番外二十二 真・聖大神教徒の地下活動
国を割る戦いに隠れてしまい、騒動としては影が薄くなってしまった事件があった。
それは、真・聖大神教徒の叛乱。
自らを真なる聖大神の声を受けたものと名乗った元奴隷のエルフ――ハルフッドが教祖となって、町ごと聖大神教団から離脱しようとした事件である。
国軍および遠征軍の働きによって滅されたように見えたが、生き残りがいた。
彼らは滅びかけた町を脱出し、新王都で地下活動を行っている。
敗残兵に近い信者たちを纏めるのは、片腕が欠損し傷痕を包帯で隠すハルフッドだった。
「偽りの聖大神様を立てた教団の敗北は喜ばしいが、その代わりに自由の神の信徒たちが跳梁跋扈する結末になるとは」
「だが、他の神が国教とならずに済んでよかったんじゃないか。少なくとも、他の神を崇める宗教を弾圧したりはしていない」
「まさに、不幸中の幸い。これは、真なる聖大神様が我らに復権の機会をお与えくださっているに違いない」
感謝の祈りを捧げてから、彼らは人目にあまり触れないよう、怪しまれないように、こそこそと布教を行っていく。
身体的特徴が強いハルフッドは地下に潜ったまま日を過ごし、十日に一度集まる信者たちに、神の声という名目で説法を行う。
信者たちは、普段は宗教を決めかねている善良な市民を演じ、新王都で普通に暮らす。
その中で、自陣に引き込めそうな相手を見つけると、徐々に徐々に心の距離を近づけていき、十分な仲まで醸造できたら真・聖大神の会合に連れて行った。
一年をかけて数人信者を増やすような迂遠な計画だが、教祖が長命なエルフである教団らしい作戦とも言え、そしてそれは会心の行動だった。
なにせ、派手に活動する邪神系の教団は、自由神教団が有害と判定し、罪状があり次第に取り潰される気運が徐々に高まってきている。
一度は国と敵対した真・聖大神教団が生き残って活動していると知られれば、尖兵が遣わされることは想像に易い。
地下での布教活動が細々としたものだったお陰で、自由神教団の警戒網を?い潜ることができ、徐々にでも信者の数を増やすことができていた。
これは、ハルフッドにとって嬉しい誤算だった。
「やはり、真なる聖大神様は、我々を試しながらもお救い下さる心づもりに違いない」
自分の使命を新たにしたハルフッドは、信者を離脱させないよう、説法を熱心に行うようになった。
新国が出来て情勢が安定してから時がたつにつれ、新国の人々の間に聖大神のことが懐かしく思えてくる風潮が生まれた。
「どうせ崇める宗教は自由なんだ。ちょっと昔に戻ってみることも悪くはないだろう」
そんな軽い気持ちで、聖大神を祭る教会に通うようになる。
大半の人たちは、一度司祭や神父の説法を聞いて満足し、また他の神を崇め直す。
少数の人々――とくに年老いた人たちは、望郷の念に近い感情から、聖大神を崇めることに決めたりもした。
そんな聖大神に信仰を立ち戻らせた人たちに、真・聖大神の信徒たちが近づいて仲良くなり、それから勧誘活動を行っていく。
「これは秘密のことなんだが。先の戦いで、聖大神に対する教義は破壊されてしまっている。特に、教団上層部しか知らない秘術は新国では失われてしまった」
「だがその秘術を、私たちを教えてくれている人は持っているんだ。貴方には特別に、その秘術を受けられるよう取り計らいましょうか?」
『貴方だけ』や『特別』などの、人心をくすぐる言葉で巧みに誘導し、真・聖大神教団は信者の数を増やしていく。
ただし表向きは、普通の聖大神の集まりのように偽装し、勧誘する相手も権力や財産をさほど持たない人物に限定していた。
そうした慎重に慎重を重ねた地下活動だったが、真・聖大神教団の信徒たちは失念していた。
人々の口は、思いのほかに軽いということを。
ある日、隠れ家にて。
教祖ハルフッドが、今日行う説法についての準備をしていると、不意の来客が現れた。
それは黒いローブを着た、女性だった。
人間の美醜に疎いエルフのハルフットでも、彼女がつい見惚れたほどの絶世の美人である。
女性は恭しく頭を下げる。
「初めまして。真なる聖大神教団の教祖、ハルフッド。わたくしは、この国において自由の神教団を取りまとめさせていただいております、バークリステと申します」
その名乗りに、ハルフッドは驚いた。
「貴女が、あの」
「はい。貴方のような地下活動を行う教団にとって、目の上のたんこぶな存在でございますとも」
軽い冗談のようなバークリステの言葉に、ハルフッドは鼻白んだ。
「国教の頭とも呼べる方が、このような場所に単身乗り込んでくるなど、正気とは思えませんね」
「お褒め下さり有り難うございます。しかしながら、貴方にわたくしをどうこうできるお力がおありのようには見受けられませんよ」
自信ありげなバークリステの姿に、ハルフッドは自分の欠けた腕と傷つき動きが鈍い体に歯噛みした。
それと同時に、信者が伝えてきた、とある噂を思い出した。
「……貴女にとってみたら、自由神の粛清部隊ですら赤子同然なのでしたね」
「あらまあ、誰がそんなことを言っていたのでしょうか。こんな細腕で、屈強な大人の男性に勝てるとでもお思いですか?」
「見た目に誤魔化されないことが重要だと、貴女と同じようなローブを着た男性と諍いを起こしたときに心に刻んでいますので」
ここで回りくどい言葉の応酬を終わらせて、バークリステは単刀直入に赴いた用向きを語る。
「今日は、要望を伝えに参りました」
「我ら真なる聖大神教団にですか?」
「そう警戒しないでくださいませ。単純に、地下活動を止めて、地上で伸び伸びと勧誘活動をしたらどうですかと、言いに来ただけでございますよ」
意外な提案に、ハルフッドは眉を潜めた。
「……なにが目的なのですか?」
「正直に申しますと、地下活動を行う教団たちの動向を調査し、危険思想を持っている者がいないか調べるのは、かなりの苦労でございます。そのため、貴方たちのような教義を世に広めても無害な教団には、地上に出るよう勧告するのでございます」
「要するに、他にある危ない教団を調べる邪魔だから、地下活動はするなということですね?」
バークリステが笑顔で頷くと、ハルフッドは思考の海に身を投じた。
自由神の教団に言われて、という部分はしゃくに障るが、一度は滅びかけた教団が大手を振って活動できる利点は多いと結論付ける。
「分かりました。我々も好んで地下活動を行っていたわけではありませんので、今後は普通に布教活動を行うことにします」
「ご理解いただけたようで助かりました。それでは、わたくしは用が済みましたので、立ち去らせていただきます」
物腰柔らかな動作で頭を下げ、バークリステは去って行った。
ハルフッドは不便な体を、椅子の背もたれに預けて息を吐く。
「なるほど、あれが自由神を束ねる女傑か。どことなく、底知れない怖さを持っていた」
一言呟くと、ハルフッドはこの日の説法内容を、地下活動を止めて本格活動を開始するよう名言する方向に修正した。
今後に巻き起こるであろう、真・聖大神教団の躍進を思い描きながら。
そんなハルフッドの思惑に反し、地下活動を止めた真・聖大神教団は躍進することはなかった。
特定の人物以外に隠匿された教団ではなくなったことで、信者たちが受けていた特別感が薄れ、離脱者が出始めたからだ。
入れ替わりに普通の人たちが新たな信者として入ってくるものの、彼らは流動的で出入りが激しいため信者数は増えないのだ。
こんなはずではなかったとハルフッドは思いながら、エルフらしい長大な野望――何十年後かには一大教団になるという思想の下で、活動を続けたのだった。
自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する、書籍化になりました。
詳しくは、後日活動報告に書く予定でおりますが、
一足先に情報を得たい方は、ガガガ文庫のHPにあります、刊行予定をチェックしてくださいませ。




