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番外二十 旧国の経済活動


 旧国と新国が国境に作った砦で睨み合いを始めて、時間がしばし経った。

 旧国側は、新国の軍勢がいつ来てもいいようにと軍拡を推し進めていた。

 その主体となる人物たちは、先の戦いでの失地により国の上層部に不信感を持つ、新国と領地を接する貴族たちだった。


「反乱者どもは、あれほどの堅牢で巨大な砦を短時間で作ってみせたのだ。これは領土的野心の現れである」

「別の主要街道にも、先の物よりも小ぶりながら、頑強そうな砦を建築されてしまっている。このままでは、かの日の失地が再現されてしまいかねない」

「土地を失った貴族ものたちの末路を見よ。年貢の取り立ては通年以上になったことにより、見栄を張って貴族位を持ち続けた者は、家人を奴隷商に売り払って生計を立てる有様まで落ち振りている」 

「ありし日は、失地から貴族位の返上した者を鼻で笑ったが、それが最上の判断であったとは現実は奇なりであるな」

「なににせよ、二の舞を踊る羽目にはなりたくはない。国軍に任せてはおけぬ。各々が私兵の保有数を伸ばすしかあるまい」

「表向きは奴隷の開墾者、内向きでは墾田兵として用いるのだな」

「なに。失地と増税の影響で奴隷産業は花盛りだ。市場がダブついて、幼い奴隷は格安になっている。数年先を見越した投資としては、悪くないものだ」

「旧国から裏回りで流れてきた、元国軍兵は私兵の訓練と指揮官役に使える。少し値が張るが、二人三人は確保して置いて方がよかろう」


 こうして土地持ち貴族たちは、保持する領土からの領民の流出を避けつつ、余剰の資金で奴隷を買い漁りに走った。

 それと並行して、開墾に向かないと放置していた土地の開発を奴隷に行わさせつつ、兵士としての訓練もつけていく。

 日増しに、土地持ち貴族たちが戦力を整える中で、不安を抱いたのは国の上層部――聖大神の神官たちと、能力を見込まれた平民上がりの役職者たちだ。


「奴隷の購入資金は、貴族どもが受け取る分の税であるはずだが、いささか資金が潤沢に過ぎやしないだろうか」

「領民を締め上げて、規定以上の税を毟り取っているのではないでしょうか」

「もしそうだとするなら、問題だ。それだけの余剰金を、貴族どもは隠していたことになるのだからな」

「……彼らにかける税率を上げるならば、法案の提出と認可が必要となりますが?」

「貴族議会の多数工作だきこみなら、我々のお家芸よ。なにせ、口達者でなければ仕事が務まらんからな」

「あまり締め付け過ぎますと、反発を生みますよ」

「心配せずとも、再び国を割るような真似はせんよ。こちらとて、信者が減れば布施も減るのだからな」


 それぞれの思惑が重なり、貴族間で税の取り扱いについて、真剣に議論が巻き起こった。

 先の戦いでの国軍の失策から、奴隷を多数保有することは止むなしと考える者。

 かの貴族たちの行いが認められるなら、追従しようとする者。

 戦力転用かのうな奴隷の増大に、国への二心を疑う者。

 政敵相手に負担をかけるべく、国軍の軍拡を唱える者。

 議会での話し合いは止まず、かなり長い時間を決着までかけることになった。



 そんな様子を噂として聞いた平民たちは、うんざりしていた。


「税金の種類も量も増えて、俺らの暮らし向きは悪くなる一方だってのに、上はその金の使い方でお話し中ときた」

「しかも、自分たちの家と土地を守るために使う金の話だとさ」

「こちらの生活が豊かになるように税は使って欲しいもんだが、期待するだけ無駄だな」

「でもまあ、考えようによっちゃ、土地を栄えさせるために奴隷を購入するんだから、健全な金の使い方だよな」

「それに金を使い果たして奴隷落ちしても、買い手には困らねえんだから、俺たちの特にもなるわな」


 彼らが水で薄めた安酒を飲みながらの交わした言葉は、旧国のどこでも語られていた。

 そして『税に取られてしまうなら、貯蓄なんて馬鹿らしい』『税を払えずに奴隷に落ちたところで死ぬわけじゃない』と、多くの民が宵越しの金を持たなくなることに繋がる。

 不思議なことで、平民たちが思い思いに金を使い果たすようになると、物の売れゆきと金回りが良くなり、国の経済活動は活発になった。

 ここでさらに、議会の閉幕を待っていた貴族たちが、奴隷購入に資金をつぎ込むようになり、さらに金回りがよくなった。

 それらの事象は仕事で得る給金の増大に姿を変え、さらに平民は金を使うようになり、経済はさらに回る。

 好景気に付随して税収も増え、貴族たちも奴隷を買い集めつつ、武具の購入にも金を使っていく。

 こうして物の消費と金回りが増大していき、平民たちも貴族たちも浮かれ気分になっていく。

 

 苦言を呈したのは、正しい行いをむねとする、聖大神教団の者たちだった。

 

「金と物に憑りつかれることは、聖大神の教えに反する行為ですよ!」

「過ぎた喜びは、一時の快楽で身を滅ぼす麻薬も同じ。諫めるのです!」

「慎ましやかながら、隣人との愛に溢れていた頃を思い出しましょう!」


 声高に説教をして回り、どうにか人々に知性を取り戻させようとする。

 しかし、話に耳を傾ける人は皆無に近かった。

 むしろ彼らの説教など聞きたくはないと、一時の快楽に身を投じていく。

 だが、神官たちの語った言葉は、的を外してはいなかった。

 なにせこの好景気は、車輪が暴走している馬車と同じ。

 あまりに速い回転は、ちょっとした『つまづき』で、車輪どころか馬車を粉々にしてしまう可能性を秘めている。

 それこそ見る者が見たら、命綱なしで綱渡りを全速力で行っているようなものと感じるに違いない。

 人が理性を取り戻して車輪の回る速度が落ち着くことが先か、それとも自壊する方が先かは、この時点では誰も分かっていなかった。





 一方で新国側は、奴隷商を中心とした好景気に沸きながらも、のんびりとした物流と金回りが続いていた。

 新王ビッソンが、先に土地の繁栄を国策としたことで、民たちが心置きなく経済活動に邁進できているからだ。

 時間と手間ひまをかければ給金に直結する社会になりつつある中で、その時流に取り残されている者たちがいた。

 それは、旧国との国境を守護する、砦に駐屯する新国軍兵士たちだ。


「あーあー、暇だな今日も。こうして賭け事で遊ぶつらにも、代り映えねえし」

「あまりに堅牢に作り過ぎて、有事の際には寡兵で敵兵を押し留められると、専門家に太鼓判を押されたから。最低限の兵士を残して引き上げていっちまったしな」

「危険な場所に駐屯するからと、危険手当つきで給金が多いのは嬉しいが、砦の暮らしじゃ使い道に困るぜ」

「寝床と飯の心配はないからな。こうして賭けをするか、休暇で町に向かって酒や娼婦に払うぐらいしか、金は使わんしな」

「使っても、いつの間にか増えている金なんて、おとぎ話のようだが。実際にそうなってみると、持て余すよな」

「金よりも、刺激が足りないよな。あちらさんが、この砦にちょっかいを出してこないもんかな」

「そんなに暇つぶしがしたいなら、こちらから向こうの砦に襲い掛かってみるってのはどうだ?」

「おいおい。この砦にいる兵士は少ないんだぜ。野戦なんて企んだら、あっという間に負けちまうだろうが」

「なら、訓練熱心な上官殿に特別待遇を願い出たらどうだ?」

「そんな真似をしてみろ。十日は暇を潰せるだろが、その後に三日は寝床から起き上がれなくて暇で死ぬことになるぞ」

「なら大人しく砦の中に籠って、平和に暇つぶしするとしようぜ」


 幾度となく繰り返された会話を再びしながら、兵士たちはそれぞれが思い思いの方法で暇つぶしに興じていく。

 仮想敵が目前という土地なのに気の緩みも甚だしいが、一定の軍律には達しているため上官も見過ごしてやっている。

 こうして兵士たちは、今の世の喧騒とは離れた場所で、悠々自適な暇つぶしを行う日常を過ごしていったのだった。


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