百九十九話 賑々しく気ままに、自由(邪)神官の旅は続く
街中を縄を手に引き回され、最終的には突き放されるようにして、俺は聖都から身一つで放免された。
「聖女さま、そして新王さまの慈悲に感謝しろ!」
「この裏切り者め! 聖都の中で見かけたら、新国軍に突きだしてやるからな!」
住民からそんな非難を浴びながら、俺は腕に縄があるまま、とぼとぼとした演技で街道を歩いていく。
少しして、聖都から大きな歓声が聞こえてきた。
きっと、俺がやるように伝えていた、新国を祝う祭りが執り行われているに違いない。
俺という裏切り者を処断する姿の後で、タダで食料と酒をふるまう気風の良さを見せて、ビッソンの求心力を高める狙いだ。
それにしても、祭りではしゃぐ声が離れたここまで聞こえると、ちょっとうらやましく感じてしまう。
そして、こう可能性を考えてしまう。
俺が本当に裏切っていて、そして本物の断罪を経て背中に大怪我を負い、結果として追放刑に処された邪神官だったらどう思うかだ。
――ふっふっふっ。いまは騒ぎ浮かれているがいい。この背中の傷が癒え、人々が我が顔を忘れるほどの雌伏の時を経た後に復讐しに戻ってくるであろう。そのときになって、わが命を奪わずにいたことを公開させて殺してやるぞ!
なーんって感じかな?
そう恨みがましく言う俺の姿を思い描き、思わず笑ってしまった。
「あははっ。私には似合いませんね」
そうそう。トランジェはうさんくさい笑みを浮かべ、飄々と引っ掻き回す設定だ。
復讐に凝り固まるだなんて、キャラじゃないよな。
さてさて、背中の傷を魔法で治して、じゃまっけな腕の縄を斬り解こうかな。
ステータス画面を呼び出そうとして、途中で手を止める。
いや、ここじゃ誰が見ているか分からないな。もう少し先――エヴァレットたちが待つ場所まで、このままでいくとしよう。
エヴァレットとスカリシアの耳なら、周囲に誰もいないことは確かめられるしな。
けど、待ち合わせ場所は、まだ歩いて小一時間ぐらい離れているんだよなぁ……。あと、俺が街を引き回されているとき見かけたけど、ちゃんと待ち合わせ場所にいるよな?
ちょっと不安に思いつつ、俺は一歩一歩前へと進んでいった。
あと少しで待ち合わせ場所というところで、俺の後ろから馬車が走ってくる音が聞こえてきた。
振り向くと、聖都からこちらへと、爆走してくる姿が見える。
俺は訝しく思いながら、道を譲るために脇に避けた。
けど、それは無意味だった。
なぜなら、馬車は俺の横で止まったからだ。
そして、馬車に乗っている人物たち――粗末な鎧と武器を身に着けた人たちを見て、用向きを理解する。
彼らは馬車から降りてくると、手にした武器をこちらに向けてきた。
「この裏切り者め! ビッソン新王は許しても、オレたちは我慢ならねえ!」
「お前のせいで、死ななくていい奴が死んだんだ。同郷の友だって、その一人だ!」
その言葉から分かるように、彼らはビッソンと共に戦った、反乱者の誰かだ。
改めて数えると――七人か。
困った事態に頭を掻こうとして、腕が縄で縛られているんだったと気付いた。
仕方ないなと手を下ろし、うさんくさい笑みを浮かべて、彼らに声をかけることにした。
「話は分かりましたが、文句を言いにわざわざここまで来たのですか? 聖都では祭りが行われているようですが、参加しなくていいのですか?」
「お前は、いつもいつでもそんな調子なのか!」
「そうやって、裏でオレたちを裏切る算段を考えていたんだろうな!」
うむむっ。なぜか激昂していて、話にならないな。
――うぉおっと。剣を振ってきたよ。危ないなぁ。
「何をするんですか。斬られたら怪我をするじゃないですか」
「裏切ったことを少しでも悪いと思うのなら、避けずに殺されろ!」
斬られるなんて嫌なので、七人から逃げながら反論する。
「無茶なことを言いますね。私の罪は、背中に棒叩きを受けて、街中を引きずり回されて、こうして追放されることで贖われたはずですよ」
「そんな罰で、お前の罪が消えるものか!」
「おや。ビッソン新王の決定が不服なのですか? ならそれを言うのは私ではなく、新王に直接どうぞ」
「そんなことできるか! できないからこそ、こうしてお前を消しにきたんだからな!」
「全く、こんな調子で次から次に命を狙われたら、たまったものじゃないんですけどねぇ」
「安心しろ。お前はここで死ぬ運命なんだからな!」
「そんな運命は嫌ですね。はぁ、仕方がない」
俺はステータス画面を呼び出し、アイテム欄からナイフをタップして出現させる。
剥き身の状態で現れたナイフの柄を操り、手首に巻き付く縄を斬り解いた。
同時に、ワザと追いつかれるようにしむけて、男たちの一人に近づかせる。
「追いついたぞ、食らえ!」
「攻撃を当てられるのは、こちらも同じですよ」
こちらから体当たりしながら、男の喉元にナイフを突き入れた。
眼前の顔が、なぜという顔になり、首と口から血が流れ落ち始める。
俺はナイフを手放すと、死にかけの男を蹴って、別の一人にぶつけた。
そして自由になった手を、また違う一人に向ける。
「自由の神よ!」
魔法の呪文の冒頭を叫ぶと、男たちは俺から距離をとり、警戒する目になる。
反乱者として共に戦ってきたから、俺の魔法の怖さをしっている。だからこそ警戒すると思ったよ。
俺はほくそ笑みながら、呪文の続きを口にする。
「戦いのために堅牢の加護を、我が身にある装備に与えたまえ!」
高らかに声を上げると、彼らではなく、俺の足元に白い円が現れた。
その円から光る粒が出現して巻き上がり、俺の衣服や靴に入り込んでいく。
呪文の文字面と、この光景を見てわかる通りに、俺の使った魔法は攻撃のためのものじゃない。衣服や鎧の防御力を上げる補助魔法だ。
なにせ前の戦いで大怪我を負って、防御力を上げる魔法は初手に必須だって、身に染みて学んだからね。
さて、俺が何の魔法を使ったか分かっていない男たちを他所に、出しっぱなしのステータス画面を操作する。
使い慣れた仕込み刃入りの杖を呼び出し、手に握る。
「こうなれば、貴方たちを生かして返すわけにはいきません。殺した後で、間抜けにも野獣に食われたように見えるよう偽装してあげますよ」
すらっと仕込み刃を抜くと、男たちはハッとしたように身構え直してきた。
けど、それは意味のないことなんだよね。
俺は防御を捨てたかのように、男たちに突撃する。
「このおおおおお!」
一人が振るってきた剣を、あえて体で受けつつ、こちらも刃を突き出す。
男の剣は俺のローブに阻まれ、俺の刃は男の汚れた皮鎧の胸元を貫通していた。
「ぐぶっ――」
信じられないという表情で、男は口から血を吐いた。
心臓を狙ったのに、肺を刺してしまったのかもしれないな。
俺は刃を抜きつつ、別の男の攻撃を仕込み刃がなくなった杖で防ぐ。
共に金属製だが、状態が悪い男の剣が、打ち合った衝撃で折れてしまっていた。
呆気にとられている顔に、俺は刃の先を突き立てる。
さて、これで残りは四人だな。
あっという間に三人倒されたことで、男たちは警戒度を上げたようだ。
四人揃って、一斉に俺を襲ってきた。
明らかに、一人二人殺されても残りが殺すことができればいい、って感じに思っている動きだ。
でもその剣じゃ、補助魔法がかかったローブは抜けないんだよなぁ。
俺が余裕をもって対処しようとすると、一人の頭に矢が生えていた。
「はへぇ? ――」
射抜かれた本人が不思議そうにしながら、前に倒れた。
不可解な状況に、男たちの連携が崩れる。
その隙を見逃さずに、俺はまた一人、刃の餌食にしてやった。
二人になった男たちは、俺に悪態を吐いてきた。
「くそ神官め! オレたちが襲ってくると見越して――かかは」
「お前の仲間は、神官ばっかりだろ。弓矢を使える人なんて――こはっ」
頭に矢が刺さり、二人は死体となった。
途中で言葉が切れてしまっていたが、死出の土産に教えてやることにした。
「予想の一つとして、襲撃者がくることは見越していましたよ。そして戦争と言えど、こちらの手の内の全てを、見も知らない多くの人に明かすはずがないじゃないですか」
言い終わると、近くの草むらがガサガサと揺れる音がした。
俺は警戒感なく、そちらに顔を向ける。
予想通りに、エヴァレットが弓を持って現れた。
「助けに入るのが遅れて、申し訳ありませんでした」
「いえいえ。こちらに悟られないよう、草むらの中を移動してきたんですから、早い方ですよ」
受け答えしていると、道の先から馬車がくる音が聞こえてくる。
見れば、ピンスレットとスカリシア、そしてアフルンの姿があった。
俺は無事だと知らせるように、彼女たちに手を振ってみせる。
その後で、傍らのエヴァレットに声をかけた。
「周囲に、人がいる様子はありますか?」
「呼吸音や衣擦れの音がないので、いないと判断するのが妥当かと思います」
「でしたら、この七人の死体を獣に襲われたように偽装してから、彼らが乗ってきた馬車に積みます――」
「そして、道なき道を進ませて、発見を遅らせるのですね。かしこまりました」
俺が言いそうなことは、もう分かっているとばかりに、エヴァレットは作業に入った。
そして一通りの偽装作業と処置が終わると、俺はピンスレットたちが乗ってきた馬車に乗り、聖都から素早く離れることにした。
馬車の中で一息つこうとして、ピンスレットが服を引っ張ってきた。
「ご主人さま。お召し物を取り換えましょう。偽装だと分かっていても、その姿は見るに痛々しいです」
「ああ、そうですね。では回復魔法をかけてから、包帯を解いて、新しいローブに――」
言葉の途中で、エヴァレットとピンスレット、そしてアフルンに押し倒されてしまった。
目を白黒させていると、三人が蠱惑な笑みを浮かべる。
「凄く心配しました。なので、無事だと分からせてください」
「そうですよ、ご主人さま。棒で叩かれる姿を見て、心が寒くなる思いをしました。温めてください」
「わたしは、叩かれている姿が魅力的に見えたわぁ。だから、虐めたくなっちゃったぁ」
三人が何を求めているか理解して、助けを求めるように、御者台にいるスカリシアに視線を向ける。
「ご心配なさらなくても、私は後でよろしいですよ。待たされた分、たっぷりと愛してくださればそれで」
にっこりと笑い返されて、俺は孤立無援だと悟った。
こうなればと腹を決め、馬車が揺れに揺れるほど、相手をしてやろうと決意した。
実際に行動に移す直前、なんとなくこれから先にこの世界で送る人生も、自由気ままな調子で進むんじゃないかって気がした。
この予感が、俺の単なる願望なのか、それとも自由の神のお告げなのかはわからない。
とりあえずは、蹂躙して来ようとする女性三人を、蹂躙し返すことに邁進することに邁進することにして、他のことは後で考えることに決めたのだった。
あまり終わりっぽくないですけど、これにて本編は終わりという形になります。
宗教戦争をしましたし、国も作りましたし、国教が自由神になりましたので、これ以上続けても過去の焼き増しに似た状況にしかならないという判断からです。
ですが!
これから、一週間に一度ぐらいの頻度で、番外編や後日談みたいな話を展開をしていきたいと思っております。
ですのでもう少々、自由(邪)神官のお話にお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。




