番外二十三 農業改革
新国ではビッソン新王が「地盤固めをする」と発布した影響もあり、旧国との国境に砦を建築し終えた頃から、農業改革が始まった。
各地の農法の情報が収集され、検証の後に改定された農法が作られ、各地へと輸出されて実行された。
そのことに、各地にある村々の農家たちは反発した。
「オラたちは、生まれてからずーっとこの方法で野菜を作ってきたんだ。いまさら変えろたって、そういくかい!」
「そうだ! 新しい方法で作って、凶作になりでもしたらどうするんだ!」
もっともな訴えに、新国の上層部が取った方法はというと、自由神教団の神官たちを各地に派遣することだった。
農業の素人を寄越して何をする気かと、農家たちが警戒する中、神官たちは魔法で作物を一日で収穫可能まで育ててみせる。
その後で、にっこりと微笑んだ。
「これで飢える心配はなくなりましたので、心置きなく、新農法を試せますよね?」
神官が発する笑顔の圧力に、農家たちの多くが口を噤み、農法を試す機運になる。
聖大神教団の政策に、先祖代々に従い続けた村人らしい判断だった。
しかし村の中には、胆力を発揮して、新農法に苦言を呈する村長もいた。
「いいかね、神官さんよ。畑の土は、一年や二年でホイホイと変えて戻してとはいかないもんだ。この新しい農法を試して土を駄目にしちまったら、元に戻すまで凶作が続く可能性だってある。その保証はしてくれるのだよな?」
真っ当な批判に、神官は微笑みながら頷く。
「我々も国の上に言われて魔法を行使しに来ただけですので、我が神の名前にあるように、自由に農法を選択してくださって構いません。ですが、新農法を試さない方には、魔法による促成栽培の支援は今回だけとなるようですが、構いませんか?」
「ふんっ、そんな援助は必要ない! 昔ながらの農法でも、十分に収穫量はあったからな!」
「結構なことですが、今年に納める税は、新農法で得られた収穫物を基準に設定されます。他の村で新農法の畑が大豊作となった場合、旧来農法のままの村にはかなりの負担がかかると思いますよ?」
脅し文句のような言葉に、旧来農法のままにすると決めた村の村長は怒り、神官を返してしまう。
こうして新国は、新農法を行う地域と、旧来農法の場所に分かれることとなった。
国の方針に逆らう形となった村があることを知った新国の上層部では、議論が行われた。
「予想以上に、旧来農法に固執する者が多いな」
「放置すれば、作り上げた新農法を使わない流れが生まれてしまう。ここはやはり、無理にでも新農法を全ての農家に試させるべきかと」
「自由神教団の神官たちはお優しいことだが、もう少し強硬に勧めても良かったのではないか」
口々に意見を戦わせる彼らの姿を、ビッソン新王は静かに眺めていた。
だが、やおら手を上げ、議論を中止させる。
「我は村長の家の出である。故に、確実な実りが期待できる、旧来農法に固執する者の気持ちはわかるのだ。新農法の結果が分かるまで、件の村と農家たちは放置しておくがいい」
その言葉に、重鎮たちは物言いたげな顔をする。
ビッソン新王は不満な理由は理解しているとばかりに頷き、ニヤリと口を笑み歪めた。
「心配せずとも、農家は商人に次いで利に敏い者たちだ。他の村や農家が新農法で栄えたと知れば、固執をあっさりと捨て去り、真似し始めるものだ。今年変更させられずとも、来年再来年には新農法を自ら行うであろうよ」
重鎮たちが一理あると理解を示したのを見て、ビッソン新王は「後は任せる」と席を立つ。
退出する王を見送るため、重鎮たちは一様に起立し、頭を深々と下げた。
悠々と部屋を横切るビッソン新王は、誰も見ていないことを確かめると、急に瞳に怖気づいたような色を浮かべて、重鎮の一人――バークリステを見やる。
バークリステは顔を伏せたまま、微かに頭を上下に動かし、先の言葉は適正だったと伝えた。
その姿に安堵したビッソン新王は、威厳ある足運びながら、どこか浮ついた足取りで部屋を出ると、妻の一人が待っている場所へと移動していった。
新芽が収穫間際に成長するほどの日数が経ち、新農法と旧来農法のどちらが優れていたかかが判明する季節となった。
新国上層部の威信をかけた新農法の方が、収穫量が多くあった。
しかし農法を変えて一年目で農地の土が前とさほど変化していないため、さほど量的な差は多くはつかなかった。
その報告を受けて、上層部の面々は肩を落とす。
「新農法で農作物の収穫量が増大したことは間違いないが、ここまで差がないとなると」
「旧来農法を守った農家が、それみたことかと鼻高々にしている光景が目に浮かぶな」
「農法を変えた農家が、元の農法に戻そうとする動きを止める必要があるだろう」
新たな問題に頭が痛いと呟く彼らの思いとは裏腹に、旧来農法を守っていた人たちは新農法について驚いていた。
数量を紙の上でみる上層部とは違い、農家の人たちは作物に触れる分だけ、新農法の良さを痛烈に実感することになったのだ。
「まるっきり駄目になるかと思えば、めちゃめちゃ良い農法だったな」
「育つ作物の色艶から、もしやと思っていたが、収穫した実物を見れば誤魔化せないな」
「収穫量に差が出たうえに、肥えたものが出来ている。食って味も良いとなれば、先祖代々の農法にこだわるべきではないな」
「国も新しくなったんだ。畑づくりも新しくする時期にきたってことだな……」
親から教わった農法だけあり愛着はあれど、愛着で作物は実らず腹も膨れないと知る農家たちは、ビッソン新王が言っていたように旧来農法をあっさり捨てた。
その報告を受けた国の上層部は、量的な差が乏しいのにどうして農家が手のひらを返したのかと、首を傾げるばかり。
やがて納得することを放棄し、この事態を予見していたビッソン新王の知恵に感服し、彼についていこうと気持ちを新たにした。
意図せずに信頼を得ることになったビッソン新王はどうしているかというと、昨日の逢瀬でヘソを曲げさせてしまった妻の一人のために、御用商人に贈り物の相談をしていたのだった。




