番外四 駆け出し冒険者の立身
僕はアズライジ。故郷を飛び出して、冒険者となろうとする者だ。
しかしその旅路は、しょっぱなから躓くことになる。
なにせ、旅の道中で知り合った行商人と一緒に、盗賊に襲われてしまったんだから。
「食い物と金を置いていけー!」
「応戦しろ!」
森の街道の中で、戦いが始まった。
行商人の護衛は腕が立つようだった。
しかし、盗賊たちも強かった。
一進一退の攻防が続く。
そんな中、僕はなにもできなかった。
昔に村の近くで、力尽きた人から頂いた剣を握ってはいるけど、とても戦いに参加はできなかった。
自分の力量では、盗賊の相手なんて務まらないと直感していたからだ。
それでも僕は、行商人の近くに立ち、この体を盾にしても守ろうという気概だけは持っていた。
ちょうどそのときだ、僕の立つ地面が光ったような気がした。
不思議な光景に、護衛も盗賊も一瞬動きが止まる。
しかし、また戦いに移ることはなかった。
なにせ、なぜだか僕以外の全員が、地面に伏せたからだ。
いや、その表現は正しくなかった。
見えない巨人に、上から押さえつけられているかのように、全員が倒れて動けなくなっていた。
「な、なにが起こっているんだ?!」
僕は驚き、周囲を見回す。
けど、本当に無事なのは僕だけしかいないようだ。
なぜ僕だけが平気なのかわからず、心細くなり、剣の柄をつい握りしめてしまう。
そのときだ、森の草むらが動く音がした。
顔を向けると、なにやら胡散臭い表情をした、宗教家の服に革鎧を組み込んだようなヘンテコな服の男が出てきた。
「やあやあ、危ないところでしたね」
「だ、だ、誰だ。い、いや。彼らに、何をした!?」
発言から、この状況は彼のせいだと察し、剣の切っ先を向ける。
けど、余裕そうに落ち着けと身振りしてきた。
「そう興奮なさらないで。いえね、盗賊と護衛が入り乱れていて、どちらに加勢すればよいか、判断がつきませんでした。なので、悪い行いを続けていた者を地に這わせる魔法を、使わせてもらったのですよ。盗賊だけが、地に這えば判別しやすく倒しやすくなるでしょう? しかし、ほぼ全員がこうなるとは思いもよりませんでしたけどね」
「善悪判別の魔法!?」
ここで僕は、彼が旅をする神官という、聖大神教の偉い人だと気付いた。
そして、地面に伏せている人たち――護衛も行商人も盗賊だって、神が悪だと断じたのだと分かった。
「ご、ごめんなさい! 知らなかったんです、許してください!!」
必死に懇願するまでもなく、旅の神官さまは許してくれた。
そして、行商人の罪を暴くために、馬車の中から証拠を探して欲しいと言われた。
ここで活躍しなければ、僕も罪人と同じ扱いを受けるかもしれない。
必死で馬車の中を探すが、悪いことをしている証拠なんて出てこなかった。
肩を落とし、もう一つの馬車を探しているはずの、旅の神官さまに報告に向かう。
そのときだ。
彼が黒い人を介抱する姿が見えた。
けどその人物は、幼い頃の僕が親に聞かされた、怖いダークエルフそのままの姿をしていた。
「――その黒い女から離れてください! そいつは、悪しき者です!」
警告し、剣を向ける。
しかし、旅の神官さまは不思議そうにこっちを見てくるだけで、離れようとしない。
それどころか、暢気なことを言ってくる。
「まあまあ、待ちなさい。始めてお会いした女性に対し、剣を向けるのは良い行いとは言えませんよ?」
なにを悠長なと驚いていたが、この後に彼と会話を交わす。
途中勘違いで、旅の神官さまを、邪神の使い手なのではと疑ってしまった。
だけど、よく考えてみたら、聖大神の神官以外は魔法が使えないのは当たり前だった。
つまり、魔法を使える彼は、れっきとした神官さまであると、すでに証明出来ていたことだった。
ダークエルフだと思った女性が、悪者ではないと分かってしまった。
特に、護衛たちや盗賊と一緒に、ダークエルフと僕にも、あの罪人を地面に押し付ける魔法をかけたことが決め手になる。
護衛や盗賊たちは再び押し付けられる苦しみに呻くが、僕とダークエルフは平気なままだった。
もしかしたら違う魔法――例えば、良い人を押しつぶす魔法なのかとも思った。
けどそうなると、僕とダークエルフの罪深さは同じということになる。
聖教本に悪と定められた者と、同じ罪深さを背負っていると思えるような悪行を、僕はした覚えがない。
ということは、本当にこのダークエルフの女性を、神は罪人と認めていないということになる。
これは変だ。
だって、聖大神自身が、ダークエルフを悪としているんだ。
なのに押しつぶされないなんて、理屈に合わない。
困惑していると、旅の神官さまがこう理由を語ってくれた。
「あくまで、これは私の予想なのですが。襲われたことで、そのダークエルフの少女の罪科が足元にいるこの人たちに移り、結果として存在が悪ではなくなったのではないかと」
そんなことがあり得るのかと思ったが、そうでも考えないと理由付けができないことも事実だった。
納得はできないものの、旅の神官さまが自称ダークエルフの女性を管理をしてくれるというので、気にしないことにした。
そして僕と神官さまと女性は、二台の馬車に分乗して、近くの村まで目指すことにしたのだった。
着いた村で、旅の神官さまが村人たちに作った薬を配り始めた。
この薬は効果が高くて、村人たちは神官さまが旅立つ前にと、一つでも多くの薬を貯蔵しておきたい様子だった。
僕も腕に走った打ち身の痣に軟膏を塗ってみたが、治りが早くて驚いた。
さて、なぜ平和な村の中で、僕の腕に打ち身ができたかというと、目の前にいる老人のせいだ。
「さあ、どうした。老骨の槍捌きをかわせぬようでは、冒険者としてはやっていけぬぞ!」
手にした長い棒を手足のように自在に振り回し、僕を発奮させようとする言葉を吐く。
老骨と自称するにしては、元気に過ぎる姿だ。
長年患っていたという膝の古傷が治り、足運びを心配しなくて良くなったからか、とても溌剌と動いてくる。
彼を魔法で治療した神官さまに、恨み言を言いたくなる。
迫りくる棒の先を、僕も剣の長さに整えられた棒で防ぎつつ、反撃の機会を伺う。
けど、年月からくる経験の差は埋めがたく、僕は防戦一方になってしまう。
若さを生かし、体力勝負に持ち込もうとするが、そう甘い相手でもなかった。
「かっかっか。得物が長い相手に、持久戦など、いたぶって欲しいと言っているようなものだ!」
老人が繰り出す棒が、足に腕に顔にと、攻撃する範囲を拡大して迫ってくる。
棒で防ごうとするが、次第に防御が落ち着かなくなってきた。
やがて、太腿に老人の棒が当たり、痛みで怯んだところに僕の手首に一撃が決まる。
棒を取り落としてしまい、つい拾おうと目で追ったところで、こっちの胴体に激烈な攻撃が入った。
「おごぅ」
「馬鹿。失った武器を目で追うな。武器がなければ、逃げに徹しろ!」
腹の痛みで動けない僕に、バシバシと棒が体に当たる。
骨に響くまでではないが、確実に肉に刻まれる痛みに、身動きが取れなくなる。
「動きを止めるな。防ぐ武器がないのなら、頭と首を腕で守りながら、逃げろ。これが本物の刃だったら、いまごろお前は死んでいるぞ!」
老人は言葉をかけながらひとしきり僕を殴りつけると、唐突に攻撃を止めた。
これが訓練の終わりの合図だと知っているので、安堵から自然と息を吐いてしまう。
そんな僕を見て、老人は嘆息した。
「まったく。そんな腕で、よく冒険者になろうとする。ここでワシが鍛えてやらなかったら、野獣の餌食にすぐになってしまうぞ」
「……鍛えてくれることはありがたいんですが、もうちょっと優しくなりませんか?」
「これで十分に優しいわ! ワシが現役の冒険者の頃は、訓練をつけてもらったら、丸一日動けないほど打ち据えられたものだ!」
不用意な一言が老人の記憶を刺激してしまったようで、そこから延々と昔話を語られてしまった。
とほほと思いながらも、師匠と弟子のような関係上、聞かないわけにはいかなかったのだった。
村で滞在して日が経ち、悪人だった行商人と護衛、そして盗賊たちを護送する人たちがやってきた。
けど護送はされず、審問官の発案で、彼らを村で裁くことになった。
その事前段階で、審問官が商人や盗賊を取り調べているのを知って、僕は少しだけ嫌な予感がしていた。
老人――オーヴェイさんとの訓練で忙しく、気にしないようにしたことがまずかった。
なんと、僕と旅の神官さま――トランジェさん、そして自称ダークエルフの女性までもが、異端審問を受けることになってしまったのだ。
何ら恥じ入る物はないが、それでも委縮してしまう。
そんな僕の心情を察したのか、トランジェさんは弁護を率先して引き受けてくれた。
少し心配はあるが、自分よりかはマシだろうと、お願いすることにした。
それ以降の審問の内容は、学のない僕の頭では理解できないぐらいに、言葉の応酬が続く。
「私の二つの罪状、まずは悪しき者に組した罪について――」
「情報は色々と収集しているぞ。まず貴様は、あのダークエルフを商人たちから助け――」
「では反論させていただきましょう。まずは、あの少女を助け、その後も保護している件についてです。理由は三つ――」
「悪しき者に組した罪に、貴様は問えそうにない――神官を詐称した罪についてだ。これがもし本当だった場合、その者は死刑が決められている――」
「神官であると、短時間で証明する方法があるのですか?――」
あれよあれよという間に話が流れていき、訳も分からないままに、どうしてか審問官の助手の女性が服をはだけ出した。
呆気に取られていると、審問官が彼女の真っ白な肌に刃を滑らせた。
そのことにも驚いたが、その傷がみるみる内に治っていく光景に驚愕する。
審問官が何やら呟いていたので、傷を治す奇跡を使ったのだと分かった。
僕だけでなく村人たちが神の力を目の当たりにしてありがたがる中、審問官はトランジェさんに言い放った。
「さあ、貴様も神官だと言うなら、これと同じことをやってみせろ!」
どうやら、神官なら傷を治してみせて、証明しろという気なようだ。
村の子の擦り傷を治したと聞くトランジェさんなら、この程度の魔法は朝飯前だろう。
こんなことで疑いが晴れるなら、簡単だな。
そう僕は思っていたのだけど、トランジェさんはやたらに慎重だった。
審問官を言葉で挑発しながらも、助手の傷跡に触れて、具合を確かめていくのだ。さらには問答を行ってもいく。
その姿はまるで、罠を警戒しているようだった。
僕は理由がわからずに首を傾げる。
なにせ審問官の魔法が通じたんだ。トランジェさんの魔法が彼女に通じないはずがない。
その僕の考えが正しかったかのように、少ししてトランジェさんが魔法をかけると、助手の女性に刻まれていた傷跡が綺麗さっぱりと消えてしまった。
このことに驚いていたのは、僕や村人たちではなく、傷が消えた女性自身と、審問官とその配下の人たちだ。
彼らの様子から、なんらかのズルで傷跡が消せないような工作を行っていたのに、トランジェさんが突破したのだと気付いた。
そう知った僕の心に、言いようのない怒りがこみ上げてきた。
正義を掲げる聖大神の神官とその従者たちが、罠を張って人を貶めようとしていることが、我慢ならなかったのだ。
僕は信仰心に厚くないと自分で思っていたが、不正を目にして胸の内に義憤が強く巻き起こるからには、実は正しさに対する敬虔な信徒だったんだろうな。
そんな自覚と共に、身が破滅してもいいからと、怒りに任せて審問官を殴りに行こうとする。
しかしその直前、オーヴェイさんに止められた。
顔を向けると、トランジェさんの頑張りを無駄にするなと、表情で語られた気がした。
それを受けて僕の怒りがやや鎮まると同時に、審問官が宣言する。
「これにて全ての審問は終わったことにする」
唐突に閉会を告げて、審問官はさっさと教会に引き上げて行ってしまった。
突然の展開に、僕や村人たちがポカンとしていると、トランジェさんが取り残された助手の女性に言葉をかけて、審問官の後を追わせる。
これで終わりなのかと、尻切れな状況に、心にもやもやが残る。
けど、一応は僕の身の潔白が証明されたことに、安堵はしていたのだった。
審問があった次の日。
村人の誰も起きていないような早朝に、審問官たちが荷物をまとめて出て行ったらしい。
「まるで夜逃げだな。よほど、旅の神官さまに良い負かされたのが、堪えたと見える」
オーヴェイさんはにこやかに語りながら、僕に棒を突き出してくる。
防御対応はできるようになったが、まだまだ反撃にするまでには至らない。
この日も、散々打ち負かされて訓練を終えると、トランジェさんが現れた。
彼は司祭とオーヴェイさんと会話の最中に、あることを切り出してきた。
「明日にはこの村を出立したいと考えています。なのでその挨拶を、と思いまして」
唐突な言葉に驚いていると、トランジェさんの顔がこちらに向いた。
「あなたはこれから、どうするのですか?」
「もちろん、冒険者になりにいく――」
咄嗟に出た言葉に、警告するように、さっき打ち据えられた場所が痛んだ。
まるで、その実力はないと、体から言われているように感じた。
なので言葉を付け足すことにした。
「――と言いたいところですが、まだ少しこの村にいようと思っています。まだ剣の腕が低いと自覚させられました。もう少し上達するまで、衛兵のお手伝いをしながら、稽古を続けようと考えています」
「そうですか。頑張ってくださいね」
トランジェさんは胡散臭く見える微笑みを浮かべて言うと、立ち去って行った。
いつも思うが、彼は立派な人物なのに、あの笑顔のせいで損をしているような気がするな。
日をまたいで、翌朝。
トランジェさんは語った通りに、村から出て行ってしまった。
頼りになった人がいなくなり、村人は少し寂しそうにしている。
しかしそれは、日を追うごとに薄まり、十日もすればいつも通りのような感じにもどった。
僕は結局、一年ほどこの村に厄介になり、オーヴェイさんに剣の腕を上げてもらった。
その間に、ある村娘と仲良くなりかけたものの、トランジェさんに冒険者になると言った手前、手を出すことはしなかった。
このことで、彼女には泣かれてしまった。
「わたしより夢をとるっていうのね! いいわよ。好きにすれば!」
こうして喧嘩別れした僕は、トランジェさんが去ったとき似た天気の日に、村を出ることにした。
村に訪れる行商人の話では、聖都ではエセ邪神教が地下で幅を利かせ、各地の村の教会に不信感が生まれているとのこと。
どうやら、冒険者として生きやすい世の中になってきたらしい。
そんな時代なのだから、オーヴェイさんに鍛えられた、この腕を生かせるだろう。
未来が明るい気分のままに、僕は森の中を歩いていくのだった。




