百九十七話 聖都は、新たな国の王都となりました
反乱者たちは、もぬけの殻になった国軍の陣地を抜けて、聖都ジャイティスへと進む。
念のために、襲撃がないか警戒しながら進んでいるが、可能な限り早く進軍する必要がある。
変に時間をかけると、正確な情報を手にした国軍が、戻ってくるかもしれないしね。
さて、無事に聖都に入った俺の目には、なかなかすごい光景が映っていた。
戦時中の街のように、店や人家の扉や窓は締め切られていて、道には人っ子一人いない。
少し進んで中央部近くにいくと、燃え落ちた宗教施設が目に入る。
さらに聖大神教徒の総本部建物へ行くと、戦いの跡と死体がたくさんあった。
そこには邪神教徒らしき人たちがいて、片付けもせずに酒盛りをしていた。
「大手を振って邪神さまの布教ができるようになる、新たな国に乾杯ー!」
「国軍や異端審問官よ、さらばー! 怯え隠れる日々よ、さらばー!」
けらけらと笑いながら、酔っ払いたちが杯を傾けている。
俺が彼らが口にしたような約束で、邪神教徒たちに援助を頼んだのだけど、それを履行するのを躊躇いたくなる光景だな。
困惑していると、総本部の中から人が出てきた。
見ると、俺がこの街で自由神の神官にした、あの邪神教の教祖くんだった。
彼は隣に美女を侍らせながら、こちらに歩み寄ってこようとする。しかし途中で、酒盛りしている人を見て、眉をひそめて怒り出した。
「こら。新しい王となられるお方が来たんだ。酒盛りは他でやってくれないか」
「ふへぇ? 新しい王さまだってー??」
「おおー、なんか立派な服を着た人が、いるなー??」
酔っ払いたちはビッソンに視線を向けつつ、ふらふらと頭を揺らしている。
教祖くんはため息を吐き出すと、隣の美女二人に指で支持する。
彼女たちはにこやかな笑顔で、酔っ払いを誘導して、どこかへ立ち去らせていった。
その後で、教祖くんは笑顔で、ビッソンではなく俺に近寄ってくる。
「まずは、戦勝おめでとうございます。そして、新国の樹立に喜びの声を上げさせていただきます」
「君たちの活躍があったからですよ」
「そう言ってくださるということは、約束してくれたことは守っていただけると、そう考えてもいいのですね?」
「それはもちろん。ですが、約束を果たすのは私ではなく、そちらにいらっしゃるビッソン新王ですけどね」
手で指し示すと、申し合わせた通りに、ビッソンは偉そうな態度で睥睨する。
教祖くんは臣下の礼っぽい仕草をしてから、俺に『冗談がお上手ですね』って笑顔を向けてきた。
案外冗談でもないんだけどなと思いながら、うさんくさい笑顔で流すことにする。
そんなやり取りの後で、教祖くんは聖大神教の総本部建物を示す。
「では、ビッソン新王さま。これから新しい王宮となる建物に、どうぞお入りください。短い時間の中で可能な限り清掃いたしましたので、お見苦しい点などございましょうが、お目を瞑っていただけると幸いです」
「うむ。では、新たな我が住居に、入らせてもらうとしよう」
ビッソンは偉そうに言うと、反乱者たちを引き連れていく。
俺と自由神信徒の仲間たち、そして教祖くんと彼の美女たちも、最後尾でついていく。
その中で、俺と教祖くんはひそひそ話をする。
「神官さま。あの王様で、大丈夫なんですか?」
「演説を仕込んであるので、傀儡の王としては、十分な人物ですよ」
「ははぁ、なるほど。操る人次第ということですか。繰り手は、神官さまで?」
「私は戦いで結構悪目立ちしすぎましたからね。あからさまに一人で繰るわけにもいきませんよ。そして操る人が複数の方が、動く人形を見ていて飽きないものですしね」
「お一人で差配なさったほうが、権力も金品も思いのままでは?」
「人には向き不向きがあるんですよ。私は政治や商売は、よくわかりません。分かる人が糸を持ったほうが、上手くいくと思いますよ」
「裏の王になれる機会だというのに、無欲なことですね」
「籠の鳥になったり、それを世話する人に甘んじる気がない。そう言えば理解してくれますか?」
教祖くんは利益重視で、俺は口からでまかせで、黒い話を重ねていったのだった。
聖大神教総本部――今日から新国の王城になる建物の中で、玉座に座ったビッソンが経済界の重鎮を前に偉そうな態度をとっている。
ちなみに、なんでそんな大物が戦時下であるここにいるかは、教祖くんの伝手で残ってもらったそうだ。
『儲け話に敏い彼らは、二つ返事で了承しましたよ』
なんて悪い笑顔で言った姿は、俺よりもよっぽど悪の神官ぽかった。
それはさておき、ビッソンは新王として言葉を、彼らに告げ始める。
「我が、新たな国の王となるビッソンだ。そしてその方たちをここに呼んだのは、それぞれの情報網に乗せて、各地に新たな法と秩序を伝えて欲しいがためだ」
ビッソンはここで言葉を止めて、経済の重鎮たちからの反応を待つ。
けど、十秒経ってもなにも返ってこなかった。
ビッソンは困った顔を尊大な態度で隠し、話を続けていく。
「新たな法といっても、そんな大きく変える気はない。そして新たな政策や法を発布するのは、優秀な方々との話し合いの後にする気でもいる」
無茶なことは言わないとの言葉に、重鎮たちは安心したような雰囲気になった。
その隙を突くように、ビッソンは言葉を重ねていく。
「ただし。新たな国として、各地に興った新たな宗教を容認すること。その象徴として、国教に自由の神を据え変えることを、すぐにでも伝えまわってほしい」
ビッソンが言葉を切ると、重鎮の一人が声を出した。
「新たな王よ、どうしてそうなさりたいのか、お心をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「許しなく言葉を吐くのは不敬だが――新国の樹立宣言前だからな、不問にするとしよう」
ビッソンは演技かかった仕草で、頬杖を突く。
「新たな神を掲げる彼らは、我が同胞も同然だ。少しの運命の違いがあれば、我ではなく彼らの誰かが、新たな王として立ち上がっていたのだろうからな。であれば、我が王道を歩むにあたり、同胞たる彼らの地位を約束せずになんとするか」
新王の慈悲の言葉を聞き、重鎮たちは頭を深く下げて、畏敬の念を見せる。
といっても、きっとその頭の中では、情け深い王さまにどう取り入って、自らの利益にするか考えているんだろうけどね。
ビッソンは気づいた様子もなく、彼らに退出するようにと言葉と身振りで伝える。
経済界の重鎮たちが去った後で、ビッソンは俺に顔を向ける。
「この後はあれだろ。民衆の前で、お前を断罪しなければいけないんだろ?」
予定を確認する言葉に、俺はうさんくさい笑顔で頷く。
「はい。敵方と通じていた者を処罰しないでいては、将来に禍根を残しますからね。そうですね。国軍がその証拠を持ち出してきて。そんな者を重用する王は、信用ならない偽王だと触れ回るのが、民衆を扇動する楽な手でしょうね」
「なんでまた、俺立ちに内緒で、国軍に情報を流したんだよ。いや、敵を混乱させるためだとは、説明を受けたが。どうも納得がいかないんだが」
「それが一番楽で、確実な手でしたからね。現実に、国軍に打ち勝てたではありませんか」
「……お前は常に俺の隣にいて、あれこれ指図してくるものだと思っていたんだがな」
「あはははっ。それは買いかぶり過ぎですよ。私は貴方が助けて欲しいと仰ったから、手伝ったまでです。謝礼は、国教に我が自由の神を据えてくれることで、十二分ですよ」
「俺が言うのもなんだが。俺の知らないところで権力を使って好き勝手して、金や女を山ほど抱えようとは思わないのか?」
「必要十分な食料があれば、生きるに困ることはなし。さらに腕に抱ける女性がいるのならば、世界は祝福に満ちている。なんて言葉もありますよ」
「神官っぽい説法だな」
「それはもう。私、これでも真っ当な自由の神の神官ですので」
俺の冗談にビッソンは笑い、そして真面目な顔になる。
「お前の話は分かった。だが国教の頭をおかなければいけないだろう。断罪したお前は就かせられないだろ?」
「バークリステという、ある地域で『聖女』と認知されている、彼女こそが国教の長には適任ですよ。こんな『うさんくさい男』よりは」
「……自覚があったのか?」
「自覚して、こうやっておりますので」
うさんくさい笑顔で言うと、ビッソンは呆れていた。
「話しは分かった。それで、台本はくれるんだろうな。俺に即興で断罪させようものなら、うっかりお前の首を飛ばしかねないぞ」
「丁寧に整えた演劇台本を作らせていただきますとも。なにせ、私が表舞台で活躍できる、おそらく最後の場所ですからね」
ではと頭を下げて、俺は仮の謁見の間から退室した。
そして、執務能力に長けたバークリステと共に、最後の大舞台の台本を書き上げることにしたのだった。




