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番外二十一 新興宗教呼び込み合戦


 新国では崇める神の自由と、宗旨替えの自由が保障されている。

 それは村ごとに崇める神を変える流れを作り、町においては複数の宗教が入り混じる結果になっている。

 そのため、元・聖都こと新国の首都という一番大きな街では、複数の宣教師たちが住民に宗旨替えを訴える呼び込みをしていた。

 特に、人の行き来が激しい大通りでは、日夜止まない呼び込みが行われている。


「私どもが信じる流動を司る神は、全ての流れを読み操る神であります。物と金の流れが富へと通じる商人の方々には、まさにうってつけの神でございますよ!」

「頑健の神を崇めれば、健康は約束されたも同然! その上で鍛えれば、誰にも負けぬ鋼のような肉体も手に入るぞ!」

「人々には心の安寧こそが不可欠ですよー。さあ、安息の神の名で行われる、昼寝会に参加しましょー」


 宣教師たちは人の流れを遮らないように道の端で台に乗り、身振り手振りを交えて、人々の関心を集めようと頑張っている。

 張り切る彼らとは裏腹に、道行く人々の反応は冷静だ。

 興味がありそうな口上には足を止めるものの、大半が自分の予定を重視して歩み抜けていく。

 この対応に慣れているのか、宣教師たちは無理に呼び止めようとはせず、足を止めてくれる人に対して熱心に勧誘をする。

 一人だけでも自分の陣営に加われば幸いだと、彼らの姿勢が語っていた。



 大通りの宣教師たちが行う呼び込みは、勧誘の常套手段であると同時に、もっとも正々堂々かつ穏やかな手である。

 しかし、通りを少し挟んだ小道へと視線を移すと、勧誘合戦は違う色を見せ始める。

 人通りの少ない小道の一つに、机と数脚の椅子があった。

 そこには一人の男性が座っている。

 黄土色のローブを身に着けていることが示すように、彼がなにかしらの神を奉じる神官である。

 勧誘活動の休憩中とも思える姿だが、少しして彼の対面に別の男性が座った。

 新たに現れた男性は周囲を警戒しながら、黄土色ローブの男性に話しかける。


「な、なあ。ここにくれば、アレを貰えると聞いたんだが」

「……アレとは、これか?」


 ローブの男性が机に載せたのは、一メートルほどの陶器瓶。

 封に使われていたコルクを抜くと、野花のような軽やかな匂いと、酒精アルコールが嗅ぎ取れるようになった。

 その匂いに、喋りかけた男は気色満面の笑みを浮かべる。


「そう、その酒だ。なあ、くれるんだよな?」

「……無論だ。酒の味を知ってもらうことが、我が勧誘方法なゆえに」


 ローブの男は懐から、第一関節までの親指と同じぐらいの容積しかない杯を出し、テーブルに置いた。

 かなり小さいその杯に、陶器瓶から乳白色の酒が注がれた。

 ローブ男の対面に座った男性は、注がれ終わるや否や、杯を手早く掴むと口元に寄せる。

 そして恍惚の表情を浮かべた。


「これだ。酒場で出会った、アンタのところの信徒が持っていたのは、この酒だ」


 幸せそうな顔の男性は杯に唇をつけると、乳白色の酒を一舐めだけした。

 その瞬間に、口内に立ち上った複雑怪奇かつ極上の香りと、その上でしっかりと舌を痺れさせる酒精を感じる。

 酒飲みとしては天上の甘露に等しいその酒を味わって、男性の相貌はさらに解け崩れた。


「酒場のときは一気に飲んじまって惜しいことをしたが、こうして改めて味わうと、これ以外の酒は飲めなくなるな」


 手放しでほめる言葉を受けて、ローブ男は首を横に振る。


「……言い過ぎだ。この酒は、我が教団ではありふれたモノだ」

「こ、この極上の酒がが?!」

「……そうだ。我が教団で極上の酒というものは、コレのことだ」


 ローブ男が懐から出したのは、手のひらに隠せるほどの、とても小さな瓶だった。

 対面に座る男が疑問顔なのを見て、ローブ男は小瓶の封を開けると、一滴だけ杯の中に垂らし、すぐに密閉した。

 そして試してみろと、身振りする。

 杯を持つ男性は、訝しげな表情で酒を一舐めし、驚愕で目を見開いた。


「全く味が変わったぞ! なんなんだ、その小瓶の中身は?!」

「……ごく限られた者だけがごく少量だけ下げ渡される、天酒と呼ばれる酒だ。製造は創始者様しか行えぬ」

「じゃあその酒を、ちゃんと飲もうと思ったら――」

「……我が教団に入るしか道はない」


 ローブ男の言葉に、対面に座る男性は杯を飲み干すと、顔を寄せた。


「いますぐに、宗旨替えをする。どこに行けばいい?」

「……我が酒狂の神教団がねぐらに使う酒蔵に、この印と同じものが看板に掲げられている」


 ローブ男が取り出した教団のシンボルをしっかりと見てから、男性は目の色を変えて走り去って行った。

 それから小一時間して、また別の男性がローブ男の対面に座り、同じような工程を経て場所を去る。



 酒狂いの神の神官がやっていたように、教団の特産物を餌にして、信者を勧誘する方法も多く取られている。

 この酒や幸運のお守り程度を人の少ない場所で配布する程度なら、道行く人々や近くの住民に混乱が起こらないため、巡回する兵士も目くじらを立てない。

 しかし、兵士たちが目こぼしできない物もある。

 それは、邪神系神官の勧誘するときに用いるものが多い。

 例えば、麻薬。

 邪神教団の秘法によって生み出された薬は、使用者に過度の幸福感を味合わせるのと同時に、教団を抜け出れない常駐性を生み出す。

 住民の健康を害する布教活動に、国教のトップたるバークリステが動いた。


「薬効と副作用によって、離脱の自由を阻害することは、自由の神の教義に反することでございます。使用は不健全と言わざるをえないと、表明いたします」


 この言葉により、麻薬を用いた勧誘はご法度となり、発見次第に兵士が逮捕することになった。

 それでも、裏通り中でも人がいない場所、普通には入れない隠れ家にて、邪神教の宣教師たちは麻薬を用いた勧誘を行い続けている。

 しかし麻薬を使っての勧誘にリスクを感じた宣教師の中には、別の方法を取るものも現れた。

 勧誘活動に使うものは、己の信徒の労働力。

 それも、後ろ暗い活動をするためのものだ。

 例えば、暗殺業や毒薬の製造や、淫猥な行為の相手である。

 中でも、リスクが低いのに勧誘の成功率が高い淫行は、地下で一番の力を持つ邪神教団の十八番おはことなっていた。



 ある日の夜。

 淫行を推奨する邪神教団が借り受けた豪邸の中では、男女入り混じっての狂宴が行われていた。

 その嬌声と湿度が満ちた部屋に、勧誘にて連れられた人々が放り込まれる。

 衣服を瞬く間に脱がされた後に、信者たちによって淫猥な宴へ強制的に導かれた。

 程なくして、連れられた人たちは理性が消え失せ、獣欲のみで行動する姿となる。

 そんな狂騒を眺めていた教祖は、満足そうな笑みを浮かべながら、全裸の美女に酒を注がせていた。

 その彼の下に、ローブを確りときた信者が耳打ちする。


「教祖さま。自由の神の遣いという方が、乗り込んできました」

「チッ。国教だからといい気になりおって。どれ、ワシが一つ、身の程を教えてやるとしよう。ワシが離れた後、お前も宴に参加するといい」

「はあぁ~い♪」


 美女と別れた教祖は、一人で屋敷の中を歩いていく。

 そして待合室にたどり着くと、周囲を見て誰もいないことを確認する。

 その後、扉を開き、へりくだった笑顔を浮かべて中に入った。


「これはこれは、自由神の遣いさま。今日はどのようなご用件でございましょう」


 教祖は揉み手に愛想笑いをして、自由神の遣いという男女に挨拶をする。

 黒ローブ姿の年若そうな二人は、露骨なまでに嫌そうな顔で喋り始めた。


「オレたちは自由神の神官だ。だから、アンタの教団が見るに堪えない行為を餌に信者を集めても、とやかく言う気はない」

「女性としては、ちょーっと思うところがないとは言わないけどねー」

「えへへっ。嫌っている人がいることは分かっておりますとも。だからこそ、こうして密閉した屋敷の一室で行い、外に音や臭いが漏れないよう気を配っているわけでして」


 信者には決して見せない情けない顔と態度で、教祖は黒ローブの二人の機嫌を取る。

 ここで下手に反抗したら、一夜で教団を解体されてしまうと知っているからだ。

 そんな考えなどお見通しの黒ローブの青年は、用件を済ませるべく一枚の紙を差し出す。

 教祖が受け取って紙面を見ると、ある青年の名前と年齢、身体的な特徴が書き記されいた。


「この人物が、どうかなさいましたので?」

「そいつの親が泣きついてきたんだ。息子が変な教団に入れ込んで、怪しげな集会に友人知人を引き込もうとして困っているってな」

「できることなら、更生させたいとも言われたんだよねー」


 変と語られたものが自分の教団だと悟って、教祖は少しだけ面白くない思いを抱いた。


「お話は分かりました。ですが、あなたたちが大事になされている自由意思で、この紙に書かれた人物は、我が教団を選んだのですよ。それをお忘れなきようにお願いしたいところです」

「そんなことは分かっている。だが、連れ戻して欲しいと願った親の気持ちも、自由意思によるものだ」

「わたしたちが重視しているのは、そのバカ息子じゃなく、親側の意思ってわけ。まあ、バカ息子に軽く説教して、義理を果たしたいってぐらいの気持ちなんだー」

「そういうことでしたら仕方がありません。少々お待ちを。配下に連れてこさせますので」


 教祖は教団を危うくする真似を避けるため、信者一人を差し出すことにためらいはなかった。

 配下と共に、乱痴気騒ぎで精根尽き果てていた件の青年を確保し、軽く身綺麗にしてから、黒ローブの二人に引き合わせた。


「確かに受け取った。手早い対応に感謝する」

「自由神の教団上層部に、協力的だったって伝えておくからー」


 黒ローブの二人は腰砕け状態の青年を引きずり、屋敷から去っていった。

 その姿をにこやかに見送ってから、教祖は配下に口止めをすることを忘れない。


「あの青年のことは、別室で良い相手とねんごろになっていることにしろ。間違っても、別の教団に差し出したことは流すなよ」

「分かっております。しかし秘密の会合場所に、自由神の神官が出張ってくるなんて肝が冷えましたね」

「後ろ暗い勧誘活動をしている身には、暗殺者も同然の相手だからな。念を入れて、集会場所を変えた方がいいかもしれないな」

「それがよろしいでしょうね。今回の一件は、派手に活動しすぎだという注意かもしれませんし」


 教祖と配下は安堵の息を漏らすと、狂演に参加する気分じゃなくなったと、自室に引き上げていったのだった。

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[一言] 邪神教団の秘法によって生み出された薬は、使用者に過度の幸福感を味合わせるのと同時に、教団を抜け出れない常駐性を生み出す。 常駐性>常習性?
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