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番外十三 新王の日常

 新たな国の王となった――というよりかは、させらてしまったビッソンの一日は、豪華なベッドの上から始まる。

 元、聖大神の総本部たる建物らしく、大ぶりのガラス窓から柔らかな朝日が、ビッソンが眠る部屋に差し込む。

 しかし、朝が来たからと、彼はすぐに起きられない。

 羽根が詰まった柔らかな上掛けに、青空に浮かぶ雲のように白いシーツと、体を飲み込もうとしているかのように柔らかなマットレス。

 そんな眠りを誘い続けるベッドの魔力に、ビッソンは寝なれたはずの今でも、抗えていない。


(村の家にいたときは、ベッドなんてはねのける物だと思っていたのにな……)


 ビッソンが夢うつつの状態で考えていると、部屋の扉が開く気配がした。

 薄目を開けると、女性の使用人が静かに部屋に入ってきていた。

 きっちりと茶色の髪を結い上げ、まとめた髪を小さな布のキャップに入れ、清潔なお仕着せを着けた、見目麗しい美女だ。

 それこそ、街中で見かけようものなら、ナンパ男が黙って見過ごしたりはしないような、絶世の美女と言える女性だった。

 しかしながら不思議なことに、物を盗み出そうとする盗人のように気配が薄く、毛足の長い絨毯があるにしても足音がしていない。

 寝起きばなにそんな不可思議な人物を見たら、すわ幽霊か、と思わないでもないように感じられた。

 けれどビッソンは、彼女の姿を目にしても、まどろんだままベッドの上にいる。

 なぜかといえば、新王となってからいままで、側で身の回りの世話をしてくれる女性であると、彼は眠気で濁った意識でもはっきりと理解していたからだ。

 美女の使用人は、すすっとベッドの近くに来ると、ビッソンを揺すり起こし始める。


「新王さま。起床のお時間ですよ。お食事もご用意できております。起きてくださいまし」


 揺する手つき、語り掛ける言葉は、幼子を優しく起こす母親のようなものだった。

 大の大人がこんな真似をされれば怒りそうなものだが、ビッソンは大人だというのに甘えるような声を上げる。


「うぅ~ん……もうちょっとだけ、寝させてくれ」

「新王さまの命でも、それは聞けないことでございます。ほら、起きてくださいまし」


 ぐずる子に母親がやるように、使用人は少し強めに揺する。

 ビッソンは体が揺すられるのを甘んじて受けつつ、段々と意識をしっかりと覚醒させていく。

 そしてある程度、自意識がはっきりしたところで、ぐずっていたことが嘘だったかのような素早い身のこなしで、使用人の腕を取ろうとする。

 しかしさっと避けられてしまい、ビッソンの手は空振りした。

 狙いを空かされた不貞腐れる顔を見て、使用人は口元に手を当てて微かに笑う。


「くすっ。新王さまは相変わらずでございますね。起きざまに、わたくしの手を取ろうとなさるなんて」

「ふんっ。そう思うのなら、一度だけでも抱かれてくれたってよいだろうに」

「あら。わたくしにご冗談を言ってはいけませんよ。あなた様には、お相手がもう何人もいらっしゃるではありませんか」

「その一団の中に、お前もいれてやろうといっているんだ。我に抱かれる以外では、好きなことをしていいという、破格の待遇だぞ」

「ありがたいお言葉ですが、ご遠慮いたします。わたくし、この仕事が気に入っておりますので」

「使用人など、村でいう小作人のようなものだろ。そんな仕事が好きなんて、変わっているな」

「そうでもありませんわ。人に誇れる仕事で給金を頂けて、美味しい食事を無料で支給され、寒さに凍えずに安寧に眠れる寝床がある。この待遇に、不満など一切ありませんわ」

「はぁ、そうか。総司教たるバークリステの知人だけあり、相変わらず聖人君子のような心の持ち主だな」

「いえいえ。わたくしなど、むしろ悪鬼羅刹の類です」


 ニコニコと嬉しそうに受け答えする使用人に、ビッソンは興が削がれたようすで、ベッドから起き上がった。


「着替えを手伝ってくれ。それと、今日の予定はなんだったか?」

「重要なものは、遠方の村や町からきた、使節団との面談でございます。あとは、各所から送られる書類に承認をする仕事がございます」

「書類の承認は、あのいけ好かない神官が考えたという『ハンコ』を押すだけなのだ。代わりに誰かがやればよいだろうに」

「では、そうなさいますか? 空いた時間で、なにかおやりになるご予定がございますか?」

「うぐっ。そういわれると、困るな。王となってから、やりたいことはやりつくしてしまい、今では何がしたいという望みすらいただけない」


 元が村長の息子なので、ビッソンが思いつく欲望は、王の権力で叶えられないことがなかったのだ。

 結果、美食や遊興にも飽きてしまい、今では村で暮らしていたときと同じような粗食をとり、手慰み程度の遊びしかしていない。

 そのことをビッソンは嘆くが、使用人は笑顔で否定してくる。


「ふふっ。新王さまには、美女の方々との夜のお楽しみがあるではございませんか」

「ああ、あれは飽きていないな。むしろ、行えば行うほど、具合が良くなりのめり込みそうになる。だから、なぁ?」

「わたくしは、相手を致しませんわ。仕事に含まれておりませんもの」

「うむむっ。残念なことだが、諦めるしかないか。なぜだかあまり無理強いをすると、怖い目に会いそうな予感がするからな」


 このときのビッソン自身は理解していないが、彼の深層心理において、目の前の使用人からあることを感じ取っていた。

 笑顔の裏側、微笑ましそうに細まった瞳の奥、綺麗な身振りの陰に、血なまぐささがあると。

 それは、安全な場所に居たとはいえ、戦場の空気を知っているビッソンだから薄っすらと分かることで、普通の人なら感じ取れないか気のせいだと思うほど希薄な気配でもある。

 ビッソンが何か気づいたことを、使用人の側も感じ取っている。

 しかしあえて指摘することなく、ビッソンの着替えを手伝っていく。

 その手つきは洗練されているが、その衣服を使えば容易く命を奪えると知っているようにも感じられる。

 着替え終わらせると、使用人は部屋の扉を開き、その先を示しながら、ビッソンに頭を軽く下げた。


「それでは、新王さま。お食事、およびお勤めに、いってらっしゃいませ」

「うむっ。では、いってくる」


 新王の顔つきとなったビッソンが廊下に出れば、待ち構えていた高官と護衛に囲まれ、連行されるような光景でどこかへと去っていく。



 それを見送った使用人は、誰もいないように見える場所に、独り言のようにつぶやきかける。


「やはり、あのビッソンは、傀儡として稀有な才能を持っていらっしゃいますわ。私たちが乗り換えた、自由の神教団の祖たる方が目にかけた人材だけはありますわ」


 誰もいないはずなので、反応が返ってくるはずはない。

 それのに、誰とも知らない声がやってくる。


「では陳情にあったように、ヤツを殺して別の物に変える必要はないのだな?」

「ええ。あの者の欲望は、ある程度の贅沢、ある程度の色欲で満たせる程度。それにかかる経費など、国全体としては微々たるものです。対処するべきは、ビッソンの親愛を得たと勘違いしている、金遣いが荒い売女たちです」

「ふふっ。お前ほどの美女が、親身に世話しながらつれなくしているんだ。あのバカ王が、やつらの軽微な色香に迷うはずがないのに、滑稽なことだな」

「あまりにも散財が目に余るようなら、あの方たち、殺してしまってくださいな」

「昔取った杵柄よろしく、誰かと駆け落ちしたように見せかけてだな。まあ、現時点では許容範囲内だから、まだ機会はなさそうだがな」


 やまびこの名残のように声が小さく消えていく。

 それを聞き終わると、美女の使用人は笑顔でビッソンの部屋を整え始めたのだった。





 新王ビッソンのやるべきことは少ない。

 もともとが村長の息子という身分だけあり、国の運営に関わる部署が職分を全うし、彼に回す仕事を極力減らしてくれているからだ。

 それでも、国としての行事や重大な会議、王の承認が制度上必要な書類に関しては、仕事に参加せざるをえない。

 朝に使用人から伝えられた通りに、いまは新国の領地に組み込まれた、辺境の村の使節団との懇談会にビッソンは参加している。

 とはいえ、自分から彼らに声をかけることはない。

 懇談会の会場に設えられた、一段高い場所にある椅子に座り、おべっかを使ってくる人々にぞんざいに相手するだけだ。


「――ですので、どうか新王さまのお力で一つ」

「考えておこう。だがその前に、その道に見識がある者がいるので、その者と仔細を詰めてもらおうか」


 くいっと顎を動かすと、ビッソンの近くにいた文官らしい人が前に進み出て、陳情にやってきた人をどこかへと優しく連れて行く。

 ビッソンは王さまらしい傲慢に見える態度を演じながら、恭しく差し出された酒の入った杯を手にし、次に面会を求める者を近寄らせる。

 酒で唇を湿らせながら、額に汗して伏せた人に声をかける。


「話を聞こう。喋ることを許す」

「はっ、はい、ありがとうございます。お初にお目りかかります、新王さま。わたくしどもは、新王都よりはるか西にございます――」

「どこの出身かは知っている。堅苦しい前置きはいい。後に大勢いるのだ、さっさと要件を話せ」

「は、はい。わたしどもが求めますことは――」


 威圧的に一通り話を聞くと、その前の人にもやったように、訴えの内容に対応する部署からの出向者に対応させる。

 これを延々と繰り返さないといけないと知る、ビッソンの内心は飽き飽きしていた。


(誰も彼もが、代り映えのない話しかしない。村長の息子だったので、陳情の内容とその気持ちはわかるが、こちらの記憶に残るように工夫を凝らして欲しいところだな)


 大きな戦に勝って村人から王へと上り詰めた功績から、周囲に求められて威厳のある者を演じているビッソンは、簡単にため息を吐けない。

 それなのでその代わりに、杯に入った酒を口に含み、その味と匂いを楽しむように見せかけて、大きな息を鼻から吐いたのだった。




 使節団との会談が終わると、ビッソンは無意味なほどに堅牢な作りの机に向かい、その上に載った十数枚の書類一枚一枚にハンコを押していく。

 この机にある書類は、単に王の承認が必要なだけまで、各種手続きを経たものばかり。

 それなので、目を瞑ってぽんぽんと印を押し付けるだけでも、仕事はできる。

 しかしビッソンは、どうせ数が少ないのだからと、書類を斜め読みしながらハンコを押すようにしていた。

 それは暇つぶしの意味もあったが、新王となってからも国の情報が一切耳に入ってこないことに対する、ビッソンなりの抗議でもあった。

 その思惑を知っているからか、書類を受け取りに来ている高級文官も、無理に急かしたりしない。

 むしろ、斜め読みでも書類に目を通してくれることに、好意的な眼差しすら送っている。

 ビッソンが五枚目にハンコを押し終え、六枚目に目を向けると、眉をひそめた。


「なんだ、このふざけた要望の書類は?」

「ふざけている要望、とは? 少々、失礼いたします」


 文官がビッソンの見ていた書類を手に取る。

 書かれた内容を見て、さっと顔色を青くした。


「申し訳ございません。除いたはずの書類が、どうやら混ざっていたようです」

「そうか。ならばそれは、ここにあることが間違いな物なのだな?」

「もちろんでございます。この失態に対し、二度と起きないよう、間違いを犯した者を見つけ――」

「よい。我が代わりに書類と戦う者たちを苦しめる気はない。今後徹底すれば、罰を与える気すらない」

「はッ! お礼を申し上げさせていただきます!」


 気にするなと身振りしたビッソンは、間違えな書類に書かれていた内容に、ちょっとだけ興味を持った。


「それで、その書類に書かれてあったことだが、どういう経緯で来たものだ?」

「新王さまが褥を共にするお方の親族が、将来の王を生む母の縁者だからと、無理を通そうとなさいまして。後の作業で除かれるのだからと、頼まれた者が書類を作ったのだと聞いております」

「ふむっ。我が子が生まれそうという報せは、受けていないのだが?」

「いえ。これは件の縁者の妄想です。新王さまの子が、誰かの腹の中に居るという事実はございません」

「やはりそうか。毎夜のように抱いているというのに、不思議と孕まんのだよなぁ……」


 うっかりと素を出してしまい、文官の不思議そうな目を感じて、ビッソンは咳払いをする。


「こほんッ。それで、その親族とやらに対して、どう対処するのだ?」

「単純に、書類を破棄するだけでございます。なにかしらの、ご配慮を下されますか?」

「ふむむっ。聞くが、訴えを出したのは親族で、親や兄弟からではないのだな?」

「はい。それも親族と言っても、かなり遠縁なようです。それこそ、赤の他人とどう変わるか、説明が難しいほどの人です」

「ならば、無視していいな。いや待て、こんな陳情が何度も来るのは、それだけで文官たちの負担となる。他の者からも二度と同じ要望を出してこないように、何らかの手立てが必要ではないか?」

「では、何らかの罰をお与えに?」

「罪ではないのに罰は与えられん。だが、何らかの手立てがないか、次の会議の議題に入れておいてくれ」

「分かりました。王の発案ということで、よろしいでしょうか?」

「別に我の提案としなくともよい。手柄が欲しい者の名で、議題に提出して構わん」


 新王となった当初に、バークリステから受けた教育の通りに受け答えを終えて、ビッソンは次の書類に視線を向け、問題がないことを確認してハンコを押した。




 量的に少ない仕事を終えると、ビッソンが自由に使える時間となる。

 護衛と共に居城とした元・聖大神総本部の建物を見回ったり、庭園の草花の匂いに癒されたりする。

 そうしている間に、廊下でばったりと、使用人を引き連れた寵姫の一人と出会った。

 彼女は、目尻の下がった目元に黒子のある可愛らしい顔立ちで、身長も小ぶりながら、胸元だけは通常以上に発達していた。

 自分の女の武器を自覚しているのか、胸元が大きく覗ける明るい色のドレスを身に纏っている。


「ビッソン新王さま~」


 媚びを売る言葉と共に寵姫は、はしたなくならない程度に走り寄ってくる。

 ビッソンは色恋の予感に頬を少し緩めながらも、威厳のある王の態度を崩さずに、彼女を腕の中に迎え入れた。


「このような場所で抱き着いてくるとは、どうしたのだ?」

「だってぇ~。わたしは、新王さまのことが大好きなんですもの~」


 甘えるように胸に頬を寄せる寵姫に、ビッソンは頬をさらに緩ませる。

 それは彼女の様子が愛しいからではなく、押し付けてくる豊かな胸の感触に立ち上がったスケベ心からだ。

 ビッソンは顔が笑み崩れ果てる直前で気を取り戻すと、表情を整えてから、寵姫と腕を組んで並び立った。


「そこまで心待ちにしているのなら、これ以上待たせるのは悪い。お前の部屋に、共に行こうではないか」

「まあ、嬉しい! ささ、早く参りましょう」


 ビッソンの腕を引っ張るようにして、寵姫は廊下を進み始める。

 二人の後を、護衛と使用人たちはついていく。

 そしてその寵姫の部屋まであと少しというところで、また別の寵姫とその使用人たちに出くわしてしまう。

 その彼女は、いまビッソンの腕を抱く女性とは正反対に、やや背の高い体に肌が極力見えないドレスを着た、凛とした振る舞いが見事な気品ある少女だった。


「ビッソン新王さま。今宵のお約束は、わたくしとであったはずですね。どうしてそこの女と、仲睦まじく腕をお組みになっておられるのですか?」


 待ち構えていたかのように問う言葉と視線は、刺突剣レイピアの切っ先のように、冷たく鋭く研がれているようだった。

 その威圧感は、先の寵姫がビッソンの腕をこっそりと放し、後ろにいる使用人たちが一歩後ろに下がるほどだ。

 しかしビッソンは、怖気づいてはいなかった。


(前の戦いで感じた国軍からの戦意に比べたら、可愛らしいものでしかない)


 ビッソンは微笑みを浮かべると、冷たい視線の威圧をはねのけるように、前へ歩みを進める。

 そして凛と立つ寵姫に近づき、さっとその腰を抱き寄せた。


「そう拗ねなくてもよい。約束は忘れておらんよ。今宵はそなたと褥を共にするとも」

「まあ、調子がよいことですわね。さきほどまで、他の女と腕を組んでらっしゃいましたのに」


 厳しい言葉を投げかけてはいるが、視線の圧力は明らかに弱まっていた。

 それこそ、ビッソンが言っていたように、単に拗ねていたかのようにだ。


「そう口にしてくださったということは、このまま、わたくしの部屋に来てくださるのですわよね?」

「いや。あの者を相手にした後で、そなたの下に向かうつもりだ」


 ビッソンの思いがけない言葉に、腰を抱かれている寵姫の視線の威圧が元通り以上に強まった。


「あなたは! 恥ずかしげもなく!」

「これはそなたのためを思ってのことでもある。前に相手をした際に、すぐに気絶してしまったであろうに。あの後、我は消化不良で朝まで寝るに寝れなかったのだぞ?」

「あ、あのときのことは、その……申し訳なく思っておりますわ。ですが、あなた様を感じると、どうしても堪えきれず」

「なにも咎めているのではない。そなたと我は、相性が良すぎるというだけのことなのだからな。だが、そなたとの一夜を楽しむためには、我がその前にひと戦経ないといけないことも、聡明なそなたならわかるであろう?」

「理解は致します。いたしますが、悔しい気持ちは残りますわ」


 じっと目を見つめられて、ビッソンは彼女の唇を唇で塞いだ。

 舌を絡ませるほどではないが、熱烈なキスに、目で威圧していた彼女の態度があっけなく崩れた。

 そして腰砕けのように体重を預けてくる彼女の耳に、ビッソンは囁きかける。


「夜に待っていておくれ。必ず、楽しい一夜にしてみせる」

「そ、そうまで言われては、仕方がありませんわね。あちらの方との一時的な交歓を咎めることは、見送って差し上げますわ」


 頑なな態度を取ろうとして微笑んでしまっているような、不可思議な表情で、腰を抱かれていた寵姫はビッソンから離れた。

 そして隠そうとしながらも弾んでいる足取りで、彼女の使用人たちと共に廊下を去っていった。

 その様子を見て、ビッソンは表面には出さないように安堵する。


(よかった、切り抜けたぞ。王の治世は愛する女性の取り扱い方が重要と、自由の神教団から特徴別の女性の扱い方を学んだことが、本当にためになったな)


 しかしその教えを思い返し、放置してしまっている胸が豊かな寵姫の機嫌取りをしないと行けないことを悟る。

 ビッソンは道を引き返し、悔し気に唇を少し噛んでいる彼女と、腕を組み直した。


「ほら、そのような顔をするな。そなたの部屋に入ることは変わらぬのだ。楽しもうではないか」

「むぅ~。分かりました~。あの人に負けないよう、精一杯ご奉仕してあげます!」


 対抗心に火がついたように、胸が豊かな寵姫はビッソンを部屋に連れ込むと必要最低限の使用人だけを入れ、他の者は部屋の外に待機を命じた。

 恐らく彼女の目論見としては、ビッソンを何かにつけて長居させて、先ほどの冷たい印象の寵姫に向かわせないようにする気だったはずだ。

 しかし、裏の仕事をやっていた者たちを多く抱えている、自由神の教団の手ほどきを受けたビッソンは、彼女が思惑通りに事を運べるほど簡単な相手ではなかった。

 自然といい雰囲気に持って行かれ、あれよあれよという間に肌を重ね、あっさりと乱れに乱れて許しを乞いながら果てきってしまった。

 あまりの手練手管っぷりに、傍で待機していた女性の使用人は照れるやら引くやらで、ビッソンを引き留める仕事が頭から抜け落ちてしまっていた。


「少しは手ずから整えたが、そなたたちの手でも綺麗にしてやってくれ」


 ビッソンは失神した胸の豊かな寵姫を使用人に預けると、彼女の部屋を去り、自室で別の服に着替えがてら身綺麗にする。

 その最中、身支度を手伝ってくれる、朝に起こしてくれたあの使用人に相談をする。


「次に向かうのは、あの冷たい印象がある者だ。楽しみに待っているはずなので、土産に菓子を持って行きたい」

「では、あの方が入手したと噂に聞く茶葉に合うものを、お持ちくださいませ」


 ビッソンが部屋を出ようとすると、すでに用意してあったかのように、包み布に巻かれた小箱が差し出された。

 それを使用人の手から取ったビッソンは、廊下に待つ護衛に預けると、急ぎあの冷たい印象の寵姫の下へと向かったのだった。

 



 寵姫と楽しんだ後、その部屋で共に寝たビッソンは朝早く起き出す。

 つられて起きようとする彼女を押しとどめ、額にキスをして眠らせると、服を身にまとって自室へと引き上げる。

 身綺麗にし、寝間着に着替えてから、自分のベッドに入り込む。


(一緒に起きてくれないことに恨まれたが、新王という仮面を完全に脱ぎ捨てられる一人寝の時間はかえがたいんだよな)


 ビッソンは寝心地のよい寝具に抱かれて、あっさりと眠りに落ちる。

 そして彼の使用人が起こしにくるまで、単なるビッソンとしての時間を楽しむのだった。

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