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番外一 幸運なゴブリンの話

 我が名はトゥギャ。

 我はゴブリンの集落では少し頭が良いだけの、あまり珍しくもない個体だった。

 だが今では、偉大な自由の神の神官であらせられるトランジェさまに、手ずから祝福を賜る幸運を得たゴブリンだ。

 そして彼のお方に出会ってからは、幸運が続きに続いている。

 集落を追い出され向かった別の集落では、病が流行っていた。

 ほぼ全てのゴブリンが腹痛でろくに動けず、衰弱していた。

 看病してやりながら、我は日々自由の神に祈り、ある日病を癒す魔法を授かった。

 これは幸いだと、集落のゴブリンたちを魔法で一人ずつ治してやると、大変感謝された。


「命の恩人に敬意をこめ、新たな集落の長に収まっていただきたい!」

「きっとあなたこそ、我々が待ち望んでいた邪神の遣い様だ!」


 ゴブリンの言葉で熱狂するかれらを見て、思い浮かべたのはトランジェ様の姿だ。

 我はトランジェ様のように微笑みながら、彼らの要望に応えることにした。


「ではまず、君たちに我が神――自由の神の教えを授けるところから始めます」


 我が宣言に、ゴブリンたちは低頭して従った。



 新たな集落で、自由の神の布教が順調に進んだことも幸運だった。

 ゴブリンの多くは頭があまり良くない。だけど、自由の神の『自分の心のままに動け』という教義は、全てのゴブリンにとって理解しやすかった。

 腹が減ったら狩りに行き、眠くなったら寝て、気に入らないことは気に入らないと言い、理不尽には力で答える。

 こんな風に考え方が単純だからこそ、ゴブリンは自分がやりたいことがすぐわかるし実行できる。

 まさに、自由の神の僕になるべく生まれたような種族なので、教義が広まりやすかったのだ。

 もちろん、個々が自由に過ごせば、争い事も生まれる。


「トゥギャ神官! 聞いてください!」

「そいつより先に、まずこちらのことを聞いてください!」

「はいはい。順番に聞くから」


 連日に渡って集落のみんなが、大小さまざまな喧嘩の仲裁を我に頼んできたことは、辟易とされられた。

 とくに頭の悪いゴブリン同士の喧嘩の場合は最悪だ。そも、なんで争っていたかすら忘れてしまっていることが多いからだ。

 でも、あることに気づいてからは、この悩みから解放された。

 一通り話を聞いてから、こう告げればいい。


「喧嘩をして争うことが、少し前の君たちの求めたことだ。喧嘩が終わったいま、何がしたいのか心に問いかけるといい。それを君たちはやるべきだ」


 こうして考えを逸らす、たいていのゴブリンの争いは終わった。


「そうだ。喧嘩は終わった。なら腹が減ったから、食べ物探しにいく」

「オレも腹減った。なら一緒に狩りに行こう」

「よし、もう少し連れて行こう。良い狩場を教えてやるぞ」


 さっきまで争っていたのに、狩りに考えが移ると、すっかりと仲良い様子で出かけていく。

 こういう仲裁をしていたら、次第と喧嘩の後はすぐ仲直りするような風習ができた。

 これも幸運だった。

 日を追って仲裁する必要がなくなり、我はけが人や病人の手当て、そして自由の神へ祈ることに時間を使えるようになった。




 日々祈って暮らしていると、幸運にも、自由の神からゴブリンを信者にする魔法、そして新たな力を信者に与える魔法を授かった。

 喜び勇んで、常日頃よくしてくれているゴブリンに、この二つの魔法を使ってあげることにした。


「――ということで、あなたは真に信者となり、職業という新たな力を取り入れる権利を得たのです」

「ははー! ありがたく、真の信者、そして新たな力をお受けいたしますー」

「ついては、どんな力を求めるかを聞きたい」

「であれば、狩りに長じる力を頂きたく!」

「うむ。願いに応じ、あなたには狩人の力を授けましょう」


 魔法を使い、そのゴブリンを魔法で信者に、そして狩人にしてやった。

 我がトランジェ様に信者としてもらったときのように、不思議な力が湧く実感があるのだろう、大変に喜んでくれた。

 しかしながら、この二つの魔法を使うことは、我に大変な負担となった。

 二人に行えば体調が悪くなり、その日の残りは寝て過ごさねばならなくなるのだ。

 しかし、我は集落の病人や怪我人を見回るという仕事がある。だからこそ、一日にいちゴブリンが限界だった。

 だがその欠点を、我は逆手に取った。

 功績を上げり、狩りで大物を仕留めたり、我に深く奉仕するゴブリンを優先して、魔法をかけることにしたのだ。

 すると、集落の面々は切磋琢磨を始め、次第に各方面の技術が向上していった。

 これも、予想しなかった幸運だった。

 もっとも、自分の心のままに動けという教えに従う面々なので、自由気ままに過ごすゴブリンも少なくはなかった。

 そのゴブリンだって、遊びの方面で新たな発見をしたりすることもあったので、まったくの無駄という事もなかった。




 この集落にやってきてから、何十度も昼と夜が来て過ぎた。

 その頃に、他のゴブリン集落との交流が本格的に始まった。

 同時に、他の神の教えの流入も始まった。


「賎属の神のお陰で、こういう立派な道具が作れるようになった。崇めれば、お前らにもその力が手に入るぞ!」 

「狩猟の神を祭れば、日々の食料に困ることはなくなる。そして狩りの腕も上がるぞ!」

「蛮種の神こそが、ゴブリンに適した神だ。ゴブリンだからこそ祭らねばならないのだ!」

「業喰の神、信じる! 食べる、強くなる!」


 様々な教えが旅人と共にやってきて、ゴブリンたちは混乱に包まれた。

 とあるゴブリンの集落では、自分が崇める神が本当に適した神なのか激論になっていると噂に聞いた。

 だが、我が集落のゴブリンたちは、混乱することはなかった。


「自由の神さまは、やりたいようにやれと言っている。だから、一つの神だけ信じなくたっていい」

「自由の神さまを信じながら、他の神のことも信じればいい」

「ギギッ。いいとこどりが、一番かしこい」


 こうした柔軟な発想が、我が集落のゴブリンたちができたことには、実は理由がある。

 それは、我が他の神を信じるゴブリンたちが伝えることに、対策を立てたからだ。

 あの集落のゴブリンは道具を作れると聞けば、手ずから石の道具を作ってみせた。

 狩りの腕が上がると旅人が言ったこと聞けば、集落で一番の狩人と競わせてみせる。

 ゴブリンに適しているのは自由の神であると説き、食べれば強くなることは当然であると教える。

 そうやって、入ってくる他の神の教えが、大したことじゃないと分からせてやったのだ。

 この仕込みのお陰で、我が集落のゴブリンたちは、自由の神こそがゴブリンが一番に崇めるべき神だと認識を得たわけだった。

 そしてここで、自由の神の教えが単純だったことが、我に幸運をもたらした。

 ただ一つしかない分かりやすい教えだからこそ、他の集落に伝わる速度が一番に早かったらしいのだ。

 そして、我が集落のゴブリンたちが盛んに主張する、『自由の神を崇めていても、他の神を祭ったっていい』という考えも普及していった。

 その結果、隠れて自由の神を祭るゴブリンが増えてきたと聞いた。

 伝えてくれたのは、集落を追い出されたゴブリンたちからなので、信憑性は高かった。

 その話を聞いて、我はすぐに動いた。

 ゴブリンの旅人に、自由の神を祭りたいという移住者を受け入れると発表したのだ。

 すると、幸運なことに多くのゴブリンがやってきた。

 彼らを受け入れて、集落は活気づいた。

 新しいゴブリンたちは、新しい道具作りの方法や、狩りの罠の作り方、そして戦い方を伝えてくれたからだ。

 そして新顔たちに恋心が刺激され、番になる者が増えて、子供が生まれたのだ。

 嬉しいことが続き、我は幸運を感じていた。




 勢いが増す我が集落に比べ、他の集落たちは違う神を祭るからと、争いになりかけていた。

 特に、業喰の神を崇めたゴブリンたちは、他の集落の狩場を荒らしまわったことから、標的にされていた。

 多くの集落が、業喰ゴブリンを追い出そうと画策していく。

 その企みを知ったのか、彼らは一足先に集落を、ニンゲンのいる平原近くへと移した。

 これで平和になると思っていたが、そうはならなかった。

 業喰ゴブリンが、ニンゲンに悪さをしたようで、戦人いくさひとが森に分け入ってきたのだ。

 このとき、ゴブリンの集落の間で、対応が分かれた。

 賎属の神と蛮種の集落は、今こそニンゲンを倒すときと、業喰ゴブリンに武器の援助を始めた。

 狩猟の神の集落は、ニンゲンが狩場にやってきたら倒すと決めた。

 その決定を知って、我は鼻で笑ってしまった。

 ニンゲンを甘く見過ぎていると。

 我は知っている。ニンゲンには、偉大なトランジェ様のような強い者がいることをだ。

 それは、我らゴブリンが長年神を失っていたことからも、実証されていることだ。


「ここでニンゲンと争うと、ゴブリンは狩り尽くされてしまうであろう!」


 我はそう他の集落にも説いて回り、ゴブリンとニンゲンとの共存――いや、耳を傾けてくれた者だけでも生き延びさせようと、必死に動いていった。

 しかし、それは叶わなかった。

 業喰ゴブリンとニンゲンの戦人とが、大々的な戦をしてしまったのだ。

 そして怪我を負って去ろうとしたニンゲンに、狩猟の神を信じるゴブリンが襲い掛かったとも聞いた。

 我が幸運もついに尽きかけているのだと思い、最後の幸運を賭けようと、博打に打って出た。

 自由の神を信じる者たちを集め、ニンゲンの戦人に交渉しにいくことにしたのだ。


「トゥギャ神官。大丈夫でしょうか」

「ニンゲンは怖いって聞く。話し合いにならずに、死ぬんじゃないか?」

「大丈夫だ。この色の布を掲げれば、攻撃してこないと言い伝えがあるんだ」


 か細い理を唱えて皆を納得させ、我は森の際に集落を作ったニンゲンたちと交渉に向かった。

 ここで命が費える覚悟をしていったが、それは無用だったとすぐに分かった。

 なにせ、偉大なトランジェさまが、なぜかニンゲンの集落にいらっしゃったのだ。

 おお、これぞ自由の神の助けだ! まだ我が幸運は続いているのだ!

 そう確信を抱き交渉すれば、あれよあれよという間に、ニンゲンの集落は我が者となった。

 なにが起きたかよくわかっていなかったが、トランジェ様が良くしてくれたとだけは理解していた。

 だが、自由の神を信じるゴブリンたちは、我が手柄だと誤解してしまった。


「流石は、トゥギャ神官だ! こんな立派な集落を、ニンゲンから渡された!」

「トゥギャ神官が言ったように、ニンゲンと共存することこそ、ゴブリンが生き残る道なんだ!」

「「トゥギャ神官! トゥギャ神官!」」


 ゴブリンの言葉で喝采を上げる彼らを見て、我は勘違いを正すかどうか悩んだ。

 そのときふと、トランジェ様の微笑まれたお顔が思い浮かんだ。


『この状況を利用してゴブリンを治め、後の繁栄の礎とせよ』


 そう仰られたように、我には感じられた。

 それならばと、我は『ニンゲンから集落をもぎ取ったゴブリン』として、ここを拠点に森にいるゴブリンたちと交渉を重ねる決意をしたわけだった。




 幸運なことに、業喰と狩猟ゴブリンがニンゲンの戦人から大打撃を受けたいま、我が交渉は上手くいっている。

 自由の神は他の神も許容すると知り、なびくゴブリンが多くなってきたのだ。

 しかし賎属の神を祭るゴブリンたち――特にギャルギャギャン長老が、強硬に反対の立場を貫いているので、壁に当たっている。

 ニンゲンたちも大戦おおいくさをしていると噂に聞こえているので、うかうかはしていられないな。

 そう気分を引き締めたとき、一匹のゴブリンが走って近寄ってきた。


「トゥギャ神官! 馬車です! ニンゲンが乗った馬車が来ます!」

「落ち着きなさい。馬車の数は? 人数は? ニンゲンの特徴は?」

「馬車は一つです。人数はよくわかりません。馬車に座るニンゲンは、黒い肌のヒトと、黒くてゆったりした服を着たヒトがいました」

「黒い肌のヒト、そしてゆったりとした服……まさか?!」


 急いで集落の際にある柵まで移動し、やってくる馬車を見る。

 おお! 御者台に座っておられるのは、やはりトランジェ様ではないか!! お供のダークエルフである、エヴァレットもいらしゃる!

 我が困難な状況を見計らったかのようなご登場。まだまだ我が幸運は尽きていないようだ!

 喜び勇んで、周囲のゴブリンに命令を下す。


「我が師と呼べるお方のお着きだ。歓迎の準備を!」

「「はい! 宴会だ! 宴会を用意しろ!!」」


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