る恐れがあった。

 しかし当の二人は仲が良い上に、配下たちの仲違い工作に引っかからないほどに知能が高かったため、杞憂に終った過去がある。

 ビッソン新王の言葉に否を叩きつけた妃の言葉は、その杞憂を再燃させるようなものだった。

 玉座の間がざわめくのも無理はない話である。



 ざわめきを止めようと、ビッソン新王が手を持ち上げようとする直前、第一王子レビンズキが声を発した。


「我が父、ビッソン王に発言の許可を賜りたく願います」


 混乱を増長させるような第一王子の発言に、玉座の間のざわめきが大きくなる。

 ビッソン新王はチラリとグリンソビンに視線を向けてから、レビンズキに目を向けなおした。


「発言を許可する。言ってみるがいい」

「はっ、失礼いたします」


 レビンズキは顔を上げ、ビッソン新王の顔を真っすぐに見る。

 そのまま数秒が経過後、視線を彼の母である妃に向けた。


「母上、場を混乱させるような発言はお止めください。私は弟であるグリンソビンの配下となる決意を固めているのですから」


 衝撃的な発言に、妃は大いに狼狽えた。


「な、なにをいっているのです! あなたほど傑出した王子は他にいません! あなたこそが王となるべきでしょう!」


 吠えるような大声に、隣にいるビッソン新王が眉を潜める中、レビンズキは首を横にふる。


「母上。王に一番必要なものは、類い稀な知能ではありません。知能が乏しくとも、その道に秀でた者が配下にいれば、国は回るのですから」


 誰かを揶揄するかの言葉に、ビッソン新王は口の端だけで苦笑いを浮かべる。

 その隣に居る、レビンズキの母は訳が分からないという表情で叫ぶ。


「では何が必要だというのです!」

「その優秀な配下が、どんなときであっても見捨てようとしない、魅力ある人柄こそが王にとって必要なのです。それは私にはなく、弟にはある才能です。ゆえに、私は弟が次の王になることに賛成し、その補佐をしたいと思っているのです」


 レビンズキははっきりと後の展望を語ると、彼の母親は貧血を起こしたように頭を揺らした。


「望めば王にだってなれる場所にいるというのに、どうしてお前は……」

「国に奉仕し、人民の生活を守り育てる国王の地位は、母上が権力欲しさに願っているほど良き場所ではありませんよ。そして自分可愛さで王の権力を行使しようという輩が近くにいる存在が、王になってはいけないのです」


 明確な善悪の基準を持つレビンズキらしい言葉に、彼の母親はがっくりと項垂れた。

 このときに至ってようやく、妃は己の子供の潔癖さに気付き、そして自分が居るからこそレビンズキは国王の位を手放す判断をしたのだと理解した。

 レビンズキの演説もあり、玉座の間のざわめきは収まり、配下たちはビッソン新王に言葉を待つ瞳を向ける。

 ビッソン新王は重々しく頷くと、宣言した。


「異論のある者は、これで消え去った。次代の王はグリンソビンに決定である。戴冠式は二十日後に行うものとする!」


 ざっと音を立てて、配下かたちが一斉に頭を下げた。

 その様子を満足そうに見たビッソン新王は、マントを翻して玉座の間から去っていく。

 その顔にあるのは、長年の重責から解放された安堵感だったが、顔を伏せている配下たちは誰も見ていなかったのだった。





 王城で王権の委譲が行われている中、自由神の教団内でも当主の交代が行われる運びとなった。

 バークリステは真っ黒なローブを着ながら、手にした錫杖を次の司教となる者に手渡す。

 年若い三つ目の青年は、錫杖を恭しく受け取った後で、困惑する表情を浮かべた。


「バークリステ様。なにも、国王が変わるからと、国教の当主を変える必要はないのではありませんか?」

「ふふっ、駄目ですよ。わたくしに『様』をつけては。今日からあなたが、国教を治める者なのですから」

「話を誤魔化さないでください。通常の人とは異なる我らは、通常の寿命とは異なる身です。バークリステ様は長命な身で、まだまだお若いのですから、今後も当主をお続けくださればよろしいのに」


 彼が言うように、バークリステの姿は、ビッソン新王とほぼ同い年とは思えないほどに若々しい。

 それこそ、二十代と言えば、見た人たちが納得する容姿である。

 次の当主と任じられた青年が、惜しむ気持ちが良く理解できた。

 しかし、バークリステは微笑むと、首を横に振った。


「同じ者が常に上に立っていたのでは、慣例や馴れ合いで組織が硬直しかねません。それは、多様性を重んじる自由の神のご遺志に反することです」

「それは良く理解しておりますが……それだけの理由でしょうか?」


 バークリステ自らが次の当主に任じた者だけあり、彼女が隠していることを嗅ぎつけたらしい。

 しかし、数十年も国教を預かり、そして国政にも参加してきたバークリステの面の皮を、青年が破り切れるものではなかった。

 バークリステは微笑むと、彼の肩に手を置く。


「いやなのでしたら、辞退してくださっていいんですよ。我らの神は自由の神。誰かに何かを押し付けることはしてはいけないのですから」

「その言い方はずるいですよ――ええ、辞退はしませんとも。自由神の教団を盛り上げることこそが、僕のやりたいことなのですから」

「ふふっ、そうですか。では、あとは任せましたよ」

「任されました。バークリステ様も、以後はお心のままにお過ごしくださいませ」


 青年に見送られて、バークリステは立ち去り、自室に置いてあった鞄一つの荷物を持つと、自由神の教団建物から出ていった。

 少しして、その横に黒ローブの女性が並んだ。

 彼女の手にも、同じように鞄が一つ握られている。

 バークリステはその女性を見て、微笑みを強めた。


「リットフィリアは、わたくしの旅路に付き合ってくれるの?」

「当たり前。バークリステ姉さまがいるところが、わたしのいるところ」

「ありがとう。一人旅は寂しいと思っていたから、助かっちゃう」

「お礼はいい。一緒、また旅ができてうれしいし。でも……」

「でもどうしたのです?」

「……バークリステ姉さまが旅立つ決意をしたのが、あの人の手紙というところが気に入らない」


 鼻に皺を寄せるリットフィリアに、バークリステは苦笑いする。


「大恩あるトランジェさまからの御呼出しなのですから、立場を捨てて赴くのは当然のことでしょう?」

「ふんっ。あの人が生きていたこと自体が驚き」

「まあ、何十年も音沙汰がなかったのに、いきなりの手紙ですからね。しかも、この地に住む者とは別種族が暮らす大陸を見つけたとは」

「嘘くさい。誰かの騙りだったら、そいつを八つ裂きにしてから、バークリステ姉さまと各地を旅したい」

「手紙に書かれていた符合は、間違いなくトランジェさまのものなのですから、疑うだけ損ですよ」


 仲の良い姉妹の会話を続けながら、新王都の一角にある寂れた酒場の中に入っていった。

 その後、いくら待っても出てこない二人を不思議に思い、後をつけていた自由神教団の偵察隊が酒場へ押し入る。

 しかしそこにバークリステとリットフィリアの姿はなく、裏口や隠し通路の痕跡も発見できなかった。

 二人が煙のように消えてしまったと報告を受けて、新当主となった青年は肩をすくめつつ、彼女たちの旅路に祝福あれと自由の神に祈ったのだった。

というわけで、この番外編をもって、

自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する(Web版)は完結の運びとなりました。


6月20日に書籍版がでましたし、ここが良い時期ではないかという判断です。


本編終了後の、番外編の方がウケが良かったことは、ちょっと想定外でしたけれど(笑)


さてさて、

少しあくどい神官という一風変わったお話に、ここまでお付き合いいただき、皆様ありがとうございました。

以後、書籍版や私の他の作品にも変わらぬご愛顧をくださいますよう、伏してお願い申し上げます。


それでは、中文字でした ノシ

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― 新着の感想 ―
数年ぶりに読んで気に入ったわ そう言えばこの書籍も買ってるぞ(押入れの中にある
[良い点] 数年ぶりに読み返してみたけど、気づいたら数日で読了してしまった。 宗教や物事に対する考え方を、読んでいる側にももう一度じっくりと考えさせられるようでタメになった。 以前に読んだことのある…
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