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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
六章 復活再臨、そして布教編
197/225

百九十八話 断罪シーンは、演じてみたかった場面です

 聖都を制圧して二日後。

 ビッソンは人々を集めて、演説を行っていた。


「――このようにいま、多数の神が治める世となった。にも拘らず、聖大神の上層部および国軍は、他の神を信じる者を邪教と断じて、弾圧をおこなってきたのである。諸君らの中にも、覚えがある者もいるだろう!」


 俺が教えた演説術で、聴衆を身振りと声で引き込みながら、ビッソンは人々に刷り込んでいく。


「奴らは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのことを思って弾圧をやったのではない。奴らの手にある権力と権益が失われることを恐れて、自己保身のためだけに行ったのだ。いやそれだけではない――」


 前の国の上層部がいかに愚かで救いがたい存在だったのかを。

 国の運営にかかわる者や、高位の神官たちは私腹を肥やすことに明け暮れ、国を運営する真心を見失った者だと。


「――そんな奴らでは、これからの時代は乗り越えられないと、ここで断言しよう。そう思えばこそ、我々は真義のもとに立ち上がり、こうして新しい国を作るまでに至ったのだと!」


 代わりに、自分たちほど正当な理由があり、実直に国のことを憂いた人はいないと理解させていく。

 そんな光景を、俺は手に縄をかけられた状態で、天幕の中で見ていた。

 横には、質素な作りながら輝くほど白い上等な神官服を来たバークリステがいる。後ろには、俺の手に繋がる縄を持つ、遠征軍から名を新国軍と改めた軍の長になった、マニワエドが立っている

 二人とも、ビッソンの演説を聞かずに、沈んだ顔をこちらに向けてきている。

 そして、たまらずという雰囲気で、バークリステが質問をしてきた。


「本当に、トランジェさまが断罪されねばならないんですか?」

「またその話ですか。何度も言いましたが、国軍は私が偽の情報を流していたことを逆手に取り、重臣の中に裏切り者がいると必ず断罪して、治世を揺るがせようとしてきます。その前にビッソン新王自らが、裏切り者を断罪してみせ、正しさを証明しないといけないのですよ」

「それは、重々承知していますが……」


 バークリステは納得し難いという表情になった。

 言葉を引き継ぐように、次はマニワエドが喋ってくる。


「替え玉に罪を負わせて、ご自身は国教の長に収まることはできないのですか?」

「こらこら、軍の長が犯罪行為を示準したら駄目じゃないですか。それに、嘘や偽りはいつかバレるものです。そうならないためにも、ここで私が罪を負うのは必要なことなのです」


 そう。エセ神官とバレるとまずいので、俺は表舞台から消えるべき存在なのだ。

 というか権力なんてあっても、重い責任がついてきて邪魔なだけだ。

 そんな負債を強制的に負わせられる国の運営の柱になるなんて、まっぴらご免だ。

 俺は自由神の神官なのだから、わがままに暮らしていきたい!

 といった本音は隠しつつ、俺は二人に微笑みかける。


「バークリステは真っ当な聖女として、マニワエドは不正を許さない軍の長として、新国を支えるに足る能力をお持ちです。一方で私は、民草に説法はできても、国を導くことはどできない無能者です。だからこそ最後の大舞台として、この場で華々しく役目を終えたい。そう思うことは悪いことですか?」


 そう問いかけると、二人とも黙り込んでしまった。口を引き結んで、何かを堪えるような顔だ。

 うむむっ、ちょっとお涙頂戴に話を傾け過ぎたか。

 バランスを取るため軽口を言おうとして、その前にビッソンの演説の声が聞こえてきた。


「――故に、我は正しさと人の信念を尊んでいる。そして誇りや信念なく、自己保身に走る者を嫌悪している。たとえば、このような者は、大の嫌いだと言っていい!」

「ほら、行きますよ」


 ビッソンの合図に、俺は後ろから押されたような仕草で、天幕から出てく。

 一歩外に出ると、俺は肩を落として顔から覇気を消す。そして犯罪者のように、人の目を恐れるようなビクビクした態度で前に進む。

 少し遅れて、バークリステは毅然とした態度で、マニワエドは頑なな表情で横に来た。

 その状態で、俺たちはビッソンが演説していた檀上に上がる。

 上がりきったところで、俺は卑屈な態度でビッソンに駆け寄っていく。


「ビッソン新王さま、これは何かの間違い――うべっ?!」


 腕に巻かれた縄の尾が伸びきった感触を得てから、俺はつんのめって転ぶ振りをした。

 そして芋虫のように這いながら、媚びを売るような声色で、ビッソンに喋りかける。


「ビッソン新王さま。なぜ、なぜ私を捕らえるよう命じられたのですかぁ。こんな扱いをされる覚えは――」

「ないとでも言いたいのか! この痴れ者が!」


 こちらの言葉を遮るように、ビッソンは大声を上げる。

 俺は委縮したように身を縮ませて、ダンゴムシのように丸くなった。

 しかしそれを許さないとばかりに、こんどはマニワエドが俺を無理やり立たせて、民衆の前へと引きずっていく。

 そして困惑している民衆に、俺の罪状を語って聞かせる。


「この者は、ビッソン新王さまの覚えめでたき神官であった。しかしこのたび、先の戦いの中で国軍と通じていたという証拠が発見された。その中には、ビッソン新王さまを裏切る代わりに、自分の身は保証してほしいという宣誓書が入っていたのだ!」


 マニワエドの言葉に、民衆がざわめき始めた。

 それを見て、俺は内心ではしめしめと思いつつ、表面上は大慌てで否定をする。


「それは違います! あれは国軍を惑わす、偽書の計という作戦だったのです! 私のこの働きがあったからこそ、反乱軍は国軍に打ち勝ったと言っても過言ではありません!」


 俺の必死に聞こえる声に、ビッソンは冷たい目で見下ろしてくる。


「ほう。そんな策を講じていたとは、初耳だ。だが変な話だな。総指揮官たる我が、なぜ知らないのだろうな?」


 的を得た質問に焦る演技で、俺は視線をさ迷わせながら言葉を紡ぐ。


「そ、それは、誰かに知られて、国軍に情報が流れたら、この策が水泡に帰すからでして」

「ほほぅ。お前は我が、国軍に通じている裏切り者だと言いたいのだな?」

「ち、違います! そうではなく!」

「もういい、見苦しいわ!」


 ビッソンが放った蹴りを、俺はわざと受ける。

 あまりに弱い蹴りだったので吹っ飛ぶ演技が必要になった。


「ぐあっ。な、なにをなさるのですか……」

「裏切り者には罰が必要だ。新国軍の長、マニワエド!」


 呼びかけに、マニワエドが堂々とした態度で前に出る。


「ハッ! 新王ビッソンさま、なんなりとお命じを!」

「いまだ国法が定まらないこの時期だが、早急にこの者を処罰したい。いい案はないか!」

「では、古来より変更すくなき、戦時法を適用なさればよいかと」

「その戦時法なるものでは、この者の処罰はどうなるのか!」

「内通者は死刑が常道です。なのでそうなさるがよいかと」


 死刑との声に、民衆たちがざわめく。

 その混乱を見取ったようなタイミングで、バークリステが前に出て声を上げる。


「お待ちください、お二方。この彼は確かに罪を犯したのかもしれません。ですが、彼に怪我を治してもらった人の数は、十や二十ではききません。それほどよく尽くす神官であったことも、また事実です!」

「何が言いたいのだ。聖大神の下で『動く骨を滅した聖女』と名高いそなたが、まさか助命を嘆願するとは言わぬよな?」


 ビッソンの説明口調の言葉を受けて、バークリステの噂を知っているらしい人々から、あの女性がという声が漏れる。

 俺は蹴り倒された状態のまま、意外と知られていたんだなって感心していた。

 その間にも、バークリステはビッソンに真正面から言葉を吐きかけていく。


「その通りです。功績大な者なのに死罪とは、なんとも惨い仕打ちではございませんか!」


 バークリステの訴えに、民衆の空気が二分されたように見えた。

 ビッソンはその空気を読んで――いるように見える演技をして――から、困ったような口調で語り始める。


「まさに聖女と冠されるに相応しい、慈愛の心の持ち主だと感心する。その心に免じ、この裏切り者の今までの功績のはく奪と引き換えに、死罪は撤回するとしよう」


 そう言ってから、ビッソンはまた雰囲気を頑ななものに変える。


「だが罰は受けてもらわねばならない。それも、他の者が見て裏切り者にはなるまいと心に決めるような、見せしめになるようなものをだ!」


 その台詞を合図に、俺はもう一度ビッソンの足元に行き、縋り付く。


「お許しを、お許しを新王さま! 惨たらしい罰など、受けたくはありません!」

「ええい、聖女と違い、お前は見苦しい! いっそ、本当に死罪にしてくれようか!!」

「お許しを、死罪だけはおゆるしをおお!!」

「なら、黙っていろ!」


 俺は悲観するように顔を手で覆い隠して、また体を丸める。

 この体勢を見て、ビッソンは思いついた演技をする。もちろん俺からは見えないので、そういう仕草をすると台本ではなっている。


「決めたぞ。棒打ち五十回、その後に街中を引き回し、聖都から永久追放とする。この罰をみれば、誰もが裏切り者にはなるまいと思うだろう!」


 その決定を聞いて、俺は体を上げて、茫然とする態度を演じる。

 そして手足を屈強そうな兵士二人に掴まれたところで、大騒ぎをする。


「棒打ち五十と引き回しだなんて! そして追放だなんて、嫌だああああ!!」


 ノリノリで演技をしていると、俺を掴む兵士の顔が歪んだ。

 よく見ると、遠征軍で大怪我を治した覚えのある二人だった。

 なんだか悪いことをしている気になっていると、マニワエドにバシッと背中を叩かれてしまっていた。

 はっとして、一瞬遅れで悲鳴を上げる。


「――うぎゃああああ! 痛い、痛いいいいい!!」

「残り四十九回。終わるころには悲鳴も上げられなくなる。今のうちにせいぜい大声をだすことだッ!」

「ぐぎいいいぃぃぃいぃ!!」


 って演技で叫んでいることから分かるように、実はそんなに痛くなかったりする。

 ゲームキャラから転じたトランジェの肉体が屈強ということもあるけど、マニワエドが竹刀に構造が似た音が大きく出る演劇の棒を使っているからでもある。

 もちろん、そんな棒で叩かれていると、民衆にバレるとまずい。

 そのため、背中がズタボロになっていくように見えるように、俺がいま来ているローブと上のインナーは薄い素材でできていて、棒に叩かれるたびに破れるように作ってある。

 そして大して痛くない棒でも大人に殴られれば、こちらの背中だって多少の怪我を負う。

 マニワエドが五十回棒を振り終わる頃には、服の背中は破け、除く素肌は真っ赤になっているはずだ。

 俺からでは確認できないので、もしそうじゃなかったときのために、バークリステに一つ頼みごとをしてある。


「これで五十回だ!」

「ぐううぅぅぅぅ――」


 痛みに叫び疲れてぐったいする演技をすると、バークリステが近寄ってきて、俺の背中に覆いかぶさる。


「もう棒打ちは終わりです。これ以上痛めつけることは、許しません!」


 毅然とした態度で俺をかばうが、これは民衆に俺の背中を見せないための演技だ。

 どうやら俺の背中は、あの棒ではあまり傷つかなかったようだ。

 さらにバークリステの演技は続く。


「治療をさせてください。このままでは、彼は立ち上がることすら困難です!」


 悲痛な声を受けて、ビッソンは情を少し取り戻したような顔になる。


「街を回らせなければならないからな、それはまずい。だが、回復魔法での治療では、傷が一瞬で治ってしまう。それでは罰にはならないな!」

「分かりました、回復魔法は使わず、軟膏と包帯だけにとどめます。街中を引き回される彼の包帯に血がにじむ姿を見れば、見せしめには十分でございましょう!」


 バークリステが慈愛から発する演技の声で、ビッソンを糾弾するように言い捨てる。

 その後で、俺に肩を貸して引きずるようにして、出てきた天幕に引き上げた。

 出入り口の幕を下ろすと、俺の服を脱がして、包帯を巻き始める。


「バークリステ。分かっていると思いますが」

「はい。家畜の血を吸わせた綿を、包帯と背の間に置いてあります。街中を歩く間に、じわじわと赤色が包帯に広がることでしょう」


 指示通りの手際に関心しつつ、俺はバークリステに本心からの声をかける。


「国教の長の立場を押し付ける形になってしまい、申し訳ありません。慰めではありませんが、バークリステなら立派に果たせると、私は信じていますよ」


 後ろめたさからの発言ではあるけど、俺よりもバークリステが適任だと本当に思っている。

 そんなこちらの心を見透かしているかのように、彼女は微笑んでくれた。


「ご安心してお任せください。それに、邪神の残滓に囚われし子――いえ、先祖返りの子供たちを救うという、わたしの『心からの目的』のためには、国教の長の立場は願ったり叶ったりですので」

「そう言ってくれると助かります。そうそう、ジャッコウの特徴を持つ子を見つけた場合ですが」

「分かっています。ジャッコウの里とやらまで、連れて行けばいいのですよね。住む場所が限定されている獣人を調べればいいので、発見は楽に行えることでしょう」

「頼みましたよ」


 言うべき事は終わったので、俺はステータス画面を呼び出し、ローブを交換する。

 先ほどとは違い、事前に背中の部分を殴り破った、厚手のローブだ。

 これを着れば、もしも街中を巡るさいに民衆の誰かが俺の服を触っても、断罪が芝居だと疑いをもたれる可能性はなくなる。

 着替え終わった俺は、傷む背中をかばう演技をしながら、天幕の外へと出る。

 そして、マニワエドと新国軍の兵士に周りを囲まれながら、俺は街中を歩き回っていった。

 ときどき、こちらを心配そうに観察する、エヴァレット、スカリシア、ピンスレット、アフルンの姿が、民衆の向こうに見えた。演技だと知っているはずなのにと、苦笑いを堪えるのが大変だった。

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