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番外十六 国境砦造り


 国が二つに割れてから、両陣営はお互いの土地に通じる最も道幅の大きな街道に、一世一代の砦を作り始めた。

 なんの障害もなく置いておけば、相手が侵攻してくると危惧したことと、その防衛に軍を駐留させる場所の確保のためだ。

 先にとりかかった方は、旧国側だった。

 半分ほどの土地を失陥したのだ、侵攻に神経質になるのも無理はない。


「可能な限りに、作業員を呼び集めろ。物資をいくら使ってもいい。難攻不落の要塞を作り上げるのだ!」

「場所は平地だ。攻めるに易く、守るには難しい土地なのだ、堀や跳ね橋などは欲しい!」

「防衛拠点であり反抗作戦の要となる。人員と物資を集約することができるほど、大きく作らねばならんぞ!」


 喧々諤々な建築会議を経て、国王と聖大神の教団との共同声明で大量の作業員に参加を発布した。

 国の一大事とあって、多くの者たちが参加を表明し、家族も喜んで送り出した。

 彼らは意気高揚として砦づくりにかかるが、物を作るには金がかかるもの。

 しかし大半の土地を失って減収しているうえに、権力を持つ者が予算を抱え込んでしまっている。

 そのため、旧国が捻出できた資金は少なかった。

 さらに悪いことに、新国への輸出入の規制を受けていた商人たちは、この事業に反発し、資材を売り渋った。

 少ない予算がさらに圧迫され、労働者たちの報酬はは自然と最低にならざるを得なかった。

 国の貢献と聖大神の神威という名目で、労働者へ奉仕心を強要して対価は安く抑える。

 そして労働意欲の向上策として、砦が完成した暁には成功報酬を払うと約束した。

 しかし建築物を作る作業は命懸けだ。

 組み上げた足場や土台の崩落。

 誰かが高所から落ちたり、落とした物が階下の人に直撃する。

 木材や石材の削りカスを吸い込むことで起きる肺病。

 その他、様々な危険がある。

 満足な給金を得るまで死んではたまらないと、作業員たちは慎重に行動して安全に気を配っていく。

 足早土台は神経質なほどに緻密に組まれ、高所の作業では命綱と道具と体を紐で繋ぐことが徹底され、木工や石工は息苦しかろうと口に布で覆いをした。

 改善によって安全度は増し、再計算された建築物は堅牢になりつつあった。

 逆に、建築速度は犠牲になり、遅々としか進まない。

 これには、新国の侵攻を危ぶむ国のお偉方が黙っては居られなかった。


「一刻も早く作らねばならんのだ! 作業員を急がせろ!」

「彼らに食わせる飯も、無から産んでいるわけではない。軍の食料を回しているのだ。早めに切り上げてくれねば、砦が出来る前に予算が尽きる!」


 現場の責任者は彼らの事情を分かりながらも、すっとぼける。


「これでも作業員は十分に働いていますよ。これ以上急がせるなら彼らが逃げ出してしまい、結果的に完成がもっと遅くなりますよ」

「逃げた奴は反逆者として、奴隷に落としてしまえばよい。そして砦作りに戻せばよい!」

「ああ、言い方が悪かったですね。わたしらがいう『逃げ出す』とは、仮病のことですよ。道具が腕に当たったとか、足に当たったとかで、怪我をしたように装って休むのですよ」

「そんなもの、無理やり連れだして働かせれば――」

「無理に連れ出した者が本当に怪我していたら、作業の邪魔です。そんな人物はいない方が、砦の完成が速まります」

「ならどうやったら、完成は速まるのだ!」

「あなた方が怒鳴り込んでこなければ、わたしは現場の指揮ができて、作業効率が上がるんですけどね」


 遠回しに邪魔だと言われて、お偉方は顔を真っ赤にして怒り始めた。


「我らを誰だか知っての言葉か!」

「わたしらが働いているのは、愛国心とと聖大神さまのご意向だからですよ。あんたたちの名前と機嫌など、知ったこっちゃない」

「無礼な口を叩きおって。どうなるか分かっているのだろうな!」

「ほう。わたしを罷免するとでも? 喜んで受けましょう。わたし以外に、現場監督をしてくれる奇特な奴が見つかるといいですね」


 さあどうすると態度で問われて、お偉方は現実の問題を無視して自らのプライドを選んだ。

 つまり、本当に現場監督を解任したうえで、砦の作業に残られると悪影響が出ると、追い出してしまった。

 これがさらに悪い結果につながる。

 元監督が足取り軽く郷元に戻っていく羨ましい姿に、作業員たちが彼が行ったことを真似した。

 お偉方に取り入って新現場監督なった人物の言葉を無視し、以前と同じ手順と作業速度で砦を作る。

 さらには、前日より遅く作業を始め、早い時間に作業を終わらせるようになっていく。

 砦の建築速度が低下したと報告を受けて、またお偉方が建築場所に乗り込んできた。

 責める相手は、もちろん新しい現場監督だ。


「どういうことだね! 貴様は、わたしなら倍以上の早さで作らせると、豪語していたではないか!」

「それがその、作業員たちが言うことを聞きませんで。困って下りまして」

「それを聞かせるのが、現場監督たる貴様の仕事であろうが!」

「ひぃっ。そ、それはそうなのですが、「文句があるなら、辞めろと命令していい」と開き直られてしまいまして。脅しのつもりで口にしようものなら、本当に荷物を纏めて出ていこうとするので……」

「脅しが効かないなら、違う方法を取ればよいではないか!」

「どうしろというのです。彼らの給金は絶対に増やせないと仰ったのは、そちらですよ!」


 悲鳴に近い現場監督の言葉に、お偉方は「とにかく、どうにかしろ!」と一喝して、建築場所から去った。

 しかしどうにもならず、現場監督は上からの圧力と作業員たちの命令無視に、どんどん心を病んでいく。

 そしてある日、珍しく現場で建築作業に従事していた彼は、高所から滑落して死亡した。

 彼の腰には、命綱はついていなかった。

 そんな犠牲の果てに砦ができるまで、五年もの月日がかかった。





 一方、新国側の砦作りは初動から遅れた。

 様々な神を崇める者たちが集まったことで、どんな砦を作るかで意見が割れたのだ。


「商売の神の教えから、金はかければかけるだけ人々が潤う。盛大な砦にしよう」

「航迅の神を祭る軍隊は、旧国の軍よりも強く素早いのだ、拠点など必要ない。物見台と駐屯施設だけで十分だ」

「いや、いまの新軍は多数の神を信じる者たちの寄り合い所帯だ。そうは一概には言えん」

「我ら闘争を求める邪神教は、砦を作る予算があるなら、旧国領に侵攻する資金にするべきだと進言したい!」


 ああだこうだと言い合いが何日も続くが、まったく話が進まない。

 連日の無駄な会議に、呆れ果てたビッソン新王が鶴の一声を発した。


「砦の作成は絶対だ。それは動かさん。そして建築を主導する者を命じる。バークリステ。貴様が信じる神の下、その他の神を信じる者たちの自由な意見を取り入れ、世に二つとない砦を作れ」


 名指しされた、国教の主たるバークリステは恭しく礼をする。


「畏まりました。それで、予算はいかほど頂けるかお伺いしてもよろしいでございましょうか」

「国庫にある予算の余剰分は、好きに使って構わん。それ以上かかるというのなら、自由神教から持ち出せ。いいな」

「畏まりました。ではそのようなるよう、差配いたします」

「うむ、一任する。そして責任者を立てたのだから、我は今後の会議には出ぬ。報告はバークリステを通して行うように」


 新王ビッソンはマントを手ではためかせると、肩で風を切って会議場から出て行ってしまった。以後、本当に一切顔をださなかった。

 そのことに集まった者たちが心配したかというと、そんな暇はなかった。

 バークリステが微笑みながら、とんでもないことを言ってきたからだ。


「では、会議を続けましょう。建設的な発想を提示してくださった方は、砦作りの功績が大であったと、その方が信じる神の名を民草に宣伝して差し上げることをお約束します」


 この言葉を受けて、会議場に集まった面々は発奮した。

 新国に住む人たちの信仰は流動的で、一時の流行り廃りで信者数がかなり増減する。

 国の大事業に貢献したと、国のトップから宣伝されれば、信者数の増加がかなり見込めた。

 そうなれば、この場に集まっている者たちは、彼らが信じる神の教祖たちに直接お褒めの言葉を貰うことに通じる。

 教祖と面識が出来れば、商売の増進や教団内の地位の向上など、様々な付録が見込める。

 逆に宣伝されなかった者たちは、教祖からお叱りを受け、教徒たちから白い目で見られることにも通じる。

 国の重大会議に呼ばれるような人たちだ、この点を悟るのに時間はかからなかった。


「バークリステ殿、進言する!」

「こちらも、とてもいい防衛設備思いついた!」

「こちらは、経済的に安く済む建築法だ!」


 先を争うように発言する彼らに、バークリステはやんちゃな子供を見るような母性的な微笑みを浮かべた。


「分かりました。話を書きつけるものを準備してから、順次聞いてまいりますので教えてくださいね」


 そこからの会議は、功名心に取りつかれた者たちの独壇場となった。

 誰かが何かを提案すれば、また誰かが別種のアイデアを出す。

 前に出された提案よりも、さらに改善されたり挑戦的な発案がされる。

 提案の荒を指摘する者、二つの提案を一つに纏める進言を行う者もいる。

 バークリステは根気強くそれら全てに対応して、どんな砦となるかのひな形を作り、提案がくるたびに更新していく。

 そうやって、出席者の知恵が枯渇するまで練りに練った砦は、今までになかった挑戦的なものとなった。

 そのあまりの奇抜さに、功名心の熱が冷めて冷静になった出席者は、いくらなんでもあり得ないと撤回をもとめようとする。

 しかしその言葉が口に出る前に、バークリステは微笑みながら言った。


「自由な発想の結露であるこの砦は、大変すばらしいものになることでしょう。早速、作業員を手配し、専門家に設計書の清書をしてもらい、見合った報酬の算定に入りますね」


 建築案を抱えて彼女が足早に会議場を去るのを、出席者の誰もが止められなかった。


 そんな経緯で作られることになった砦は、かなりの急ピッチで建築が進んだ。

 なにも作業員を無理に働かせてのことではない。

 あの会議場で出された、効率化案が行われている結果だ。

 まず、様々な神を信じる作業員たちを集め、神の加護による得意なことで選別する。

 さらに、特技や魔法が使える者も選び出し、全ての彼らの能力が十全に生かせる作業を割り振った。

 給金は固定ではなく変動制にして、現場監督が作業速度や完成度などの明確な基準の下で評価し、ある一定期間の後で功績が大きい班に多くの給金を払うことにした。

 そして、自由神の神官たちが常駐し、作業員の怪我や病気を癒して素早い現場復帰をさせるよう努めた。

 こうして作業員たちは、仮病によるサボタージュが出来なくなった。

 職人でもある彼らは言い訳を奪われた結果、自他共に認める得意分野で他の班に負けることを良しとしない気風が生まれ、競争で物作りを始めた。

 それこそ、現場監督が指示する以上に、素早く完璧なものを作り上げ、丁寧かつ素早い砦の完成へと繋がったのだ。

 三か月ほどで完成した砦は、普段なら十年はかけたのではないのかと思うほど、とても立派なものとなった。

 水堀が張り巡らされた外周と、多数の機械弓を備えた複数の出城があり、その外壁の高さは見上げるほどもある。

 仮にそれらを突破され砦内に入られても、普段は直進可能な道を有事に迷路と化す絡繰りを配置し、容易には通り抜けできないようにもしてある。

 さらには砦を奪われそうになっても、新国側からしか入れない秘密の道によって、撤退も再奪取も簡単に行える仕組みになっている。

 その規模と設計は、もはや砦ではなく城に近いものだった。

 そんな様々な発想をかき集めて作り上げた、国教である自由神の自由さを表したような砦を、作業員たちは外から見ながら感慨にふける。


「こんな短期間で、こんなものを作り上げたなんて、自分ながら信じられねえ」

「作業中は、目の前のことに集中していたからな。こうして全体を見る機会なんて、一度だってなかったからな」

「というよりも、俺たちがあの砦のどこを作っていたかすら、あまりよく分からねえよな」

「場所場所の設計図は見せてもらったが、全体のやつは一度たりとも見てないしな」

「……なんだか作業をしていた月日が、嘘や幻だったみたいに思えてくる」


 作業員たちは、自分たちの手による建築物だと真に理解できないまま、砦を去った。

 それと入れ替わるように砦に入場した新国軍兵士は、信じられない思いを抱く。


「旧国の連中が襲ってきた際に対応できるようにって近くにいて見てたが、外側だけのハリボテじゃないんだな」

「本当に信じられねえよな。こんな大規模な砦が、あんな短期間に出来ただなんてな」

「けどこうも複雑そうな砦だと、ここの設備を把握するために、円熟訓練の日々が始まるんだよな」


 兵士たちは肩を落とし、近い将来に発生するであろう地獄の訓練の日々に消極的な覚悟を決めた。

 そしてついつい、街道の向こうで未だ建築中の、旧国の砦を見て呟く。


「あーあー、作業員の連中も、もっと手抜きしてくれりゃいいのによ。建築日数より円熟訓練の時間が越えたら、絶対怒られるぜ。作るより使う方が簡単なのに、作業員の仕事に負けてどうするって」

「まあ、向こうは時間をかけすぎだけどな。こっちの砦が出来ているってのに、まだ土台が組み上がっただけって話だしな」

「うげっ、向こうの兵士に同情するよ。こっちに砦が出来て、いつ攻めてくるんだろうってって、気が抜けねえだろうし」

「戦うことになったら、作業員を先に逃がさないといけないから、自動的に殿軍になるしな」


 新国軍の側にいてよかったと笑い合って、兵士たちは宿舎へと入って言った。

 彼らが心配したような、旧国側で建築中の砦の蹂躙劇は、新王ビッソンは行わなかった。


「堅固な砦が出来たことで、外敵の心配はなくなった。ならば今は、国の基盤を固める時間である」


 そう発言し、旧国側の砦が完成するまでの時間を、多数の宗教があることによる人々の混乱の平定に使ったのだった。



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