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番外十四 新国軍は辛いよ

 新国が出来てから、遠征軍を母体に作られた新国軍の兵士たちは、忙しい日々を送っていた。

 それもこれも、新国では崇める神を自由に決められるという法ができたからだった。

 この日も、下っ端の取りまとめ役である下士官たちが、対応に追われていた。


「軍曹殿! また商売の神と博愛の神の兵たちが、金と愛のどちらが人生に大事かって言い争いをしています!」

「神の信仰を題材に不和を起こしたやつは、軍規に照らして営巣にぶち込めと言っているだろう!」

「部屋がいっぱいで入れる場所がないのです!」

「無理やりにでも押し込め。窮屈な思いをすれば、多少なりとも口が重たくなるはずだ!」

「はっ! では直ちに、ぎゅうぎゅう詰めにしてまいります!」


 立ち去る伍長を見送るこの軍曹は、新設な軍の中で下士官のトップに位置するだけあり、彼は遠征軍からのたたき上げだ。

 それも、ゴブリンの森での襲撃から生き延びた、古強者である。

 そんな軍曹ですら、下っ端たちが起こす度重なる騒動に、頭と胃を痛めていた。


(あの森の陣地で命を助けてもらった自由の神の信者の方々を悪く言う気はないが、やはり軍内で崇める神は一本化するべきだった)


 下っ端の兵たちが起こす問題の大半が、宗教関連のことだということを、軍曹は忌々しく思っていた。

 そしてつい、遠征軍のときのことを思い出す。

 あのときは、マニワエド参謀――現・新国軍最高長官の命で、兵士たちは全員航迅の神を崇めさせられていた。

 聖大神から了承なく替えられたことに反発もあったが、その加護の力による速力の増強に、兵士たちの不満は薄らいでいった。

 そして転戦に次ぐ転戦の果てには、この神こそが兵士にとって必要な神であると、ほぼ全員が確信を抱いているほどだった。

 崇める先が一本化された神への信仰、苦楽を共にした戦友。

 忙しく苦しくも満ち足りていた日々だったと、軍曹は回想しながら、いまの状況はと嘆いていく。

 新たな国が作られた後、国防の役目を遠征軍は負うことになり、人手を方々から集めることとなった。

 入隊する多くは、聖大神へ反旗を翻した反乱の功労者たち。

 その功績と人手不足から、彼らは新国軍の伍長や兵長に抜擢されている。

 しかし元は荒くれ者であり、新兵教育すら受けていない人たちだ。

 そんな人物を組み込んだ新国軍は、問題を内包する結果になった。

 国軍という敵を失った彼らは、崇める神の主義主張に反する他の神の信徒たちを攻撃し始めた。

 無論、戦闘を行ったというのではく、主に口や態度で反発し合う形だ。

 兵士同士が不和をまき散らすことを止めようと、軍規や懲罰で取り締まってはいるものの、それが逆に対立をあおる材料になっている。

 やれ、『あの士官殿は何々の神の信者だから、何々の信者である我らを目の敵にしている』

 やれ、『あの伍長殿の言う事は信じなくていい。なにせあれそれの神を崇めているのだから』

 こんな陰口が、そこらかしこから出てくるのだからタチが悪い。

 いっそのこと同じ神を信じる兵士だけで部隊や組を作ってはどうか、との意見もあった。

 しかしそれをやると、今では個人間の諍いが、部隊間の諍いに発展しかねないと反論があり見送られてしまっている。

 こうして問題に手を出せないまま、時間だけが過ぎ、対立は硬直化しかけていた。




 兵士間の宗教観による対立問題に、マニワエド最高長官が鶴の一声を発した。


「身内で無為に争えるほど元気が有り余っているのならば、その活力を訓練で消費させればよい。なに、我が生家秘伝の死にかけるほど辛い訓練をさせてやる。きっと、休憩中は飯を食うか寝るかしかできなくなる」


 その内容は、渡された訓練課程を読んだ士官と下士官全てが、顔を引きつらせるほど酷なものだった。

 罰でもその訓練を兵に課すことに尻込みしていると、国教のトップであるバークリステからも注文が入った。


「異なる信仰による不和の原因は、お互いの不理解にあります。仲違いをなさっておられる方々を相棒になされば、自ずと問題は取り除かれましょう」


 そんな簡単な問題ではないと、新国軍の指揮する立場の面々は言いたかった。

 しかし、新王ですら顔色を気にする人物に対して、意義を唱えられるほど豪胆な人物はいなかった。

 その結果、最高長官が発案した超絶過酷な訓練を、仲違いする人物同士で組ませて当たることとなった。

 もちろん、最初は上手くいかなかった。


「このヘッポコが! あんな神なんぞ崇めていやがるから、テメエは無能なんだよ!」

「うるせえ! いま失敗したのは、テメエが先に下手こいたからだろうが! 責任転換しやがるなんて、これだからクソ神を信じるカスは!」

「こいつ、言うに事欠いて、クソ神だと!」

「なんだ、やろうってのか!」


 睨み合う二人の兵士の肩を、教官が笑顔で叩いた。


「そんなに元気なら、口が利けないぐらいに、もっと訓練項目を増やしてやろう」


 教官の言葉に、二人は青ざめた。


「え、そんな! ま、待ってください教官!」

「そ、そうですよ! やるってんなら、先に失敗したこいつだけに!」

「そうはいかん。なにせお前らは相棒なのだ。片方の失敗を、もう片方も一緒になってそそぐ間柄だ。そう、連帯責任というやつだ」


 聞く耳は持たないとばかりに、兵士を過酷な訓練に蹴り出した。

 同じような光景はそこかしこで見られ、組まされた人たちは相棒を罵倒しながら、訓練をこなしていった。

 しかし二日経ち三日が過ぎようとする頃、兵士たちの口数は目に見えて減り、罵倒するような声は一切聞こえなくなった。

 それは毎日体力を限界まで消費させられるため、無駄口を叩く余裕すらないと、骨身に染みさせられたからだ。

 そして少しでも体力を温存するため、兵士たちは宗教観的に相容れない相手でも協力する必要があると、頭ではなく肉体疲労から理解していく。

 やがてその理解は、過酷な訓練の中での相棒同士での助け合いに、そして新国軍の一員としての真の理解に繋がっていった。


『個人的に嫌う神を崇めている人物でも、一目を置かざるを得ない好漢がいる』

『同じ神を崇めている同士でも、兵士として無能な者がいる』

『新国軍の兵士として重要なこととは、宗教的な議論ではなく、立てられた任務をどう仲間と遂行してのけるかである』


 その理解は知識としてではなく、肉体の酷使によって魂に刻まれていく。

 結果、二か月にも及ぶ訓練が明けると、当初は宗教観で仲違いしていたはずの人物たちは、肩を組んで酒を飲み明かす親友に変わった。

 そして以後の彼らは、率先して宗教観の対立を諫める側に回る。

 それは新国軍内に留まらず、新王都で住民間に起こる物も含まれた。


「他の神の教義を攻撃するのではなく、自分が信じる神の素晴らしさを説くことが本義のはずだぞ」

「他所は他所、うちはうちの精神を持たねば、貴方が信じる神の良さは伝わらないものだ」


 こうして新国軍が国内の不和を取り除く役目を果たすようになると、新国内での宗教対立は徐々に収まっていった。



 宗教観による不和の収束すると、その契機を作ったマニワエド最高長官とバークリステ国教長に、国民からの信頼が集まることとなった。

 さらに、これ以降の子供の教育に、ある脅し文句が加わることにもなる。


「そうやって自分勝手なことをしていると、怖い兵士さんがきて、ずっと走らされることになるんだから」


 懲罰訓練で死にそうな顔で走る兵士を見る機会がたびたびあるため、この脅しは子供には効果覿面だと評判になった。

来週は更新をお休みします。

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