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番外三 名もなきダークエルフの独白



 俺たち、ダークエルフは驕っていた。

 森中を流浪する生活を送っているのは、たまたま神の大戦を生き延びた神が、人間を優遇する神だったため、森に追いやられたからなのだと。

 そして卑劣な手で、人間がダークエルフから神と教義を奪い消したからだと。

 だからこそ、いつか現れるであろう邪神の遣い迎え入れ、ダークエルフの神を復活させてもらえたのなら、すぐにでも人間に恨みを晴らせられると。

 人間を殺し尽くし、ダークエルフが生物の頂点に返り咲くだと、軽く考えていた。

 集落を出ていたエヴァレットが、神遣いを連れてきたときも、彼を歓待している間も、そう考えていた。

 けどそれが大きな勘違いだと、すぐに知ることになるとは思わずに。


 ダークエルフの神が、あの神遣いの手で復活を果たし、俺たちは神の加護を得た。

 いままで、どこか空虚だった心の中が満たされていく。

 四肢に力が漲り、今なら空を飛ぶ鳥さえ、百発百中で撃ち落とせる気さえしてくる。

 この感覚は長老連中も同じだったのだろうな。

 本来の計画なら、もう少し油断させてからか、酔い潰した後で寝込みを襲う形で、あの神遣いを殺す予定だった。

 だが、力を得た実感からか、長老たちは命令をくだした。

 人間の神遣いには聞こえないように、小声でだ。


「例の物を、食事に混ぜよ。邪神の遣いとて、人間は信用ならん」


 ダークエルフに神を取り戻してくれた、いわば恩人に対する行動ではない。

 だが、神遣いが人間だったので、この判断は妥当だと、俺は思った。

 思ってしまった。

 これが重大な失策になるとは思わずにだ。

 長老の企みは、途中までは上手くいっていた。

 あの神遣いは疑いもせずに、毒が入った料理を口にした。

 やはり人間は馬鹿だと、せせら笑いそうになる顔を押しとどめる。

 だが、神遣いが致死量を食う前に、エヴァレットが取り上げてしまった。

 余計なことをした彼女に、祖父である長老の一人が殴って止める。

 エヴァレットは殴られた頬に手を当て、睨み返してきた。


「どうして! 神遣いさまを殺そうとするのですか!」

「この馬鹿孫め。すっかりとこの人間に誑かされおって。この、ダークエルフの面汚しめ!」


 長老の言葉は、そのまま俺が思ったことでもあった。

 この集落に誘い込むために体を差し出しでもして、その過程で情に絆されたのだろうと。

 しかしエヴァレッとの表情を見て、少しだけ疑問を持った。

 その顔は、まるで突進してきた大猪が目前にいるかのような、恐怖で固まった顔をしていたからだ。

 俺は嫌な予感がした。

 長老はエヴァレットと口論しているし、周りのダークエルフたちは話しを聞いて頷くばかり。

 なぜ神遣いを押さえている者も、殺そうとしていないのだろうか。

 今のうちに手を下しておくべきだろう。

 そう思い、実行に移そうとしたが、一歩遅かった。

 神遣いがあの独特な笑顔を浮かべ、くつくつと笑い始めていた。


「くくっ、くくくくくくっ……」

「長老さま! 毒が効いて――」

「誅打せよ」


 神遣いの口が動き手元が光ると、彼を押さえつけていたダークエルフが吹っ飛んだ。

 それを見て、他の者たちが押さえつけようと動く。

 だが、神遣いの手が発する光で、次々と打ち倒されてしまう。

 長老がエヴァレットの首に刃物を当ながら、止まれと脅す。

 しかし、神遣いは独特な笑顔のまま、飄々としている。

 それどころか、からかうように空中に指をさ迷わせながら、こう言い放った。


「お好きになさればいい」


 その表情は、エヴァレットの命などどうでもいいと思っていそうな顔だった。

 いや、違うな。

 あれは、エヴァレットを殺そうと殺すまいと、ダークエルフを滅ぼすと決心した顔だ。

 そう分かり、背筋がゾッとした。

 長老もそう気づいたのだろう、エヴァレットを盾にしながら、神遣いに刃物を突き出す。

 刃が腕に刺さり、俺は思わずやったと歓声を上げそうになる。

 だが次の瞬間、長老の蹴りで吹っ飛ばされた姿を見て、唇が凍り付いた。なにせ腕に刃物が刺さったまま、平然とした笑顔で反撃していたからだ。

 それこそ、あの程度の怪我など、かすり傷だと言いたげだった。

 未知の存在への恐怖で、身がすくみそうになる。

 だが、この大天幕には多数のダークエルフがいる。

 人数任せに囲んで叩けば、倒せないはずがない。

 そう意気を奮い立たせようとして、神遣いが邪悪な配下を呼び寄せたのを見て、失敗した。


「スケルトン、ゾンビ、ゴースト」


 神遣いの呼びかけに応じ、骨の怪物、腐った動く死体、半透明な布のようなものが現れる。

 それも、十体ずつだ。

 それらが俺たちに襲い掛かってきたので、神遣いを取り逃した後悔や、化け物どもに気味悪さを感じている時間はなかった。

 神の加護を手に入れ、強くなった体で戦い、倒していく。

 見た目だけは怖いが、大した相手ではない。

 戦っているダークエルフたちの顔が明るくなったことから、皆そう思ったんだろう。

 勝てるという確信を抱きながら、神遣いを追って大天幕の外へ出ると、新しい化け物が現れていた。

 なんど配下を呼ぼうと、無駄なことだと襲い掛かる。

 しかし俺の攻撃は、骨の怪物に受け止められてしまった。


「なっ!? さっきのやつらは、これで――ぐぼぉ!?」


 驚く俺の腹を、骨の手が殴った。

 背中に突き抜けるほどの衝撃に立っていられず、蹲りながら嘔吐してしまう。

 俺が地面に伏せている間に、他のダークエルフが、他の化け物の餌食になる。

 動く死体に噛まれて、首から血を噴きあげる者。薄布のような化け物に抱き着かれ、血の気と生気を失って倒れる者。

 次から次へと、目の前で同胞が死んでいく。

 だが俺は腹を強打された影響で、呼吸がままならなくて動けない。


「な、なぜだ。テントの外では、死者どもが強くなるというのか!?」


 長老がうろたえる言葉が聞こえたが、俺にはどうしようもできない。

 このまま殺し尽くされてしまうのだろうかと、諦めすら浮かんでくる。

 そのときだった、弱々しい声ながらも、必死な声が聞こえてきた。


「お待ち、くださいぃ……」


 目を向けると、枯れ枝のような四肢で這いずる最長老がいた。

 荒ぶり暴威を振るう神遣いに、あんな死にかけが、なにをする気なのだろうか。

 そんな俺の失礼な考えは、最長老が必死に頼み込む姿を見て消し飛んだ。


「どうかどうか、ダークエルフ全てを滅するのだけは、お止めください。我が命をもって、お願い申し上げます」


 自らの命を差し出してでも、ダークエルフという種を残そうと懇願する。

 神遣いは駄目だと突っぱね続けたが、やがて熱意に負けたのか、大きく譲歩してくれた。


「分かりました。ダークエルフたちは、三長老を自らの手で殺すこと。この集落にある全ての物を捨てて、裸一貫で森に去ること。これらの条件を飲んでくれるのでしたら、命ばかりは助けましょう」


 その言葉を受け、長老たちは反発した。

 最長老は無視し、今だ生きているダークエルフに声をかける。


「あの神遣いさまは、とても慈悲深きお方だ。我らの手で、この馬鹿どもを殺し、この集落にある全てを差し出せば、見逃してくれるとのこと。ついては、選ぶがいい。慈悲に縋って命を永らえ、苦境の果てに再起を望むか。それとも三長老に従い、この場で親兄弟子供ともに命果てるかを」


 そんなもの、考えるべくもない。

 ダークエルフが森の中を流浪していたのは、生き延びて再起を図るためだ。

 こんな場所で、特にならない名誉を守って死ぬ気はない。

 他のダークエルフたちも同じ思いだったのだろう。俺は痛みで動けなかったが、彼ら彼女たちは率先して長老たちを捕まえた。


「何をする、放せ!」

「我らを殺したところで、全ての物を失うんだぞ。どうやって生活する気だ!」

「止めろ! あの神遣いが、本当に約束を守るかわからんだろう!」

「このまま戦ったところで死ぬだけだ! なら生き残る可能性が少しでもある方を選ぶのは、当然だろうが!」


 生きぎたなく暴れる長老たちを、捕まえていた誰かが刃物で刺した。

 それを皮切りに、次々に凶刃が振り下ろされる。


「長老なら死ね! ダークエルフのために死ね!」

「判断を誤ったんだ、死ね! 死んで種を滅ぼしかけたことを、死んで祖に謝ってこい!」

「ぎぃあああああああああー!」


 こうして長老たちは死んだ。

 その後、最長老に告げられた通りに、俺たちは何も持たずに森の中に逃げた。



 化け物が後ろにいないか、ときどき振り向きながら、疾走していく。

 そして集落があった場所から十分に離れたところで、森の危険に対処するため、拾った石で刃物を作った。

 次に、集落に何かあったり、狩りで怪我をして動けなくなったときのために、各所に用意してある貯蔵場所に向かう。

 すでに数人きていて、土に埋めていた葉包みを掘り起こしていた。

 彼らの一人が包みを開け、俺に小さな木の器を投げてくる。

 受け取ってみると、それは怪我に効く薬草で作った軟膏だった。


「腹が痛々しいから、塗っておけ」


 言われて、俺は自分の腹に視線を向ける。

 黒い肌が盛り上がり、どこか青みかかっているように見える。

 ありがたく軟膏を使わせてもらうことにした。

 塗り広げると、腹の痛みがすっと引いていく気がした。

 その後、集った数人で食料を分け合い、逃げ走って減った腹を少し満たす。

 自然と、話題はダークエルフの将来についてのことになる。


「なあ、どうなると思うよ」

「とりあえず、森の中で散った同胞を集めるところからだな。この耳があれば、合流は容易いだろう」

「くひひっ。神の遣いとはいえ、やっぱり人間だな。詰めが甘い」


 一人が言った神遣いの評価を、俺は否定する。


「違うな。彼は結んだ約束を守っているんだ。最長老と長老たちの命、そして財産を差し出せば、俺たちのことは不問にするっていう約束をな」

「やけに肩を持つな。ダークエルフを窮状に追いやった奴だぞ」

「まあ落ち着け。どうしてそう思うんだ?」


 明確な理由はないが、判断材料としたものはある。


「俺たち、神の加護を失っていないよな。あの神遣いが約束を守る気がないのなら、どうしてだ?」 

「……そういえば、力を失っちゃいないな」

「そうだな。オレは狩人の力を授けてもらったが、今でも使えるようだな」


 狩人の力が残っている証拠を見せるように、小石を上に投げると、野鳥が一羽落ちてきた。

 貴重な食料だ。俺が手にある石の刃物で解体し、内臓の汚い部分を残し、それ以外を全員で分けて生で食べる。

 食べ終わった後で、俺は全員に言う。


「この耳を使ってすぐ集結することも、あの神遣いならわかっていたはずだ。なのに見逃してくれているんだ。だから遠慮なく、ダークエルフの集落をもう一度作り直すぞ」

「作り直すたって、建物や財産は全て失ってしまったのにか?」

「俺たちの祖先は、神の大戦やその後の弾圧で全てを失ったが、集落をつくってみせた。なら俺たちができない理由はないだろう」

「……それもそうだな。そうと決まれば、行動は早いに越したことはない」

「最初は貯蔵場所を巡って、同胞を集めるとするか。逃げた全員が無事だといいが」 


 方針は決まり、俺たちはダークエルフたちを集めて回った。

 その中で、武器がなくて野生動物に殺された同胞もいたが、運がなかったのだと諦めることしかできない。

 こうして生き延びた仲間を集め、道具や建物の復元を始めた。

 遅々としか進まない状況に、仲間の一人が危険を押して集落があった場所に向かったが、そこには何もなかったそうだ。

 残された物は一つもなく、焼き払われた形跡もないため、神遣いが全部持って行ったのだと判断した。


「あんな大量の物を、どうやって持って行ったんだろうな」

「もしかしたら、とてつもない力持ちなのかもしれない。長老の一人が、軽々と蹴で飛ばされていたし」 


 軽い冗談で笑い合うが、誰の顔にも、もしかしたらあり得るのではないかという思いが浮かんでいた。




 こうして神遣いに負け、すべてを失った俺たちは、あることを決めた。


『人間を決して侮らない』


 もっと慎重であれば、こんな窮地に陥らなかったという悔いからできた掟だ。

 だが、俺たちはダークエルフの神を取り戻してもいる。

 卑屈に森の中を逃げ隠れする気にもならなかった。

 だからだろうか。自然と定住地を決め、その近くに入ってくる人間を闇討ちで殺すようになった。

 決して侮らず、致死の機会をひたすら伺い、刃と塗った毒で殺す。

 死体は見つからないように、バラして森の中に撒いて、野獣の餌にする。

 大勢いた場合は、一人一人殺し、決して森の外に生き残りを出さないように工夫もした。

 そんな風に慎重を重ねる行動する中で、殺す機会を伺って監視していた人間たちの会話を聞く。

 ダークエルフの長い耳をもってすれば、奴らの小声など、大声で喋っているようなものだ。


「なあ、各地に起きている、復活した神の信徒たちの戦いがひと段落ついたって話、知っているか?」

「知っている。軍が乗り出して、制圧して回っているんだったな」

「いや、それがな。最新の情報だと、反乱者たちに軍が負けて、聖都が占拠されてしまったらしい。しかも、新たな国を作ることと、どんな神を祭ってもいいことを宣言したんだと。それで各地で蜂起した村や町は、新たな国の庇護をうけるれるべく、傘下に入ってしまったらしい」

「本当かよ。でもよくそんな話を知っているな?」

「そこはほれ、こうする場所にいる相手に聞いたのさ」


 下卑た笑みで腰を前後に動かす男に、会話をしていた相手は苦笑いしている。

 どういう意味かは理解できないが、事情通な情報源があるとは分かった。

 単にそれだけの話だったが、続けて聞き逃せない情報が飛び込んできた。


「ならよ、もう一つとっておきの話があるぜ」

「お前がベッドでどう楽しんでいるかなんて話なら、お断りだぜ?」

「違うって。なんでもその新しい国では、悪しき者の代表格のゴブリンが、住民として認められているんだそうだ」

「なんでまた、そんな珍妙なことになっているんだ?」

「聞いたところじゃ、きっかけは新たな国教と同じ神を祭る同士だからって話だな。そこから、他の神を祭るゴブリンも合流してきたんだと」

「はー。悪しき者たちが住民だなんて、その新しい国ってものは、理解し難い場所だな」

「それがどうも繁盛しているらしいぜ。ある教義では認められているからって、奴隷も大っぴらに許可されているらしいからな」

「ということは、ここでダークエルフを捕まえて持っていけば」

「そう、大金が転がり込んでくるってわけだ。その至近であっちで暮らせば、もっといい暮らしができるだろうよ」

「そいつはいい。この死の森で活動する励みになるってもんだ」


 がははッと笑う彼らを見ながら、俺は周囲に潜伏しているダークエルフたちに身振りする。

 色々と知っていそうな男だけは殺さず、情報を引き出すと。

 さて、拷問でもして色々と喋ってもらおう。

 悪しき者が暮らせるという新たな国なら、俺たちダークエルフとこの森も、国の一部と認めてもらおうじゃないか。

 可能性として、移住先としても申し分ないしな。

 もちろん、人間が作った国だ。そして、国教とやらがあの神遣いと同じ自由の神でもある。

 調子に乗ったり、侮ったりしないよう、努めて心がけることにしよう。

 何はともあれ、まずは情報だ。

 俺は仲間たちに身振りして、人間たちを殺し、拘束する命令を下したのだった。


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