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自由(邪)神官、異世界でニワカに布教する  作者: 中文字
六章 復活再臨、そして布教編
194/225

百九十五話 戦いって、どう転ぶか分からないものでしたよね

通常の二話分ぐらいの文字量があるので、ちょっと長いです。

 両者の激突は、双方の棒がぶつかり合いから始まった。

 数の多さから、棒同士を打ち合わせているというよりも、木立の中にいるような音に聞こえてくる。

 そんな衝突音の中に、人々の声が混じってきた。

 号令役や指揮官が怒鳴り声を上げ、反乱者と兵士たちは大声を上げる。


「突け、突き崩せ! 向こうの盾持ちを倒して、前進するぞ!」

「盾は地面に突き刺し、その後ろで支えろ! 棒持ちは突き負けるな!」

「「突けー!」」

「「耐えろー!」」


 ぶつかる独楽のように、どちらも押しては引きを繰り返して攻撃する。

 一進一退の攻防が続くが、お互いの獲物が長い棒なので、大した被害は出ていない。

 あまりの戦果のなさに、棒の先端に刃物をつければよかったかなと、ちょっと考えてしまう。

 けど、その考えを自分ですぐ否定する。

 付け焼刃な改造なんてしても、相手の盾に当たったときに折れてしまうだろうしね。

 さて、この膠着状態。こちらから動くべきか、相手の動きを待つべきか、それが問題だよな。

 俺の考えでは、調略が発動するまでの時間稼ぎさえできればいい。なので、このままでも一向にかまわないんだけど……。

 国軍の後列が動き出したのを見て、虫のいい考えだったかと苦笑いする。


「ビッソン新王。四角の陣にするよう命令を出してください」

「なに? あれは戦車が突撃してきたときのものだろう。戦車の影も形もないぞ?」

「あれは防御の陣ですので、長期戦になりそうなこの状況なら最適なのですよ」


 適当な理由で、ビッソンに命令を出させる。


「そう言う事ならわかった。皆のもの、四角の陣だ! ゆっくりと下がりながら行うぞ!」


 ビッソンの命令に、反乱者たちは素直に従う。

 前線二列は棒で相手をけん制しつつ、徐々に下がっていく。その他の列の人たちは、俺を含めた神官たちとビッソンを中央に置くように左右に展開していく。

 こちらがコの字型になり終わった直後、国軍の方の三列目以降も展開していた。

 抜剣した兵士たちが、最前列の脇からこちらに向かって一列に突っ込んでくる。

 やっぱり、こちらの側面を突く気だったようだ。

 けど、こちらがコの字型に陣形を変えたために、走ってくる兵士たちの顔が困惑していた。

 向こうの戦術家は、臨機応変に対応する名手だけど、手足となる兵士たちがその考えについていけていないようだな。

 一方こちらは、事前に教えた通りの動き以上のことはできない人ばかり。

 お互いに慣れない手足を使うことに苦労しているよなって、見てもいない国軍の戦術家に同情したくなる。

 そんな俺の気持ちを踏みにじるように、走る兵士たちの指揮官が声を上げた。


「相手の陣形の後方はがら空きだ! 周り込めば、相手の頭を取れるぞ!」

「「「おおおおお!」」」


 新たな目標を提示されて、国軍兵士が走る速度を上げた。

 目ざといし対応が速いなと感心しながら、俺はビッソンに向かって皆を勇気づける演説しろと身振りする。

 

「皆のもの、案ずることはないぞ! この陣形は完璧だ。お前たちは陣形を維持し、目の前の相手に集中していればいい! それでこの戦いは勝てる!!」

「「ビッソン新王、万歳ー!!」」


 反乱者たちはビッソンの言葉を疑いもせずに受け入れ、コの字型を保ち続ける。

 話しは変わるが、ここで三角形の陣形に変更すれば、一応穴は閉じられるんじゃないかって思いたくなるよね。

 けど三角に陣形をかえると、長槍パイク戦術は崩壊しちゃうんだよね。

 なにせ、長い棒の主な攻撃方法は突きだ。つまり、真正面への点の攻撃でしかない。

 なので△のように列に角度がつく配置は、打撃力を大きく削ぐことにつながってしまう。

 では、コの字型じゃなくて、真四角にすればいいと考えたくなるけど、そちらは人数の関係で難しい。下手に戦列を薄くして四角にすることに拘ると、列を突き崩されて突破されてしまうしね。

 というわけで、側面を突かれそうになったら、反乱者一同こちらはコの字型に陣形をとるしか方法がないわけだったりする。

 でも、弱点があるってことは、そこを突かれやすいという事だ。つまり、罠を仕掛けるのに、絶好の場所ともいえるんだよね。


「神官の皆さんと側面の最後尾列は、回れ右」


 俺の指示に、神官たちはコの字の空いている方に向きなおる。最後尾列は、コの字の内側に向くように隊列を変えた。


「では側面列は棒を前に突き出して構えてください。神官の人たちは魔法を使う準備をしてくださいね」


 側面列が棒を地面に平行に構えると、空いていた空間が狭まり、細い通路のように変わる。

 陣形転換が終わった直後に、国軍兵士の先頭が空いている空間に踏み入ってきた。

 コの字の内側にも棒が突き出ていることに、彼らは驚いた様子になる。けど、俺の方――豪華な服を着るビッソンを見て、空いている空間の中を突き進んでくる。

 ビッソンを倒せば、反乱者たちが瓦解するから、当然の反応だな。

 けど、この怪しげな場所に躊躇なく踏み込むのは、いただけないなぁ。


「神官の皆さん。斉射、始めてください」


 俺の指示に、神官たちが杖や祭具から魔法を発射していく。

 連射性と神通力の温存を考えて、殺傷力が低くて相手を転ばすぐらいしか能がない、低級の魔法を使わせている。

 けど、それで十分だ。


「ぐあ――」「うわあー!」


 コの字の中に入った国軍兵士たちは魔法に打たれて転び、後続の足を止める。

 その間に、側面から突き出た棒の下を潜り通って、マッビシューを始めとする自由神信徒の子供たちの中で背が小さめなみんなが、転んだ兵士に近づいていく。


「もらったー!」


 マッビシューが斧を振り下ろして、立ち上がろうとした兵士の頭を兜ごと割ってみせた。

 周りの兵士たちが驚き固まる。

 その間に、他の子たちも手の刃物で素肌を晒している部分を切りつけて、致命傷を負わせていく。

 このとき一番働いていたのは、ピンスレットだった。


「ご主人さまに、喜んでもらうために!」


 両手に片手剣を一つずつ握り、かまいたちのように、すれ違いざまに起きようとしている兵士たちの首を刃で薙いでいく。

 空中に血が舞い、首が割れた兵士たちが力を失って地面に倒れた。

 その光景を見て、後続の兵士たちがこの殺し間に入ってくる。


「あの子供たちが前にでていいる間は、魔法はやってこないはずだ! いまが攻め入る絶好の好機!!」


 指揮官が放った鼓舞する言葉を受けて、一応は考えているんだって感心した。

 けど、考えているのはそちらだけでなく、俺もそうなんだよね。

 事前に伝えてあった通り、兵士が踏み込んでくるのを見て、子供たちはさっと突き出された棒の下に逃げ込んだ。


「あっ、待てこの――ぐああっ?!」


 仲間の復讐を果たそうと子供たちを追いかけた兵士は、棒に突かれてひっくり返る。

 子供たちの退避が終わり、射線が通ったので――


「第二射です!」


 俺の号令に合わせて、神官たちが再び魔法を放った。

 避け場がなく、兵士たちは前の仲間と同じく、直撃を受けて地面を転がる。

 魔法が止めば、自由神教との子供たちが出てきて、無防備な兵士たちを殺しにかかっていく。

 さてさて、こちらの手の内は見せた。あちらの指揮官はどういう手をとるかな?

 期待して待つと、指揮官の声が聞こえてきた。


「全員で突撃だ! 魔法自体は食らっても死なん! 仲間に体を盾にしてでも、偽王の首を取るのだ!」


 選んだのは、力押しか。

 被害はでるけど、確実な手ではあるよな。

 そして、どうやら国軍の戦術家は、あの兵士の中に同行していないようだ。

 あわよくばって思っていたのに、そう簡単にいくわけないか。

 少し残念に思いながら、俺はステータス画面を開く。そして、目星をつけていた魔法の呪文を目で確認する。


「えっと――自由の神よ、暴風の神の力を我に貸し与えたまえ。渦巻き進む断絶の風をここに顕現させ、我が敵のことごとくを切り裂くために!」


 俺が掲げた杖に光る円が浮かび、そこから強風が吹き出てくる。

 風は集まると細長い竜巻に変わり、こちらに突き進んでくる兵士たちを襲いに向かっていく。

 予想外の風壁に、兵士たちは浮足立つ。しかしそこに、指揮官の声がかかる。


「しょせんは竜巻だ。一塊になり、目と口を閉じ呼吸を止めながら前進すれば、数秒も経たずに抜けられる!」


 多少の傷は恐れないという態度で、兵士たちは集まって突撃してくる。

 その勇気に感心はするけど、目を開けて回りを見ればよかったのにと残念に思う。

 なにせ、魔法の竜巻に振れた棒の先端が、すっぱりと斜めに切れた光景を見れば、無謀な突撃を使用だなんて思わなかっただろうに。

 進む竜巻が兵士たちを飲み込むと、すぐに色が赤に変わった。


「ぐうぎゃあああああああああ! 腕を斬られた! 今度は足があああ!!」

「誰かが竜巻の中で、斬りつけてきているのか?!」


 悲鳴を上げる兵士たちの体から巻き上がった血が、風で周囲にスプリンクラーのようにまき散らされる。

 血の雨に降られた反逆者の中には、凄惨な光景を見て腰を抜かす人も出た。

 けど幸いに、コの字の内側を向いているのは限られた人だけだ。戦列が崩壊するほどには至らない。

 竜巻が真っすぐに通り抜けると、巻き込まれた兵士のことごとくが、体のどこかに裂傷を作ってうずくまっていた。

 俺は身振りで、マッビシューたちに止めを刺すように伝えた。

 こうしてビッソンを狙った国軍の決死隊は崩壊した。これであちらにいる有能な戦術家は、大損害を出した戦法を二度は使わなくなるだろう。こちらとしては使ってきてくれた方が、楽でいいんだけどね。

 さてこうなると、後は長槍パイク戦術とファランクス戦術の押し付け合いで、どっちが優勢か決める戦いになる。

 そうすると、元の世界では後年に開発されたこちら側に、多少アドバンテージがある。

 俺はビッソンに、次の作戦の発動するようにと、身振りで伝えた。


「最前列および第二列、棒を上げよ!」


 ビッソンの指示に合わせて、最前線の人たちが、棒高跳びの選手のように棒を斜めに持ち上げる。

 国軍側はこちらが何をするのか分かっていなくて、対応が遅れているようだ。

 俺が手を上から下に振ると、ビッソンが大声を上げる。


「最前列、大きく踏み込みつつ棒を下げよ! やつらに、思いっきり叩きつけるのだ!」


 多数の棒が一斉に差がる音がして、国軍の最前列に棒の先端が降っていく。

 遠心力と落下速度が乗った棒の一撃は、かなりの威力を発揮する。

 現に、打ち据えられた兵士の頭がへこみ、当てられた盾が兵士の手からもぎ取れられていた。

 反応よく盾を上に構えて防ぎ切った兵士もいたが、長槍戦術の恐ろしさはここからが本領発揮だ。


「第二列、棒を下げて叩け! 最前列は棒を上げつつ前進だ!」


 二列目が国軍の先頭を打ち据えている間に、最前列は次の攻撃の準備をする。

 整え終えれば棒を振り下ろし、二列目が攻撃の準備を終わらせて、最前列のすぐ後ろまで進む。

 この工程を交互にやることで、間断なく攻撃を続けつつ前進が行える戦術となる。

 一撃を耐えた兵士も、二撃三撃と連続して打たれれば耐え切れなくなる。

 ましてや相手は最前列に盾を並べ、二列目に長い棒を持たせた、変則的なファランクス戦術だ。一皮むいてしまえば、単なる剣を持つ戦列と変わらない。

 向こうの戦術が崩壊したのを見て、駄目押しに補助魔法パフを反乱者にかけて、一気に勝負を決めるとしよう。

 そう考えて杖を上げた瞬間、国軍が一気に引き始めた。

 準備された撤退の挙動を見て、俺はビッソンに声をかける。


「分かっていると思いますが」

「突撃命令を出すなってことだろ。俺も馬鹿じゃない。あの逃げ方が変だというのは分かっている。全隊、その場に留まり、戦列を整えるんだ! 怪我をしたものは一度引き、神官たちに傷を診てもらえ!」


 あちらが引くなら時間稼ぎができるので、あえてここで突撃して味方に被害を出す必要はない。

 その判断は正しくもあり、間違ってもいた。

 そう気づいたのは、エヴァレットが慌てた顔でこちらに走ってきたときだった。


「トランジェさま。物資の集積所に向かって、馬が駆ける音がしています!」

「まさか――?!」


 ハッとして物資をまとめ置いている場所へ顔を向けると、火の手が上がっている。

 そして、鞍をつけていない馬に抱え乗る、曲芸師のような兵士の姿があった。

 戦いの混乱の中で、次なる手を打っていたのか。

 国軍の戦術家の有能さに、俺は舌を巻く。

 しかし感心してもいられないよな。


「被害状況の確認をします。警戒する人を残して、後は消火活動です。水は魔法で出せますから、惜しまずに使って消火してください!」

「急がねば、今日から炭を食べる羽目になるぞ! 駆け足でことに当たれ!」


 ビッソンも大声を出し、反乱者たちを急がせる。

 すぐに消火活動が始まった。

 けど油でもかけてあったのか、火が収まる様子は全くない。

 この物資の焼き払いは戦いが始まったとき――いや、停戦協議の使者を放ったときには、すでに想定の中だったんだろうな。

 そうじゃなきゃ、使者の安全を無視するように突っ込んできて、こちらの陣地よりに戦端を開くことはないんだから。

 やり手に過ぎる国軍の戦術家に、俺は降参したい気分になる。

 もしも、以前に国軍に情報を流すにあたり、念のため集積所を常に二つに分けていなかったら。

 仮に、いま焼き払われたのが、その片方だけじゃなかったら。

 そして現時点で、俺が画策した調略が上手くいっていなかったら。

 俺はここでビッソン達を見捨て、仲間を連れてジャッコウの里にでもトンズラしていただろうな。

 運が良かったというか、色々と手を広げていたことが保険に繋がったというか。とりあえず、勝ち目が消えずにほっとした。

 そう気を抜いたとき、いきなりエヴァレットに横に突き飛ばされた。

 彼女の手には、俺が上げたナイフが握られている。

 まさか、この場面で裏切り?!

 そう思った俺は、次の瞬間に自分を恥じた。

 なぜなら、エヴァレットは俺ではなく、俺に襲い掛かろうとしていた人と斬り結び始めたからだ。

 エヴァレットの相手は、平服で手に剣を握っている男性――


「――その顔は、レッデッサー大将!?」


 使者としてやってきて、いつの間にかどこかに消えていた、あの男だった。

 俺が驚きつつ地面に尻もちをつくと、レッデッサー大将は口惜しそうな顔になる。


「注意を逸らしていた、千載一遇の好機だったというのに。このダークエルフの情婦め!」

「ふんっ。種族の特徴たる、この耳の良さを舐めないで欲しいな。足音を殺そうと、草を踏む音がお前の存在を教えてくれたぞ!」


 二人が戦いに入るが、得物の長さと戦闘経験からか、すぐにエヴァレットが押され始めた。

 俺は攻撃魔法や補助魔法を使うか迷い、一番確実な手を取ることにした。


「ピンスレットォ! 助けに来てください!」

「――ご主人さまのお呼びとあらば、即参上ですよー!!」


 俺の呼びかけに、ピンスレットが物凄い速さで駆け寄ってきて、手の双剣でレッデッサー大将に斬りつけた。

 不意打ちに近い攻撃を背に浴びて、レッデッサー大将が膝をつく。


「くっ、ここまでか。かくなる上は!」


 レッデッサー大将は歯を食いしばりながら走り出す。

 彼は、立ち上がろうとしていた俺の方に駆け寄ってくる。

 俺は杖の隠し刃を抜き、咄嗟に上から斜めに斬り捨てる。ばっさりと、骨や肺を斬り、脇場から刃が抜けた。

 エヴァレットもナイフを投げ、彼の背中に深く突き刺さる。

 どちらも明らかに致命傷だったのに、レッデッサー大将は最後の力を振り絞って、俺に抱き着いてきた。

 引きはがそうとするが、接着剤でくっついているかのように離れない。

 嫌な予感がしていると、レッデッサー大将が目前で笑顔になる。


「貴様が元凶なのは見抜いている。さあ、死での旅路に付き合ってもらおう」

「ご主人さまを放せ!」


 ピンスレットが、レッデッサー大将の後ろ頭へ剣を突き入れる。

 それでも彼の手が動き、俺の腰へと剣を突き入れ、自分の体まで貫通させた。

 ピンスレットの攻撃は絶命の一撃だったのに。

 人の執念はすごいなと感心していると、レッデッサー大将は役目を果たしたという顔で、仰向けに倒れた。

 俺は視線を下に向けると、切っ先が出ている刃が見えた。

 現実を理解して、さっと顔の血の気が引き、猛烈な痛みが始まった。


「ぐうううぅぅぅぅぅぅ――」


 謝罪、罵倒、懇願、命乞い。様々な感情と言葉が入り混じって、うめき声しか出ない。

 それと同時に、どこか冷静な自分もいて、喚いたところで傷は治らないと諭している。

 分かっている、分かっているよ!

 自分で回復魔法をかけなきゃ、命が危ないってことは!!

 ああくそっ、呪文だよ、呪文! 単体限定最上級回復魔法リミテッドグレイトヒールを唱えなきゃいけないんだって!


「ご主人さま、いま刺さった剣を――」

「触るなぁ!!」

 

 心配して近寄ってきてくれたピンスレットを、余裕のなさから突き飛ばしてしまう。 

 傷ついた顔をするのを見て、痛みは相変わらず酷いけど、頭が冷えて少し感情は落ち着いた。

 精一杯のやせ我慢で微笑むと、彼女の頭を優しく撫でる。撫でた後で、手が俺の血で濡れていることに気づく。

 無意識のうちに腹か腰を押さえていたんだろうなって、変に冷静な自分がおかしくて、ちゃんと笑えた。


「すみません、ピンスレット。ですが、剣を抜くと出血がひどくなるので、このまま置いておいてくださいね」

「そ、そうでした。す、すみません、あ、あの、気が動転していて」

「心配してくれたのは分かっています。そしてこの傷は、貴女の失態ではありません。レッデッサー大将の強すぎただけです。なに、大丈夫ですよ。この程度では、私は死に、ませんから」


 笑顔を浮かべ続けているけど、もうやせ我慢も限界。激痛で頬が引き攣って、これ以上は無理だ。

 ああもう、肺呼吸を意識して喋っているのに、一言毎に腹が痛い……。

 ここから回復魔法の呪文を唱えないといけないなんて、億劫に過ぎるだろ。

 けど、死にたくはないから、一生に一度の頑張りを見せないと。

 目を瞑って息を大きく吸い、痛みで震える唇を、必死に動かして呪文を紡ぐ。


「自由の、神よ。困難を戦い、抜き。絶望することなく、敢闘せし者に。最大級の、癒しと、身を蝕む物の、除外を、こいねがうぅぅ」


 一息でどうにか言い切り、魔法が発動して体が治るのを待つ。

 俺の足元に光の円が浮かび、光る粒子が傷口に入ってきて、同時に腹に刺さった剣が一人でに抜けていく。

 その際に一瞬だけ血が大きく出たが、その出血もすぐに止まった。

 けど穴の開いた腹部が治る感触が、誰かにまさぐられているみたいで、嫌悪感から吐きそうになる。

 我慢に我慢を重ねて、回復が終わるまで意識を繋ぐ。

 やがて痛みが消え、穴の開いた服から指を入れて傷が完治しているのを確認し、俺は意識を手放すことにした。

 これからはどんな戦いであっても、真っ先に防具を強化する補助魔法をかけると、心に誓いながら。

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