番外十八 奴隷商の隆盛
ただ一つの国が旧国と新国とに分かれたことにより、商業面で多大な混乱と損失が生まれた。
多くの商会が国の上層部と衝突し、旧国では離脱を、新国では制度の改革へと繋がっていく。
そんな中にあって、どちらの国でも強く発展した業種があった。
奴隷商である。
原因は、やはり国を割った騒乱だ。
旧国では反乱からの失地による収益減と、既得権益を守ろうとする者たちの企みで増税が行われ、税を払えなくなった民が子供を売って足しにするようになった。
新国では、捕まえた逃走国軍兵や汚職をしていた聖大神の神官、親が新興教祖に布施た子などが、奴隷商に流れていた。
そしてその人たちを扱う奴隷商は、戦後の混乱で売り先に困らなかった。
「いらっしゃいませ、大工のお頭さん。今日はどんな奴隷をお買いになるつもりでしょうか?」
「体が丈夫なのは多くいるんだがよ。手先の器用な奴が欲しいんだ。字や数を扱えるとなおいい」
「それでしたら、いい奴隷を集荷してありますよ」
「おや、富豪の奥様。このような場所にお越しいただき、ありがとうございます」
「おべっかに付き合う時間はないわ。良い子、いるかしら?」
「それはもう、奥様のご趣味にぴったりな奴隷を確保してありますよ」
「いらっしゃいませ、お客様。えーっと、今日は品定めにいらっしゃったのでしょうか?」
「我がナリはみすぼらしく見えるだろうが、こうして、金はある。良い者がいたら、引き取らせてもらいたい」
「やや! これは大変、失礼をいたしました。おい、こちらの旦那様にお茶をお持ちしないか!」
多種多様な人が買いにくるため、奴隷商は朝から晩まで、いっそ夜中の裏取引にすら盛況な有様となっていた。
そんな情勢の中において、新国で一強の立場に上り詰めた奴隷商会があった。
スッレメイル商会という、少し前までは不治の病を患った魅惑のエルフがいたことで少し有名な店だ。
この店の隆盛は目を見張るものがあった。
先の戦乱の際、大店に分類される商会であるにも関わらず、真っ先に反乱者側に奴隷商会として組した。
結果は知っての通りに、反乱者側の大勝。
それによって捕まえられた兵士たちの多くが、資金力豊かなスッレメイル商会へと売られた。
商会は彼らを不憫に思い、先に家族の下へと売却交渉し、商談が成立しなかった兵士のみを流通に乗せる方法をとった。
このことで、優良な奴隷商と名を上げたスッレメイル商会には、奴隷売却の相談が多く集まることになる。
売る人とて、どんなに堕ちても人間。
待遇劣悪な商人に売るぐらいなら、待遇良好そうな商人に売りたいぐらいの良心は誰しもが持っていたからだ。
こうして資金と名声が高まったこの商会に、新国の上層部から直々にお達しが出た。
「奴隷商ながら、仁に厚い其の商会に要請する。聖大神の教団が行っていた、各地に生まれし不具の子らを集める仕事を代行し、自由の神の教団へと卸していただきたい。これは人命を救う商いである」
新王の押印がなされたこの命令書は、商会は是と答えるしかないものだった。
一連の出来事を見聞きした同業は、あの商会の成長が目障りになり厄介事を押し付けたのだ、と陰口を叩いた。
そんな彼らの度肝を抜いたのは、商会が命令を受けた翌日に、人とは異質な特徴を持つ子供たちを自由神の教団へと持ってきたことだった。
それもその子供全員に奴隷にしては上等な服を着させ、手枷足枷をさせていないなど、まるで我が子のように慈しみながら街道を馬車で移動したのだ。
余りの手際の良さに、上層部がどういうことかと問えば、意外な言葉が返ってきた。
「スッレメイル商会の支店を預けている我が娘――クトルットが、人とは違った特徴を持つ赤子が殺されようとする場面に出くわし、心を痛め、殺されるぐらいならと方々手を尽くして買い集めておりました。今回連れてきた子供たちは、その一部にございます」
出した命令と寸分違わぬことを、スッレメイル商会が既にやっていたことに、新国の上層部と同業者は度肝を抜かれた。
普通の見た目とは異なる子供など、奴隷商にとっては好事家以外には売れない不良在庫であり金食い虫だ。
そんなものを不憫だからと買い集めるなど、商会にとって損失以外の何物でもない。
商売の道理を外れる行為に、上層部と同業者は呆れを覚えた。
しかし、感慨を抱いた人もいる。
話を伝え聞いた国民と、自由神の教団を取りまとめるバークリステだ。
特にバークリステは、声明を出して称賛していた。
「死とは、肉体から魂を自由にする尊ぶべきものです。とはいえ、生まれて間もなき子供たちには過ぎた喜びであることも、また事実でございます。そんな死の定めにあった子供たちに、生による自由を謳歌する機会を作ってくださった商会には、多大な礼を述べさせていただきたく思います」
国のトップの一人が褒め、そして自由神の教団という国の機関が得意先となったことで、スッレメイル商会の業績はますます右肩上がりになった。
そしてこの一連の出来事は、吟遊詩人の語り草となって方々の村々へと伝わった。
村人たちは不作で税が収められなかったときは、スッレメイル商会に厄介になろうと心に決めるようになる。
中には、村で暮らさせるよりも噂の奴隷商に預けた方が、我が子のためではないかと率先して売る人まで現れる有り様となる。
そんな背景が出来上がったため、不具の子を産んだ親たちは、吟遊詩人の歌を聞いていたこともあり、スッレメイル商会へその子を安値で売ることを躊躇わなかった。
世論がスッレメイル商会一人勝ちの様相となり、他の奴隷商たちは対応に迫られた。
かの商会の下につくか、商売敵として敵対するかをだ。
弱小奴隷商たちは、真っ先に商会に下った。
彼らはスッレメイル商会の旅の奴隷商と役目を変え、新国の津々浦々、裏道を使っての旧国領域へと商売へ向かうようになる。
敵対する奴隷商たちは、複数の商店が手を組んで一つの商会に統廃合することで資金力面を強化し、扱う奴隷を教育して高値売却することで対抗するようになった。
しかし奴隷商の中には、そんな真っ当な道を選ばなかった者も現れる。
自分が商売の工夫を凝らさずとも、商会の顔である者たちを殺せばいいと考えた者たちだ。
そして新国は、新興宗教が群雄割拠している。
信仰に必要な金のためなら、殺しを厭わない者も沢山いた。
外道を選んだ商会は、金を欲する彼らにスッレメイル商会の店主家族の殺害を依頼した。
闇夜の晩に、二十人ほどの黒づくめたちが、裏路地から裏路地へと渡って、スッレメイル商会の近くへとやってきた。
「いいか。誰が誰だか見定める必要はない。目につく相手は、全て殺せ。そうすれば、我が神はお喜びになってくださる」
「「我が神のために」」
艶消しを施された剣を抜き、事前に調べていた商会の裏口を静かに盗み道具でこじ開け、彼らは中へと侵入する。
夜深くで寝静まっている店の中を、各々が散開して凶行に及ぼうとする。
しかし彼らの誰もが、最初に入った部屋から外へと蹴り出されてしまった。
「ぐあっ、なんだ――襲撃が見抜かれていたのか?!」
仲間の誰もが凶行を果たせずにいる様子を見て、黒づくめの一人が悪態をつく。
そんな彼らの前に現れたのは、黒いローブの上から革鎧を来た人たち。
その全員が、普通とは少し違った特徴のある、二十歳を超えない若者だった。
若者たちは襲撃者を手にした武器で牽制しながら、部屋の中へと声をかける。
「見ただろ。俺たちのような存在を、人間じゃないからと殺しに来る奴らが、こうしている。俺たちは武器を持ち強くならなきゃいけない。後に続く、俺たちと同じような特徴を持つ子供のためにもだ」
部屋の中からは、襲撃者を蹴り出した者たちよりも、さらに若い子供たちがいた。
その手には、玩具には見えない鈍色の短剣が、しっかりと握られている。
この状況に、襲撃者たちは混乱した。
襲撃を察知されていたこともそうだが、若者たちが自分たちこそ狙われていると子供たちに説いていることもだ。
明らかに、この状況は何者かに仕組まれていたとしか思えない。
「撤退だ!」
黒づくめの一人が命令を発し、仲間たちと共に商会からの脱出を試みる。
しかし、異形を持つ若者数人により、あっさりと阻まれてしまう。
「なんだ、その素早さは!」
「普通じゃない体なんだから、普通じゃないことが出来て当たり前なんだよー」
毛むくじゃらな獣を人の形に整えたような少女が、黒づくめの足を蹴り折る。
その横では、腕が四つある青年が二人を鎮圧していた。
一つ目の少女が大槌で一人をかっ飛ばせば、天井に頭を擦りそうな大きな青年が巨大な木剣でもう一人を叩きのめす。
そんな調子で、あっという間に二十人の黒づくめたちは、生かされたまま捕まえられてしまった。
観念する彼らを見る、異形な特徴を持つ小さな子供たちの目に、なにかしらの決意を窺わせる光が生まれる。
それが何なのかは、一人の男の子が四腕の青年に伝えてきた。
「ボク、お兄ちゃんみたいになるよ。ボクが、ボクより小さい子を守る!」
「ワタシも、ワタシも!」
他の小さな子たちも同調する姿に、若者たちは笑みと後ろめたさを混ぜた表情を浮かべあっていた。
「なにはともあれ、この黒い人たちどうしようか?」
「犯罪者だから、憲兵に渡せばいいんじゃないかなー?」
「それじゃあ、店の人を起こして呼んでもらおうか。その方が、話がうまく進むだろうし」
「マニワエドさんの名前を出せば、あの人に話がすぐ行くだろうしねー」
四腕の青年と獣っぽい少女が決めたように、黒づくめたちへ商会の従業員の手に寄って憲兵に引き渡された。
その後、憲兵の執拗に絞られて屈して、黒づくめたち依頼してきた人たちの情報を教えてしまい、スッレメイル商会に敵対する奴隷商の何軒かが取り潰しになった。
そして黒づくめたちが新興宗教の信者だと分かると、自由神の教団が取引相手の商会を守るためと大義名分を振りかざして、その新興宗教を撃滅した。
この事件が起きた結果、スッレメイル商会に対する武力的な嫌がらせはなりを潜め、以後真っ当な商いによる対立のみとなった。
以後、スッレメイル商会は方々に販路を伸ばして業績を上げ続け、新王に迫るほどの権威を集めることとなった。
しかし、末代までのスッレメイル商会の店主となった者たちは、その権威を無暗に振るおうとはしなかった。
「ある方たちの力の前には、我が商会など風前の灯火も同然。身の程を弁え、商会の主としての振る舞いに終始するだけだ」
そんなことを、ある日ある時の何代目かの店主が、語っていたとかいないとか。




