番外九 新旧の国は揺れる
村々が反逆し、いま国は二つに割れた。
旧来の聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのみを信奉する、旧国。
復活した神を認め、一部邪教とされた集団をも容認する、新国。
旧国の首脳部は失地回復を願い、新国のトップは安寧を保持しようと警戒する。
そんな微妙な情勢下にあっても、人々は普段通りの日常を送ろうとしていた。
彼らにしてみれば、王様が変わろうと、宗教の仕組みが変わろうと、今日と明日の糧を得るほうが重要だからだ。
しかし、何百年も一つだった国が割れたことで、新国はともかく、旧国は過剰反応した。
その影響は、住民たちにも及ぶことになる。
一番最初は、人の行き来が制限されたことだった。
「王都にある商会に取引に行ったんだが、旧国には入れてもらえもしなかったよ」
「それはまだいいだろ。王都にある本店に、支店の俺たちは帰れないんだぞ」
「品物の行き来があるだけまだいいが……」
「本店の話じゃ、旧国だって商業活動を制限しようって話は出ていないらしい。安心していいぞ」
そう酒場で商人同士が愚痴を言い合う姿が、頻繁に目にされる。
それを見た住民たちは少し気にかけるが、店に商品は並び続け、値段も変わらないため、あまり気にしなくなる。
けれど少し時間が経つと、一部の人たちが買い物に不満を抱き始める。
「おい、なんだこの値段は。十日前より、倍近く値上がりしているんだが」
客が指しているものは、新国の領土ではあまり採れない種類の鉱物だった。
指摘を受けた鉱物商は、愛想笑いの中に困り顔を混ぜて答える。
「それがその、通行税ってものがかけられまして」
「通行税? なんだそれは??」
「お客さんが知らないのも無理はないです。なにせ何百年も前、国がいくつかに分かれていた頃にあった税だそうです。新国に向かう荷に対し、旧国が税がかけられるのですよ」
「値段が上がった理由は分かったが。なんでまたそんな税が復活したんだ?」
「それはもちろん、国が二つに割れたからですよ。旧国のお偉いさんたちは、新国に利する行為を制限する気で、古い税を復活させたんだそうです」
こうして通行税が設定されたことで、旧国領域から新国領域に入ってくる品物が少なくなった。
なにせ、旧国から輸出しても新国で売るときには、税金分値上げしないといけない。
そのため旧国にしかない物なら客は買ってくれるが、新国にも普通にあるものは値段が高いので買ってもらえないからだ。
そうなると、新国の物流が少なくなるのかというと、実はそうはならなかった。
「自由の神は、畑の実りも祝福してくださると、証明しましょう」
新国の国教となった自由の神教のトップである女性が、畑の実りを増やす祈りを捧げる。
すると、蒔いたばかりの種が芽となり、青い草が成長して実をつける。
こうして食料の問題がなくなったことで、食料の値段は上がらずに済んだ。
それに付随して、他の商品も値上げは行われなくなった。
そのお陰で、新国の住民たちは大した混乱もなく、日常を送ることができていた。
その一方で、旧国の方は大変なことになった。
経済を動かしている大商店が王都にひしめいているだけあり、利益を損なう通行税について猛反対を行ったのだ。
「国は土地を異教徒に奪われて、おかしくなった!」
「新国を認めたくない気持ちは一緒だが、嫌がらせを商人に手伝わせるな!」
「人が得る財を無為に奪う行為は、正しい行いではない! 聖教本にだって、通行税など認める記述はない!」
「そも、新国となった場所から入る物品も認めろ! 扱わせろ!」
大咆哮を上げる商人たちに、旧国の首脳陣は頭を悩ませた。
国が一つであったときは、商人がこれほど大反対することはなかったからだ。
対応を考える会議の場で、ある一人がポツリとこぼす。
「やはり、国軍が単なる村人に負けたことで、商人たちをつけ上がらせているんだろうな」
「その通りだろうな。財力のある彼らは、村人よりもいい武器やいい人材を揃えている。いざとなれば反逆すればいいと考えていてもおかしくはない」
「ところがだ、奴らの考えでは、我々が弾圧でもしようものなら、反逆者どもの領域まで去る気でいるらしい」
「本店を支店に移すということか?」
「いや。国にある店を全てたたみ、反逆者の領域に従業員とその家族ともども逃げる気なのだそうだ」
商人とつながりが深い人物の言葉に、会議の面々は渋い顔になる。
「つけ上がりすぎだろ。ここはやはり、国軍を動かしてまで制圧するほうが重要では?」
「商人は害虫のように、潰しても次から次に現れる存在だ。見せしめにいくつか潰してしまってもいいのでは?」
「反逆罪でやつらが貯め込んだ私財を押収すれば、戦で失った戦費の補充もなるな」
「いやいや、待ってもらいたい。そう楽々と潰していい連中ではない。大商会の一つを潰せば、物価が一気に上昇することになりかねない」
「では、どうしろというのだ。奴らの要求を呑んで通行税を取りやめ、物の流入も認めて、反乱者に利益を与えよと?」
「そうではない! 商人たちが不満を言うことを、弾圧するなと言っているのだ!」
会議は紛糾し、ガス抜きに大商人たちの頭目と会うことに決まった。
その場で、抗議書を提出した商人たちは、一定の成果に満足して引き下がった。
「新国ができて、我らの上も頭が柔軟になったと見える」
「競合店が現れた方が商売がうまくいくように、国も一つよりも二つの方がいいということだろうな」
商人が笑う一方で、抗議書を受け取った首脳陣は、その内容に頭を悩ませていた。
「負けた国は凋落すると戦術書にあったが、こうまで国軍の抑圧が効かなくなるとな」
「いや、これは軍がどうのこうのというよりも、聖大神の威光が弱まってしまっていると考えたほうがよいのでは?」
「それは反逆者の思考ですよ!」
「私的な考えではない! 事実を言っているだけだ! よく読んでみろ、この抗議文の内容を!」
「そうですな。聖大神教団から背信者と見られたら、反逆者の領域に逃れて違う神にすがればいいという商人の考えが、透けて見えてくる文章ではあるな」
「これほど信心が離れてしまっているのは、教団の怠慢が招いたと言わざるを得ないだろう」
責任の擦り付けあいが始まるが、教団から出向している人物は困惑していた。
そもそも、聖都が落ちた際に教団のトップは、死亡したり失脚したりと総取り換えになっている。
そのため、いまさら先の戦いの責任を問われても、教団側からしてみれば責任は果たした後に言われている形になるからだ。
「商人たちは敬虔な信徒です。彼らが問題にしているのは我らではなく、国の政策であると思われるのですが」
「なにを、この青二才が! 政変にかこつけて、教団の上に座っただけの愚物が!」
「そうだそうだ! お前ごときが口を開けるほど、この会議は安い場ではないのだぞ!」
口々に批判されて、教団の代表者は、どちらが不信者なのかと問いたくなった。
しかし、権威も繋がりもない彼は、我が身可愛さで口を再び開くことはない。
そのため、会議に並んだ面々の誹謗中傷を受け続け、密かに意を痛めることになってしまったのだった。




