番外二十四 打壊の祭、建国の祭
国が新旧二つに分かれて数年が経った。
国境では砦を拠点とした睨み合いが続き、ときたま言い合いからの小競り合いが行われたが、押しなべて平和な月日だった。
昨今の旧国は、未だに領土を取り戻す野心を抱いて戦の準備を進めている。
軍拡のために武器防具を作る工房は大忙しで景気がいいものの、住民全体に武具の代金のために重い税が課せられていた。
日を追うごとに貧しくなっていくが――
『領土を取り戻せば税率を元より軽くする』
――そう国の重役が名言したことを信じ、不満を飲み込みながらの生活を続けている。
そんな生活苦から、人々は一層に聖大神へと信心を募らせていた。
その状況に、聖大神教団の聖職者たちは目を付ける。
聖都を失ったことで下がった権威と資金を、元通り以上にする機会だと。
『貴方がたが苦しいのは、悪い神を崇める邪教徒がのさばっているからである!』
『熱心に祈れば、聖大神が必ずや悪い者を滅し、そなたたちを救ってくれる!』
『神に汝らの本気の度合いを、精一杯の寄進で示すのだ!』
千載一遇の好機を逃すまいと、聖職者たちは真剣に人々に呼びかける。
動機はどうあれ、その熱心さは、生活するだけで疲れていた住民たちの心を打った。
そして、聖職者たちの説法を聞いて、生活苦と食糧事情の悪化も手伝い、人々はまともな思考を失った。
『どんなに苦しくとも、聖大神さまは見ていてくださっている!』
『いつかは、この苦しさが報われる日が来るに違いない!』
口々にそんなことをのたまって、さらに聖大神へとのめり込み、食糧を買う金すら寄進してしまう。
懐が潤った聖職者たちが贅沢な食事をする一方で、食糧が買えずに祈りながら餓死をする人が現れる。
そんな状況になりつつある頃に、新たな行事が現れた。
その行事が生まれたきっかけは、一人の聖職者だった。
「私たちが苦しい生活を強いられる理由である、憎き邪教徒たちを恨み言をぶつけましょう」
わざと下手に作られた木彫り像を立て、住民たちにそれを責めさせたのだ。
罵詈雑言を浴びせるもよし、石を拾って投げつけるもよし、鉈や斧で殴るもよし。
最終的には千々に割って、薪として暖炉にくべるところまでやる。
鬱憤がたまっていた住民は、この奇妙な行事を歓迎した。
日頃は決して使わない言葉を吐きかけると、気分が晴れる。
像が石や道具で壊れていくさまを見ると、変な達成感が得られる。
壊れた像をくべる際などは、炎上して朽ちる姿を、いっそ穏やかな気持ちで見ることが出来た。
そんな奇妙な行事は、最初は一人の聖職者が気まぐれで行ったことだった。
しかし、他の聖職者が真似をする。
不満を募らせている人たちを呼び集めるには、格好の材料だと思ったのだ。
さらに像を作る代金を寄進させて、さらなる富を懐に入れようとも画策した。
そんな打算的な思惑もあって、瞬く間に旧国のあちこちに広まってしまう。
この奇妙な行事が旧国に浸透し終わった頃、狙ったかのように、あの日が近づいてきた。
数年前に失地し、国が割れることになった日と同じ、暦の日がだ。
今までは苦々しい思いで過ごす日でしかなかったが、この年、とある大きな町である発想が生まれた。
「打ち壊し像は邪教徒たちを模しているんだから、この日に壊すことこそが相応しんいではないか」
「ならば大々的にやろう。見上げるほど大きな像を作り、町中の人たちで壊すんだ」
「それはいい。壊した後は焚火にして、炊き出しでもやろう。そう、祭りをやるんだ!」
有志たちの奮闘もあり、その祭りは開催される運びとなり、戦いに敗れてから暗い雰囲気ばかりだった町につかの間の明るさが戻る。
そんな思い付きで行われた祭りだったが、来年も再来年も同じ日に行われる運びとなり、町人たちはその日を楽しみに思いながら日々を暮らすようになり、少しだけ活気づいた。
そのことに、他の村や町は注目した。
「来年は、我々もかの村と同じ祭りをしよう」
「大きな像を作るために、その日以外は像を壊すのを止めて資金を貯めよう」
どんなものでも目標があれば、人は頑張れるもの。
「像を壊す祭りに参加するんだ、死んだりできない!」
「あの楽しい日をもう一度体験するんだ。空腹がなんだ!」
一年に一度の打ち壊し像の祭り――打壊祭を目指して、住民たちは日々を懸命に生きるようになったのだった。
一方、その頃の新国はというと。
ビッソン新王が提唱した地盤固め政策の甲斐もあり、人々は好景気の中で暮らしていた。
「乾杯! がはははっ、今日も酒が美味い!」
「素寒貧になっても、明日にゃまた金が入るんだ。懐具合を気にせず飲めて幸せだぜ!」
各所にある食堂や酒場は、連日連夜に渡って盛況だ。
一般住居の中に目を向けても、食卓に並べられた料理も豪華に見える。
そんな余裕ある暮らしを続けると、人はさらなる刺激が欲しくなってくる。
毎日飲んでいた酒よりも、いい酒を求める。
野菜やスープなどより、脂の肉汁が滴る肉が食べたくなる。
馴染みの街娼より、立派な館に住む娼婦を相手にしたくなる。
新国では、欲望に直結するような加護を持つ神の人気が上がってきている。
そして、節制を尊ぶ聖大神教は下火も下火。
そんな状況なため、人々は自分が欲するものを行うようになった。
「新国の国教――自由の神の教えは、やりたいことをやれだ。誰にはばかることがあるのか!」
多少の後ろ暗さを払拭する言葉を唱え、人生の春を謳歌する。
人が後先考えないで金を使えば経済が回り、経済が回れば好景気に繋がり、好景気であれば給料が上がる。
さらに増えた給料を使って楽しめば、結果として自分が豊かになる。
そんな景気の循環が、新国で巻き起こっていた。
この好景気に、新国の上層部もにっこにこだ。
「このままいけば税率を変えなくとも、税収が一割増しは確実です」
「うむうむ。国庫に金が増えることは良いことだ。新しい試みに使う予算が現れるということだからな」
「ならその浮いた金を、新国軍の拡充に役立てて――」
「軍に十分な予算はあらかじめ割いてある。余剰分を投入する必要はないな」
「軍に金を使うぐらいなら、技術開発に回してください。新技術が発生すれば、さらに景気が良くなるはずです」
いつもの予算の取り合いのように、空気が段々とギスギスしたものになってくる。
段々と会話の語気が荒くなり、罵倒合戦が先に見えてくる。
そのとき、増えるであろう税収を見ていたビッソン新王が発言した。
「祭りをするぞ」
唐突な言葉に、居並んだ面々が首を傾げる。
ビッソン新王は、言葉が足りなかったと咳払いしてから、詳しい説明を始めた。
「いままで、国の平定を推し進めるばかりで、民の楽しみを喚起してこなかった。だからか。人々は我々よりも、宗教家どもに重きを置いている様子であると報告を受けている」
「……それはビッソン新王さまの政策が当たりに当たっているため。人々は国の行き先を安心しているだけなのではありませんか?」
「仮にそうだとしても、王である我よりも宗教の教祖に日常で重きを置いているのはいただけない。放置すれば、過日の我のように、国に不満があると立つ輩が出ないとも限らんではないか」
一理あると面々が頷くのを見てから、ビッソン新王はさらに口を開く。
「そこで、国が主体となって祭りを行うのだ。それも、我が国を立ち上げた同じ日にな。どうしてその日なのかというとだ――」
もったいぶった言い方をしていると、上層部の一人が声を上げた。
「なるほど! 祭りを国が主導することで人々に我々のことを思い出させ、国を作った日に行うことで新王さまのご威光を新たにさせるわけですね!」
「――う、うむ。その通りだ」
言葉を遮られたビッソン新王は、目を横向かせながら頷く。
そして何やら考えるように額に指を当ててから、再度喋り始める。
「祭りの趣旨は理解できたようだからな、あとのことは任せる。増えた税収分で盛大な祭りにしてくれ」
席を立ち、マントをなびかせて、ビッソン新王は会議場を後にした。
彼を見送ってから、上層部の面々は罵倒が飛び交うような議論をしながら、名と内容も決めていく。
「ええい、自分の崇める神の名を入れ込もうとするな! もう名前は分かりやすいように、建国祭で!」
「ちっ、名前はしょうがない。だが、催し物に関しては、譲る気はないぞ!」
「そうだ! 商会や宗教家らに活躍の場を与えてやらねばならない!」
「なら、街の区画をそれぞれ割り振って担当者を決め、その中はその者の自由にするということでどうだ!」
「それでは不公平が生まれるぞ! 大通りを要する地区は人の流れが太い分、集客が多く見込めるのだからな!」
唾を顔に掛け合うかのような議論に、今まで静かにしていたバークリステが割って入った。
「地区を分けて担当者を置くのでしたら、主要道路を持つ地区の面積は小さめに、ない地区は面積を大きく取ればよいでございましょう」
喧嘩する子供を窘めるような声色に、いい年をした上層部の面々が口を噤む。
反対意見がでなかったことに、バークリステは気を良くしてさらに言葉を重ねる。
「でしたら、わたくしは自由神教徒が多く住む場所を中心にした地区を要したく思います。この地区は主要道路がありませんので、このぐらいの面積を頂きたいのが、よろしいでしょうか?」
新王都の地図に、バークリステはある程度の地区を指で示しながら囲った。
なかなかの面積の大さに、反射的に反論の言葉を吐こうとした数人が、口から声が出る前に黙り込む。
バークリステが担当したいと囲った面積は、主要道路から外れているうえに、自由神教徒が多く住む区域。
仮に自由神教団のトップであるバークリステ以外が担当したら、住民から批判を受ける、そんな場所を的確に最大限囲い込んでいた。
絶妙に批判しずらい手腕に、上層部の面々は他者に指摘を押し付けようと、目配りをする。
そうしてまごついている間に、バークリステは会話を先に進ませた。
「反対意見はないごようすでございますので、この地区の担当はわたくしということでよろしいでしょうか?」
念押しの確認に、他の人たちは黙ったまま、首を上下に動かして是と答えた。
こうして一つの地区と担当者が決まり、それが指標となったことで、先ほどの長い議論は何だったのかと思うほど、他の面々も担当地区を決め終えたのだった。
こうして行われる運びとなった新国の王都で行われた建国祭は、事前告知していたこともあり、方々からの観光客を呼び込む結果となった。
数多の宗教と商店が参加した出店と催し物は盛況で、集まった人たちを大いに喜ばせた。
客の中には旧国を密かに出てやってきた人もいて、彼らはあまりの祭りの盛況さに目を剥いている。
(新国の祭りの、なんと華やかなことか。比べて旧国の像を壊す祭りは、なんと怖気が走るものなのか)
その人たちは愕然とした後で気を取り直すと、旧国領域に引き上げざるをえなくなる時間まで、楽しい新国の祭りを堪能し続けた。
心の中に、旧国よりも新国の方が魅力的だという意識を抱えたままで。




