番外十一 軍職者の苦悩
反乱者たちに負けたことで、国軍の面目は丸つぶれになった。
国を運営する立場の偉い人たちが、将軍たちを呼び出して詰問する事態に陥ったことから、どれほど立場を失ったかを推し量れることだろう。
詰問の際には大勢から罵詈雑言を浴びせられて、将軍たちは黙りながらもワナワナと肩を震わしたりした。
しかし、その事態はこの話と関係がないので割愛することにしよう。
今回の主役は、名も取り上げられないような、末端の兵士たちなのだから。
国軍の兵士たちは、将軍ほどではないにしても、人に冷たく当たられていた。
それは、失地で商売が上がったりな商人たちや、戦いの混乱で家族と生き別れ死に別れた住民たちから向けられていた。
「もっと国軍の兵士たちが頑張っていれば、国は割れなかったのに」
「そもそも、国を守ることが仕事なのに、教団に使われて異教弾圧に参加していたことが問題だろ」
「平穏な時は無駄飯食いなのに、有事の際には弱いんじゃ、いる意味がないよな」
様々な心無い言葉に、兵士たちの反応は二分化された。
反乱者と戦っていなかった人たちは、寄せられる苦情はもっともだと、同志であるはずの兵士たちを責め始めた。
「異教徒の叛乱を弾圧できなかったなんて、国軍の恥さらしだ」
「我が隊が任されていれば、いまでも聖大神の下で人は一つだったに違いない」
勝手なことを行ってくる身内に、反乱者と戦って逃げ延びた兵士たちは、忸怩たる思いを抱いていた。
「いい気なもんだ。あの戦いを知らないから、そんなことが言えるんだ」
「そもそも、俺たち兵士がどう頑張ったところで、戦況が覆らないってことが分かってない」
「そうだそうだ。指揮者が無能だったら、オレらがどれほど屈強だって、戦いには負けてしまうんだ。そのことが、あの戦いで痛感したよな」
「そもそも最初の段階じゃ、人数任せに突っ込むしか戦法を考えてなかったなんて、いまなら信じられないよな」
「編隊を組まないなんて、自殺しに行くようなものだって、あの戦いから学ばせてもらったよな」
「逆に、人数が少なくても、ちゃんと戦法を考えれば倒せるってことも教えてもらったな」
「けど上がなー、分かっちゃくれないんだよなぁ……」
「俺らを指揮してくれた有能な人たちが、負けた責任として更迭されちまって、戦法の優位性を示してくれる人がいなくなったんだよな」
「そのせいで、オレたちが奮闘して得た教訓は活かされないんだから、たまったもんじゃないよな」
仲間内で雑談をしながら、兵士たちは肩をすくめ合う。
「いまのところの幸いは、反乱者が立ち上げた国が領土の平定に力を注いでいて、こちらに攻め入る兆しがないってことだよな」
「いやいや、幸運じゃないぞ、それは。攻めてこないのなら、奪い返す好機だって、上は息巻いているらしいし」
「うっわっ、それ本当かよ。下手に突いて逆襲されて、さらに国土を奪われるのがオチだろ」
「こっちは戦法を重視しようとしていないんだから、当たり前の結論だな」
「いや。前の戦いじゃ、向こうの手勢は村人や傭兵ばかりだった。いま戦いになったら、向こうには旧遠征軍の面々が出張ってくるんだぞ。被害は前の火じゃないほど出るだろ」
「あー、その存在を忘れてたわ。つーか、遠征軍には従兄がいるんだよ。戦いたくねぇなぁ……」
「そういうなら、軍を辞めて、違う職に就けよ」
「おいおい。いまじゃ鼻つまみ者な軍人が、いいところで働けると思うか? どうよく考えても、傭兵に堕ちるしかなくなるぞ」
「国土が半分になったから、防衛に国軍の手が行き渡るようになって、傭兵の働き口がないんだ。飢えて死ぬ運命だな」
「だが傭兵になれば、反乱者たちの国に行けるぞ。あっちは人手不足なんだ、旧遠征軍に加入する目もあるんじゃないか?」
「しっ。滅多なことを言うな。だれかに告げ口されて、異端審問官に引っ立てられるぞ」
「ばーか。そのつもりがあったら、ここで言ったりするもんか。本気だったらこっそり実行して、ここから消えているってもんだ」
「いやいや、口には気をつけろよ。国が割れた責任を、教団の上の方は、俺たち兵士に押し付けたくてたまらないらしいからな。ちょっと口を滑らせただけで、あっちの国の工作員だって難癖つけて殺されるかもしれない」
「うわー、そいつは勘弁だ。あー、この国も居づらくなってきたなー」
「国土は半分になったが、前と変わってはいないだろ?」
「そうとも言えないんじゃないか。聞こえてくるあっちの国の噂と比べると、なにやら閉塞感がある気がしないか?」
「まあ、自由の神なんて怪しげな神を国教に据えているんだ。その自由の名の通りに、開放感だけはあるんだろうさ」
「その開放感を求めて、商人たちがあっちに大移動するって噂もあるぜ?」
「なんでまた、そんなことに?」
「なんでも、国のお偉いさんが、訳の分からない税金を行商にかけたんだとさ」
「あー、それじゃあ商人たちが反発するのはわかるな。でもそれなら、移動するって話は脅しなんじゃないか?」
「さてどうかな。案外本気かもしれないぜ。なんたって商人は、どこに行ったって金が稼げる生き物だからな」
「国に仕えて金を貰う俺たちとは違って、あいつらは自分の知略と腕っぷしで金を生み出しているからな」
「はー、オレにも商才がありゃあなぁ。こんな一部屋六人住みな兵隊暮らしとはおさらばできるってのに」
「その兵隊暮らしは、ちょっと前まで勝ち組だったんだけどな」
「楽な訓練をこなせば、後はなにをしたって三食出る上に、少ないながらも給金が貰えるからな」
「結婚して子供を作れば、その分の手当てもでるからな。手堅い見合い先として、優遇されたもんだ」
「それが今じゃ、人から石を投げられてもおかしくない立場ってんだから、訳が分からないよな」
「俺たちだって立派な聖大神教徒なのにな。同志を自分本位で攻撃するのは、悪い行為だって聖教本に書いてあるってのによぉ」
「他の人たちにとったら、戦いに負けたオレたちは、異教徒に一歩足を踏み入れた存在って考えているってことなんだろうさ」
「なんでまたそんなことを?」
「要は、異教徒どもに国土を半分くれてやった形になるからさ。異教徒を利する行為をしたやつは、処罰の対象だろ?」
「ああー、そういう規定があったな」
「だが、突飛な理屈付けだろそりゃ。俺たちだって、負けたくて戦に敗れたわけじゃないんだぞ」
「他の人にとっちゃどうでもいいんだろうさ。問題にしたいのは、国土を奪われた責任を、目に見える形で誰かに取らせたいってだけで」
「はぁー。こんなことなら、兵士になんてなるんじゃなかった」
「俺自身はそうは言わないが、死んでいった仲間たちは、きっとお前と同じ気持ちを抱いているだろうな」
やるせないと、会話をしていた兵士全員が、再び肩をすくめる。
そして会話を再開させようとして、この部屋の扉が軽く叩かれた。
兵士たちは目くばせしあって、そのうちの一人が扉を開けにいく。
「はい、なんでしょうか?」
開いた扉の先にいたのは、話の最初の方に出てきた、更迭された彼らの有能な元上官だった。
彼は左右を見て誰もいないことを確かめてから、するりと部屋の中に入り、扉を後ろ手に閉めた。
そして部屋の中にいる兵士たちを一巡して見ると、声を潜める。
「あの戦場から帰還した、我が戦友諸君。少し話したいことがある。ああ、敬礼は要らない。楽にしてくれ」
元上官は兵士たちの輪に加わると、小声のままで彼らに喋りかける。
「私が諸君らに伝えるのは、いまは指揮系統違いと重々分かっているが、いまは戦友として聞いて欲しい」
「はい、なんでしょう。そう声を小さくしているってことは、悪い話なんですか?」
「その通りだ。先の戦いで逃げ帰った兵士諸君たちを、罷免するべきだという声が、上であがっているらしいのだ」
「ほ、本当ですかい、そりゃあ。というか、罷免ってのは……」
「要は、兵士を辞めさせられるってこった。うわー、さっき話の中で、いまは兵士を辞められないって話していたばかりなのによぉ」
兵士たちが悲嘆にくれるのを、元上官は手で制する。
「勘違いしてほしくないが、現時点では話に上っただけだ。本決まりというわけではない」
「それじゃあ――」
「いや、遅かれ早かれ、本決まりになると私は睨んでいる」
「それはまたなんでですかい?」
「国土が半分になったことで、国軍の人手は足りている。その上で、さらに兵士を募集して、大反攻作戦に打って出るという」
「なるほど。だけど人数を増やすんなら、オレたちが辞めさせられるのはおかしくねぇですかい?」
「いや、上の方では、戦いに負けて逃げてきた腰抜けを雇い続けるより、国土を取り戻そうと志願してくれた人を優遇したいのだそうだ。戦法という、効率的な戦い方すら、腰抜けの発想と言われて退けられたことから、上のこの考えは鉄板となっているようだ」
「つまり、新人に要らぬことを吹き込みそうな老害を、難癖つけて追っ払おうってことですな」
「そう言いかえると分かりやすいな。いや、私が諸君たちを老害と言いたいわけではないぞ」
「分かってますよ。戦友として知らせに来てくれているんですから、その点は誤解しちゃいませんよ」
「そうか、助かる。それで、どうする?」
「どうするって、なにがですか?」
「軍を辞めさせられる前に、こちらから国を見限る気はないかと聞いているんだ」
元上官が切り出した言葉に、兵士たちは目を丸くする。
「ほ、本気ですかい? 見限るって、どこに逃げる気です」
「無論、反乱者の国――新国だ。私と諸君らで組織だって向かえば、向こうの軍に編入してもらえる可能性が高い。もし駄目でも、傭兵や盗賊として活躍できる目算が立つ」
「あなたが戦上手だと知っているから、賭けてもいいですけどねぇ。どうして俺たちに声をかけてくれたんです?」
「そうですよ。オレたちの口から、異端審問官に漏れると考えなかったんですかい?」
「それならそれで構わない。だが、あの戦場から共に帰還した戦友な諸君には要らない心配だと、私は判断した」
信用していると遠回しに伝えられて、兵士たちは困ったような笑顔を浮かべる。
「さっき、このまま兵士でいても、冷や飯食らいだって話していたところでしてね」
「それでも兵士以外じゃ暮らしていけないと、諦めていたんですよ」
「そこにあなたの言葉です。ぐらっときちまいましたよ」
「それじゃあ、賛同してくれるか?」
「あの戦いで失っていたかもしれない命と考えれば、あなたの提案に賭けるってのも悪くないと思いますよ」
「人々からの仕打ちで、この国への愛着は薄れたから、渡りに船って感じもありまさ」
「親類縁者からは負けて帰ったときに縁切りされたんだ。いまさら誰はばかることはありませんぜ」
話が決まった兵士たちと元上官は、示し合わせて国を去ることにした。
こうした動きは、戦いを生き延びた他の兵士たちの間でも起こり、日を追うごとに櫛の歯が欠けるように、兵士たちの姿が消え始めた。
この事態に際し、国の上層部は反乱者たちの地下工作による被害と声高に喧伝し、それに憤慨した人たちが卑怯者を倒すのだと兵士に志願してくる。
こうして、戦いの経験者は去り、主義と思想だけが高い人たちばかりが国軍に集まることとなったのだった。
 




