番外八 奴隷商の隆盛
俺はしがない奴隷商だ。
人を売り買いすることから、あまりいい印象を持たれない職業なもんで、色々と苦労している。
いまから少し前――聖大神が全盛な頃は特にそうだった。
『奴隷制とは、善である人を物に落とす行為だ。けしからん!』
などと、神官たちが説法で声高に言っていたっけな。
けれどその実、神官たちでも偉い人になると、大手を振って奴隷を買い求めていた。
『不幸な身の上で物に堕ちた人を、救済するのだ』
とか建前を言っていても、買うのは決まって美女や男女問わずに綺麗な子供だ。
その奴隷たちをどう使うかなんて、想像するまでもないことだった。
零細な俺には取り扱いに縁がないことだが、エルフの奴隷が競売に出されたときなんて、特にひどいもんだった。
大商会から教団に至るそうそうたる面々が、鼻息荒く番号札を振りかざし、天井知らずな値の上げ方で競り落とそうと躍起になっていた。
人を物として見る奴隷商の俺からすると、エルフなんて単に綺麗なだけな人間にしか見えない。
強いて言うなら、ちょっと耳が長くて珍しいってぐらいだ。
そんなものに熱気を上げ、大枚を叩こうとしている、一般的に偉いと言われる人たちを見て、大変に失望したことを覚えている。
その光景を見てからだな、俺が聖大神への信仰を止めたのは。
教団のお偉いさんのように、口に出した言葉と実際の行動が伴わない人は、商人的に信用が置けないからな。
それはそれとして、その当時でも俺はそこそこ上手くやっていた。
俺は零細なので、いい子は身請けできない。
だが、買い取った子と移動する中で、付け焼刃でも簡単な読み書きや楽な計算法を教え、付加価値をつける。
そうして奴隷の売却価値を上げる方法を取っていた。
この方法は俺以外にも、奴隷の子と買い手の全員に利点があって、誰からも喜ばれた。
奴隷の子は肉体労働ではなく、少し知的な労働に従事できる。上手くいけば、奉公先でさらに知識を身に着け、早く奴隷の身から解放できるかもしれない。
買い手は、普通の知的な奴隷に比べて、割安でいい奴隷が買える。
そんな方法でちまちまと稼いでいた俺に、ある時転機が訪れる。
それは、地方の村々の反乱だ。
聖大神を見捨てて、その当時復活し始めた他の善の神に鞍替えした人達が、弾圧に耐えかねて蜂起したのだ。
これに奴隷商たちは飛びついた。
国軍によって反乱が鎮圧されれば、捕まえた人たちは犯罪者として奴隷落ちになる。
犯罪奴隷は格安で払い下げられるので、俺のような零細奴隷商でも、大量の商品を入荷できる可能性があったんだ。
ちょうど商う奴隷がなかった俺は、すぐに蜂起した村へと馬車を走らせた。
着いてみると、俺と同じことを考えた他の奴隷商が集まっていて、出遅れたと思っていた。
しかしここで、少し様子がおかしいことに気づく。
なんというか、戦いに勝ったという方が、国軍っぽくない人たちだったのだ。
不思議に思っていると、一人の神官が黒い肌のエルフを従えて現れた。
彼は信用できなさそうな笑顔を、奴隷商たちに向けてきた。
「ようこそお集まりくださいました。捕虜を奴隷に落とすのは心苦しいですが、これは世の習いですからね。それに、私たちはお金と食料に困っていますので、捕虜を養う余裕はないですしね」
独特な笑顔の彼の口から滑り出てきたのは、親しみが感じられる耳心地のよい声だった。
神官らしい声、と言い換えてもいいかもしれない。
なんというか、聞いているだけで、全面的に信用してもいいんじゃないかと思えてしまう。
だが、あの不思議な笑顔のお陰で、俺は警戒心を持ったままでいられた。
もちろん、他の奴隷商の人たちも、そのようだった。
こうして思い返してみると、彼があの笑顔を浮かべていたのは、俺たちとの売買の公平さを担保するためだったのではないかと思えてくる。
いや、考えすぎか。
なんにせよ俺たち奴隷商は、負けた国軍の兵士を奴隷として買うこととなった。
はした金同然の値段で買い、馬車に載せられるだけ乗せて、俺は聖都へ向かった。
なぜかと言うと、そこに国軍の大きな建物があり、奴隷落ちした兵士を買い戻してくれるだろうと予想したからだ。
その道中で、俺は兵士に声をかけてみた。
もちろん、今後の商売のためだ。
「なあ、兵士さんたち。アンタらが戦った人たちは、強かったのかい?」
「良く分からない。あっという間に負けたとしか……」
「そうなのか。うーん、これはひょっとしてひょっとするか?」
神の大戦以降の長い歴史の中には、村の蜂起は何度となくあったという。
どれもすぐに鎮圧されたと聞いている。
だが今回の蜂起は、それに当てはまらないのではないかという直感がした。
俺が手綱を操りながら黙ってしまうと、兵士の一人が質問してきた。
「なあ。オレたちはこの後、どうなるんだ?」
「安心しなよ。ちゃんと国軍の建物に連れて行って、身代金を貰って引き渡してやるから」
一般的な奴隷にする気はないと告げたのに、兵士たちはそろって首を横に振った。
「いや、止めてくれ。国軍には戻りたくない」
「そうだ。戻ったら、もう一度あいつらと戦う羽目になる」
「そんなことになるなら、名前を変えて奴隷になって、鉱山で働いた方がマシだ」
「……そんなに怖い相手だったので?」
「いや、そうじゃない。分からないんだ」
「分からないから、戦いたくないんだ」
俺は彼らが意味することが良く分からなかった。
けど、そうして欲しいと言うのなら、俺にイヤはなかった。
なにせ、国軍に引き渡すより、奴隷として売った方が実入りがいいに決まっていたからだ。
それに兵士という体力のある人を売るとなると、その付加価値は高い。
鉱山や漁船で人気があるし、筋肉の肉体美に魅入られて求める婦女もいる。
はした金で買ったことを考えると、この事態は銅貨で金貨を生むようなものになる。
だが、俺は念のためにもう一度念押しする。
「本当にいいんですね?」
「ああ、奴隷になる。兵士には戻らない」
誰も彼も同じことを言うので、俺はその通りにしてやった。
結果、大金を手に入れられた。
それを元手に、計算の出来る奴隷を一人、馬車を一台買った。
そして快進撃を続けているという、胡散臭い笑顔の神官が率いる反乱者たちへ向かう。
そこで売れ残りの兵士を買い、同じ質問をし、同じ答えが返した人たちだけを売り、財を成していった。
あの笑顔の神官が聖都を落とし、新たな国が立った。
予想外のことだが、新国になったばかりの混乱に漬け込み、俺は荒稼ぎした資金を使って奴隷商会を立ち上げた。
もちろん、吹けば飛ぶような小さな店だ。
他の大商会の庇護下に入ろうと試みた。
幾つか巡って、あの神官と縁故があるという大商会と繋がることができた。
なんでも店主の娘さんが、あの彼と面識があり、贔屓にしてもらっているらしい。
「彼が信じる自由の神が、新しい国の国教となりましたからね。奴隷商はこれからが隆盛の時期ですよ」
「へぇ、それはまたどうしてですか?」
「今までは聖大神の教えで、大手を振っての商いは躊躇われました。もちろん、建前上はですがね」
「それは分かります――なるほど、国教が変われば、その考え方も変わるわけですね」
「その通り。新しい国では、容姿の違い、考え方の違い、信仰する神の違いも認められるそうです。それなので、もちろん人がどのような道をたどるかも自由ということでもあります」
「新しい国では、一般人が王になろうとしても、逆に奴隷に堕ちるよう望んでも、本人の自由だということですか?」
「なにせ新王は、村長の倅だったそうですからね」
なんともまあ、凄い時代になったものだと、俺は単純にそう思っていた。
けどここから、新国は激動の時代を歩む。
まず、功労者たるあの笑顔の神官が、国軍と繋がっていた罪で都から追い出された。
それを知った、新国に土地を奪われた旧国が、宣戦を布告して押し寄せてくる。
新国軍が迎え撃ち、血で血を洗う大戦争が勃発。
俺たち奴隷商は、捕虜となった兵士の売りつけ先として奔走する羽目になり、新国と旧国ともに奴隷が市場に溢れる結果になる。
その中には、いままで聖教本の中にしかいないと言われていた種族もいたりした。
そんな激動の波をどうにか乗り越えると、俺の商会は中堅どころに格上げしていた。
従業員も増え、嫁と子もでき、順風満帆ともいえる。
嬉しいことにここ最近では、新国と旧国との諍いは続いているものの、戦争に発展することはなかった。
奴隷の商いも落ち着き、穏やかな時間が日々流れている。
そんな中で、俺はあの笑顔の神官を思い出す。
都を追い出された彼は、どこで何をしているのだろうと。
意外と、新国を追い出された腹いせに、旧国領で活躍しているんじゃないか。
そんな夢想をしながら、走り寄り足に抱き着いてきた我が子を抱き上げる。
ちゃっきゃと笑う子の、左右の瞳の色が違う目を見やる。
ここ最近、この子のように普通と容姿が違う子が確認されている。
その子たちは――
『復活した神が祝福せし子供』
――そう呼ばれて、大事にされる風潮が生まれつつある。
かくいう私も、この子が幸運の兆しのような気がして、どうにも甘やかしてしまいがちだ。
いまも妻に怒られるなと思いながら、愛しい我が子に飴玉をあげてしまっているので、我が事ながら手の施しようがないなと呆れてしまうのであった。




